唯「あずにゃんはどういう仕事するの?」
梓「ギターの製作だとか、修理だとかを請け負う、楽器屋のメンテナンス係です」
紬「ギター作れるの!?」
梓「ええ、クラフトのコース取ってたんで」
律「何だ、演奏したいんだと思ってた」
澪「わたしも…何か意外だな」
梓「音楽技術を学んでいくうちに、自分のギターが嫌いになった時期があって…
それでも音楽、むしろ楽器に携わっていたくて、それで」
唯「そっか~、上手くても悩むことがあるんだね」
梓「…ただ上手くなるだけなら、努力で何とでもなりますよ」
紬「後はセンスってことね」
梓「ええ、その点では唯先輩を追い越せませんでした…悔しいですが」
紬「そんな唯ちゃんは幼稚園だよね?」
唯「そうだよ~」
律「唯に子どもを任す親…心配だろうな」
唯「失礼な!これでもちゃんと資格取ったんだよ~」
澪「頑張ってたもんな、昔からの夢だろ?」
唯「うん、まあ自分では覚えてないんだけどね」
梓「でもすごく似合います」
律「一緒に遊んでる姿だろ?」
梓「そうです、目に浮かびますよね」
唯「この人たちほんとひどいよ…」
澪「ムギは輸入雑貨扱う会社だっけ?」
紬「うん、そうよ~」
唯「駅前にお店ある会社でしょ?わたしあそこ大好き~」
律「買い付けとかやるのか?」
紬「最初は販売員からなんだけど、知識つけた後は仕入れや買い付けだって」
梓「海外まで行くんですね、何かかっこいい」
唯「でもムギちゃんはお父さんの会社に入ると思ってたよ~」
律「な、もったいない」
紬「わたしが望まなかったし、父がダメだって」
澪「そうなのか?」
紬「最初から狭い世間に入ってしまうと、自分で何も学べないからって。
もちろんゆくゆくは、家族の手伝いをしたいなって思ってるよ」
律「…ムギらしいな」
梓「…そうですね」
唯「りっちゃんは今のバイト先だっけ?」
律「そうだぞ、就活もせずに運いいだろ?」
梓「そうですね」
律「後輩に言われると何かムカつく!」
紬「でも本当、音楽に関われる仕事で良かったね」
律「本当は音大でも出なきゃ、楽器屋に就職って難しいからな」
唯「そうなんだ?」
律「うん、大手じゃ名の知れた音大出の店員がごろごろいるよ」
梓「そうですよ、専門の友達だって落ちまくってます」
澪「じゃあ本当に律は運良いんだな」
律「そりゃあ伊達に学校サボってバイトしてないぞー」
澪「威張るところか!」
紬「まあまあ澪ちゃん」
唯「頑張ってたのは澪ちゃんが一番知ってるんだから~」
澪「…まあ、そうだな」
梓「澪先輩はブライダル関連の会社ですよね?」
澪「ああ、ブライダルのプランナーだよ」
紬「頑張ってたもんね~」
唯「本当、ダブルスクールなんてよくやるよ~」
律「…マジでな、よく頑張ったよ」
紬「あらあら」
唯「熱いね~」
梓「アツアツです」
澪「やめてくれっ」
唯「自分たちの結婚式もプラン出しちゃうんだね~」
紬「その時は呼んでね?絶対よ!」
澪「はいはい、約束するよ」
梓「楽しみにしてます」
唯「…でも、離れ離れになっちゃうんだね~」
澪「うん、まあ…近いし大丈夫だよ」
紬「澪ちゃんたちなら大丈夫よ、ねえりっちゃん」
律「…わたし、本当に応援してるからな」
澪「…何だよ、そんな真剣な顔して」
唯「見せ付けてくれるね~」
紬「澪ちゃん顔赤~い」
梓「お酒のせいではないですね」
そう笑いあって、夜は更けていった。
結局誰もつぶれず、飲み会はお開きになった。
澪「みんな泊まってけばいいのに」
唯「そんな、2人のジャマは出来ないよ~」
紬「そうだそうだ~」
律「ムギかなり酔ってるな…」
梓「そうだそうだ~」
唯「あずにゃんも重症です」
澪「…置いていっていいぞ?」
唯「ううん、タクシー拾うから平気だよ~」
律「気をつけるんだぞ~」
唯「はーい、片付けて手伝わなくてごめんね」
澪「気にするな、またな」
律「おやすみ~」
唯「おやすみなさ~い」
騒がしかったこの部屋が、一気に静まり返る。
テーブルの上の食器や空き缶をふたりで片付けた。
流し台の前に並んで立つ。
水は冷たいけど、アルコールに火照った体には気持ちよかった。
澪「つぶれはしなかったけど、結構酔ってたな」
律「うん、梓なんて首まで赤かった」
澪「わたしのこと赤いってからかったくせにな」
律「…なあ、本気で思ってるよ」
澪「何が?」
律「…応援してる、頑張ってな」
澪「…何だよ、急に改まって」
律「澪ならやれる、信じてるよ」
「離れ離れでも、大丈夫かな」
そう聞こうとした。
自分でそう思ってても、律の口から聞きたくて。
愛しい声で「大丈夫だ」って、言ってほしくて。
聞こうとしたのに、聞けなかった。
次に、律がこんなことを言うから。
律「もう澪は、1人でも大丈夫だよ」
澪「…え?」
律「別れよう、わたしたち」
急に…何?
どうして…?
聞き間違えた、では済まされないほどしっかり、その声は響いた。
頭が真っ白になる。
その中にこだまする、律の声。
…律、何でそんなこと言うんだ?
