――――
紬「じゃ~ん。今日はこれです」
梓「これは…澪先輩の好きなやつ、ですか?」
紬「すごい!よく分かったわね~」
梓「まだ、何となくでしたけど」
梓「前に言われたので、見てました。そしたら。多分これかなって」
梓「美味しそうにしてましたね。確かに」
紬「まあまあ!すごいじゃない」
それが自然にできるムギ先輩のほうがもっとすごいと思いますけど。
紬「じゃあここで問題。どんな風にして飲むのが好きでしょう?」
梓「ストレートで。…って、澪先輩をよく知らない人なら答えそうです」
紬「澪ちゃん大人っぽくてカッコイイから、イメージはあるわね」
梓「正解はお砂糖たっぷりですね。この間もたくさん入れてました」
梓「澪先輩は甘いのが好きです。多分軽音部の中で一番」
紬「正解で~す。だから、お砂糖入れても風味があんまり変わらないこれ」
梓「なるほど。勉強になります」
紬「だいぶ手馴れてきたわね」
梓「そうですか?ありがとうございます」
紬「そうだ。もう一つ。紅茶を入れるときに大事なことがあったの」
梓「他にも、何かあったんですか?」
紬「そうね。これは私の勝手な持論で。味が変わるものじゃないけれど」
梓「…聞きたいです。ぜひ、聞かせてください」
ムギ先輩は、ちょっとだけ、恥ずかしそうに。
でもしっかりと言ってくれました。
紬「淹れてあげる相手への思いを込めること」
紬「どうしたら相手が喜んでくれるのかな、って。考えてあげること」
紬「紅茶だけじゃないけどね」
紬「なんに対してもね。そういう風に考えるようにしようかなって」
紬「それで相手が笑ってくれたら。とっても素敵だと思うの」
紬「その笑顔が、私をあったかくしてくれるから」
うん。実にムギ先輩らしいです。
やっぱりこの人は、こういう優しさが似合うような。
そんな気がします。
紬「…ごめんね。なんか、カッコつけたこと言っちゃって」
梓「そんなことないです!とってもムギ先輩らしくて、素敵でしたよ」
梓「そういえば、ムギ先輩と澪先輩は仲いいですよね」
紬「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな」
紬「お話しする時間が一番長いからかしらね」
梓「曲はほとんどお二人で作ってますしね」
紬「そうね~。そのおかげもあって、昔からいろんな話もしてるし」
梓「澪先輩も何だかムギ先輩を頼りにしてるみたいですしね」
紬「そうかしら。だったら嬉しいわ」
紬「澪ちゃんはいつもしっかりしてるから、私も助けられてるし」
梓「他二名の先輩方にももう少ししっかりして欲しいものです」
紬「でもね、澪ちゃんもほんとはもっとはしゃぎたいんじゃないかって」
紬「そんな風に思うこともあるの」
梓「何となく分かります。合宿の時とかそうですから」
梓「スイッチ入ると途端にはしゃぎますよね」
紬「ふふ。そうね。梓ちゃんは、そんな澪ちゃんは嫌?」
梓「まさか。普段しっかりしてますし、そういう時くらいは楽しまないと」
紬「梓ちゃんもそんな感じだものねえ~」
梓「…何だかお恥ずかしいです。普段練習ってばっかり言ってるのに…」
紬「いいじゃない。可愛いわよ」
梓「可愛い、ですか」
紬「澪ちゃんは真面目でしっかりしてるから」
紬「自分がそういう立場でいることで、バランスを取ろうとしてる」
紬「そういう所もあると思うの」
紬「私も皆といると、楽しすぎてついつい羽目を外しちゃうから」
紬「だから澪ちゃんばっかりにそういう役目を押し付けてないかって」
紬「梓ちゃんにも、ね。私は楽しみ優先にしちゃうことあるから」
紬「嫌だなぁって、思うこともあるでしょう?」
