律「憂ちゃんが……軽音部に入部ぅ!?」
憂「はい……。やっぱり一年生の途中からじゃダメですかね?」
澪「いや、全然ダメってことはないけど……」
紬「どうしてまたこの時期になんですか?」
憂「お姉ちゃんを見てたら……なんか楽しそうだなって(本当はお姉ちゃんの近くにいたいからだけど)」
梓「私は大賛成です! 唯先輩も賛成ですよね?」
唯「さんせいさんせい! 憂が私と同じ道を選んでくれるなんて凄く嬉しいよ~」
平沢憂が突然軽音部への入部を宣言したきっかけは、この少し前にさかのぼる。
……
憂「最近お姉ちゃんが構ってくれない……」
最近の憂は文字通り憂鬱な日々を送っていた。
最愛の姉、唯が最近自分に寄り付かない。
もっとも家に帰ってくればいつもと同じように寝転がってアイスをねだるし、ご飯を作れば美味しそうに食べる。
しかし、最近唯の口からは軽音部での話ばかりが出るようになった。特に……
唯「今日はあずにゃんがね~、可愛かったんだよ~?」
梓のことを語るときの唯の顔が綻ぶこと綻ぶこと。
憂としては妹の立場を奪われたようで複雑であった。
憂「でもせっかくお姉ちゃんが打ち込めるものを見つけたんだし、我慢しなきゃ」
一度はそう言い聞かせ、納得しようとしたものの、寂しい思いは募るばかり。
憂「梓ちゃんはいいなぁ……。どうやったら梓ちゃんみたいに私もお姉ちゃんと……」
その答えは意外と簡単であった。今までは気後れがあって実行に移さなかっただけで。
かくして軽音部6人目の部員として、平沢憂が加わった。
……
律「でもさ、憂ちゃんが加わったはいいけど、担当楽器はどうするんだ?」
憂「あ……勿論、なんでもやるつもりです!」
澪「ま、確かに憂ちゃんなら器用だし、ギター、ベース、ドラムス、キーボード……何でも出来そうだけどさ」
梓「でもドラムやベースが複数いるバンドなんて殆ど聞いたことがありませんし……」
紬「鍵盤が二人、ギターが三人って言うのも多すぎですよね……」
律澪紬梓「うーん……」
唸って悩んでしまった4人を尻目に、唯があっけらかんと提案する。
唯「それじゃあさ、憂はボーカルやればいいじゃん」
憂「ボーカル?」
律「でもボーカルだって、澪と唯がいるじゃんか」
梓「! そうか! 専任ボーカルならいいんじゃないですか?」
澪「確かに……私や唯も自分の楽器を弾きながら歌うのは結構骨が折れるしな」
紬「二人はギターとベースに集中できますし、専任ボーカルがいれば音楽性の幅も広がりますね」
唯「決まりだね! 憂の美声ボーカル、お姉ちゃんは期待してるよ♪」
憂「え、ええ~……?」
戸惑う憂だったが、とりあえずテストとして、
唯が最近澪と紬の見よう見まねで、遊びながら書いたという曲を歌わされることになった。
優等生の憂とはいえ、音楽の成績とバンドのボーカル技術の上手さはまた別物。
不安は隠せなかったが、
憂『メイべ~アドンリリワナノウ~♪
(Maybe I don't really Want to Know♪) 』
澪「う、上手い……!」
憂『ハヤガウデングロウ~ アザアジャスワントゥフラァ~イ♪
(How your garden grows As I just want to fly♪)』
律「しかもめっちゃいい声……!」
憂『ユーエンドアーイゴナリブフォエッヴァ~♪
(You and I are gonna live forever♪)』
紬「上手いとか声がいいのレベルを通り越して……」
梓「もはやロックレジェンドレベル!?」
唯「憂……すご~い♪ さすが私の妹だね!」
憂「そ、そんなに褒められると……」
この素晴らしい歌唱力に、文句をつける人間などいなかった。
とにもかくにも、桜高軽音部=放課後ティータイムの新たなるメンバーとして、平沢憂(ボーカル)が加入することとなった。
……
憂を加えた放課後ティータイムはこれまで以上の快進撃を続けた。
紬の言うとおり、メンバー追加は音楽性の幅の広さを生み、
澪や唯のボーカル曲の他にも多くの新曲を生み出した。
中でも特筆すべきは唯が曲作りの才能を表し始めたことだ。
唯「憂のために曲つくってきたよ~。名付けて『ろっくんろーるのすたー』って曲」
憂「本当に!? お姉ちゃん……ありがとう♪」
唯「それじゃあ早速演ってみよっか?(ジャーン)」
憂「うん! トゥナ~イ アマロケンロ~スタァ~♪(Tonight, I’m a Rock’n Roll Star♪)」
