梓「ふう…」

私、中野梓は悩んでいた。
原因は、目の前の紙、というかそれに書かなきゃならない内容である。

梓「…改めて考えてみると、歌詞書くのって難しいなぁ」

つまりは、そういうことである。
一人一つ歌詞を書いてくること。律先輩が、そんなことを言い出したため、私は頭を悩ませている。

いろいろ考えてはみるものの、いまいちピンとくるものがない。
いい文章が思い浮かんでも、それは既存の歌詞の模倣だったり、見返してみると思わずグシャッ、とやりたくなるような歌詞だったりする。

梓「…そういや私、作文とかも苦手だったなぁ…」

自分の語彙力の無さがもどかしい。
今更ながら、澪先輩やムギ先輩はすごいなぁと感心する。

梓「いいや、今日はもう寝よう…」

親に見られたらそれはもう恥ずかしいので、しっかりと後片付けをして、寝床につく。

梓「どんなに寒くても、僕は幸せ…」

そのワンフレーズから、先に進まない。
ここだけは、ふっと頭に降りてきた。

梓「寒いのは嫌いなんだけどなぁ…」

書き直そうかとも思ったが、なんとなくこの歌い出しは使おうと思った。
ほんのちょっとでも、せっかく自分で考えたものなんだしね。

純「歌詞?」

梓「うん、なかなか思いつかなくて…」

とうとう純に相談するところまで来てしまうとは…
最初は憂に相談しようかと思ったが、少なからず音楽に触れているぶん、純のほうがいいアイデアをくれる気がしたのだ。

純「歌詞かぁ、そんなの簡単じゃない」

ほう?なにか考えがあるのだろうか。

純「もう直感で思いついたことを書く、これに限るね」

梓「…」

やはり純は純だったか。
それができるなら最初から苦労はしていない。

梓「そんな簡単に言わないでよ…」

純「そうは言ってもねえ、歌詞ってそういうもんじゃない?」

果たしてそういうものなんだろうか。世の中のいろんな曲を聞いていても、その歌詞がとても思いつきでできたものとはとても思えない。

梓「まあいいや、ありがと純」

とりあえず最低限話を聞いてくれた礼だけしておく。
すると、

純「よし!じゃあ今日一緒に考えよう!」

…マジですか。
純には悪いが、ぶっちゃけ何も進展する気がしない。それどころか、邪魔してくる気すらする。

梓「いや、別にそこまでしてもらわなくても…」

純「えー…つれないなぁ、もう…」

まあ、また詰まったら話でも聞いてもらおう。


その日の晩。
今日も私は机に向かって、歌詞を考えていた。

梓「直感ねぇ…まあ、これもある意味直感だけども」

今はまだ暑さも残る9月である。
それなのに、私の頭に降ってきたフレーズは、明らかに冬の歌詞だった。

梓「幸せ、か…」

この文を思いついたとき、私は何を考えていたのだろうか。
あの時の自分に聞いてみたい。

梓「あの時はたしか…唯先輩と一緒に帰ってたんだっけな」

唯先輩は、もうすでにいくつか出来上がっているらしい。
…まあ、憂の力によるものが大きいだろうけど。
憂に相談するのを止めた理由も、唯先輩がきっと憂に協力を求めるであろうことを予測したからだ。
私のぶんまで憂に負担させては申し訳ない。