…まったく。この人は。
そんなこと心配してたなんて。
梓「ハッキリ言いますけど。ありませんよ。そんなこと」
紬「…え?」
梓「私もそうですし、澪先輩だってそうです」
梓「私たちは普段から練習練習って言うことが多くて」
梓「ムギ先輩がそんな心配をするのも分かりますけど…」
梓「でも、そんなことで嫌だなんて思いません」
梓「唯先輩や律先輩にだってそうです。別に嫌いだとか思いませんから」
梓「まあ、もうちょっと真面目にして欲しいとは思ってますけど」
梓「なんというか。否定的な意味じゃなく、もう諦めました」
梓「こうするのが私たちらしいんだ、って」
梓「だから安心してください」
梓「澪先輩も言ってましたよ」
梓「私は真面目すぎて融通がきかないこともあるから」
梓「ムギ先輩はそういう自分と他の二人をうまく取り持ってくれて」
梓「軽音部のバランスを取ってくれてるんだって」
梓「そういう所、すごく感謝してるんだって」
紬「澪ちゃんがそんなことを?」
梓「恥ずかしがり屋ですから。面と向かっては言いづらいんでしょう」
梓「付き合いの短い私のほうが、逆に言いやすいんでしょうか」
紬「…えへへ。なんか嬉しいな。そんな風に思ってもらえてると」
梓「澪先輩も、ちゃんと分かってますよ」
梓「もちろん、私も。 いつもありがとうございます」
紬「いえいえ。こちらこそ」
梓「なんかいいですね。お二人の関係」
紬「そうかしら?」
梓「ええ。なんか落ち着いてて。大人っぽいっていうか」
梓「私は好きですよ。そういう信頼関係」
そうこうしているうちに、お茶も出来上がったようです。
とっても甘いのに、その引き締まった風味は崩れない。
これはきっと、澪先輩の好きな味だ。
……
紬「澪ちゃんは不思議な人よね」
梓「不思議…ですか」
紬「一番大人っぽいのに、それでいて一番子どもっぽい所とか」
梓「あー。確かに。中身を知ったらビックリするタイプですね」
紬「でも、とっても魅力的だと思うわ」
梓「そうですね。素敵な人だと思いますよ」
紬「梓ちゃんは澪ちゃん大好きだものね~」
梓「大好きって…。まあ、真面目な人ですし」
梓「美人ですし、可愛いところとかも含めて、その」
梓「好きではありますよ」
紬「梓ちゃんと澪ちゃんて似てるし、姉妹みたいで可愛いわよね」
梓「そりゃ、たまに似てるって言われますけど」
梓「私は澪先輩ほど美人じゃないですし」
紬「梓ちゃんだってとっても可愛いのに」
梓「そうですか…?というか、あんまり可愛い可愛い言わないでください」
紬「どうして?」
梓「……恥ずかしいです」
紬「ふふ。そんなところもそっくりなのに」
紬「似たもの姉妹の、みおあず!ってのも素敵…」
梓「またですか…」
この人はなぜおおっぴらに妄想するんでしょうか?
嫌ではないですが…なんかくすぐったいです。
――――
紬「はい。それでは今日の講義を始めます!」
梓「ぱちぱちぱち」
紬「梓ちゃんもだいぶ上手くなってきたわね~」
梓「ありがとうございます。せんせい」
紬「ふふ。それじゃあ、今日はどれにしようかしら?」
梓「あの、今日は教えて欲しいのがあるんですけど…」
紬「あらあら!いいわよ~。どれかしら?」
紬「梓ちゃんの好きなやつ? それも分かるのよ~」
ちょっと子供っぽく自慢気なムギ先輩が可愛いです。
でも、ごめんなさい。今日のはそれじゃないんです。
梓「今日は、これにしませんか?」
私は茶葉の缶の中から一つを取り出します。
紬「え?これでいいの」
梓「はい。これでいいと思います」
紬「梓ちゃんの好みも分かってると思ったんだけど…」
沈んでしまいました。違うんです。そうじゃないんですよ~!
