私の恋人はやけに生真面目で、堅物で、女性だ。
メタルなんて全然好きじゃなくて、むつかしい本を読んでいて、あんまり私がふざけると嫌そうな顔をする。
そんなわけだから、正直どうして恋人同士でいるのか不思議なくらいだ。

「和ちゃん、和ちゃん」

「なんですか」

「えっと、変なこと言うから、聞いてくれるかしら」

「どうぞ」

「……付き合ってくれる?」

馴れ初めからして、彼女はこんな風に素っ気なかった。
放課後の生徒会室、なんてところで打ち明けたのも悪かったかも知れないが。
ちなみに、この時の彼女の返事は、お好きにどうぞ、だった。

けれど、私は彼女が好きだ。
年下なのに私よりしっかりしていて、女性なのにそこらの男よりさっぱりした性格の彼女が好きだ。

そんな彼女と付き合い始めてそろそろ一ヶ月が経つ。
彼女は今でも、私のことを山中先生と呼ぶ。

「先生、今週は遊びに誘ってくださらないんですね」

ある日、突然こんなことを言われた。
そもそも彼女のほうから週末のことを言ってくるのが珍しいし、
それも授業が終わったあと、まだ周りに生徒もいるときのことだったから、尚更だ。

私は小声で返した。

「あとでね」

彼女はいたずらっぽく微笑んで、私から離れていき、また平生通り大人びた振る舞いでクラスメイトたちと談笑をしながら、音楽室を出て行った。
たまらなく胸が脈打つ。
恐怖と、あと何かがごちゃまぜになったような感じだ。

私が誘ったときは用事があるだの勉強するだの言うくせに、急にこんな風に誘ってくるなんて、一体何を考えているんだろう。
不思議に思いながらも、私の胸は高鳴った。

私が彼女と自由にお喋りできるのは、いつも放課後の生徒会室で、
私は何か大層な用事でもあるかのように、少し胸を張って入っていく。
いつも、彼女は短い髪の毛を弄って、頬杖を突いて私を待っている。

「こんにちは」

「こんにちは」

お互いに挨拶をした後は、あまり彼女のほうから話しかけてくることはない。
むつかしそうな顔をして、物理の教科書なんかを読んでいる。
私がじっと見つめていても表情一つ変えない。
じれったくなって、私は彼女に話しかけた。

「ねえ、和ちゃん、今度の日曜日、本屋にでも行こうか」

彼女は顔を上げて、目にかかった前髪を払い、私を見つめた。

「本屋じゃなくてもいいよ?」

私が付け加えると、彼女はくつくつと笑った。

「遠慮しておきます。家で勉強をしておきます」

そうして立ち上がって、振り向かずに生徒会室を後にした。
私は一つ大きくため息をして、それがすっかり秋の夕陽に溶かされてしまった後で、あー、と声を上げた。

「あー……もう、なんなのよ」

いつもこんな感じで、実を言えば彼女と私が一緒に出かけたことなんてない。
精精、生徒会の会議で帰りが遅くなったときに、家に送って行くくらいだ。
それも、付き合い始めて数日後に、一度あったきり。
私は勢い良く立ち上がって、生徒会室から大股で離れていった。

その日は仕事が割合早く終わった。
苛々した気分もこれでどっこいどっこい、と言ったところだろうか、私は自分で思ったより柔らかい表情をしていた。
車に乗り込みサイドミラーで見るまで気づかなかった。

キーを回すとエンジンが怒声を上げて、車が揺れ出す。
アクセルを踏んで、学校を後にした。

曲がり角をあっちにこっちに曲がって、非効率極まりない道順で家を目指す。
和ちゃんの帰路を辿っているのだが、さんざ彼女が冷たくあしらうのだから、このくらいはしてもいいのではないか、と思う。

とはいえ、流石に彼女の帰宅時間と私の帰宅時間は大きくずれているので、こうして追っていっても鉢合わせをすることなど無かった。

しかし、どうしたことか、その日私はふと目を遣った歩道に彼女を見つけた。

いつもは起こりえないことが、その日に限って起こった理由は直ぐに分かった。
彼女の隣には、彼女の幼馴染がクレープをもって立っていたからだ。

少し迷ったが、ウィンカーを点滅させて、私は彼女たちのほうへ車を寄せた。
窓を開けると、私が口を開く前に、和ちゃんの幼馴染が

「あ、さわちゃんだ。ねえねえ、車乗せていって?」

とせがんできたので、私は何も言わずに、二人を車にのせてやった。
二人は後部座席で姦しく雑談している。
私はそれを聞きながら、ハンドルを回してそれなりに運転していた。

