…何よ。
ちょっとかっこいいこと言っちゃって。

まあ、純みたいなやつにそんなことを言われてしまうほど、私は深刻そうにしていたのだろう。
でも、

梓「…ありがと」

純「はいはい、どういたしまして」

確実に、私は今この憎めない親友に救われたのだろう。

…純のくせに。

梓「純、明日からは私一人で作るよ」

今ならできる気がしていた。
私はきっとそんな歌詞づくりに才能があるほうじゃないし、そもそも歌自体上手いほうではない。
でも、そんな私でも。

梓「私の思いを、書いてみる」

こう、胸を張って言える。

純「そうね」

純は優しく笑った。
その顔を見て、より一層やる気が出てきた。

純「じゃそろそろ帰るね。しかし…」

梓「ん?」

純「気づいてないのか…いや、ならわざわざ言わなくても…」

梓「どうしたの?何かあるなら言ってよ」

私たち、親友じゃない。

純「そう…あのさ、梓」

梓「何よ」


純「あんた、マジで唯先輩のこと好きだったんだね」

梓「…え?」
え?え?

純「いや、この前は誰に向けた歌詞かなんて言わなかったのに、もうさっきから唯先輩唯先輩って…まあ薄々わかってはいたけど」

梓「………」

純「………梓?」

梓「ああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

純「うわっ!?」

ヤバい!ヤバい!めっちゃ油断してた!全然気にせずペラペラしゃべっちゃったよ!!
馬鹿私!ホント馬鹿!

純「…梓」

梓「な、何か用かな?」

平静を取り繕う。

純「応援してるぞ☆」グッ

梓「うるさい!帰れ!今すぐ帰れ!」

無理でした。


純を帰し、一人枕に顔をうずめる。
考えるのは、唯先輩のこと。

梓「……」

私は、唯先輩のことは特別な存在というのは意識していた。
しかし、まさか…

梓「…唯先輩が、好き」

こっちが本当の気持ちだったとは。

この気持ちは、恋とは違うと思っていた。
そもそも女の子同士だし。
でも。

梓「好き」

こんなにすらすらと口から出てくるなんて。
気づいてしまった私の気持ちは、すごく恥ずかしかったけれど、なんだか暖かかった。

梓「…好き…」

決壊したように、私の口からは、唯先輩への気持ちが溢れた。
そして、そのまま眠りについた。

それからしばらくして、学園祭が行われた。
残念ながら私の歌は学園祭には間に合わず、披露されることはなかったが、唯先輩の作った曲「U&I」を筆頭にした私たちのライブは、大盛況の中幕を閉じた。

その日自宅に帰り、緊張や疲れ、そして興奮からかベッドに倒れ込んだ私は、すぐに眠りについた。

そこで、私は夢を見た。

そこは、見渡す限りの白銀の世界。
私の低い視点から見える世界に、遮るものは何もない。

でも、決して寒くはなかったし、寂しくもなかった。
夢だからなんて理由じゃない。
隣には、あの人がいたから。

手と手を繋ぎ、ただ歩く。
ただそれだけのことが、私には最高に幸せだった。

ふと、立ち止まる。
そして、向かいあう。

何か言わなきゃいけない、そんな思いに駆られるが、何を言っていいかわからない。
あの人は、ただ微笑む。

いくら考えても、いくら焦っても、言葉なんて出てこない。
こんなところでも、私の語彙力の無さがもどかしい。
辞書でも持っていればいいのに。
あの人は、ただ微笑む。

そして、


梓「――――!!」

私の言葉は、急に吹いてきた風と、舞い上がった雪にかき消され、

私は、目を覚ました。


それから。
名目上部活動を引退したにも関わらず、「受験勉強を」と言って、先輩たちは部室に来続けたので、変わらず軽音部は賑やかだった。
しかし、それでもやはり現役時に比べたら来る回数は格段に減り、私一人部室で練習する日が多くなった。

たまに憂や純、稀にさわ子先生が顔を出す時もあったが、基本的には私一人の日がほとんどだった。

梓「寂しいね、トンちゃん…」

思わずそんなことを口走るほど、私は寂しかった。
少なくとも、律先輩なんかが陰で見てるんじゃないか、なんてことは思わないほどに。

そんな時思うのは、やはり唯先輩のことだった。

彼女はちゃんと大学へ行けるのだろうか?
一人暮らしとかできるのか?
そもそも卒業…はさすがに大丈夫か。

唯先輩のことばかり考えていた。
来る日も来る日も。
そして、それを歌にしていった。

そして。

梓「できた…」

とうとう私の曲「冬の日」は完成した。

我ながら今さら感が漂う。
作り始めたの、9月だし…今12月だよ?

