―ぼち!―

律「よっ」

澪「……あぁ。なんだ、律か」

律「なんだってなんだよー。ほれほれ、今日もムギのケーキ持って来たぞー」ニシシ!

澪「……」

澪「もう部活は終わったのか?」

律「『もう』って……。もう七時過ぎだから。とっくの昔に終わったって」

澪「え? もうそんな時間なのか?」

律「空見てみろよ。真っ暗だろ?」

澪「……ごめんな。最近、ぼやけるんだ。色々」

律「……? ふぅん。そっか。大変だな」

澪「大変だよ、本当に」

律「澪ってさぁ」

澪「ん?」

律「最近私のこと殴らないよね」

澪「まぁ、死んだからな」

律「それに、生きてた頃より性格も丸くなったような……」

澪「あぁ、死んだからな」

律「なんか物足りないんだよなー……」

澪「我慢しろ。私は死ぬ事を我慢したんだから」

律「そう言われても……はぁ」

律「死ぬって、そんなに特別な事なんだなぁ」

澪「今更だな。特別に決まってるだろう。何もかも変わるんだから」

律「そーかー? 澪、なんにも変わってないぞ?」

澪「いや、かなり変わってるだろ頭も潰れちゃったし、ほら、腕の関節が増え過ぎてもうベースも弾けない」

律「ふぅん。でもそれくらいだしな。実感わかないや」

澪「それくらいってなぁ……」

律「いやさ、澪が死ぬまで人が本当に死ぬとは思わなかったからさぁ」

澪「……ふふふ、なんだよソレ」クス…ッ

律「あっ、馬鹿にしたな!」

澪「だって、律が真面目な顔でそんな事いうからさ……くくっ」

律「へーへー。どーせ私はばかですよー」

律「そりゃ、そういう物だって分かってたよ。分かってたけど、釈然としないっつーか……ほら、ね?」

澪「死人に同意を求められても困るな」

律「あ、そだ。今日のケーキ忘れるトコだった」ガサゴソ

澪「今日は何だった?」

律「死んでも食い意地が張ってるなー、澪しゃんは。あ、そっか。死んだから体重気にしなくても良いもんな」ニマニマ

澪「……」スカッ!

律「へへっ、殴れてないぞー?」

澪「うるさいなー……」ムスッ

律(久々に生きてた時の澪みたいだ)

律「やーい、澪。悔しかったら……。……」

澪「……?」

律(悔しかったら、生き返ってみろよぉー。澪のばーか)

澪「どうした、律?」

律「……」

澪「……律?」

律「何でもねーし!!」

澪「……」

澪「……。……きゅ、急に大声あげるなよ。死んでもびっくりするもんなんだぞ?」

律「今日はガトーショコラだぞ。澪、好きだろ?」

澪(どうだったっけ。律が言うなら、そうだったかも知れない)

澪(……そうだった気が、する)

律「いつもの通り墓の前に供えとけば良い?」

澪「あ、ああ。ありがとな」

澪(もう何も食べられないけど)

律「夜の墓場ってさー。お化けとか出そうだな」キシシ

澪「ん? 出るけど?」

律「……え? ……あれ?」ポカーン…

澪「昨日は、真っ赤でずるずるの、モグラみたいによく泣く子供が沢山出たよ」

律「み、澪?」

澪「気持ち悪かったな。だけど、この前見た鳥の雛みたいなお婆ちゃんよりはマシだったけど」

律「……」

澪「律、どうした? 怖いなら帰った方が良いぞ?」

律「……」

澪「また明日来てくれれば、それで良いしさ」

律「……こわい」…ブルッ

澪「じゃあ、帰りなよ」

律「こわい。澪、こわいんだ。どうしよう」ガクガク

澪「夜の墓場なんて碌な事は起こらんぞ?」

律「……」

澪「それに毎日帰りが遅かったら律のマ……お母さんも心配するだろうし」

律「……違うって」

澪「え?」

律「――そうじゃないんだ」

律「澪は、変わったな」

澪「そりゃあ変わるよ。身体が無くなったのに変わらない人間なんて居ないだろ?」

律「……そーゆーものか?」

澪「そういう物だろう」

律「そっか」

澪「そうなんだよ」

律「だけど、分からないな」

澪「何が?」

律「澪が死んだ事とか、変わった事とか」

律(変わり果てた、骨壷の中の澪とか)

