【教室】

憂「梓ちゃん、見に行かないの?」

梓「………」

憂「梓ちゃん?」

梓「ごめん、私いいや。憂一人で行ってきなよ。唯先輩出るんでしょ?」

もう演奏が始まる時間だった。
私は憂の誘いに素直に乗れなかった。

憂「…ダメだよ。行こう?」

梓「でも…」


憂「見ないと、きっと後悔するよ」


梓「……!」

憂「ほら、いこっ?」ぐいっ

梓「ちょ、ちょっと引っ張らないでよっ」

私の腕をつかみ憂は走り出した。
気のせいかな?さっきの憂の言葉に、何か大きなものを感じた。

体育館に近づくにつれて、音が聞こえてくる。
私も、軽音部にいたら今頃あのステージで演奏していたのかな…。

梓「………!」ぶんぶん

私は首を横に振った。
ちがう!ちがう!未練なんかないはずだ。
澪先輩のことなんて大嫌いだ。
軽音部だって、もう私には関係のないことだ。

ガラララ

梓「………」

憂「わぁ…!」

体育館に入るとものすごい熱気が身体を包んだ。
ステージは大いに盛り上がっているようだった。
先輩たちのクラスメイトはもちろん、他の学年やお客さんも、ノっていた。

憂「梓ちゃん!早く早く!」

梓「あっ、憂…」

憂はそのまステージに向かっていった。
おいで。と手招きしてくれたが、私は行かなかった。
私は体育館の隅で一人、演奏を聞いていた。

梓「………」

ひどい演奏。
ドラムは相変わらず走ってるし、唯先輩は歌詞間違えてるし…。
澪先輩もムギ先輩も、どことなく動きが固い。
ていうか、演奏なんて久しぶりじゃないの?ちゃんと練習した?
先輩たちのことだから、またお茶ばっかり飲んでたんじゃないの?

澪「―――♪」

でも…。
あの顔は、紛れもなくあの時の澪先輩。
かっこよくて、やさしくて、大好きなだった先輩の顔だ。
唯先輩も、律先輩も、ムギ先輩も、みんな楽しそうに演奏していた。
私も、一緒にあんな顔していたのかな…?

梓「…ていうか」

梓「何、思いだしてるんだ。私…」

後悔なんてしてないはずなのに。
澪先輩も、軽音部も、だいっきらいなはずなのに。
でも、なんでだろう…。涙が止まらなかった。

唯「次が最後の曲でーす」

「えぇーっ!!!」

唯「おぉっ、みんなありがとーっ!」

唯「それじゃあ最後の曲を前に作詞者の澪ちゃんから一言どうぞ!」

澪「え、えぇっ?!…私?!」

澪「………」

唯からの突然のパスに戸惑った。
律やムギだけじゃない、体育館の全員の視線が私に向けられている。
恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

澪「えっと、その…」

澪「た、大切な人のために、書きました」

澪「き…きき、聞いてくださいっ!」

自分でも何を言ってるのかわからなかった。
早くこの視線を回避したくて私は律に合図を出した。

かなり私は焦っていたのだろうか。
律はやれやれと言った顔をしながら、カウントを出した。

――――――
――――
―――
――

澪「………」

放課後、私たち4人は音楽室で放心状態だった。

律「…楽しかったな」

唯「うん…」

紬「…あっという間だったね」

ステージは大成功だった。
終わったあとの拍手とみんなの歓声が、今でも耳に残っている。

唯「あずにゃん、戻ってきてくれるかなぁ」

律「大丈夫っしょ、私らかなり頑張ったぜ?」

紬「またケーキの数増やさないとね」

澪「…みんな」

澪「みんな…。ごめんなさい…」

涙が出た。理由はわからない。止まらなかった。

律「なーに泣いてんだよ」

紬「そうよ澪ちゃん、最高の演奏だったじゃない」

唯「うん!楽しかったよ♪」

澪「……ありがとう」

3人に励まされながら、私はずっと泣いていた。
軽音部でよかった。心からそう思った。


唯「またねー!」

紬「ばいばい♪」

夕方、私たち4人はいつもの場所で別れた。
打ち上げは梓が戻ってきてからにしよう、そう決まった。
みんなには申し訳ないけど、それには参加出来そうにはないかな。
たぶん、この世界での唯とムギとはこれでさよならだ。
ありがとう。心の中でそう言って別れた。