梓「いえ。これは私のじゃなくて…」
梓「これ、ムギ先輩の好きなやつですよね?」
あ、ちょっと驚いてる。意外に分かりやすいんだよね。
ころころ表情が変わるのは、可愛いと思います。
紬「言ってなかったと思うんだけど」
梓「はい。言ってませんね。でも」
梓「このお茶飲んでる時が、なんというか、一番幸せそうに見えたので」
梓「だぶん、そうなんじゃないかな、と」
自分で言っておいてなんだけど、ちょっと恥ずかしくなってきた。
紬「…ふふ。そうね。正解」
梓「教えてくれても良かったのに」
紬「自分のこととなると、何だか恥ずかしくなっちゃって」
相変わらず、変なところで控えめな人です。
…そんなところもなんだか可愛いです。思っていてもちょっと言えませんが。
私が恥ずかしいので。
紬「それに、押し付けがましくないかしら?」
梓「全然そんなことないですよ!」
梓「ムギ先輩にそんなこと言われたら、私なんてもう…」
梓「中野梓の半分は図々しさで出来ています。とか言わないといけないですよ!」
紬「ふふ…。あははは!梓ちゃん面白い!」
梓「もう!けっこう真面目に言ったんですよ!」
梓「…まあ、そういうことですよ」
紬「梓ちゃんはすごいわね」
梓「まだまだムギ先輩には及びません」
紬「謙遜しなくてもいいのに~」
謙遜なんかじゃないです。
そういう所でこの先輩にはかなわないと思います。
紬「そうね。それじゃあ今日はこれで」
梓「はい。よろしくお願いします」
それはとっても上品な香りがして。
でもとっても飲みやすくて。
やっぱり、ムギ先輩みたいかなって。
そんなふうに思いました。
梓「あの…ムギ先輩。ちょっとお聞きしたいんですけど」
紬「あら。なにかしら?」
聞いていいのかな?とも思ったけど。
ムギ先輩は全く隠したりする気がないみたいだし。
なんでか、そんな話ばっかりになるので。
…ちょっと。ちょっとだけ。気になっただけなんですよ?
梓「ムギ先輩って、その。……女の人が好きなんですか?」
紬「あら。そういうお話?」
梓「あ!すいません!突然変なコト言ったりして」
梓「嫌だったらいいんです。すいません…!」
紬「まあまあ落ち着いて。別に気にもしないし。大丈夫よ」
紬「それにね!コイバナっていうのかしら?」
紬「そういうのしてみたかったし!」
梓「はぁ、それなら。まあよかったですけど…」
これが一般的な女子高生が話すような類のものかどうかは。
ちょっと疑問符が付くところですけど。
紬「梓ちゃんこそ大丈夫?そういうお話でも」
そういうってのは、やっぱり女の子同士ってのについてのことなんだろう。
梓「私は、まあ。大丈夫といいますか」
梓「よく分からない。って言ったほうが正しいですかね」
紬「普通はそうだと思うわよ」
梓「別にそれで差別したりとか、そういう気もないんですけど」
梓「純粋に、どんなこと思ってるのかなって言う興味ですかねぇ…」
紬「そうね。せっかくだし、今日はそういうお話してみる?」
梓「はい。ムギ先輩がよければ。お願いします」
紬「まさかお願いしますって言われる日が来るとは思ってなかったわ」
梓「私もお願いする日が来るとは思ってませんでしたよ」
……
紬「うーん。なんて答えたらいいのかしら」
紬「女の子同士が仲良くしてるのを観るのは好きね~」
紬「何だかとっても素敵じゃない?」
梓「そういうものなんですかね?」
紬「これは感覚だし。分からない人には分からないんじゃないかしら」
紬「どんなものを可愛いと思うかって人によって違うでしょ?」
紬「その延長線みたいなものだと思うから」
梓「はぁ。なるほど」
紬「無理に理解しようとしなくてもいいと思うけどね。私は」
梓「でも…観てるだけでいいんですか?」
梓「なんといいますか、その、先輩自身は…」
紬「私は女の子が好きなのかってことかしら」
梓「…はい。あの、ほんとに聞いて大丈夫ですか?」
紬「いいわよ。大丈夫」
紬「実はね、よくわからないの」
梓「はい?」
意外、といえば意外な答えが帰ってきました。
いままで、そういう、百合って言うんでしたっけ?