梓「あの時、私は先に校門のとこで待ってたんだっけ…」

だんだんとあの日の記憶が戻ってくる。


あの日、私はいつものように部室に向かったのだが、そこには唯先輩しかいなかった。

唯「あれ?あずにゃんどったの?」

梓「唯先輩こんにちは…他の先輩がたは?」

唯「何言ってるの、今日は部活休みだって昨日言ってたじゃん」

そうだった。
そういえばそんなことを言ってた気が…

梓「あちゃあ…すっかり忘れてました」

唯「あずにゃんはドジっこだね!」

と満面の笑みで言いながら抱きついてくる唯先輩。

梓「ちょ、いきなりやめてください!それより、そしたら唯先輩はなんでここに?」

唯「私は昨日部室に忘れ物しちゃって。あ、あずにゃん今日は用事ある?」

梓「いや、特にありませんが…」

唯「じゃあ一緒に帰ろうよ!」

まあ予想はしていたが。でも、用事がないのは事実だし、私は断る理由もなく、一緒に帰ることにした。

梓「それじゃ行きましょうか」

唯「あ、私さわちゃんに用事あるから、校門のとこで待っててくれないかな?」

先に言いなさい。

梓「わかりました。じゃ先行ってますね」

唯「絶対だよ?絶対先帰っちゃダメだよ!?」

梓「はいはい…ちゃんと待ってますよ」

そんなことしてもしょうがないでしょうに…いや、でもそれはそれで困ってる唯先輩を見られて面白いかも…
やらないけどね。


そんなことがあり、校門でしばらく待っていると、唯先輩が走ってきた。

唯「おまたせー!!」

お、おお。走る走る。
しかもめっちゃ叫んでる。
そんな大声出しながら走ってくるもんだから、私のところにつくころには、すっかり息も切れ、へたり込んでしまった。

唯「はあ、はあ…ごめんね、待たせちゃって」

梓「そんなわざわざ走ってこなくても大丈夫なのに…ほら、水飲みます?」

そんなに私が先に帰るとでも思ったのだろうか。
まったく、私が先輩にそんな失礼なことするわけないじゃないですか。
…ちょっと考えたけど。

唯「ありがと………ん、もう大丈夫だよ」

唯先輩は立ち上がり、よくわからないポーズをとる。
…元気アピールだろうか?

唯「行こっか、あずにゃん」

梓「はい」

まったく、可愛い人なんだから。

梓「…」

そういえばそんな感じだったな。
そのあとおしゃべりしながら帰って、途中抱きついてくる唯先輩に怒って…
いつも通りの、変わらない日常だ。

梓「特に変わったことなんてないんだけどなぁ…」

あの歌詞が浮かんだ理由を考えてみるものの、なかなか思いつかない。

梓「強いて言えば、唯先輩、か…」


唯先輩。
新歓ライブで初めて出会い、入部してからというもの私にしょっちゅう抱きついてくる、困った人だ。
最初は戸惑い、迷惑に感じるときもあったが、今は、それほどでもない。
むしろそのスキンシップを、喜んでる部分すらあるかもしれない。

あまり人付き合いの上手なほうではない私にとって、あそこまで絡んでくる人というのは珍しいものだった。
それ故に最初はどう接していいかわからなかったが、今では私にとって、彼女はなくてはならない人になっている。


梓「…そうか」

なんとなくピンときた。
私は、唯先輩に温もりを感じているのかもしれない。
あの人と触れ合うことに。
一人じゃ寒くても、唯先輩がいれば暖かさを感じることができる。
だから、冬の歌詞、か…

梓「我ながら単純だな…」

でも、なんとなくヒントを見つけた気がする。

私はもうワンフレーズだけノートに書き込み、その日は寝ることにした。


次の日。

純「ねぇ、梓梓」

純が妙にニコニコしながら話しかけてきた。
…なんかいやな予感が…

純「歌詞作りのことなんだけど、やっぱり私も手伝いたいなぁ」

…やっぱり。

梓「大丈夫だよ、一人でできるって」

純「私が手伝いたいの!他人の意見聞いたほうが、いいアイデアは出てくるもんよ」

こうなったら、純はてこでも動かないだろう。
割と頑固なところあるからなぁ…

梓「もう、わかったわかった!じゃ、うちでいいよね?」

純「了解!」

結局、純の押しに負けて、歌詞作りを手伝ってもらうことになった。

そして放課後、うちに来た純に僅かながら出来た歌詞を見せてみた。

純「…本当にちょっとだねぇ」

…うるさいな。

純「でもさ、なんで一人称が僕なの?梓僕っ子じゃなかったでしょ」

梓「僕っ子ってなんなのよ…それはね、うん、恋する男の子の視点で書こうと思ったから、かな」

なんかよくわからない言い訳をしてしまったきがする。
まあ、間違ってはいないのだが、実際は恋とはまた違う何かなんだけど…私には上手く表現できなかった。
ああ、ホント自分の語彙力の無さが憎い!

純「ふーん…」

純はなにやらニヤニヤしている。
どうせろくでもないことを考えているのだろう。

純「まあ、そういう方向で作るとして…ここがAメロだとしたら、次はBメロかな」

おや。
どうやらちゃんと歌詞作りを手伝ってくれる気はあるらしい。
それなら存分に力を借りようじゃないか。

梓「そうだね…どんな歌詞がいいかなぁ」

とは言っても、すぐに思い浮かぶわけではない。
そんな簡単ではないのだ。

純「んー…そだ、梓の中ではさ、この男の子の恋の相手はどんな人なの?」

梓「どんな人…?」

純「そうそう、その女の人の特徴とかさ」

ふむ。
唯先輩の特徴か…なんだかありすぎて逆にまとめられないような…

ただ、今そういう具体的なことを話すのは、さすがに恥ずかしい。

梓「んー…そこまで考えてなかったな」

よって、とりあえずごまかすことにした。

純「なんだよー…でもそういう感じ良くない?ほら、あなたの長いまつげもその華奢で大きな手も~♪みたいな」

なんかいきなり歌い出したが、確かにその発想は悪くないかもしれない。

唯先輩の特徴…そういえば、いつも前髪はピンで留めてるな。
そういうことでいいのかな?

