第一志望のN女子大の受験を終えて、残すはすべり止めのR大学のみ

学校もなく、最近みんなと会ってない気がする

梓は一人で寂しくないだろうか

あ、さわ子先生もいるから大丈夫……かな?

澪「勉強に集中できないなぁ……」

すべり止めの勉強はどうも力が抜けてしまう

澪「一旦気分転換に外に出ようか……」

豆や鬼が支配していた町も、見ないうちに甘い匂いに包まれていた

澪(そういえばN女子大の合格発表はバレンタインの日だっけ)

女子高に居る私達にとって、本来バレンタインなど友情を確かめる日でしかない

でも私は違う

澪(律……最近話してないな……)

一緒に勉強しよう、と言えば会うことは簡単なのだけど
彼女との勉強は勉強にならない恐れがある

あと、大学に行っても彼女に勉強を教え続けるのは彼女にとって良くはない

だからできるだけ彼女が泣きついてくるまで放置しているのだ

澪(キットカットでも買って帰るかな……)

女「あー!これ可愛い!」

男「バレンタインのお返しに買ってあげるよ」

女「えー!今欲しいなー!」

澪(声おっきい……)

私は律とどういう関係になりたいのだろうか

男「じゃあ今買ってあげるよ」

女「きゃー!優しいー!」

澪(……カップル爆発しろ)


その瞬間である

ぼんっ!
と、耳に響く大きな音がした

焦げた臭いが辺りに漂う

まだ寒いはずの外気が何故か暖かい

視界の先には……

先ほどのカップルが倒れていた

誰かが大声で「救急車!」と叫んで、私の意識はようやく現実に戻った

カップルの周りには人だかりができている

何があったのだろう

……理解していたが、理解したくなかった

澪(これってもしかして……)

私のせい?


結局私はそのまま予定通りキットカットを買って帰った

チョコレートを食べると集中力が上がる、という噂を聞いたことがある

カロリーは……頭を使って糖分を消費するから大丈夫だろう

なにより、先ほどの光景を忘れるためには勉強しかなかった

その日の夜、私の携帯に1通のメールが届いた

『今日一緒に勉強しようぜ、場所は唯んちな』

律からだ

こんなメール1通でも、貰えれば嬉しいものだ


翌日の朝、私は手早く外出の用意を済ませ、唯の家に向かった

澪「おじゃましまーす」

憂「あ、澪さん! どうぞ上がってください」

澪「みんなは?」

憂「ムギさんは遅れるそうです、律さんはまだみたいですね」

やっぱり律を起こして一緒に行くべきだったか

澪「唯は……寝てるんだな」

憂「はい」クスッ

人が集まるまでゆっくりしてようと思っていたが、唯を起こすので手いっぱいだった

唯が起きた瞬間を狙ったかのようなタイミングで、律とムギが到着した

全員揃って、さて勉強だと言おうとしたその時、律の口から聞きたくない言葉が放たれた

律「そういえば昨日の事件しってるか?」

紬「知らないわ」

唯「ん、私も知らない」

律「お前は寝てたからだろ、なんでも昨日この辺で爆発事件があったらしい」

澪「……」

律「被害者は男女カップルで、イチャイチャしてたら突然爆発したらしいぜ」

唯「その人たちはどうなったの?」

律「なんとか……軽傷で済んだらしい」

紬「恐いわ……」

澪「そ、そんなくだらない話より勉強だろ!」

律「くだらなくないって!私達が被害者になる可能性もあるんだぞー!」

澪「そんなことないから早く勉強だ勉強!」


正直私は自分に他人を爆発させる能力があるなんて信じていなかった

たまたまタイミングが合ってしまっただけとしか思えない

でも何故か私の脳が、完全な否定をさせてはくれないのだ

「澪ー、みーお―!」

澪「ん?」

律「澪、どうした? 具合悪いのか?」

澪「う、うん……ちょっとな……」

唯「大丈夫? ちょっと休む?」

澪「うん、そうさせてくれ……」

憂ちゃんに介抱されつつ、私は平沢家の居間でぐったりと寝転がった

唯はいつもこんな状態なんだろうな、と思うと今の自分の状況が滑稽に思えてきた

お昼が近づいて、ニュース番組が始まった

私はニュースを何も聞かないで、チャンネルを変えた

憂「ニュース……嫌いでしたか?」

澪「今頭痛いから……たくさん情報が入ってくるのは辛いんだ」

憂「そうですか」


昼時になるとみんなが唯の部屋からぞろぞろとお腹をさすりながら出てきた

律「澪、大丈夫か?」

澪「大丈夫だ、具合悪いのも治ってきたよ」

紬「良かったー」

唯「ところで澪ちゃん、憂、みんなでご飯食べに行かない?」

憂「私は大丈夫だよ、澪さんは?」

澪「ああ、外の空気も吸いたいし、丁度いいな」

私達5人は当てもなくふらついて、何か食べられる店を探した

律「カツ丼なんてどうだ!受験に勝つって奴で!」

唯「カツは昨日食べたからいいや」

律「なんだと!抜け駆けか!」

憂「ご、ごめんなさい」

律「ああ、憂ちゃんは別に悪くないから!」

唯「私だって悪くないよう!」

紬「牛丼は?」

澪「……もっと女子高生らしい食べ物はないのか?」

律「なんだよ女子高生らしい食べ物って」

唯「じょしこうせいじょしこうせい……ジャージャー麺?」

律「語感じゃねーかよ!」

澪「語感も大して合ってないと思う……」

そんな会話をしていると、妙な人だかりに遭遇した

律「おーおー、なんかやってるなぁ」

唯「バレンタインフェア?」

紬「素敵ね♪」

澪「……」

私は込み上げる黒い感情を抑えるので精一杯だった

憂「澪さん? どうしたんですか、恐い顔して……」

澪「!」

律「澪ー、嫉妬かぁー?」ニヤニヤ

澪「ち、違うよ!」

ダメだ……他人に言われると……律に言われると意識してしまう

唯「幸せそうだねー」

紬「恋って素敵よねー」

澪(……ば、爆発しろ)

ぼんっ!と音がする

その音を聞くと、私の理性は崩壊した

澪(爆発しろ……爆発!爆発!爆発!)