「ああ、和ちゃん、私のクレープ食べないでよ」

「いいじゃないの、ちょっとくらい。はい、代わりに私のあげるわ」

などと話して、互いにクレープを交換しあったりなどしている。
和ちゃんは優しく微笑んで幼馴染を見つめていた。
私はハンドルを回して、わざと遠回りをしたくらいだ。

まず、和ちゃんの幼馴染の家についた。
彼女は私の車から降りて、ぺこりと小さく頭を下げ、瀟洒な洋風建築の中へ引っ込んでいった。

「和ちゃんも、ここから歩いていけば?」

と私が言うと、和ちゃんはしれっとした口調で、

「先生がついてきてくれるなら、そうしますけど」

などと言ったから、私は和ちゃんの言うとおりにした。
自分で言ったくせ、いざ私が隣に並ぶと、少し距離を開けて、半歩ほど後ろを歩いてついてくる。
そのことを努めて意識から追い払って、批難がましく聞こえないように、私は言った。

「唯ちゃんに意地悪しちゃ駄目よ。クレープ全部あげるくらいの気持ちでいるのが丁度いいんじゃないの」

言い方はなんでもないふうだったが、いざ口に出してみると、これは厭味でしか無いように思われる。
幾分か歩く速度を落とすと、和ちゃんもそれに習った。

「意地悪なんてしてませんよ。したとしても、愛情表現です」

「ふうん」

「好きな子ほど苛めたくなるって言う奴ですね」

「へえ」

私は歩調を早めた。
車は和ちゃんの幼馴染の家の前に停めっぱなしで、ふと、私はなにをやっているんだろう、と思った。
ここらで別れて、早く車に戻ったほうが良くないか。
一度和ちゃんの家まで行って、また戻ってくるとなると少し距離もあるし、馬鹿馬鹿しい。

「ごめん、このあたりで私帰ってもいいかしら」

私が言うと、和ちゃんは驚いたような顔をした。
私はむしろ、そのことに驚いてしまう。

「なんで、どうして帰っちゃうんですか」

「一旦和ちゃんの家まで行ったら車まで大分距離が開くから」

「そんなたいした距離でもないでしょう」

「歩いて十数分かかるのだけど」

「いいじゃないですか」

今度は和ちゃんが歩調を速めて、私を抜いた。
私は立ち止まる。
和ちゃんはそんな私の方を振り向いて、肩を竦めてみせた。

「つれないな」

拗ねたような声だった。
悪戯を諌められた子供のようだった。
しかたがないから、私はずるずると、和ちゃんについていった。

和ちゃんは私が歩き出したのを認めると、楽しそうに笑って月を見上げた。

「月、綺麗ですね」

言われて私も見上げてみる。存外丸い月だった。

「そうね。満月かしらね」

「いいえ、満月まではまだ数日あるでしょうね。そういえば、満月っていえばですね、何か思い出しませんか?」

少し考えて、私は首を振る。

「さあ。特には無いわね」

「そうですか」

和ちゃんは特に落胆した色も見せずに、そのまま前を向いて歩き続ける。
心なしか、歩くのが速くなった。

「じゃあ、いいです」

それから、和ちゃんはしきりに幼馴染の話をしだした。
なんでも、食欲の秋だとかなんだとかで、和ちゃんと一緒に色々なところを食べ歩いているらしい。
今度の土曜日は中華飯店に、日曜日は洋菓子店に行くと教えてくれた。

「そうなんだ。よければ送りましょうか」

と私が言うと、何故だか彼女は急に不機嫌になった。

「要りません。唯と久しぶりに二人で遊ぶんですから」

「そうよね。差し出がましかったわね」

私がおとなしく引っ込むと、彼女は不機嫌を通り越して虚しそうな顔で、
瞳に成り損ないの満月を映して笑った。

「先生、そんなだから結婚できやしないんですよ」

「なによ、おばさんくさいっての?」

「そうじゃないです」

ふいと顔を背けて、和ちゃんは歩き続けた。
途中、私が止まっても彼女は止まらなかった。
私が踵を返しても彼女は歩き続けたし、私が振り向いたとき彼女は振り向いていなかった。

