2月13日、部室――

澪「律にバレンタインのチョコをあげたいんだけど……」

紬「あげればいいと思うわ」

梓「私もそう思います」

澪「えっと、そうしたいんだけど……」

紬「何か理由があるの?」

梓「私達で良ければ、相談に乗りますよ」

澪「律にどうチョコを渡せば良いか分からない」

紬・梓「……」

澪「だ、黙らないで欲しいんだけど……」

梓「なんといいますか……」

紬「澪ちゃんは、りっちゃんにチョコを渡したことないの?」

澪「ない」

梓「律先輩以外には? 小学生や中学生の時とか」

澪「あるわけがない。律以外に渡すつもりはなかったから……あと、パパ……じゃなくてお父さん」

梓「あぁ、そうですか……」

紬「そういえば、去年はりっちゃんが渡してたような……」

澪「渡すつもりが、渡しそびれて」

梓「あれ、でもホワイトデーの時は律先輩に渡してましたよね?」

澪「あ、あれはバレンタインのお返しという名目があったから……」

梓「……」

呆れた目で澪を見る。

澪「な、なんだよ」

梓「いえ、別に」

紬「でも、渡すくらいなら簡単な気がするけど」

梓「そうですね。二人は幼なじみなんですから」

澪「わ、渡す『くらい』なら、な」

紬「何かあるの?」

澪「律に『ありがとう』を言いたい」

紬・梓「……」

澪「だ、だから黙らないで!」

梓「ありがとうくらい……」

紬「『好きです』に比べたら、かなり難易度が低いような気がするわ」

澪「ひ、酷い!」

梓(拗ねちゃいました)


紬「もしかして、感謝の気持ちを伝えたいのかしら?」

澪「そう、それ! 感謝の気持ちだよ!」

梓「だったら、花でも買えば……」

澪「小学四年生の時、律からチョコと花を貰った」

梓「でしたら、手紙……」

澪「小学五年生の時、律からチョコ……」

梓「ここは大胆にキスを……」

澪「小学六年生の時、律から……」

梓「うがー!!」


澪「ひぃっ、梓が!」

紬「梓ちゃんは放っておきましょ」

澪「うん」

紬「まずは感謝の気持ちの伝え方だけど、色々な方法があるわ」

澪「そうなの?」

紬「えぇ。一番簡単なのは……」

澪「まさか律と!」

紬「何を想像したかは私には分かる! だけど、今回はそれじゃないわ」

澪「ほっ」

紬「ここはシンプルに、澪ちゃんの言葉でいきましょう」

澪「こ、言葉?」

紬「そうよ。メールや手紙で伝えるより、自分の言葉で伝えるの」

澪「えっと、なんて伝えれば……」

紬「そこは、澪ちゃんが考えないとダメよ」

澪「そ、そうだよな!」

紬「そしてチョコは……」

澪「もちろん、手作りの予定! ちゃんと材料もある!」

紬「上出来ね! なら、少しだけアイテムを追加しましょう」

澪「アイテム?」

紬「そうよ。チョコは箱か包みよね?」

澪「えっと、箱のつもり」

紬「ならば、箱に赤いリボンをつけましょ」

澪「赤いリボン?」

紬「うん。赤いリボンにはね、愛って意味があるのよ」

澪「そ、そうなんだ。初耳だ……」

紬(今、思いついたことだから知らないけどね)

梓「……赤いリボン」

鞄からメモ帳を取り出す。

澪「赤以外は? 家に黄色があるんだけど」

紬「赤じゃないとダメよ」

澪「わ、分かった。それで、市販のでいいよな?」

紬「うん。市販のでいいわ」

梓(黄色はダメだが、市販のものはいい)

メモを取り始める。

紬「うん。これでいいわ」

澪「い、いいのか?」

紬「私が言うもの、間違いないわ」

澪「さ、さすがムギだ」

紬(適当に言ってるだけなんだけど、気にしなくていいわね)

梓「……間違いない」

梓はペンを走らせていた。

澪「リボンは前に、どこで買ったかなぁ」

紬「近くに確か一件あった……」

梓「赤いリボンなら、立花先輩が持ってそうですよね?」

澪「えっ?」

紬「えっ?」

梓「えっ?」


ガチャ!