梓「なるほどね、なんか書ける気がするかも」

純「でしょ!さすが私!」

…せっかくお礼を言おうとしたのに、なんか言う気がなくなってしまった。


その日はそのあたりで解散になり、私はまた一人机に向かっていた。

梓「しかし…いつの間にか唯先輩のことを歌詞にすることになってたな」

これって出来たらみんなの前で披露するんだよな…なんか完成してもいないのに、今から恥ずかしくなってきた。

あの時私は恋する男の子視点と言ったが、別に唯先輩に恋してるわけじゃないからなぁ…ただ、特別な親愛の情はあるかもしれないけども。

まあ、つまりは私が男の子だとして、唯先輩に恋してると仮定して作ればいいわけだ。
あくまで仮定、仮定だけどね。

梓「…ん、とりあえずいろいろ書いてみよう」

とりあえず手を動かさなきゃ始まらない。
私の思いつく限りで男の子になりきって、唯先輩に恋をしてみよう。

梓「…恥ずっ」

そう思ってみると、なんだか意識してしまって恥ずかしい。
しかし、これも歌詞作りのためと割り切り、私は頭と手を動かした。

…ラブソング書ける人って、こんな思いをしてるのかな。


切り揃えた髪が とても似合ってる
でも前髪を下ろした きみの姿も見てみたい


次の日の晩、今日も歌詞を考えていると、急に律先輩から連絡があった。

梓「もしもし…どうしたんですか?」

律「梓か!唯が、唯が風邪引いたらしい!」

…はあああああああ!?
あれほどライブ前だから体調管理は気をつけようってみんなで言ってたのに!!
去年から何も反省してないじゃないですか!

とりあえず具合を見に行くと言うことなので、みんな集まり、平沢家に向かった。

すると、

澪「え?風邪引いたのは憂ちゃん?」

とのことでした。
まあ、それもそれで問題だけど…

とりあえずその場は唯先輩にまかせ、各自解散となった。
憂…まさか唯先輩の歌詞作り手伝いすぎて体壊したんじゃ…

家について、再び歌詞を考えようとしたが、どうにも力が入らない。
…平沢家の二人が気になってしょうがない。

憂は大丈夫なのだろうか…というかそもそも唯先輩は看病なんてできるのだろうか…?

梓「大丈夫…だよね?」


結局歌詞作りは諦め、寝ることにした。
寝る前に唯先輩に、ちゃんと看病できてるか確認のメールを送ったが、一応大丈夫らしい。

しかし、あの姉妹は本当に仲がいい、と常々思う。
まさしく、あの二人は二人で一つ、とかそういうものなんだろう。
ああいった姉妹がいるというのは、一人っ子の私にとってとても羨ましい。

…まあ、唯先輩は憂に頼りすぎな感じもあるけど。

そんなことを考えていたら、いつのまにか私は眠っていた。


次の日、唯先輩は「U&I」という歌詞を作ってきた。
唯先輩の憂を思う気持ちが詰まった、素晴らしいものだった。
満場一致でこの歌詞で曲を作ることになり、唯先輩はとても嬉しそうにしていた。

そんな唯先輩を見て、私は…うん、私は、少なからず嫉妬していた。
これだけの歌詞を作ることができる力に、ということもあるが、それ以上に、そんな歌を贈ることができる人が隣にいるという事実に。

もちろん私だって、今作ってる歌は大事な人を思って作っている。

しかし…それは唯先輩の憂に対しての思いとは雲泥の差がある。
家族に対する思いなんて、そう簡単に言葉にできるものじゃない。

…こんな思いで、あの歌を作ってしまっていいのだろうか。

唯「えへへー、楽しみだねっ!」

自分の歌詞に曲がつくことを喜び、唯先輩が笑いかけてくる。
私は、ぎこちない相槌しかうてなかった。


放課後、私はまた純と歌詞づくりに励んでいた…とはとても言い難い。
いまいち、いやまったく身が入らない。

純「ちょっとー、どうしたのよー」

純が私を心配そうに見ている。
大丈夫だよ、と言おうとしたが、口から出てきたのは、今日の出来事と、そのときの私の感情だった。

純「なるほどね…梓、あんた本当にくそまじめね…」

梓「だ、だって…!」

何を言う。
真面目に歌詞づくりを考えることの何が悪いのか。

純「そんな深く考えることないじゃない。私にはむしろなにが悩みどこなのかわからないけど」


純「作っちゃいけない歌なんてないわ」

梓「…」

純「別にいいじゃない、梓の唯先輩に対する思いがそんな崇高なものじゃなくたって」

純「どれだけ不格好でも、とにかく思いを伝えたい。だからそもそも歌ってものがあるのよ」

純「遠慮することはないよ、梓。今あんたが作れる最高の思いを作ればいいのよ」

梓「純…」


2