澪「…どうしたんだ?」
律「どうもしないよ」
澪「待って、わかんない」
律「2回、言わせるつもりか?」
澪「言わないでよ、聞きたくない」
律「じゃあさ、そういうことだから」
澪「何でそんなこと言うの?」
律「思ったんだ、もう大丈夫だって」
澪「大丈夫じゃないよ、まだ一緒に居たい」
蛇口から流れる水を止めようともせず。
その場で律に問いかける。
律はこちらを見ない。
なのに手は止まったままだった。
澪「…離れ離れになるのが、問題?」
律「そうじゃないよ」
澪「じゃあ何?それが嫌って言うなら、わたしここに居るよ」
律「…いつまで自分を犠牲にする気だ?」
澪「何の話かわかんないよ…」
律「大学だってわたしたちに合わせてさ」
澪「犠牲になんしてない、自分で選んだんだぞ?」
律「…今度は努力で手に入れた仕事まで、ダメにするのか?」
澪「律のために何かを失っても…何かのために律を失いたくない」
律「…バカか」
澪「バカでいいよ」
律「…そんなことさせられるか」
澪「じゃあ…じゃあ律が来てよ!
犠牲にしてるって言うなら…今度は律が犠牲になってよ」
律「…出来ない」
澪「…じゃあ離れても、一緒に居ようよ」
律「…無理だよ」
澪「何が無理なんだ?ちゃんと話してよ」
律「…わたしと居ると、澪は幸せになれない」
澪「わたし幸せだよ?今までだって、これからだって」
律「幸せに結婚して、子ども産んで、それ全部出来ないんだぞ?」
澪「いいよ、律が居てくれるなら」
律「憧れのウエディングドレスも着せてやれない」
澪「…仕事選んだ理由、そんなんじゃないよ」
律「でも…辛いんだ」
澪「…律はそうしたいの?結婚して、子ども欲しい?」
律「ううん、思ったこともない」
澪「じゃあ!」
律「…でも澪がそう出来ないって考えると、悲しくなる」
澪「何だよそれ…」
律「わたしにだって、わかんないよ…」
澪「自分でわかんないこと、わかれって言うのか?」
律「そうだ」
澪「…律」
律「いつまでも依存してちゃいけないんだよ、わたしたち」
澪「…好きだよ」
律「…」
澪「…律は、言ってくれないの?」
律「…言わない」
澪「何で…?」
律「決めたから、もう言わないって」
澪「勝手だよ…そんなの」
律「ごめん…でも、ごめん」
澪「…律、ベッド行こう?」
律「…行かない」
澪「じゃあキスする」
律「…またそうやって逃げるのか?」
澪「…またって?」
律「バイト先の奴に告白されたって時、そうやって逃げた」
澪「逃げてないよ…律に触れたかっただけ」
律「逃げたよ」
澪「違う、大体断ったし、悪いことなんてしてない」
律「…あの時気付けばよかったよ、一緒に居るべきじゃないって」
そう言って、残った食器もそのまま律はソファに座った。
わたしはその場でしゃがみ込み、さめざめと泣いた。
律がつけたテレビからは、甲高い笑い声が聞こえる。
律は、笑っていなかった。
片手にはタバコ。
白い煙が、天井に届かず消える。
ひとしきり泣いた後、立ち上がる。
律の意思は固いようだ。
これが、最後。
澪「ねえ律」
律「…ん」
澪「わたし、そんなの納得いかないよ」
律「…勝手なのはわかってる」
澪「こんな風に別れるなら、この家出るのを最後にする」
律「…澪」
澪「それからもう…一生会わない」
もし、心変わりなら仕方ない。
律に好きな人が出来て、うまくいって結婚なんてしてさ。
わたしがプランした式に出席して、周りなんか気にしないで2人とも泣いて。
涙の本当の理由なんて、わたしたち以外にはわからなくて。
それでも、心から言うよ。
「おめでとう」って。
だけど…こんなの、受け入れられるわけないよ。
納得のいく理由も聞けずに、好きな思いもそのままで…こんな風に別れを告げられても。
友達にだって戻れるわけない。
―――――だから。
「この家出ても一緒に居るのと、一生会わなくなるの、どっち?」
テレビの声に、かき消されないようはっきりと。
これでもう、後戻りできなくなる。
少し時間を置いて、律はゆっくり答えた。
聞こえないフリなんて、出来なかった。
自分が問いかけたんだ。
答えは、それとなくわかっていた。
「…一生、会わなくなる」
何も言わず、リビングを出て寝室に向かう。
独りでは広すぎる、ダブルベッドに身を預けた。
真っ暗な部屋で、わたししかここには居ない。
この世の最後、世界の終わり。
あの時の気持ちを言い表すなら、きっとこんな言葉が似合う。
律はその日、ベッドには来なかった。
涙を拭う手、顔を引っかく指輪も外したくはなかった。
そのままわたしは、涙とともにベッドへ溶ける感覚を味わった。
目覚めると、律は居なかった。
家のものはそのままで、出て行ったわけではなさそうだ。
昨日の食器は片付いていた。
講義があることも忘れ、昨日最後に律を見たソファーへ腰掛ける。
綺麗に畳まれた毛布が置かれてる。
ここで寝たんだな、とわかった。
その毛布を抱きしめて、飽きずにまた泣いた。
それからしばらく、律と言葉を交わすことはなかった。
まだ一緒に暮らしている。
嫌でも顔を見なければならない。
同じ部屋で生活しているのに、わたしたちは独りだった。
共有しているのは、この部屋だけ。
テーブルに置かれた風邪薬。
袋には律の名前があった。
それを気付きながら、気遣う声の1つも掛けられなかった。
そんな時、携帯が鳴った。
唯からの着信だった。
最終更新:2011年02月15日 22:56