唯「(ジャカジャカジャカ♪)」
律「な、なんかすごいな……」
澪「ああ……ちょっと聴いただけであれは名曲になるってわかるよ」
紬「憂ちゃんのボーカルも素晴らしいですけど、
あんな名曲を簡単に作ってしまう唯ちゃんも恐ろしいですね……」
梓「もしかしたら憂をボーカルとして加入させたことで、
唯先輩のとんでもない才能が目覚めてしまったのかもしれないですね」
唯の書いた素晴らしい楽曲を憂が歌う。
この姉妹一体の演奏は瞬く間に学外へも好評を博し、
放課後ティータイムが部活の範囲を出て、地元のライヴハウスへ出演するようになると熱狂は一気に広がっていった。
メンバーは皆降って沸いたような成功に喜んだものの、
律「なんかさ、このままじゃ放課後ティータイムは私たち『桜高軽音部員のバンド』じゃなくて『平沢姉妹のバンド』になっちゃわないか……? なんてな! ハハッ」
皮肉にも律の発言は冗談で終わらなかった。
……
とある日。
澪「なぁ、次の新曲の歌詞を考えてきたんだけど……」
唯「うーん……却下」
澪「ええっ!? 自信作なのに……」
唯「こんなゲイボーイが書いたみたいなメルヘンチックなファッキン歌詞、恥ずかしすぎるでしょ」
澪「そ、そんな……同じ路線の『ふわふわ時間』なんかは唯も気に入ってくれたじゃないか……」
唯「どっちにしろ、こんな歌詞じゃ曲はつけられないし、憂には歌わせられないね」
憂「お姉ちゃんの言うとおりですね。『ふわふわ時間』みたいなファッキンつまらない曲、私歌えないです」
澪「(ガーン)」
またある日。
梓「(シャカシャカシャカシャカ♪)ぱーらいふ♪」
唯「あずにゃん何聴いてるの?」
梓「あぁ、ブラーの『パーク・ライフ』です。唯先輩、今度この曲カバーしませんか?」
唯「えっ、するわけないじゃん。ブラーみたいなカスバンド」
憂「っていうか梓ちゃん、ブラーなんてファッキンチンカスバンド聴いてるの? 感性を疑うよ」
梓「ひ、ひどい……グレアム・コクソンは私の憧れのギタリストなのに……」
……
律「ん……なんか音楽室、臭くないか? って……唯! お前、酒飲んでるだろ!?
紬「それに煙草のニオイも……まさか唯ちゃん……」
唯「えぇ~、ジントニックにマルボロ、美味しいよ? 別にいいじゃん」
律「よくないよ! 私たちは高校生だろうが」
唯「だって~、憂も別に文句言わないし、むしろ……」
憂「シガレッツ&アルコールはロックンロールスターには当然の嗜みですから」
紬「そ、そんなのって……」
以前では考えられなかったわがままっぷりとビックマウスっぷり。
唯と憂は突如性格が豹変してしまったのだ。
当然姉妹以外の4人は眉をひそめた。
しかし、今の放課後ティータイムがあるのはまさに平沢姉妹のもたらす推進力、
つまりは唯の書く曲と憂のボーカルがあってこそだということの自覚もある。
そのせいで自然と二人の行いを黙認するようになっていってしまった。
そして、放課後ティータイムは新進気鋭のインディーズレーベル『創造レコード』の社長に見染められ、
ついに高校在学中にしてシングル『超音速』でデビュー、続けざまにアルバムデビューを果たすことに。
以下、音楽雑誌『ロッキン○ン』に掲載された、1stアルバム発売を控えたバンドから、平沢姉妹のインタビュー中の発言である。
―尊敬するバンドは?
憂「ビートルズ、セックス・ピストルズ、ストーン・ローゼス、放課後ティータイム、以下ゴミ」
唯「現役のバンドは私たち以外、全部クソだね」
―次にあげるバンドの印象を語ってもらいますか? まずはブラー。
憂「腐れオ○ンコ野郎」
―UKで大人気のアークティック・モンキーズ。
憂「腐れオ○ンコ野郎」
―貴方達のようなジャパニーズ・ガールズバンドの旗手、チャッ○モンチー。
憂「腐れオ○ンコ野郎」
唯「日本のバンドなんて、私達を除いてみんなクソだよ」
―放課後ティータイムは貴方達平沢姉妹が中心のバンドなの?
憂「ええ。お姉ちゃんが書いたファッキン素晴らしい曲を世界最高のシンガーである私が歌う。……これ以上のものがあるとでも?」
唯「憂のボーカルはジョン・レノンとジョニー・ロットン足して2で割った感じ。つまりはファッキン最高ってこと」
―他のメンバーは?
唯「私の通ってるファッキンハイスクールのファッキンクラブメイトさ。よくやってくれてるよ」
憂「あのファッキンドラマーは精進の余地あり、だけどね」
―アルバムの出来は?
