紬「唯ちゃんとかは?」

梓「だからそんなんじゃないですってば」

紬「じゃありっちゃん!」

梓「…考えたこともなかったです」

紬「澪ちゃんともお似合いだと思うの!」

梓「まあ澪先輩はカッコイイとか思いますけど、そういう気はないです」

紬「はぁ…残念」

梓「落ち込まないでください。なんかこっちが悪いみたいです…」

でも、もし。もしもだよ。
私が先輩の誰かとそういう事になったんら……

…………
……………………

はっとして我に戻ったときには
私はムギ先輩に押し倒されていました。

目の前にムギ先輩の顔があります。

大きな眼に整った顔立ち。
晴れた日の空のような、澄んだ蒼の瞳。
その特徴的な眉でさえ、この人にとっては魅力を引き出すアクセントだ。

柔らかい曲線を描く、この人の優しさを体現したようなブロンドの髪が
挿し込む夕日を浴びてきらきらと輝いている。

雪みたい、と例えたくなるような白くて綺麗な肌。
それによって強調される、桜色をした柔らかそうなピンクの唇。

私は視界に入るその全てに心を奪われていて。
目を反らすことが出来ません。

…いや、なぜそんなことをする必要が有るのでしょうか?
こんなに美しいものから、目を反らす必要なんて、ありません。

「梓ちゃん」

私の名前。それを発しただけで。
その音が、私の耳に届いただけで。
心臓が、どくんどくんと跳ね上がる。

顔も体も、ビックリするくらい熱い。
でも、なんでだろう。それは全く不快じゃなくて。
むしろとっても心地いい。

「今の梓ちゃん、とっても可愛いわ」

「ムギ、せんぱい…?」

そっと。ガラス細工でも触るかのように。
私の頬に手を添えてくる先輩。

あったかくて、柔らかいその手が優しく頬を撫でて。
さらに私の動悸を早めます。

「食べちゃいたいくらい」

「いいわよね? …あずさ」
「あ…」

私の名前。「あずさ」って。呼んでくれた。

もうだめだ。
私の中、もうこの人でいっぱいだ。
他のこと、考えられない。

「……はい。いいですよ。ムギ先輩」
「だめよ。梓」

「二人の時は、紬、って。そう呼びなさい」
「はい。……つ、つむぎ」
「ふふ。よろしい」

近づいてくる顔。
心を満たすような、紬のいい匂い。

そして、そのまま。私たちの唇が……


……………………
…………


「……さちゃん?」
「…ずさちゃん?」

梓「ほへ?」

紬「梓ちゃん?」

……

梓「!!? うわぁぁぁ!?」

紬「うひゃあ!?」

びっくりしました。いきなり先輩の顔が真正面にありました。

さらにびっくりしたのは、……その。
あんな妄想をしていた直後だったので。

梓「ああああ!?あの、すいません!大丈夫ですか!?」

紬「え? 私はなんともないんだけど」

紬「梓ちゃんの方こそ大丈夫?急にぼーっとしちゃって…」

梓「はい!なんでもないんです!大丈夫ですじょ!」

紬「じょ?」

噛んだ。恥ずかしい。帰りたい。

紬「…ふふふっ。あはははは!」

梓「……/// も、もう!そんなに笑わないでください!」

梓「私だって恥ずかしいんですから!」

紬「ははっ。…ふー。ごめんごめん」

紬「でも、大丈夫そうでよかったわ」

梓「すいません。ほんとに…」

紬「いいのいいの。ちょっと疲れちゃった?」

梓「あー、いえ。そういうわけでは。ほんとに大丈夫ですから」

あんな話をしたからでしょうか?
……まさか、自分がこんな妄想をしてしまう日が来るとは
夢にも思ってませんでしたよ。

そりゃ、ムギ先輩は綺麗ですし。
当然、その。嫌いなわけなくて。……す、好き、ですけど。

でもでも!それはそういう好きじゃなくてですね!
あくまで!人として!先輩としてですから!

紬「梓ちゃん?顔赤いよ?ほんとに…」

梓「あああ!はい!大丈夫ですよ!ほらほら!」

だめだ!もう考えるのはよそう。

ああ、先輩でこんなことを考えてしまうなんて…
お父さん、お母さん。梓はいけない子なんでしょうか…?

