唯「えへへ……何日ぶりかな……」

 こんにちは平沢唯です!
 修学旅行から帰ってきた平沢唯です!
 本日は修学旅行の振り替え休日です。お留守番です。

 唐突ですが今日は憂の居ぬ間に憂のお布団をもふもふしたいと思います!

 さてさっそく、まずは第一の難関、ベッドインです。
 憂のベッドの上に上がるときは十分に身を清め穢れのない状態で臨まないといけません。
 わたしの体臭でせっかくの憂の匂いを損なってしまっては台無しです。

唯「ふんすっ……ふんすっ……」シュイッ シュイッ

 また、布団の下に閉じ込められた芳醇な憂分を含んだ空気が逃げてしまっては大変です。
 いくら同じ憂の部屋の空気とはいえ深層憂気体は純度100%で味わいたいわたしは、空気をまとわずに移動するべく準備運動に余念がありません。

唯「よし……、アップは……これくらいでいいかな……」

 さぁ、憂のベッドの上に上がることに関しては世界的権威とも言われているほどのわたしの全身全霊を、いまこの瞬間に捧げましょう。

 平沢唯、十七歳、灼熱の刻です。


 吸って、吐く。
 深くゆっくりと一呼吸すると、急にぴん、と部屋を満たす空気が張り詰め冷たくなったように感じました。
 部屋に鎮座するベッドそしてその上の憂が毎日匂いを染み込ませている寝具たち。
 その圧倒的存在感に、ごくりと喉が鳴ります。

 わたしとしたことが、緊張しているのでしょうか。

 間合いは完全に掴んでいます。あと一歩踏み出せば、わたしの射程距離内に入ります。

 しかし、一向にその一足が踏み出せないのはなぜでしょうか。
 まさか、無意識の内にこのわたしが「恐怖」しているというのでしょうか、そんな馬鹿な。

 ほんの数日間この悪魔城と形容して過言ではない憂のベッドに挑まなかっただけで、ここまでのプレッシャーを感じるとは。

 士別れて三日なれば、まさに刮目して待つべしという言葉がありますが、さすが、憂のベッドです。

 ですが、いつまでもうろたえている時間はありません。
 タイムリミットは憂が帰ってくるまで、堪能する時間はあと六時間しかありません。
 憂の布団をもふもふするには足りないくらいです。覚悟を決めなければ。

唯「……お願いしますっ……!」

 意を決して、深層憂気体で肺胞を満たすべく、まずは肺から空気を1cc残らず吐き出しました。
 そして見る人全てを魅了するであろう流麗な動きで憂の布団に滑り込みます。

 それからはもう一心不乱にクンカクンカするだけです。

唯「クンカクンカクンカクンカ……!」クンカクンカ

唯「クンッ……?!」

唯「くん、すんすん……」クンカクンカ…

 ……なにかが、おかしい……。

 かすかな、いや、わたしが認められない程度には大きな、違和。

 憂以外の、匂いがする……。

 匂いを更に嗅いでいくたびにわたしの中に芽生えた懐疑心は膨張していき、やがて行為は堪能から探索に変わりました。

唯「そんな、憂に限って……、わたしがいない間に……」

 ベッドの上を目を凝らして見回します、髪の毛でも、糸くずでも何か証拠があるかもしれない。
 そしてなければ憂を少しでも疑った愚かな自分を戒め、今度からは慎ましく憂のベッドをもふもふくんくんすることにしましょう。

 しかしわたしは見つけてしまいました。

 枕元に残された汚らわしいちぢれ毛を。


 汚らわしい、とは失言でした。
 決め付けるのは良くありません。
 秘密裏に行われた前回の毛髪チェックでは生えてなかった憂にもついに、下の毛が生えた、という可能性も捨て切れません。

 今夜、確認の必要がありそうです。

 しかし、憂にも下の毛が……そう思うと、妹の健全な成長に自然と頬が綻んでしまいます。

唯「ふひ……ふひひ……」

 姉としても一安心です。ですが憂はまだまだよそには任せられない半人前です。
 むしろ誰にも任せたくありません。

 そう、憂がわたし以外の人間をベッドの上に上げただなんてことはあってはならないのです。


 しかたがないから憂の衣類でいっぱいのクローゼットの中でくんかくんかしていたら、あっという間に憂が帰ってくる時間になってしまいました。
 家の玄関の扉が開閉する振動を感じた瞬間、クローゼットから己が身を解き放ちます。

 一刻も早くちぢれ毛の謎を解くべく未だ玄関にいるであろう憂の元へ、階段を駆け下りました。

憂「ただいまー、お姉ちゃん」

唯「おかえりうい! うい!」

憂「どうしたの? なにかあった?」

 少し息を切らして憂の元へ飛んできたわたしを、怪訝に思っているようです。
 小首をかしげてもうかわいらしい。

 しかしこれから姉妹の血を争う疑惑の大審判が始まります。

 外堀から埋めるように、なーんてまどろっこしい手段はわたし向きではありません。
 攻めの姿勢を貫いて最後には必ずお姉ちゃん大好きと言わせて見せましょう。

唯「うい! ちょっとぱんつ脱いで!!」

憂「えっ!?///」

 生えていればあのちぢれ毛は憂のもの、生えていなければ……。

憂「めっ!」びしっ!