憂「最高。全ての曲がファッキンキラーチューンで捨て曲はひとつもない」
唯「全曲シングルカットを考えているところ」
憂「つまりファッキン名盤ってことだよ。ビートルズの『ラバー・ソウル』とか、ピストルズの『勝手にしやがれ』とかストーン・ローゼスの1stとか、要はあんな感じ」
……
澪「ビッグマウスここに極まり、って感じだな」
インタビューの載った雑誌を見て、澪がしみじみと言った。
梓「これで口だけならただのバカ姉妹で終わりなんですけれど……」
紬「実際にアルバムは売れてますからね……。というか、いつの間に2人とも、『ファッキン』以外の形容詞使わなくなっちゃったんですか?」
紬の言うとおり、放課後ティータイムの1stアルバム『絶対、いや多分』は売れに売れ、
完璧なデビューアルバムとして日本の音楽史にその名を刻まんとしていた。
律「どうでもいいけど……私のドラム、ダメなのかなぁ。そのうちクビにならないように頑張らないと……」
澪「ま、頑張ろうよ……。私だって殆どボーカルとる機会もなくなって、今やただのベース弾きマシーンだけどさ……」
律「そうだな……」
ステージでは唯も憂も直立不動で演奏し、ニコリともしない。
まさにふてぶてしいまでのロックンロール・アティチュード。
これまでのどこかアイドル然としたガールズバンドとは一線を画すHTTのキャラクターは聴衆には新鮮に映り、受けに受けた。
だが、余りに急な成功は人を変えるのか。
理想的な仲良し姉妹だった唯と憂の関係に、微妙な変化が見え始めたのはこの頃からだった。
きっかけはちょっとしたインタビューでの唯の発言だった。
―妹の憂さんがバンドに加入したきっかけは?
唯「憂はね、私がバンドに入れてあげたんだ。
指を咥えて『歌いたいよ~』って子猫みたいな目をして私を見てたからね」
憂「ちょっと待ってよお姉ちゃん、私は『入れてもらった』なんてつもり、これっぽっちもないよ?」
唯「え~、そうだったっけ~?」
憂「お姉ちゃんは昔から私がいないとダメなくらいにファッキンだらしなかったから、
どっちかというと私が入ってあげたというのが正しいと思うけど」
唯「はぁ? ウソをつかないでよね」
憂「なに? やるっていうの?」
唯「そっちこそ、ロッキン○ンの記者の前だけど、やるの?」
憂「関係ないよ」
唯「わかった。それじゃ記者さん、インタビューのテープ止めて」
以降、雑誌記者を前に取っ組み合いの喧嘩に。
慌てた他の4人によって引き離されたものの、
あの中睦まじい平沢姉妹が取っ組み合いの喧嘩など、以前では考えられなかった。
姉妹の衝突は本分でもある音楽活動においても起こった。
とある日、2ndアルバム用の楽曲のレコーディングでスタジオに篭るHTTの面々。
その中で唯は出来たての新曲をアコースティックギター片手に練習していた。
唯「すりっぴんさい~ あいよあまぁ~いんど♪
(Slip inside the eye of your mind ♪)」
澪「すごいな……。これまた一聴しただけでわかる、超のつく名曲だぞ」
唯「そぉ~ さりきゃんうぇい♪ し~のうじっれいっ~♪
(And so, Sally can wait♪ She knows it's too late♪)」
紬「ほんと、唯ちゃんの作曲の才能は底なしですね」
梓「私、この曲を演奏できると思うと鳥肌たってきました」
律「私なんか泣けてきたぞ」
唯「どんるばっきあんが~♪ あは~ちゅせ~い♪
(Don't look back in anger♪ I heard you say♪)」
するとスタジオに憂がやってきた。
憂「お姉ちゃん、今のファッキンいい曲だったね。もしかしてそれ、新曲?」
唯「うん。『怒りを込めて振り向くな』っていう曲」
憂「へぇ~、この前録音した『不思議の壁』って曲もファッキンよかったけど、この曲もすごいね。さすがお姉ちゃん! 私も歌うのが楽しみだな~」
唯「へ? この曲は私が歌うんだよ?」
憂「……え?」
唯「だってこの曲、キーが高いから憂には合わないよ」
憂「なん……ですと?」
こうして唯がリードボーカルとして発売されたこの曲、『怒りを込めて振り向くな』は大ヒットとなり、ボーカルを取られた形の憂は捻くれ、「解散だ!」だの「脱退だ!」だの
「お姉ちゃんはケチ臭いファッキンお○んこ野郎!」だの荒れることこの上なかった。
だがノリに乗った勢いを込めて発売した2ndアルバム『朝顔の伝説って何だろう?』は国内だけでも100万枚の大ヒット。
ライヴ活動では武道館5DAYSで4万人。ついには東京ビッ○サイト駐車場に2日間で20万人を動員。 この時10万人のオーディエンスを前にした、
唯「これは歴史だよ! 歴史の1ページだよ!」
憂「何言ってるのお姉ちゃん。こんなのただのファッキン東京ビッ○サイトだよ」
という姉妹のやり取りはロック史に残る名言となった。
しかし、姉妹のトラブルメーカーっぷりは相変わらずで、音楽雑誌にゴシップを提供し続ける日々は続いた。
最終更新:2010年01月28日 01:57