辺りから強烈な爆発音と悲鳴

地獄を体現したかのような光景だった

紬「きゃあああああああ!」

ガラスを引っ掻いたようなムギの悲鳴に、私は思考を止め、仲間たちを振りかえった

唯「怖いよぅ……ひっく……」

憂「お、おねえちゃあん……」

律「……な、なんだよこれ」

やってしまった

抑えきれなかった

澪「……っ!」

私は気が付けば走りだしていた

律「お、おい! 澪、どこ行くんだ!」

もう律に会わせる顔なんてない

律「危ないぞ! 犯人がどこにいるか……」

犯人は私だ

……私は、すべてを棄てて逃げ出した


ここはどこだろう

気が付けば知らない町にいた

近場にこんなところがあったなんて、と感心していたが
ふと辺りが暗くなっていることに気が付いた

私以外の人は誰もいない

澪「遠くまで来ちゃったのかなぁ……」

不安と絶望と疲労が私を襲う

澪「……もう帰れないし……どこかわからないし」


ぐぅー、と私の心境に合わない緊張感のない音が聞こえる

そういえば昼から何も食べていない

澪「私、このまま飢え死にしちゃうのかな……」

?「秋山澪さん」

澪「誰ですか!? わ、私を知ってるんですか!?」

?「はい、私は……」


澪がいなくなって二日

姿なき爆弾魔のニュースは絶えない

澪は大丈夫だろうか

唯「りっちゃん、今日も探しにいこ」

律「ああ」

私達は澪の捜索を続けていた

カップルを襲う爆弾魔のニュースが続き、バレンタインまであと1週間を切ろうと言うのに町に人はいなかった

いるのは「どうせカップルしか襲われないんでしょ?」という肝っ玉なおばさんぐらいだ

そんな中、私は見覚えのある人影を見つけた

律「あれは……もしかして澪? フード被ってて見えないな……」

その人影は黒っぽい上着で身を包み、ゆらゆらと町中を歩いていた

律「……爆弾魔かもしれないし、ちょっと追いかけてみよう」

黒服の女性は依然、ふらふらと歩き続けている

律「……何かを探してるのか? ……やっぱり爆弾魔?」

大きめの公園に着くと、そこにはいかにも喧嘩が好きそうな男と、ケバい女がいた

恐いもの知らずとはこういうものか、と私があきれていると
黒服の女性は彼らに手をかざした

その瞬間

ぼんっ!と音がした


律「何してんだお前!」

私は頭に血が上っていて相手が爆弾魔だということを忘れ、爆弾魔のかざされた手を掴んだ

爆弾魔は少し驚いた様子で、ビクッという振動が彼女の手から私の手に伝わった

律「なんか言えよ!」

私は爆弾魔の顔を思い切り殴った

爆弾魔は予想外に無抵抗だった

爆弾魔のフードから見慣れた顔が私を見ていた

薄々想像はしていた

爆弾魔は……澪だった

律「澪! なんでお前が!」

澪「ふふ、ふふふふ……」

澪の放つ不気味な雰囲気に足がすくんで動けない

澪「さよなら……律」

私はその言葉を聞いて死を覚悟した

しかし、またも予想に反して澪は走っていってしまった

律「まて!澪!」

その言葉も虚しく、澪はどこかへ消えてしまった

「う、うーん……」

律「あ、そうだ!救急車!」

澪とのやりとりですっかり忘れていたカップルの存在をようやく思い出し、私は救急車を呼んだ

カップルはとりあえず無事だったようだ

良かった、澪が人殺しをしないで済んで……


澪が爆弾魔であることは誰にも言わなかった

いや、言えなかった

本当はそれは澪のためにはならないのだろうが、私には澪を社会の敵にする勇気がなかった

このまま誰にも言わなければ、澪は何食わぬ顔で帰ってきて、爆弾魔は自然消滅するかもしれない

……ダメだ、そんな方法で解決するのは良くない

何よりそれでは私が今まで通り接することができないだろう

なんとか私が澪を説得したいんだけど……

律「あのさ、私澪に悪いことしたかな?」

唯「それが原因なんだとしたら、りっちゃんが最近澪ちゃんに冷たかったからじゃない?」

律「!」

意外な人物からの指摘を受け、私は反論できなかった

いや、思い当たる節があったからかもしれない

紬「確かに、澪ちゃんちょっと寂しそうだったわね」

唯「そういえばいなくなった日も澪ちゃん、カップル見て恐い顔してたって憂が言ってたよ」

律「……」

律「そうか、じゃあ尚更あいつに会わないとな!」

唯「うん、りっちゃんも元気出てきたね」

律「ああ、会ったら一発殴ってやる!迷惑掛けやがってってな!」

紬「ちょっと乱暴だけどその意気よ!」

まぁ、すでに一発殴ってるんだけどな

でも今度会ったらもう一度殴ってやる!

今度は怒りじゃない、澪を更生させるために、私の気持ちを伝えるために殴るんだ!


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最終更新:2011年02月15日 03:05