車に戻った頃には、車中もすっかり冷えてしまっていた。
そろそろ本格的に寒くなって、冬になっていくんだろう。
いやだいやだと肩を摩って、私は車を出した。

電灯が次々に後ろに流れていっては、また前から訪れる。
そんなことを繰り返していると、途中でディスカウントショップの看板が見えたので、そこに入って日本酒を買った。
夕飯の材料も買おうかと思ったが、料理をする気分でもないのでやめにした。

家に着くと、こっちもすっかり冷え切っている。
腹がたったので、私はビンからコップに乱暴に日本酒を注いで飲んだ。
途中で携帯電話がなったが、電源を切って、和ちゃんが私の代わりにずっと見ていた月を眺めて、独りで酒を飲んだ。

そうこうしているうちに夜は濃くなって、アルコールのせいでまどろみも深くなり、私は諦めて横になった。


電子音で目を覚ました。
少し痛む頭を押さえて、洗面器で顔を洗い、寝ぐせのついた髪を櫛る。
トーストを平らげて歯を磨き、早々と家を出た。

車を出して学校へ向かっていると、登校中の女子高生達が窓から見える。
みんな年相応に笑いながら歩いている。
途中、和ちゃんと彼女の幼馴染、それにその妹が一緒に歩いているのが見えた。
彼女たちも、そんなものだった。

「おはようございます」

静かに微笑んで職員室に入ると、大分年の行った男性教員がこちらに目を遣った。
彼は私がこの高校の生徒だったときから教師だった。
お陰で一緒に仕事をしにくくてしようがない。

「山中先生、あなたまた書類出し忘れたでしょう」

先生、と呼んで敬語を使ってはいるが、相変わらずの掘込先生だ。
どうにも職場仲間だと思うことは出来ない。

「あー、すみません。あとは判子押すだけなんですよ」

「そんならとっとと出してください」

「いや、いつでも出せるとなると面倒くさくなってしまって」

掘込先生はため息をついて、こら、と言った。

彼はやたら生徒に厳しく、教師と生徒の関係を重んじていた。それは私が教員となった今でも変わらない。
前に理由を訊いたら、そっちのが楽なことが多いからだと言っていた。
教員として考えてもみるが、いまいち分からない。
判子をおして書類を手渡して、私は自分が担任するクラスの教室へ向かった。

「センセ、おはようございます」

明るく髪を染めた子が、外見に似合わず丁寧に挨拶をしてきた。
私は軽く会釈をして返して、ホームルームを始めた。

音楽教師というのは案外楽なもので、授業以外は楽器を点検するくらいしかすることがない。
時折他の教員が音楽室に遊びに来て、音楽を聴きながらお茶を飲んだりもするが、やはり時間は余る。

そんなわけだから、たまには有効に時間を使おうと思って、クラスの子達の進路について色々調べてみることにした。
大学の試験日や試験会場周りの地理でもしらべておけば、もしかするとどこかで役立つかも知れない。

唯ちゃんの希望調査にはミュージシャンと書いてあった。
私は黙ってそれを脇に追いやった。

和ちゃんの調査票には、国立大学と難関私立大学の名前がずらっと並べてあった。
面倒なことに、全てそれぞれ異なる地方の大学で、調べるのにはほとほと困った。

ホテルやら旅館、それに交通の便なども調べていると、存外時間がかかってしまって、
私は大きく伸びをした。


放課となってまた教室でホームルームを始め、終えた頃には随分と肩が凝っていた。
一日中座って調べ物をしたせいか。
とりあえず、疲れを癒すべく音楽室へ向かう。

音楽室ではもう紅茶の準備が為されていた。
上品な紅茶の香りと、お菓子の甘い匂いが混ざってなんとも言いがたい。

お菓子を準備してくれるのはキーボードの子なのだが、他にはまだ誰も来ていないらしい。
椅子に座って私は言った。

「大変ね、ムギちゃんも。毎日紅茶の準備なんかして、疲れない?」

「そうですねえ、でも、好きですから」

「紅茶が?」

「いえ、みんなのことが」

それきり、彼女はまたお茶会の準備につきっきりになってしまって、会話はなかった。
しばらく、ふうふうと息を吹きかけては紅茶を飲んでいると、ぽつぽつと他の部員たちも訪れた。
私が先にお菓子を食べているのを見て、唯ちゃんは批難がましい声を上げたが、無視した。