唯とムギと別れ、律と2人きりで歩いていた。

律「なぁ、澪」

澪「ん?」

律「お前、もう元の世界に帰んのか?」

澪「えっ?!な、なんで…?」

律「んー?なんとなく」

3人にはいつ私が元の(になるかわからないが)世界に帰るかを伝えなかった。
余計な気を遣われるのは嫌だし、情で軽音部に再び受け入れてほしくなかったからだ。

澪「…うん。今日の夜」

律「やっぱな」

こんな世界でも、律は変わっていなかった。
妙に勘がよくて、隠し事が通用しない。
どこにいても、お前は相変わらずなんだな。

律「んまっ、元気でやってくれ」

律「あ、そうだ!」

澪「?」

律「もし帰れなかったとしても、とりあえず私たちには声をかけなさいよ」

律「私たちはどこの世界でもお前の味方だから」

澪「…うん」

律「そんじゃな。無事に帰れるといいな。そん時はまたよろしく!」

澪「…あぁ!」

そう言って律はそそくさと帰っていった。
最後の最後まで、私を支えてくれた。


brrrr brrrr

澪「…ん?」

律とも別れ一人帰り道を歩いていると、携帯が鳴った。

一通のメール。
差出人は、梓だった。

―――――――――――――――――――――
From 梓
Subject こんばんは
先輩。お時間ありますか?
少し…お話がしたいです。
―――――――――――――――――――――

まさか梓から連絡が来るとは思ってなかった。
何だろう。私は期待と不安を抱えつつ返信した。

―――――――――――――――――――――
To 梓
Subject Re:
大丈夫だよ。
いつもの交差点でいいかな?
―――――――――――――――――――――


澪「………」

ここに来るのも久しぶりだ。
梓にだけ通じる「いつもの場所」。
日はもう落ちている。月食の見える時間まで、あと少し。

5分ほど経った頃だろうか。
向こうから見覚えのある影が近づいてきた。

澪「梓…」

梓「…こんばんは」

梓だった。
家から来たのだろうか、私服だった。

澪「演奏、見てくれたかな?」

梓「…はい」

どこにいたのかはわからなかったけど、見ていてくれたらしい。
それがわかっただけで十分だった。

梓「先輩」

澪「?」

梓は手から何かを取り出した。
見覚えのあるものだった。
そう、梓が4月14日にくれたネックレスだった。
どんなに部屋の中を探しても見つからないと思っていたら、梓が持っていたのか。

