律「ったく、遅いんだよ言うのが!このアホ澪」

紬「あの時そんなことを聞いたのは、そういうことだったのね」

澪「…ごめんなさい。本当に」

律「だぁぁもう!しんみりすんなって!」

澪「だ、だってぇ…」

泣きそうになった。
久々に触れた温もり。いつもの音楽室。
何で私は、こんなあったかい場所を手放したのだろうか。

唯「…澪ちゃんっ!!」

突然唯が抱きついてきた。
唯は私の胸の中で泣いていた。

唯「わだじ、寂しかったんだよ…?澪ちゃんもいないじ、あずにゃんもいなぐなっぢゃって…えぐっ」

唯「せっかぐ…みんなでここまでやっできだのに…うぐっ、うわあああああん」

澪「…ごめんな」

聞くと私と梓がいなくなってから毎日のように涙を流していたようだった。
私にとっても、唯にとっても、ここは大切な居場所なのだ。

しばらくすると、ムギがお茶を淹れてくれた。
仮にも一度軽音部を去ったというのに、私のティーカップは未だに置いてあったようだ。

唯「4人でお茶するの、久しぶりだね」

紬「1年生の時を思い出すわ」

澪「…あぁ」

ぽっかりと空いた隣の席を見つめる。
でも、4人じゃダメなんだ。
放課後ティータイムは、5人揃ってこそなんだ。

律「文化祭に出るのはいいとして、梓はどうするんだ?」

律「お前は知らないかもしれないけど、梓は―――」

澪「…わかってる。梓は、私が必ず連れ戻す」

澪「絶対5人で文化祭に出よう」

そして4人で生徒会室に向かった。
和に文化祭に参加する旨を伝えるためだ。

和「あら、みんなしてめずらしいわね。どうしたの?」

律「実はさ…。文化祭、やっぱ出ようってことになって」

和「………」

和「…なるほどね」

和と目が合った。
私がいる理由を察したのか、小さくニコッと笑った。

和「大丈夫よ、軽音部の分の時間はとってあるわ」

律「マジ?!よかったぁ~」

唯「ありがとう和ちゃん!」

紬「こっ、これ!つまらないものですが、いただいてくださいっ!」

和「別にいいのよ、頑張ってね」

生徒会室を後にし、久しぶりに4人で帰った。
別れ際に律が「明日から練習だかんな!」って言ったのには驚いた。
もしかしたら、一番文化祭に出たかったのは律だったのかも知れない。

家に帰った私は、和に電話をかけた。
お礼が言いたかったのと、聞きたかったことがあったからだ。

prrrr prrrr

ガチャ

和『もしもし』

澪「和か?」

和『どうしたの?』

澪「あの、その…。さっきはありがとう」

和『あぁ、いいのよ。澪がそれを選んだんでしょ?』

和『澪は軽音部にいるときが一番楽しそうよ』

本当にすべてお見通しだった。

澪「それでさ、その…聞きたいことがあるんだけど」

和『なに?』

澪「その、軽音部の時間って本当にとってあったのか…?」

和『………』

数秒の間が空いて、和は言葉を発した。

和『実を言うとね、当日のタイムテーブルに軽音部は入ってないのよ。もう期限は過ぎてるからね』

澪「えっ、それじゃあ…」

和『まぁ2、30分ぐらいはどうにでも出来るから平気よ』

澪「…!」

澪「ありがとう。頑張るから」

和『応援してるわ』

ピッ

こっちに来てからというもの、本当にお世話になりっぱなしだった。
まったくもって頭が上がらなかった。
なんとなく、唯が頼りたくなるのもわかる気がした。

brrrr brrrr

和との電話が終わったのを狙ったかのように、電話がかかってきた。

ピッ

澪「もしもし」

憂『澪さん!文化祭に出るって本当ですか?!』

憂ちゃんだった。
興奮しているのか、らしからぬ大きな声を上げていた。

澪「唯から聞いたのか?」

憂『はいっ!お姉ちゃんがうれしそうに言ってました』

澪「うん、このまま待ってるなんて嫌だから」

憂『よかった、よかったぁ…』

なぜだか憂ちゃんが泣きそうになっていた。
久しぶりの元気な唯を見て安心しているのだろう。


澪「梓も、何とかして連れ戻すよ」

憂『私も協力します』

澪「いや、これは私が一人でやらなきゃ意味がないんだ」

澪「だから大丈夫」

憂『そうですか…。私、応援してます。頑張ってくださいね!』

澪「うん、ありがとう」

ピッ

澪「…ふぅ」

どっと疲れた。
けど、一歩は踏み出せた。
これからだ。
今日はこっちに来てから初めて寝付きがよかった気がした。


週末。
私は一人楽器屋に向かった。
ホコリまみれだったベースのメンテナンスをするためだ。
ついでに弦も変えてしまおうと、メンテナンスをしている間店内をぷらぷらしていた。

