せんぱい、って。
遠くで、誰かに呼ばれた気がした。
だけど今、私はとても眠いのです。なので、睡眠続行。

「せんぱい」

遠くで響いていたと思っていた声は、だんだんとはっきり聞こえてくる。
起きてください、と体を揺すられる。
私はまだ夢心地のまま、瞼をうっすらと開けた。

「おはようございます、唯先輩」

あれ、あずにゃん……?

「やっと起きましたね」

窓から差す朝日よりも、ずっとまぶしくてあったかい笑顔。
その顔があんまりにも優しくて。
あったかい何かに包まれているようで、安心できて、再び瞼を閉じたくなる。でも、我慢我慢。せっかく起してくれたんだもん。
それにしも、可愛いなぁ。でもなんで、あずにゃんがココに?


「まだ、寝ぼけてるんですか?」

優しく、私の頬を右手でなぞる。
やぁらかい、あずにゃんの手。

「……せんぱい」

声が、さらに甘くなって。
あずにゃんは、ゆっくりと唇を近づけてきてくれる。
綺麗だなぁ、なんて思いながら。
ゆっくりと、ふたりの唇が重なった。

「ん……」

……あぁ、昨日はあずにゃんの家にお泊りに来たんだったね。
とろん、と今にもとけそうな頭で、ぼんやりと思い出す。

「目、覚めましたか」

うーん、もうちょっと、かなぁ。
もう一回してくれれば、起きられる気がする。


「……もう」

しょうがないですね、なんて言いながら。
あずにゃんの嘘つき。自分だって、足りないくせに。
ホントは、もっともっとしたいでしょ?
でも、いいよ。そういう素直じゃないところも、すきだから。

「おはようの、キスです」

そして、再びあずにゃんが唇を落としてきて――――――。


*****





「起きてくださいよ、唯先輩」

………………。
あずにゃんが、私を見下ろしていた。
「起きてください」? あ、れ? 私、寝てた……?
ってことは、さっきの……夢?

「……」

私、いつから寝てたんだろう。
視界に映るのが、こちらを見下ろしているあずにゃんの顔と真っ白い天井。つまり私は、横になって寝ていたらしい。体を起こすと、軽く、くらりとする。
でも、あずにゃんと目線の高さがおんなじになったから、嬉しい。


「……おはよう、あずにゃん」

さっきの夢の余韻がまだ抜けきらなくて、ふわりと笑いかけるように声をかける。
あずにゃんも、笑顔を返してくれる。


そう、思ってたのに。


「先輩」

その声は、思っていたよりもずっとずっと冷たくて。

「せっかく遊びに来てるのに、なんで寝ちゃうんですか」

あずにゃんが立ち上がる。冷たい色の瞳が、私を見下ろしていた。
私たちの間に、距離ができる。もう、同じ高さで目線が交わることはない。

「……どうでも、いいんですか?」

さっきまでの甘い夢は、もう覚めたのだと思い知らされる。


「私の話、全然聞いてくれてなかったんですね」

ち、ちがうよ。
確かに、なんか頭の中がぼんやりしていて、話の内容を上手く思い出せない。
けれど、あずにゃんの話を聞いてなかったなんて、そんなこと絶対にしないから。

「信じられないです」

あずにゃん、怒ってる。
それは、今にも泣きそうな顔にも見えて。
でも、言葉が出なくて。動くこともできなくて。
小さく震えるその身体を、抱きしめることができなかった。

「……いいです、もう帰ります」

――――え、ちょ、ちょっと待ってよ、あずにゃん。
ごめん、と、一言すら言えずに。
去っていく背中を、追いかけられない。ただただ、それを眺めていることしかできない私。

「さよなら、先輩」

バタン、と。
ドアのしまる音が、やけに響いて聞こえた。



*****





「まってあずにゃ…………!!」

「わっ、い、いきなり何ですかっ!?」

び、びっくりした……。
さっきまで幸せそうに寝ていた唯先輩が、何故かいきなり跳ね起きたのだ。
先輩はそのまま呆然とした様子で、くるりと部屋を見渡すと、私と目があった。

