ピピピピピ...
少女が幸せそうな顔で睡眠を楽しんでいる部屋に無機質なアラームが鳴り響く。
勿論少女が前夜セットしたものだが当の本人は起きる様子を見せない。
十分程経過しただろうか、少女が無意識に止めた目覚まし時計の代わりに控えめに開いたドアから少女の妹が顔を出す。

「お姉ちゃん?今日、当番って言ってなかったっけ?」

その一言で夢の世界から勢いよく現実に引き戻される。
布団を跳ね除け思考を回らせる。

「憂・・・!今何時?!」

どたどたどた。
ばたばたばた。

「あー、寝ぐせがっ!」

睡眠で超過してしまった時間を取り戻すべく、慌しく用意をし始める。
朝の一分一秒はそれは大切なものだと実感する瞬間でもある。

「トイレトイレトイレ!」

「あ、お姉ちゃん、トイレは今お父さんが・・・」

「えー!・・・いいや、学校についてからでもっ」

洗面所に向かいかけた足でブレーキをかけ、リビングへ向かう。

「お姉ちゃん、朝ご飯は?!」

「今日はいいやっ、ごめん憂!」

「せめてトーストだけでも・・・」

少々行儀が悪いがトーストなら食べながらでも学校へ向かえるという配慮であろう。用意していた食パンを取りに台所へと向かう憂。

「あー、ごめん!大丈夫だからっ」

「そう・・・?」

「じゃ、行ってきまーす!」

「気をつけてね!」

リビングを出る瞬間、テーブルの上に置いてある菓子を見つけ、それをヒョイッと口に放り込む。

「これ貰ってくね!」

唯が玄関の戸を閉めると同時に父親がリビングへと姿をあらわす。

「相変わらず慌しいな、唯は」

「私がもうちょっと早く起こせればよかったんだけど・・・」

憂はあたかも自分が怒られたかのようにシュンと落ち込んでしまった。

「あれ?憂、ここにあった父さんのチョコ知らないか?」

「チョコ?今お姉ちゃんが何か持って行っちゃったけどひょっとして」

「え」


ところ変わって桜高軽音部部室。

「なんだ、梓もまだ来ていないのか」

一人で部室にやってきた田井中律はどうしたものかと一人で暇をもてあましていた。
鞄を複数人掛けの椅子に置き、自分も隣にごろんと寝そべる。

「澪とムギは職員室・・・、唯の奴はぐーすか寝てたなあ」

唯は律の目から見ても不思議なくらい今日は一日中寝ていたらしい。
普段も寝ている事が多々あるが今日は一段と目立っていた。

「また夜更かしでもしてたかな?」

そのままの体制で鞄を漁ると、先日紬が作った新曲の楽譜を取り出す。

「確かに難しそうだもんなあ・・・」

リードギターの項目を見ると音符や記号がいつも以上に多く見受けられた。
これの練習を始めたら止まらなくなってしまったのかもしれない。律はそう考えた。

「しかし・・・」

逆にただ単に他の事で遊んでいて夜更かしをしてしまった。というケースも考えられなくはなかった。
むしろそっちの方がイメージしやすかった。

「ふあ・・・」

窓から差す光と熱で適度に暖かい部室。
唯では無くても眠たくなるのは想像に難しくなかった。

「あー・・・、いかん」

ぐしぐしと目尻を乱暴にこすり、あくびと同時に出た涙をぬぐう。

「こりゃいかんなあ・・・」

そもそも寝転がらなければ済む話なのだが、今の律に判断能力はあまり残っていなかった。

「無数の蝶々が~・・・、りんりんリンパ球・・・」

眠気で段々と不思議な事を口走る。彼女はそもそも寝ちゃいけないとは思っていないのかもしれない。

「梓も来る気配無さそうだし・・・」

たまにはいいか、と言い終わる前に彼女は夢の世界へと誘われていった。


どれくらいの時間が経ったろうか。
固い椅子で寝てしまったが為に背中にだるさを感じた。
ぼんやりと目を開けると視界の先に少女が見える。

「澪・・・?」

熟睡してしまったのか、まだ頭が働かない。
一番可能性が高く、そして長い付き合いの少女の名前を口にする。

「ふふ・・・」

先ほどから背中に感じるだるさとは別に頭部に暖かさを感じた。
つまり律は少女に膝枕をされている形となっていたのだ。

「やっぱり最初は澪ちゃんなんだね」

少女のちょっと残念そうな口調に律は気付かなかった。

「・・・唯か。もうシエスタは終了か?」

「やだな。寝てたのはりっちゃんじゃない」