「あ、そういえば、平沢さんに田井中さん」

「ん」

返事をしたのはカチューシャの女の子だけで、もう一人はお菓子を食べるのに夢中らしい。

「進路調査票、もうちょっと真面目に書いて提出しなさいね」

ベースの黒髪の子が申し訳なさそうに言った。

「すみません、私から十分言って聞かせておいたので」

同年代の子に言って聞かせられるというのもどうかと思うが、
彼女たちは十年来の付き合いだから、その分信頼できる。

「でもね、りっちゃんももうちょっとしっかりなさいな」

「大丈夫だよ、澪に老後まで世話してもらうから」

そんな減らず口を利く彼女を、幼馴染が引っぱたいているが、彼女たちの関係の良さは他人の私でも分かる。
仲がいいから、こんなにも気にかけるんだろう。
いいことだ。

キーボードの子が気を効かせて、もう飲み終わったカップに紅茶を入れてくれた。
それを飲むと、なんだかあたたかい気持ちになれた。

仕事を終えてみると、珍しく和ちゃんが校門のあたりで待っていた。
何故かと訊くと、

「生徒会で遅くなってしまったから、車で運んでもらおうと思って」

と言っていた。
特に断る理由もないので、私は彼女を車に乗せてあげた。
彼女は車の中で、ずっと今度の休日の話をしている。

「唯は食いしん坊だから」

などと言って笑っていた。
そのうち、私はふとあることに思い至って、変な声を上げた。

「ねえ、和ちゃん、今度の日曜日」

「なんです?」

和ちゃんがじっと見つめていたから、私は口を閉じた。

日曜日、もとは勉強する気だったのが、ちょっと気が変わったところに幼馴染との予定が入ったんだろう、
と一人で納得して、

「やっぱりなんでもないわ」

と言うと、和ちゃんはふいと顔を背けた。
窓の外を見ながら、

「つれないな」

と昨日と同じような調子で言う。
それだけで終わらず、

「こんなものなのかしら」

と独り言をこぼした。
私は独り言を盗み聞きしたと思われるような気がして、何も言わないでいた。

和ちゃんを送って家に帰ると、月が爛々と輝いているのが見えた。
和ちゃんは満月ではないといったけれど、私には満月に見える。
それを眺めながら日本酒を煽ってみると、存外具合が良かった。

満月にしろ、新月にしろ、なんにしろ、夜に和ちゃんが私と一緒にいた事はない。
それを今まで気にもしなかったことに気がついて、私は可笑しくなった。

「こんなもんかしらね」

独りきりの部屋でぽつりと呟いてみても、そこまで寂しくは感じられなかった。
それでも、私は彼女のことが好きだ。
しかし、どこが好きかは分かるけれど、どう好きなのかは分からなかった。

携帯電話がなった。
今日はまだそこまで酔っていなかったから、私ははっきりした頭でそれに応対した。

「はあい」

「こんばんは」

和ちゃんだ。

「そろそろ満月ですね」

「そうねえ。ていうか私はもう満月なんじゃないかと思うんだけど」

「……また、そんなことを言う」

そういう彼女も、また妙に子どもっぽい言い方をした。

「まだですよ、満月は大体月に一回なんですよ」

「ふうん……それよか、本当に日曜日は送迎しなくていいのかしら?」

「……もう」

少しだけ語気を荒げる。

「いらないです。それよりですね」

「なによ」

「私、割と好きです、さわ子さんのこと」

日本酒を注いだコップを落としそうになる。
私が何も言わないうちに、電話は切れた。

「お好きにどうぞ」

切れた電話に向かって呟いてみると、少しだけ、和ちゃんの気持ちがわかるような気がした。
やはり、教師と生徒の関係のほうがずっと楽で、踏み込むにはきっと何かが必要なのだろう。

もしかしたら、今ので私はフラれたのかも知れないと思ったけれど、相変わらずコップの扱いは乱暴で、
料理もぞんざいだから、多分大丈夫だろう。

「こんなもんよね」

口が緩んだ。
後数日で、私と彼女が付き合って丁度一ヶ月になる。


さわ子「こんなわけでですね、二日酔いで頭がいたいので今日は欠勤します」

校長「KU☆BI☆DE☆SU」

さわ子「woo...」

おはり

僕は羞恥に顔を染めてスレをsageた



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