唯「ごめんなさぁああい!!!」ビエエン

憂「家の外で変なこといっちゃダメだよ? お姉ちゃん」

唯「ごめんなしゃい……ぐすっ」

――憂に怒られてしまいました。
 憂に怒られると自分の生きている意味さえ失うようでイヤなので早々にごめんなさいしました。

 ぐずぐず泣いている暇はありません、この件は明日からのもふもふライフがかかっているのです。

 しかしどうしましょう。憂のおまたを確認する方法を新たに模索しなければなりません。

 憂の作ってくれたごはんを食べながら脳内作戦会議です。


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~唯の脳内会議~
――――――――――

唯A「はい! やっぱりお風呂に一緒に入るのがいいと思います!」

唯B「いやいや、憂がトイレに入ってるときに間違えたふりして入っちゃうのがいいよ!」

唯C「ていうか今日のハンバーグ美味しくない?」

唯A「何言ってるの? 毎日おいしいじゃん!」

唯B「うんうん、毎日おいしいよねー」

唯C「憂は自慢の妹だよねー」

唯ABC「「「ねー♪」」」

――――――――――

――――――――

憂「お姉ちゃん、おいしい?」

唯「おいしい!」

 今夜も憂との楽しい楽しい食卓が幸せに滞りなく過ぎていきました!

――――――
―――

 ……いやはやわたしとしたことがあまりのハンバーグの美味しさに作戦会議を途中放棄してしまいました。
 しかし方向性はすでに決まっていました、トイレ、おあ、お風呂です。

 日常的なぱんつをおろす瞬間を狙うことに決まりました。

憂「お姉ちゃん、ちょっとトイレいってくるね」

 来ました、さっそくチャンスです。

 トイレへ向かう憂を後ろからつけます。
 しかしそこはさすがわたしの妹、後をつけるわたしの気配に気づいている様子。

 こちらをちらちらみてきます。鋭い。

憂「お姉ちゃん、なんで家の中でほふく前進してるの?」

唯「ちょ、ちょっとごろごろしてるだけだよっ……!」

憂「……そっか」

 ……危ない危ない。
 しかし予定通り憂がトイレの扉を開け、閉めました。

カチャンッ

 鍵までしっかりかけるなんて、しっかりしてる子です。偉い偉い。偉いねぇ。

 ……ぜーんぜん偉くないぃっ!!

 扉の向こうでは衣擦れの音が聞こえます。
 一枚隔てた向こうでは憂のおまたが大公開中だというのに、わたしは力なくトイレの前でうなだれることしかできません。

 いいえ、ここであきらめてしまうのはいささか早計というもの。
 絶望するにはまだ早すぎます。
 そうです、家のトイレの鍵は外側からも開けられるのです。
 爪を鍵の溝に挿して、まわす。
 それだけで夢の楽園への扉の鍵は開錠され、憂の下の毛を確認することが出来ます。

 ならばやらない手はないでしょう。
 「あ、間違えて開けちゃったー。憂、ごめんねー間違えちゃったー作戦」を強行して見せましょう。

サクッ くいっ

 あ、間違えて鍵開けちゃったーついでに扉もあけちゃったー。

 がちゃりと扉を開けるとそこには当然、便座に座る憂がいました。
 びっくりした様子で目を見開いています。
 しかし様子がおかしいです。おなかを手で押さえて、その手の影でおまたが良く見えません。
 ていうか顔を真っ赤にして、涙目で、あれ、怒ってる?

憂「お姉ちゃんのばか!! 早く出てって!!」

 あ。

 ……いや、ほんとに、おしっこのほうだとばかり。

憂「早く出てってよぉ……ぐすっ……」

唯「ご、ごめんういっ!」

 事態を把握して慌ててトイレから出て扉を閉めました。中からは憂のすすり泣く声が聞こえてきます。
 しまった……、泣かしちゃった……ど、どうしよう……。


 妹を泣かす。

 それはこの世の姉にとって最も美しくない、恥ずべき行為です。
 その不名誉を返上するには早急にごめんなさいをして慰めて、前よりいっそうの姉妹愛を築き上げなければなりません。

 とりあえずトイレの前で土下座して待っておきましょう。

 水の流れる音と、トイレットペーパーを引き取る音が聞こえます。もう少しででてくるかな、お尻を拭く音が聞こえてきます。
 少しの間があって、それからドアノブがゆっくりと回りました。わたしは額を床にこすり付けて平身低頭謝罪の権化と化しました。

 目をぎゅっとつむって、これから浴びせられるだろう憂のいかなる視線にも発言にも行為にも耐え受け止める覚悟をしました。

 ドアノブが回るよりゆっくりと、小さく扉が開いて憂のきれいな左足が出てきます。
 思わず匂いを嗅いでしまいたくなる白いあんよ、そんなにきれいな足ですから、次の一足でわたしの顔面が蹴り上げられようと、自戒の念をもって潔く受け入れましょう。
 いえ、そんなことはされないとわかっていますけれど。

唯「ごめんなさい!!」

 誠心誠意の土下座です。
 わたしは、憂を想うあまり暴走して、あろうことかその憂のプライバシーを侵害してしまったのです。
 数秒前のわたしの、なんと身勝手なことか。お尻ぺんぺんしてやりたいくらいです。

憂「………………」

 今更過ぎるその言い訳がましいわたしの思考は、憂がトイレから出てきて、五秒で途切れました。

とん、とん、とん、とんとんとんとん!