梓「これ、先輩が捨てたんです。私の目の前で」

梓「それだけじゃない。散々ひどいことされたし、傷つくこともたくさん言われた」

梓「もう絶対許さないって思った、一生恨んでやるって思った」

梓「でも、これ…。なぜか捨てられなくて。バカみたいにずっと持ってて」

梓「だけど先輩は、そんなの関係ないんですよね」

梓「何もなかったかのように、何も知らなかったかのように、自分は正しい世界に帰るんですね」

梓の言う通りだった。
私の身勝手で、この間違った世界にさよならを告げるのだから。


澪「…関係なくなんか、ないよ」

澪「梓のことはずっと好きだし。今も大切に想ってる」

澪「だから―――」

バチィ…ン

覚えのある痛みが走る。
頬を叩かれたのは、これで2回目だった。

梓は、泣いていた。

梓「ずるいですよ、先輩」

梓「不器用なくせに…。メルヘンな甘い歌詞しか書けないくせに…」



梓「あの曲…、さよならの曲でしょ?」



そう。私が書いた詞は、さよならの詞だった。

間違った未来に、さよなら。
何もかも失っていた私に、さよなら。
隣にいない梓に、さよなら。

そう意味を込めて書いた詞だった。

梓「ずるいよ…。自分だけいい格好して、いなくなろうとしてさ」

梓「人の気も知らないで。…バカ……最低」

澪「…ごめん」

梓「もう先輩の顔なんて見たくない。そのネックレス持ってとっとといなくなってください」

梓「戻った世界で私のこと泣かせたら、許しませんから…」

梓はそう言うと私に背を向け歩きだした。
5ヶ月前のあの時と同じように。
いや、あの時とはちがう。
だって今の君は泣いているから。

私は大声で叫んだ。

澪「――梓!」

澪「聞いてくれて、ありがとう!」

梓「……ふざけんな、バカ…」

梓は振り返りもせずそれだけを言い放ち、夜の街に溶けていった。


雑木林の前には私と憂ちゃん、そして和の3人がいた。
私は冬服のブレザーを羽織り、こっちに来たときの格好をしていた。

澪「…戻れるかなぁ」

憂「きっと大丈夫ですよ」

和「まぁ、ダメだったらまた私たちのところに来ればいいわ」

澪「…それもそうだな」

気持ちは穏やかだった。
頬が少し痛むけど、心は晴れやかだった。

和「あ、そうだ」

和「もし戻れたら、律に言っておいてほしいことがあるんだけど」

澪「?」

和「体育館の使用申請書。さっさと出せって」

和「新歓の時ギリギリだったんだから…」

澪「…ふふ、わかった。伝えておくよ」

和は最後の最後まで気を配ってくれた。
戻ったら、またお礼を言わなきゃな。何のことだって思うだろうけど。

憂「あ、澪さんそれ…」

澪「あぁ、これか。さっき梓に返されたんだ」

憂「似合ってますよ♪」

澪「ありがとう」

きっと私の見えないところで梓を支えていてくれていたのだろう。
憂ちゃんは何も言わなかったけど、私は知っているよ。

澪「あの…さ」

澪「梓のこと、また泣かしちゃったんだ」

澪「だから、その…励ましてくれるかな?」

憂「はい、もちろんです!」

憂「梓ちゃん。軽音部の演奏聞いて泣いてたんですよ」

澪「…そっか」

うれしかった。ただ純粋に。
想いが伝わったのかはわからないけど、きっと届いたはずだ。

澪「それじゃあ」

和「うん、またね」

憂「気をつけて」

澪「本当にありがとう」

2人に別れとお礼を告げ、私は雑木林に入っていった。

一箇所だけ光が特に集まる場所。
その場所に足を踏み入れる。

澪「………」

空を見上げた。
きれいな月だ。あの時見たのと同じ。

地面が揺れる。頭が絞めつけられる。
あっ、この感覚は…。


―――――梓…。


――――――
――――
―――
――

――……輩。

――――…先輩!

―――――――……澪先輩!

澪「へっ?」

梓「んもぉーっ、話聞いてなかったでしょ!?」

澪「…?」

梓「新歓ライブ!絶対成功させようねって!」

澪「え、あ…」

梓「あっ、もう交差点だね」

梓「ねぇ。私先輩に渡したいものがあるんだ」

夢…?
でもこの場面、覚えがある。
…そうだ。このあと、梓はカバンからプレゼントを出して―――。

梓「はいっ。2ヶ月おめでとう」

梓「2ヶ月って中途半端なんだけどさ、進級祝いも兼ねてってことで」

梓「かわいいでしょ?先輩に似合うかなと思ってサプライズで、って…えっ?」

梓「嘘…?ごめん、先輩同じの持ってたんだ…」

自分の首に手をかける。
梓が持っているものと同じネックレスが、私の首にかかっていた。
そっか…。これは、夢じゃないんだな。

元の世界に、戻ってこれたんだな。

落ち込んだ顔をした梓の顔が目に映る。
そうだ。これは、私の知ってる梓だ。
私の恋人。私の大好きな、梓だった。

澪「―――梓っ!!!」ぎゅっ

私は梓を思い切り抱きしめた。
人の目なんか気にならなかった。
やっと会えた。ずっとこうしたかった。

梓「えっ、ちょっ…。み、澪先輩///」

澪「梓、あずさぁっ…」

私は何度も梓の名前を呼んだ。
離したくなかった。
このあたたかさを、いつまでも感じていたかった。

梓「…澪先輩?」

澪「………」

梓「………」

いきなりの出来事に体を強張らせていた梓だったが、
しばらくすると緊張も解けたようで、そっと私を抱き返した。

梓「私、先輩のこと好きだよ?」

澪「…うんっ」

梓「ずっとずっと、大切だよ?」

澪「うんっ、うんっ」

梓「どこにも行かないでね。ずっと一緒だからね」

澪「あぁ、約束する。ずっと一緒だ」

梓「ねぇ、先輩」






梓「……キスして」


――――――
――――
―――
――

それからのことを少し話そうと思う。

律をけしかけ体育館の使用申請書を出させたあと、5人で新歓に向けてめいっぱい練習した。
その結果が実ったのか、新歓ライブは大成功に終わった。大きなトラブルもなかった。

…結局部員は来なかったけど。

でも周りが言うには、他の人が入れないぐらい5人の仲が良さそうだから入りづらかったんじゃないかって。
だから別に後悔とかはなかった。梓も、5人のままがいいって言ってくれた。

それからは、毎日があっという間だった。
修学旅行も行った。合宿もやった。野外フェスにも行った。
空白だった5ヶ月を凄い早さで過ごしていた。

軽音部のみんなと。そして、梓と。
片時も離れることはなかった。





そして、今日は9月27日。
文化祭だ。


律「いよいよだな」

唯「ひ、人がいっぱいだよ…!」

紬「大丈夫よ、笑顔笑顔♪」

聞いた覚えのある言葉。

梓「頑張りましょう!」

そこに加わるもう一つの声。

澪「よしっ、行こう」

「次は軽音部による演奏です」

ステージにライトが照らされる。
“5人”は顔を合わせ、うんと頷く。

あの時経験した未来。
何もかもが違った未来。


その未来は今、軽音部と。


そして、梓と共にあった。


おわり