そういう嗜好の人達というのは、その人自身もそうなんだろうと。
そんなふうに思っていたので。
紬「というよりも、まだちゃんと人を好きになったことがないから…」
紬「恋をしたことがないのよ」
紬「だから、どうなのかしらね?」
紬「私自身、同性愛に対して偏見を持ってるわけじゃないから」
紬「もしかしたら女の子を好きになるのかもしれないし」
紬「普通に、って言い方はあんまり好きじゃないけど…」
紬「男の人に恋をするのかもしれないし」
紬「そういうわけで。よくわかんない。かな」
梓「なるほど…」
紬「変な言い方だけど、好きになった人が好きな人なのよ」
紬「人として、惹かれるものがあるかどうかが大事で」
紬「性別で見てるわけじゃないって言うか、そんな感じ」
梓「ちょっと難しいですけど、何となく分かります」
紬「まあ。こういう考えは変わってるし。マイノリティだってのも分かるんだけどね」
紬「ごめんね。恋も知らないお子様の話じゃ、面白くなかったでしょ?」
梓「いえ!とんでもない。 こちらこそ変に突っ込んだこと聞いちゃって」
梓「ためになった。って言っていいんでしょうか?」
紬「ええ。こんな話でよければ」
紬「でも…。やっぱり、変だって思ったりしない?」
梓「最初に言いましたよ。それで差別とかするつもりはないって」
梓「私にはまだ、よく分からない世界ではありますけど…」
梓「でも。私そういう所で人を変に扱ったり卑下したりするのは好きじゃないです」
梓「だから。分からなくても。それで変だなんて言ったりしません」
紬「そう言ってもらえると私も気が楽だわ。ありがとう」
梓「いえいえ。…というか先輩ってあんまりそういうの隠そうとしないですよね」
紬「思い切ってそれなりにオープンにしておいたほうがいいのよ」
梓「そういうもんなんですかね?」
紬「ええ。それに、軽音部のみんなに変に隠し事とかしたくないし」
紬「みんななら、大丈夫かなって。なんとなくだけど、そう思ってるから」
梓「そうですね。みなさん、そんなこと気にする人じゃ無さそうですし」
梓「あ、私もそうですから。ご安心を」
紬「ふふ。ありがとう」
梓「…でも、私と他の先輩方で妄想するのはちょっと」
紬「嫌?」
梓「……というよりは、はずかしいので。すっごく」
紬「え~。そんなぁ」
梓「そんなぁ。じゃないです!もう」
紬「梓ちゃんもみんなも可愛いからとってもいいのに!」
梓「力説されましても…」
私はやっぱりそういう事考えたことはないし。
ましてや、先輩方の誰かとなんて…
紬「そういう梓ちゃんは好きな人とかいないの?」
梓「うぇぇ?!私ですか!?」
紬「そう。梓ちゃん! 誰かに恋してないのかな~!」
梓「…残念ながら、私もそういうのには疎い方でして」
梓「今のところは、そういう人はいないですかね…」
紬「なぁんだ。残念」
ムギ先輩は意外にこういう話に興味があるのかな?
ほんとに残念そうだし、さっきから妙に食いつきがいいというか。
よくよく考えたら、私たちってそういう浮ついた話が全くないなぁ…
最終更新:2011年02月11日 19:56