 なんと土下座するわたしをあっけなく無視をして、無言で、しかも加速度的なリズムで階段をのぼっていったのです!

 超、怒ってる……。

唯「ど、どど、どうしよぉおぉ……」

 人生最大のピンチです。
 か弱いわたしは憂無しでは生きていけません。

 本当にどうしたらいいのでしょう、憂も年頃です。
 実の姉とはいえ、その、大……のほうをしているところを見られたなんて、恥ずかしくてたまらないでしょう。

 わたしは憂の生産したものならなんだって愛せる自信があるのに。

 かくなる上は、脳内会議、開始。

――――――――
~唯の脳内会議~
――――――――――

唯A「ういに嫌われた……ぜったい嫌われた……」

唯B「誰なの? 鍵開けてトイレ入ろうなんていったの……」

唯C「間違えて入っちゃったフリしようって始めにいったのはBちゃんでしょ……」

唯A「ういぃ……ぐすっ……ごめんなさぁあぁい……」

唯B「鍵開けてまで入ろうなんていってないよお……!」

唯C「すなおにお風呂を狙えばよかったのにぃ……」

唯ABC「「「びえぇえぇええんっ!!!」」」

――――――――――

――――――――

 ……ダメです、次すべき行動が全く浮かびません。
 もう泣いてしまいたいです。

 ……こしゃくなことはもう考えないようにしましょう。

 土下座ではなにも、伝えられなかった。
 ならばわたしに何が出来るでしょう。

 地に伏せていた身体を起こし、立ち上がりました。

 一刻も早く、憂を抱きしめてあげなくちゃ。
 そして耳元で、こう囁いてあげるんだ。「憂の全てを、愛してるよ」って。

 憂の部屋の扉を開けると、机に突っ伏して、泣いている憂がいました。

 わたしが部屋に入ったことに気づくと、泣き顔を見られたくないのか、いっそう深く腕の中に顔をうずめました。
 そのしぐさを見てまたわたしの胸はずきりと痛みましたが、ここで逃げ出すわけには行きません。

唯「うい……聞いてくれる……?」

 呼びかけると、強張るようにぴくりと憂の身体が動きました。
 それを肯定と受け止めて、わたしは謝りはじめました。

唯「うい、ごめんね、あの、事情があって……」

憂「……なんでトイレのぞいたの? 意味わかんないよ……」

 しかしさえぎられて、問いかけられます。
 そのとおり自分でも意味がわかりません。

 冷静になってみれば妹のおまたみたさにトイレに侵入する姉がいつどこにいましょうか。
 なうひあ。わたしでした。

 しかしわたしはわたしの意味のわからない行動を説明しなければならないのです。懺悔しなければならないのです。

唯「……あのね、うい、今日ういが学校に行ってる間ね、なんだか寂しくなってういのベッドに入りたくなったんだよ……」

唯「そしたらね、ういの布団の枕元に……その、憂の髪の毛じゃない、……ちぢれ毛があって……」

唯「あのちぢれ毛がういの毛だったらいいんだよ? ういにもそういう毛が、いい加減生えてくれないと困るし……」

 あぁ、なぜだかわたしの目には涙が湛えられていきます。なかなかこの先を口走ることが出来ません。
 まさかありえないとは思いますが憂の口から、お姉ちゃんがいない隙に、他人をベッドの上にあげてましただなんて、あああ、聞きたくない! 考えたくない!

憂「……えっとね、お姉ちゃん、あらぬ誤解をしているようだけど……」

唯「誤解ってなにさ……下の毛だって生えてないんでしょ……? あれはういの毛じゃないんでしょ……?」

憂「うん……まだ、生えてない、けど……」

唯「うわぁああぁあん……!! やっぱり……ういがうわきしたぁああぁあぁ……!!」

 あれが憂の毛じゃない=憂がわたし以外の他人をベッドに上げたということです。
 まさかまさか他人をベッドの上に上げただけでなく共に大人の階段をも上ってしまったとでも言うのでしょうか。
 そうだとしたら発狂しそうです嫉妬に狂いそうです。

憂「あ、あのね、お姉ちゃん。落ち着いて?」

唯「うぅ……ぐしゅっ……わたしがいないあいだにういはうわきしてたんだぁあぁあ……!!!」

 うわあああああああん!! ういのうわきものぉぉおおお……!!


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