――――
――――――――

紬「梓ちゃん、ティータイムは好き?」

いつだったか、ふと。そんなことを尋ねられました。

梓「どうしたんですか、急に」

紬「うん。ちょっと、ね。」

紬「梓ちゃんが入ってきたときのこと、思い出してて」

梓「ああ、あの時の…」

そう、この軽音部に入ったばかりの頃。
私はそのゆるい空気に何故か馴染めなくて。

『ティーセットは全部撤去すべきです!!』
『あ…』
『それだけはかんべんしてぇ!!』
『なんで先生が言うんですか!?』

今となっては、懐かしいと、そう言ってもいい記憶。
あれからそんなに季節はたってはいないけど。
何故だか、随分と昔のような、不思議な気分でした。

それはきっと。私が変わったから。
そう感じるんだと、思います。

梓「あの時はなんといいますか…すいませんでした。ほんとに」

紬「ううん。いいの。私たちこそ、あの時は悪いことしたかなぁって」

紬「真面目に音楽がしたい人が来て、ああだったらと思うと」

紬「やっぱり、そうなっちゃうかなって」

梓「まぁ、それはそうなんですけど…」

実際、私がそうでしたからね。
なにやってるんだろう。この人達って。

でも、今は違う。

梓「…質問の答えですけど」

あの頃の私が見たらびっくりしそうだね。

梓「大好きですよ。ティータイム」

それはとっても素敵な時間で。

梓「それがなかったらきっと」

私たちに、必要なもの。
私の大好きな、この軽音部に、必要なものだから。

梓「私たちは、私たちじゃないと思うので」

梓「…なんて。ちょっとカッコつけちゃいましたね」

梓「…って。にゃ…」

そう言うやいなや。ふわっとした感触に包まれます。
…ほんと、最近この人には抱きつかれてばかりです。

紬「梓ちゃんにそう言ってもらえるなんて」

紬「私、すごく嬉しいよ」

梓「私は、思ったままを言ってるだけですので」

紬「だから嬉しいの。ありがとう」

梓「お礼なんて言わないでください」

梓「それを言わなくちゃいけないのは、私の方です」

…ああ、きっとそうだ。

どうして、紅茶を淹れてあげたいって思ったのか。
分かった気がしました。

きっと、この人に。淹れてあげたかったから。

私たちを支えてくれてるこの人に。
暖かくて優しいこの人に。
素敵な時間を創ってくれてるこの人に。
誰よりもその時間を大切にしているこの人に。

私も何かしてあげたいって。

ありがとうございますって。伝えたかったからだ。


――――――――
――――

――――

「はい。それじゃあ今日はこれで。みなさん、さようなら」

ちょっとだけ早く終るHR。
僅かな時間だけど。それでも浮き足立つクラスメイトたち。

…そうだ。今なら私が一番乗りだ。
そろそろ、いい頃合かな。私もだいぶうまくなったと思う。

そう思うと居ても立ってもいられなくなって。

純「あーずさ!今日も軽音部に…」

先生が出ていくのとほぼ同時に教室を抜け出します。

純「行くんですね分かります」

憂「梓ちゃん何だか最近楽しそうだよね~」

純「まあ前から軽音部大好きっ子ではあったけどさ」

純「なんだろう。この声すらかけてもらえない疎外感」

憂「純ちゃん寂しい?」

純「よくわからん。梓が楽しそうなのはいいんだけどさー」

憂「わたしもー。最近の梓ちゃんなんか嬉しそう」

純「…恋でもしてるのか?」

純「それで私たちなんか眼中に無いってのか!そうなんだね!?」

憂「それはどうか分からないけど…」

憂「…純ちゃん寂しい?」

純「あーもう!寂しいよちくしょー!」

純「もっと私らにもかまえ!」

憂「まあまあ。今日はジャズ研ないんでしょ?一緒に帰ろ?」

純「私の味方は憂だけだ~!」

…………

がちゃ

紬「あら、梓ちゃん一人?」

梓「こんにちは。ムギ先輩。今日は私が一番みたいですね」

紬「まぁ。いい香りね」

梓「すみません。勝手に使っちゃって」

紬「好きに使ってねって言ったでしょ?大丈夫よ」

梓「ありがとうございます。それなりに練習もできたので」

梓「今日は私が淹れてみようかな…って」

紬「まあまあ!楽しみね~!」

紬「梓ちゃんも上手に淹れられるようになったし」

紬「きっとみんなビックリするわよ」

梓「そうですかね。……喜んでもらえるでしょうか?」

紬「大丈夫よ。私が保証するわ」

そう言ってもらえるなら、大丈夫でしょうか。
何だか安心しました。


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最終更新:2011年02月11日 19:57