「……あずにゃん…………」

「はい?」

先輩が、じっ、とこちらを凝視する。
そして、そのままいくらか時間がたった。
どうしたんだろう、とさすがに私も心配になってきて、声をかけようとした瞬間、

「あずにゃああああんっ!!」

と、いきなり抱き着かれる。
勢いで押し倒されそうになるのを、なんとか踏ん張った。


「……あずにゃん、あずにゃん……!」

あの……ですね、唯先輩の部屋でふたりっきりとはいえ、下には憂もいるんだし、その、抱きしめられると、う、嬉しいんですがっ、そそそ、それ以上に恥ずかしいんですっ。
て、いうかですねっ、その、先輩が顔をうずめているそこは、ちょうど私の胸でありまして。
くすぐったいのと、嬉しいのと、恥ずかしいのと、訳がわからないのとがごちゃまぜで、すごく心臓がドキドキ言ってるんですよ。

「どどど、どうしたんですかっ、なんなんですかっ、いきな……り……」

絶対、私の心音、聞かれてる。
こんなにドキドキしていて、それが先輩に聞かれてると思うと、更に心臓が早く脈打つ。
先輩を押し返そうと、肩に触れて、気付いた。

「……あずにゃん……っ」

先輩が、震えていることに。
今にも消え入りそうな声で私を呼んで、私を抱く手に力を込める。

「何か……嫌な夢でも見たんですか……?」

そう、途中までは幸せそうな寝顔だった。それはもう、それだけで見ている私が幸せな気分になれるくらい。
でも、それがだんだんと曇り始めて、それから小さく名前を呼ばれた気がした。
夢の中でも名前を呼ばれる、それを嬉しく思いながらも、こんな表情で呼ばれるのも複雑だと思った。


「…………」

先輩は、何も言わない。
尋ねた後で、はっと気付く。
私の、ばか。きっと、先輩にとって、もう思い出したくもないような内容だったのかもしれない。
無神経なこと言ってごめんなさい、そう謝ろうと、ちょっと顔を下げた瞬間、先輩が私の胸から顔を上げる。

「忘れちゃった」

「……ぇ?」

「夢の内容」

「………………」

まぁ……うん、夢なんて、そんなものですよね。

「なんだろー、あれぇ?」

……こっちが聞きたいですよ。
先輩は私の腕の中で、うんうんと唸っている。

「ねぇ、あずにゃーん、私どんな夢見てたんだっ…………け」


視線がばっちり交わって、視界一面が唯先輩で埋まる。
きっと先輩の視界も、私でいっぱいなはず。
お互いの距離が近いことに、今更気付いてしまう。
かぁ、と顔が沸騰するのが自分でもよくわかった。

「あずにゃん」

「……はい」

視線は、少しも動かさないまま。
逸らしたいとも思わない、綺麗な瞳。

「近いね」

「…………そ、ですね」

瞳にも、頭の中も、心も。
好きな人でいっぱいに満たされている。

「かお、まっかだよ?」

あなたもです、と言えなかった。
そう言って、照れたように微笑みかけてくれる先輩の顔が、あまりにも可愛すぎて。

「……えへへ」

先輩が瞼を閉じて。
やわらかな唇が、右の頬に触れた。
そこが更に熱を上げて、じわじわと全身に浸透していく。

「……あずにゃん?」

だいすきな声。

「夢じゃない?」

ちゃんとココにいる、それを確かめるように、先輩は私を抱きしめ直した。
だから私も、それにこたえる。

「夢じゃないですよ」

「うん」

「ちゃんと、唯先輩の隣にいますから」

「うん……絶対だよ」

絶対です、という言葉の代わりに、唇を重ねた。
触れ合わせるだけ。でも、今はそれだけでじゅうぶんで。

「ん~、じゃあ、一緒に寝よっか!」

「って、また寝るんですか」

「だってあずにゃんあったかいんだもーん」

えい、と体重をかけられて押し倒される。
それから先輩は、もう一度キスをしてから笑った。

「おやすみっ」

今度は良い夢見れる気がする、と。私の胸に顔を埋めながら嬉しそうに言ってれたから。
私も、そう思います。

「……おやすみなさい、せんぱい」

お日様にも負けない、あったかくて、やさしい体温を感じながら、瞳をそっと閉じた。





おしまい!




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