「そういやそーか」

ようやく頭が働き始める。

「澪達は?」

「・・・・・・」

「唯?」

「また澪ちゃん。か」

「え?」

「ひどいなあ、りっちゃんは・・・」

「ひどい?私が?」

唯が不思議な事を言い始めるのは今日に始まった事ではないが、今日のそれはいつもとは何となく違っていた。
普段とは違う友達の雰囲気にどうしたらいいか戸惑っていた。

「いつも気付かないからなあ。鈍感さんだねりっちゃんは」

「唯、どうした?ちょっと変だぞ」

「変?ふふふ、そんな事無いよ?いっつも澪ちゃんの方ばかり見てるりっちゃんがひどいんだよ」

「ちょっと待て、話が噛み合って・・・」

ない。と言葉を紡ぐ事が出来なかった。
律の口を自分の唇で塞ぐ唯。

「んむっ・・・?!」

突然の行動で「自分がキスをされた」と言う事が理解出来るまでにわずかの時間が掛かってしまった。

「むっ・・・んんっ・・んふっ!」

違うとは思いつつもてっきりまたふざけているのかと、唯をどかして呼吸をしようと腕に力を込める。
だが唯の力はそれ以上で、酸素を求めた口は声にならない声を出すにとどまってしまった。

「あむ・・・ゆひ・・ぷはっ・・・はむっ・・・」

「はあっ、はぁ・・・ゆ、い・・!んむぅ!」

上半身を押さえつけられている律は抵抗虚しく唯の思うがままにされるだけであった。
二人の唾液が交わる音が静寂に包まれている部室でただ一つ許されているような、そんな感覚。

「んふ・・・ふっ、ん・・・」

唯の口が離れ、酸素を求め呼吸をしようとするとすぐさま口を封じられる。
いつしかもがいていた手足も抵抗をやめ、呼吸がままならない苦しみでぐったりと身体を預けるままになっていた。

「んぅ・・・あむ・・・ん。・・・ぷはっ」

お互いの唇が離れる。二人の混じり合った唾液がトロリと糸をひいた。

「ふあっ!・・・はあ、は・・・あ」

唯の力が弱まった隙にすぐさま飛び起きる。

「っゆ、唯。お前?」

「わかった?りっちゃん・・・」

色々な衝撃をうけ、思考が追いつく前に反射的に唯に否定的な視線を送ってしまう。
何処か虚ろな目をした唯はそんな視線を異にも介さず言葉を紡ぐ。

「わたし、りっちゃんの事ずうっと見てたんだよ?気付かなかった?」

「み、見てた?」

理解が出来ない。いや、理解したくないと考えることをシャットアウトするかのようにオウム返しに言葉を返す。

「わたしはね?りっちゃんのこと・・・」

「ま、待て!ちょっと待ってくれ!」

「・・・・・・」

「突然言われても、その・・・」

「突然じゃあないよ!」

がばっ、と覆い被さってくる唯。
未だ混乱している律にそれを抑えきれる力は残っていなかった。

「やめろよ。今日のお前何か変だぞ?」

「・・・・・・」

一瞬違う反応を見せた唯に対し、好機と捉え必死に説得を試みる。

「そりゃいつも変な行動を・・・って私が言えた義理でも無いか」

「りっちゃん・・・?」

「どうしたんだよ、唯・・・。変なもんでも食ったのか?」

「あ、そうだ。美味しいお菓子があるんだよりっちゃん」

唯はごそごそとスカートのポケットを漁り、体温で少し溶け掛かっているチョコレートを取り出す。

「は?なんだ突然。あむ?!」

チョコレートを口に含んだかと思うと、またしても突如強引な口付けに移る唯。

「ひょ、ひょっとゆひ?!」

「らいひょぶ、りっひゃん・・・」

カリッ、と何かの殻を噛んだような感覚が口越しに伝わってくる。
(え、ちょっとこれって?)
先ほどの口付けとは違い、ぐいぐいと律の口内に異物が入ってくる感覚。
(し、舌ーー?!)
口内がチョコと唯の唾液で侵食されていく。

「はぷっ・・・、んぅ、んふっ」

必死に舌を押し戻そうと自分の舌で抵抗を試みるが、結局は重なる音を出すだけになってしまう。
と、もう一種類の異物についてふと気付く。
(・・・あれ?これは、チョコじゃないな?)

「ぷは。りっちゃんとお菓子、共有しちゃった・・・」

若干恍惚の笑みを浮かべている唯とは対照的に今までの唯との行動は自分では無かったかのように冷静な表情になっている律がそこには居た。
自分の肩を固定している唯の片手をぐっと掴む。