澪「あっ、このバンド。新譜出したのか!」

5ヶ月も経っていれば随分と変化があるものだ。
弦を見るつもりが新譜コーナーに居座ってしまっていた。

澪「…はっ!」

我に帰り弦のコーナーに向かおうと立ち上がると、
後ろを通ろうとしていた人にぶつかってしまった。

どんっ

「あっ」

澪「す、すいません。大丈夫ですか―――って梓?!」

梓「えっ…澪先輩?」

梓だった。
私服だったから、一瞬気がつかなかった。

梓「…どうしたんですか、こんなところで」

澪「ベースのメンテナンスに来たんだ。梓は?」

梓「私は、CDを探しに…」

澪「そっか」

梓「………」

澪「………」

会話が続かなかった。
重苦しい空気が流れる。

梓「それじゃあ、私。あっちに用があるんで」

澪「…待ってくれ」

私は梓を呼び止めた。
今しかないと思った。すべてを知りたかった。
たまたま会った偶然、私はこの偶然に賭けた。

澪「私…さ。梓に何をしたのかな?」

梓「…は?」

澪「いや、だからその…どうして梓と別れたのかなって」

梓「なんですか…それ…」

梓は震えていた。

梓「ふざけないでください!あれだけのことをして…」

梓「あんなに説得したのに!みんなも大丈夫だって言ってたのに!!」

梓「結局私なんて、先輩からしたらどうでもいいんでしょ?!軽音部も、その程度のものだったんでしょ?!!」

澪「…それって、いつ?夏の前?」

梓「先輩…さっきから何を言ってるんですか…?」

声を荒らげていた。
ずっと溜めていたものが爆発した、そんな感じだった。
こんな梓は初めてだった。
しかし私はあくまで冷静に、話を続けた。

澪「私がさ」

梓「?」

澪「5ヶ月前から来たって言ったら、信じる?」

梓「5ヶ月前…?」

私は事の顛末を話した。
話している間、梓はうんともすんとも言わなかった。ただ黙って私の話を聞いていた。
一通り話し終えると、梓は口を開いた。

梓「…じゃあ」

梓「じゃあ、今私の目の前にいる先輩は、あの時の先輩なんですか」

澪「うん」

梓「私の大好きだった、あの澪先輩ってことなんですか?」

澪「…うん」

梓「………」

しばしの沈黙が流れる。
梓は複雑そうな顔をしていた。
納得がいかないのだろう。けど別にそれでよかった。

澪「…まぁ、そう簡単に信じてもらえるわけ―――」

梓「信じますよ」

澪「えっ?」


しかし、梓の反応は意外なものだった。

梓「私、わかっちゃうんですよね。先輩がウソついてるかどうか」

梓「その目は、ウソをついてる目じゃないから」

たぶん梓が納得いかなかったのは、私が5ヶ月前から来たとかいうことではない。
こんな突拍子も無い話なのに、それがウソじゃないとわかってしまう自分に納得がいかないのだ。

澪「梓。私たちと文化祭に出よう」

澪「唯たちとも仲直りしたんだ。あとは、梓が戻ってきてくれれば全員揃うんだ」

澪「もう一回、放課後ティータイムで演奏しよう」

悔いを残したくない、ただそれだけ。
今さらこんなことしたって無駄だってこともわかってる。
でもこの未来と決別する前に、もう一度みんなで演奏がしたかった。
放課後ティータイムを取り戻したかった。