澪「分かってくれよ。仕方ないだろ?」

律「本当に、仕方なかったのか?」

澪「仕方ないよ。だって、もう全部終わった事なんだから」

律「……ん。分かってみる」

律(澪がぼやけていく)

律(澪は目の前に居るのに……あんなに怖がりだった澪は、もう居ない)

律(もう私は澪をからかえない)

律(ふざけて、羽目をはずして)

律(その後、容赦なく殴ってくれた澪はもう居ない)

律(放課後の音楽室で腹を立てる澪はもう居ない)

律(練習をさぼる私を見て呆れる澪ももう居ない)

律(澪が居ない。澪が居ない。澪が居ない)

律(ここに居るのに、澪が居ない)

律(澪が怖がっていたどんな怖い話よりも)

律(私は、それが怖い)

律(墓場のお化けなんてチンケなものより百倍怖い)

澪「もしかして心配してくれてるのか? 珍しいな」

律「……」

澪「おい、りーつー?」

律「……心配、だっての」

律「あんなに怖がりだった澪が墓場に住む事になったんだもんなぁ……はは……あはは」

律(いつものようにふざけてみよう)

律(澪が生きてた時とおんなじように、おちょくった口調でいじくってやれ)

律「みーおーしゃん。ホントは怖いのにやせ我慢してるんじゃないでちゅかぁ?」ニヤニヤ ツンツン

澪「つっつけてないぞ? 全部通り抜けてる」スカスカ

律「……」



律「あはは。そう……だな。ごめん」

澪「私は平気だから。もう死んでるしさ」

律「み……」

律「……」

律「……澪のいーけーずぅー」クネクネ

澪「気持ち悪い動きするなっ」スカッ!

律「へっへーん。平気だよーん! 悔しかったら殴ってみろー!」

澪「ぐぬぬ……」プルプル

律「へへへ。澪が怒ったー!」

澪「……」

律「あれ? 澪?」

澪「……」

律「おーい……み、みお……?」

澪「……今、何時?」

律「えぇっと……げっ。もう九時過ぎだ!?」

澪「そっか。もう、そんな時間か」

澪「今日は帰れよ。明日も学校があるんだろう?」

律「だいじょぶだいじょーぶ」

律「夜はまだこれからだよ、澪しゃん?」ケラケラ

澪「律は、明日も学校に行くんだろう? 部活だって、まだあるんだろう?」

律「あ……っ」

澪「な?」

律「う、うん。今日は帰るよ……」

澪「明日もまた来るのか?」

律「……」

律「く……来るに決まってるじゃーん! なんたって、澪は寂しがり屋の弱虫なんだから」

澪「あぁ……ありがとうな」

律「おー……」ポカーン

澪「……? どうした?」

律「澪の癖に恥ずかしげもなくお礼を言った。こりゃ、明日は雪が降るかもなー」

澪「失礼だな。降る訳ないだろう」

律「じゃーな、澪。寂しくなったらメールしろよー」ヒラヒラ

澪「メールって……。携帯は家の仏壇にあるんだけど」

律「ユーレイなら何だってできるだろー」

律「死んでもこうやって話せるくらいなんだから、メールくらいお茶のこさいさいじゃないのか?」

澪「ふふふ……そうかもな」

律「それにしても。痛い事は聞くのも嫌だった澪が死ぬとはなー……驚きだ」

澪「それって関係あるか?」

律「あるある。大有りだ。死ぬのって、死ぬほど痛いんだろ?」

澪「そりゃ、本当に死んだくらいだしな」

律「そんな痛みに澪が堪えられたなんて、未だに信じられないな」

澪(堪えられなかったから死んだんだよ、ばかりつ)