「唯!そのチョコよく見せてみろ」

「・・・?」

唯はごそごそとスカートのポケットを漁り、体温で少し溶け掛かっているチョコレートを取り出す。

「W・H・I・S・K・E・Y・B・O・N・B・O・N・・・」

「これかぁ・・・、ウィスキーとか思いっきり書いてあるじゃんよー!」

菓子の一種とはいえ、立派にアルコール入りの代物。
運悪く見つかったりしようものなら停学だってあり得たかもしれない。

「唯ー・・・、お前なぁ・・・」

ここで自身の身体が火照っている事に気付く。

「・・・ひっく」

「あは。りっちゃんも酔っ払って来た♪」

「こ、このやろう確信犯じゃ・・・ひっく」

律の反論も気にせず、自由な片手で器用にブラウスのボタンを外しに掛かる。

「あ、あのー?唯さんナニヲ?」

何となく予想はつくが聞かずにはいられないのが人間の性というものである。

「うふ、ふふふ」

三つほどボタンを開けたところで腹部が露になる。

「ひゃっ?!」

ブラウスの隙間から唯の手が腰へと向かう。

「やめっ・・・、く、くすぐったい!」

じたばたと身体をくねらせるが攻撃の手は休まらない。

「りっちゃんの身体、気持ちいい・・・すべすべ・・・」

「き、気持ちいくねーひゃははっ」

ススッと唯の手が上半身へと移る。

「ばっ、だ、駄目だって!ちょっと待て!」

尚も抵抗を続けるが、唯の力はそれを凌駕し、結局身体の自由が戻る事はない。

「おまっ、待て!駄目だ!そこは駄目だ!」

スルスルと上半身を探るように撫で回していた唯の手はアンダーウェアの内側に侵入する。

「ひゃあうっ!」

敏感な部分を触られ、思わず声をあげる。

「ひゃあう、だって・・・、やっぱりりっちゃん可愛い・・・」

「か、かわいくねーし・・・!」

先ほどから止まらない身体の火照りはアルコールの所為か、それとも・・・。

「りっちゃん・・・」

突如糸が切れた人形のように全体重をかけてくる唯。

「あ?唯?・・・おい?」


勿論片手の侵入も、拘束も解けたが先に思い立つのは唯の心配。
こんな状況でも律らしいといえばらしい。
ぺちぺちと頬を叩いてみる。

「くー・・・、りっひゃん・・・」

「寝てるし・・・!」

幾度か叩いてみたが、起きる気配は全くなし。

「散々好き勝手やりやがって。いいご身分だこと」

ふ。とため息をつく。
そして我に返る。

「っていうか私ブラウスん中に手入れられたままだしっ?!誰かに見付かったら・・・」


カチャリとタイミングをはかったかのように部室の扉が控えめに開く。

「すいませーん・・・、お姉ちゃんが今日・・・」

憂だ。

「・・・」

「・・・・・・」

勿論体勢を立て直せないままばっちりと目が合う。

「憂ちゃん。あのね、これはね」

「律さん・・・」

後ろ手にそっと扉を閉める憂に動物的直感が働く。

「憂ちゃん。なんていうかさ、私が被害者というかなんというか」

こ、殺される!
普段から「お姉ちゃん大好きオーラ」を出している憂によりによってこの現場を目撃されるとは!

「ごめんなさい!」

「・・・へ?」

多少律の思い込みが激しかったとはいえ、謝られるとは思っていなかったので律の頭にはハテナマークが浮かんでいた。

「実は今朝、お姉ちゃんがお父さんのチョコ持ってっちゃって・・・、その、アルコール入りの」

「それで、お姉ちゃん・・・、前にも一度間違えてお酒飲んじゃった事あるんですけど・・・、その・・・」

もじもじと何か言いづらそうに手を交差させたり頬をかいている。

「酔っちゃうとお姉ちゃんの抱き癖が悪化しちゃうっていうか・・・」

「・・・あぁ」

勿論今まで自分が被害者だったわけで、すべてを理解するにそう時間は掛からなかった。

「ごめんなさい、私の不注意でっ」

ぺこりと頭が床につきそうなくらい頭を下げる憂。

「は、はは・・・。ははは」

何というか、もう笑うしか無かった。

「すみません、送ってもらっちゃって」


平沢家、玄関前。

「いいって、ほら唯。家に着いたぞ」

「んふー、お腹いっぱいのチョコパフェ・・・」

ここまで運ぶ間にも一向に起きる気配を見せなかった。それは家に着いた今も同じであった。
平沢姉妹を送り届けた後、一人帰路につく。
何かされなかったか、と憂の問いに必死に否定したが、おそらくばれていたのかもしれない。

「あちゃー、顔まっかだなー・・・」

ガラスのショーウィンドウごしに自分の顔をぷにぷにと引き伸ばしてみる。

「唯の『好意』か・・・」

ビュウ、と寒風が通り抜ける。
ポケットに手を突っ込み、咄嗟に目を閉じる。

「これは私の胸にだけしまっておくか・・・」

唯がいつもやっているように、フンスと真似て気合を入れてみる。

「明日からはまた元気なりっちゃんでいくぜ!」

唯の好意をそれ以上でも無く、それ以下でもなく受け止め、軽音部部長は今日も明日も元気に突っ走るのであった。


終わり。