梓「………」

梓「…嫌です」


澪「えっ…?」

梓は、私の誘いを断った。

梓「…今の先輩には関係のないことでしょうけど」

梓「私は、先輩が憎いです」

梓「もしここで軽音部に戻ったら、私…ただの間抜けじゃないですか」

梓「あんなにひどいことされて、たくさん泣いて…、想いも届かなくて」

梓「なのにそれを全部無かったことにするなんて、そんなの…悔しくて私には出来ません」

梓「だから、嫌です」

澪「梓…」

「秋山さーん。メンテナンス終わりましたよー!」

梓「…失礼します」

澪「………」


【梓の家】

梓「ただいまー」

部屋に入り、そのまま私はベッドに横たわった。
今日、楽器屋で澪先輩に会った。
でもその澪先輩は、5ヶ月前から来た澪先輩で、これまでのことなんか全然知らなくて…。

―――これ、返すよ。今の私には持てない―――

―――もう私は、梓の隣にいる資格なんてないから―――

―――さよなら、梓―――

嫌な記憶が甦る。
どれだけ泣いたかわからない。
どれだけ眠れぬ日が続いたかわからない。

だけど今日会った先輩は、あの時のままの先輩で。
幸せだった日々がどんどん頭の中を駆け巡っていた。

誘いを断ったとき、心からそう思ったのかと聞かれればウソになる。
本当は澪先輩と。いや、5人でまたやりたかったのかも知れない。
でも、心のどこかでそれを許せない自分がいた。

梓「先輩の…ばか」

よくわからないもやもやを抱えながら、私は買ったCDを聞いていた。

梓「…ハズレだな、これ」


【澪の家】

澪「はぁ…」

梓はイヤと言った。
よくよく考えて見れば、そんな都合よく行くわけもない。

もう一回誘ったところで同じだろう。
唯たちが誘ったところできっと結果は同じだ。
じゃあ、今の私には何が出来る…?

澪「…そうだ」

しばらくベッドに寝そべり考えていると、あることをひらめいた。
私はベッドから起き上がり、椅子に座った。
手にしたのはペンと紙ペラ一枚。
その日は、朝まで机に向かっていた。


【音楽室】

澪「ふぁ…」

放課後。劇の練習を終え、眠い目をこすりながら音楽室に向かった。

律「おそいぞロミオー」

澪「うるさいっ」

ムギのお茶を飲み一息ついた後、週末あったことを話した。

唯「…そっか」

律「まぁ、そう都合よくいくわけもないか」

紬「どうするの?澪ちゃん」

澪「たぶん、何度言ったって同じだと思う」

澪「だからせめて、梓に最高の演奏を聞かせてやりたい」

澪「梓を連れ戻すのは、その後でもいいと思うんだ」

文化祭が終わったら私はこの世界とさよならだ。
それなのに、その後でもいいだなんて自分勝手なことを言った。
わかってる。キレイごとだってことも、身勝手だってことも。

それでも、この3人は大きく頷いてくれた。
唯も、律も、ムギも、誰一人不満を漏らさなかった。

澪「…私さ、歌詞を書いてきたんだ」

律がげっ、という顔をした。

澪「そ、そんな顔しなくてもいいだろ!」

律「だ、誰かー!毛布を、鳥肌に備えて毛布の準備をー!」

澪「ぬぬ…」

小馬鹿にされた感じが悔しかった。
せっかく徹夜して書いたというのに。
唯とムギは我関せずといった様子だ。
この世界でもこれに関しては薄情なのか!

澪「いいから見なさい!」

律「はいはい…」

しぶしぶ律は紙ペラを受け取る。
唯とムギも、覗き込むように目を通した。

律「………」

しばらくして律が口を開く

律「…これ本当にお前が書いたの?」

澪「そ、そうだけど…」

律「ふわふわ時間の歌詞を書いた人とは思えないんだけど」

唯「澪ちゃんっぽくな~い」

澪「ど、どういう意味だよっ!」

紬「いいじゃない、素敵よこの歌詞」

律「最初からこんな感じの歌詞を書けていたら…」

そんなに今までの私の歌詞はひどかったのか…。
少し落胆しながらも、その歌詞で曲を作り、練習を始めた。
みんなでこうして演奏するのは久しぶりだったし、何より楽しかった。


【文化祭】

律「似合ってるぞー」

澪「う、うるさい//」

さわ子先生が衣装を見にまとい、寸劇の発表に向かった。
劇は大成功に終わった。死に物狂いで練習した結果だ。

いちご「おつかれ、澪。よかったよ」

澪「ありがとう。いちごもすごくよかった」

律「お、なんだなんだ?本当にロミオとジュリエットみたいな関係になっちゃったのかー?」

紬「あらあら」

いちご「ば、バカ言わないで…!」

本当に感謝しているよ、ありがとう。

そしてやってきた軽音部のステージ。

律「いよいよだな」

唯「ひ、人がいっぱいだよ…!」

紬「大丈夫よ、笑顔笑顔♪」

澪「よしっ、いこう!」

梓、見てくれているかな?

「次は軽音部による演奏です」

ステージにライトが照らされる。
私たち4人は顔を合わせ、うんと頷いた。

律「ワン、ツー、ワンツー」

そして律のカウントと共に演奏が始まった。


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