律「おーっす」

唯「遅れてごめんねー」

澪「お、遅かったな」

律「ちょっと職員室にな」

梓「何かやったんですか?」

唯「別にー」

紬「二人とも、お茶いれるわね」

唯「ありがとー」

律「おっ、梓はメモとってんのか?」

梓「えっ、えぇ……まぁ」

唯「何書いてるの?」

梓「み、見ちゃ嫌です!」

唯「えー、あずにゃんのケチー」

律「そうだぞー」

紬がお茶を持って来る。

紬「どーぞ」

律「サンキュー」

唯「ねぇムギちゃん。あずにゃんは何をメモしてたの?」

紬「それはね、澪ちゃんの……」

澪「ムギ!」

紬「はっ!」

律「澪が、なんだってー?」

澪「な、なんでもないよ!」

紬「そ、そうよ! 澪ちゃんがりっちゃんにチョコあげるなんて……」

律「へぇー、澪がチョコくれるの?」

紬「な、なんで知ってるの!」

澪「今、自分で言ったじゃないか!」

紬「しまったー!」

律「澪が私にチョコねぇ……じゃあ、澪にあげるチョコはなくていいかな」

澪「えっ?」

律「澪がくれるんだろ? だったら、私はホワイトデーにお返しだな」

澪「うぅー」

紬「み、澪ちゃんごめんなさい」

澪「いや、いいよムギ」

唯「じゃあ、私はあずにゃんにチョコあげよっかなぁー」

梓「ほぇ!」

唯「だって、去年貰ったから。今年は私があげる番だね」

梓「い、いえ。私があげます!」

唯「えー、私があげるー」

梓「私があげるったら、あげるんです!」

唯「ぶーぶー」

律「よっしゃ、お茶飲んだら練習だな」

澪「め、珍しいな。律から率先して練習なんて」

律「早く練習しないと、澪がチョコ作れる時間がなくなるだろ」

澪「う、うるさい……バカ律」

唯「よし、練習頑張ります!」

梓「普段から頑張って下さい!」


練習終了後――

梓「わ、私は先に帰ります」

梓は部室を出る。

律「どうしたんだ、梓は?」

唯「チョコ作るんじゃない?」

紬「知らん」

律「ム、ムギ?」

澪「そ、そろそろ帰らないか?」

律「そうだな。早く帰らないと、澪がチョコ作れ……」

澪「言うな!」

ポコッ!

律「はぅ!」

澪「ったく!」

紬「じゃあ、戸締まりしましょ」

唯「はーい」


帰り道――

澪「律、悪い。今日はムギと寄る所が」

律「えー、私も行きたいー」

紬「りっちゃんにあげる、チョコに関することよ」

澪「そ、そうだぞ」

律「うぅー、分かったよー」

紬(リボン買うだけなのよねー)

唯「りっちゃん、家に遊びにおいでよ」

律「そうだな。帰っても暇だし、唯の家に行くか」

唯「わーい」

澪「そ、それじゃあ」

紬「さよならー」

唯「ばいばーい」

律「また明日な」

手を振って別れる。


商店街――

澪「と、とりあえずリボンは買ったけど……」

紬「あとはチョコ作って、りっちゃんに『ありがとう』を伝えるだけね」

澪「そうだけど、なんて言えばいいのか……」

紬「それは、澪ちゃん自身が考えないと」

澪「そうなんだけど……」

紬「いい、私が協力出来るのはここまでよ」

澪「そ、そうだよな。ムギに頼ってばっかで、なんか悪いな」

紬(正直、私も適当に答えただけなんだけど)

澪「チョコ作りながら、律に伝えたい言葉を考えるよ」

紬「そう。その意気よ! だから、ファイトー!」

澪「ふふっ、サンキューな。ムギ」


その頃、梓は――

梓(リボンと言えば……)

ピンポーン

梓(この人しかいない)

ガチャ!

姫子「はい」

梓「立花先輩!」

姫子「えっと、軽音部の二年生だよね?」

梓「中野梓です」

姫子「どうも、立花姫子です」

梓「今日は立花先輩に相談がありまして」

姫子「私に? えっと、何かな?」

梓「立花先輩が持ってる、赤いリボンを下さい!」

姫子「はっ?」

梓「持ってますよね!」

姫子「も、持ってない」

梓「なんで持ってないんですか!」

姫子「し、知らないよ!」

梓「姫子と言えばリボン。そう決まったことです」

姫子「意味が分からん!」

バタン!

梓「立花先輩! リボン、リボンプリーズ!!」


平沢家――

純「梓、どうしたのかな?」

憂「分かんない。メールしても、返事がないし」

律「おっ、何やってんの?」

憂「律さん、こんにちは」

純「どうも」

律「チョコか、二人は誰かにあげるのか?」

憂「はい」

純「先輩に」

律「そっか、頑張って作れよ」

唯「憂、私の漫画知らない?」

憂「漫画?」

唯「うん。りっちゃんが読みたがってた……」

憂「なんの本ですか?」

律「えっと、赤いリボンで変身する……」

憂「それなら、私の部屋にありますよ」

律「そっか……唯、憂ちゃんの部屋だって」

唯「はーい」


秋山家、夜――

只今、チョコを製作中。

澪(チョコは順調だけど、なんて伝えるか……)

澪(あっ、そうだ。受け渡しの時間、律に知らせておこう)

律にメールを送信する。

すると、返信が来た。

澪(速い……って、梓から?)

メールにはこうあった。


立花先輩はリボンを持ってませんでした。


澪(何をやってるんだ、梓は?)

更に一件のメールが入る。

澪(あっ、律からだ)


了解、七時半に公園だな。


澪(これでOKだな!)

澪「よーし、頑張るぞぉー」


2
最終更新:2011年02月12日 01:23