でも、せっかく出来たんだし、みんなに見てもらいたい。
この歌詞にメロディーを付けたら、どんな曲になるんだろうか。
…私の思いの結晶は、何を伝えるのだろうか。


ある日、先輩たちが集まった日を見計らって、「冬の日」を初披露した。

澪「おぉ…」

律「梓のくせに…なかなかいいもん作るなぁ」

紬「とても素敵よ~」

唯「すごーい!あずにゃん天才!」

よかった…私の歌は、なかなか好評らしい。

何よりも、一番見てもらいたかった人が喜んでいる。
それが嬉しかった。

律「もう披露する場はないけど、せっかくいい詞なんだ、ムギ!メロディー頼んだ!!」

紬「りょーかい!」

私の歌詞が曲になる。
なんだかドキドキするな…

澪「梓、せっかくだしこの曲は梓が歌うか?」

唯「お!いいねー、あずにゃんとうとうボーカルデビューだよ!」

な、なんですと!?
これは予想外だった…

梓「わ、私はいいですよ…ギターだけでいっぱいいっぱいですし」

唯「えー、もったいないー」

唯先輩が口を尖らせる。

澪「じゃあどうするか…この歌詞の感じだと唯か…ムギも似合いそうだ」

律「私は!?」

澪「お前はなんか違う」

律「みおしゃんひどい…」

紬「まあまあ…とりあえず、梓ちゃんの意見を聞いてみましょうよ」

唯「そうだね!」

梓「え!?」

な、なんですと!?(二回目)

梓「わ、私は…」

みんながこっちを見ている。
なんか…すごく言いづらいけど…ここは譲れない。

梓「唯先輩に…歌ってほしいです」

私の唯先輩への思いを、唯先輩に歌ってもらう。
何だか本末転倒な感じもするが、これは作っている途中から決めていたことだった。

唯「私?いいの?あずにゃん」

梓「はい、ぜひ」

だって、私と同じ思いを歌ってもらうなんて。
なんか、両思いみたいな感じじゃないですか。

澪「決まりだな」

律「悪いなムギ、勉強も忙しいだろうに」

紬「大丈夫!唯ちゃん梓ちゃん、とびっきりの曲作るからね!!」

ムギ先輩…なんか妙に張り切ってる気が…
まあいいか。

唯「あずにゃん、出来上がったら私も頑張って歌うからね!!」

梓「はい!お願いします!」

そして、出来たら。
歌詞に込められた、私の気持ちにも気づいてください。

そしてそれはついに出来上がった。
ムギ先輩の作った曲は、まさに私がイメージしていた、雪の降る町で恋人が歩いているような、素晴らしい曲だった。

梓「ムギ先輩!すごくいいです!」

律「さっすがムギ!」

紬「やだわぁ、梓ちゃんの歌詞のおかげよ~」

澪「どっちも素晴らしいさ、じゃなきゃこんないい曲はできないよ」

でも、本当に素晴らしい曲をつけてくれた。
自分の歌詞が、こんな歌になるなんて…感動するなぁ。

唯「よーし!さっそくみんな練習しよう!!」

律澪紬「おー!」

梓「おー…ってみなさん、勉強はいいんですか!?」

律「いいじゃんいいじゃん♪」

紬「せっかく曲ができたんだし~♪」

澪「まあ…せっかく…だからな」

澪先輩まで…まあ、でも…
なんか、いいな。

唯「ほら、一緒にやろ、あずにゃん!」

梓「はい!!」

久しぶりに5人でやった演奏は、舞う雪のように、キラキラしていた。


その晩。
純に曲ができたことを伝えると、自分のことのように喜んでくれた。
なんだかんだでいいやつなんだよなぁ、純は。

梓「純のアドバイスのおかげだよ、ありがとね、純」

純「やめてよ、くすぐったい」

そんな話をしていると、

純「でも、梓はそれで満足したの?」

梓「え?」

そりゃそうだよ。
ちゃんと曲は完成したんだし。

純「そうじゃなくって…ちゃんと唯先輩に伝えなくていいの?あんたの気持ち」

梓「…」

それは…

純「梓が満足したならいいけどさ、私はちゃんと伝えるべきだと思うよ」

それはわかっている。わかっているけども。

梓「まだ、いい」

純「まだ?」

梓「うん、まだいいんだ」

梓「今は、この余韻に浸っていたいんだ。私の気持ちがこもった曲ができたことに。それを唯先輩に歌ってもらえることに」

梓「それに…今は、勉強で忙しいしね」

でも、いつか。

純「…そっか」

いつか、きっと。

梓「ちゃんと伝えるよ」

梓「ちゃんと、唯先輩に」

そうだ。
この曲は、まだ完成じゃない。
唯先輩が、全てわかった上で、歌ってくれなきゃ意味がない。

純「そうだね」

梓「あ、でも…」

純「ん?」

梓「なんて告白すれば…いいだろう」

純「あんたねぇ…」

受話器の向こうから、盛大なため息が聞こえる。

純「そんなことまで私に頼るなっつーの!」

梓「だ、だって…」

いいじゃない、こんなこと相談できるの、純くらいしかいないんだし。

純「まったく…そんなの簡単じゃない!言ったでしょ、不格好でいいのよ」


純「『好き』から始めなさいよ」



おしまい






最終更新:2011年02月18日 06:31