澪「お前が思ってる程、私は弱い人間じゃないんだ」

律「……」

律「へへへ。そうだったみたいだ、な」

澪「……」

律「……」


澪「律……また、明日な」

律「オッケー。明日のケーキも期待してろよー!」

澪「用意するのはムギだろう?」

澪「まぁ……期待、しとく」

 タタタ… ……クルッ

律「……ぜったいぜったい、明日も来るからなー!!」

澪「……」

澪「……っ」







澪「また、明日……か」


澪(私は、秋山澪で)

澪(本当は文芸部に入る筈だったのに)

澪(何故か、けいおん部で、ベースをしてて)

澪(律のお陰で、ムギにも唯にも梓にも出会えて)

澪(律と一緒に合宿にも行って)

澪(律はいつもいつも練習もそこそこに、結局遊んで)

澪(それが――とっても、楽しく、て)

澪(けいおん部の日々は楽しくて、しょうがなくて……)

澪(多分、じゃない)

澪(きっと、でも、恐らく、でもなくって)

澪(――だから)

澪(――だから、本当は死にたく無くて)

澪(えぇと、『秋山澪』、は――じゃなくて、私は)

澪(ガトーショコラが好きで)

澪(恥ずかしいけど歌詞を沢山書いていて)

澪(本当は恥ずかしいけど、それでも色んなフレーズが思い浮かんで)

澪(やっぱり恥ずかしいけどそれを皆に見て貰うのは……嬉しかった)

澪(皆と演奏するのは、大変だったけれどそれでも、それ以上楽しい事は無かった)

澪(それくらい、楽しかった事の筈なのに)

澪(それなのに……段々、うまく思い出せなくなってきた)

澪(おかしいな。ぜんぶぜんぶ、私自身の事なのに)

澪(私は『秋山澪』だったのに)

澪「なんか……すごく、昔の事みたいだ」

澪(これもほんの数カ月前、だったかな。律はそう言ってたから)

澪(自分が経験した事なのに現実感が薄いのは何でだろう)

澪(死んだからなのかな)

澪(私はもう、現実じゃ無くなったからかな)

澪(本当に本当に死にたくなかったのにな)

澪(墓場じゃ演奏できないし)

澪(こんなところでティータイムなんて変だしな)

澪(そもそも律以外に私は見えないみたいだし)

澪(これが『さみしい』って事だったんだろうな)

澪(身体も風景も記憶も感情も薄れていく)

澪(これは、きっと、『怖い』だったと……思う)

澪(……さみしい、って。思わなくちゃ)

澪(怖いと思わなくちゃ。嗚呼、怖いって、多分、こういう事だったから)

澪「りつ…………こわい、よ」

澪「こわいって、確か、こんな感じだったっけ」

澪「あぁ……私、今、怖いみたいだ」

澪(丑三つ時だった、かな。今の時間は)ボンヤリ

澪(今日も地面から湿った赤ん坊が何匹も這い出る)

澪(雛鳥みたいにギイギイ鳴くのに飛べないお婆さんが居る)

澪(あれは、頭を忘れた男のヒトで)

澪(あれは手足がもげて蛇になったお姉さん)

澪(律がふざけながら私の耳元で囁いてくれた怪談で何度も聞いた『丑三つ時』)

澪(覚えてる。耳を塞いで怖がってた自分の姿も、意地悪に笑う律の顔も声も)

澪(『ミエナイミエナイ。キコエナイキコエナイ』)

澪(確か、私はそんな事を繰り返していた)

澪(……ほんの数カ月前だったのに『懐かしい』と思う自分が怖い)

澪(それすら忘れてしまいそうな自分も、怖い)


澪(せかいのすべて が ぼやけてく)
澪(じぶんも まとめて きえそうだ)
澪(いやだな、それは。 もうとっくに死んだのに、それでもいやだ)

澪「……やだよ、なぁ。ほんと」ポケー…

 ギャイ、ギャイ

澪(嗚呼……)

 ギャイ、ギャイ

澪(夜の墓場はうるさいな)

 ギャイ、ギャイ

澪(こんなにうるさいものだなんて、死ぬまで気づかなかった)

 ギャイ、ギャイ

澪(うるさい)

 ギャイギャイ
 ギャイギャイギャイギャイ
 ギャイギャイギャイギャイギャイギャイ

澪(うるさいな、うるさいよ)


2