2

梓「もう、キスくらいはした?」

 いきなりの質問に口に含んだカフェ・オ・レをふきだしそうになり、すんでのところでこらえる。

純「うぐっ、けほけほ。いきなりなにいってんの?」

 私のむせる音に、教室内の何人かのクラスメートがこちらを見ていた。

梓「一カ月くらい経つから、そのくらいは進んだのかな、って。」

純「ちょっと、声抑えてよ。誰かに聞かれたら困る。」

梓「……付き合ってること、まだ憂に言ってないの?」

純「うん。それに、私と唯先輩はそういう関係じゃないもん。」

梓「付き合ってるのに?」

 付き合った翌日から先輩に性器を触られているなんて言えるはずがない。

梓「でも手くらいはつないだんでしょ。」

純「それは……つないでくれたけど。」

梓「なんとなく唯先輩って、手が早そうな気がする。」

 手が早いというかテクニックがあるというか。

 変なことを考えていることに気づき、顔が赤くなる。

純「なんでそんなに聞きたがるのさ。いいでしょ、私の勝手じゃん。」

梓「私だって女の子だもん、気になるよ恋の話は。あー、いいなあ恋人。」

純「……。」

 いい、のかな。

 私は今の状況をすなおによろこべていなかった。

 先輩は、本当にちゃんと私を恋人として見てくれてるんだろうか。

梓「ごめん、なにか気に障ることでも言った?」

 梓が心配そうにこちらをのぞきこんでいた。

純「え!? な、なにも!」

梓「そう? てっきり純のことだから、ここまで言えば自慢かのろけ話でも始めるかと思ったのに、黙ってるから。」

 言われてみれば、黙るのは不自然だったかもしれない。

 気を取り直して軽口をたたく。

純「羨ましかったら梓もはやくかっこいい彼氏でも見つけたら。」

梓「純みたいに彼女って手も、あるかな……」

純「おいおい。私が言うことじゃないけど、それでいいの?」

梓「だって、『かっこいい』んでしょー、唯先輩。」

純「ぐぬぬ……。」

憂「二人ともなんの話してるの?」

 突如背後から投げかけられた声に驚き、椅子から転げ落ちてしまう。

憂「純ちゃん!?」

梓「だ、大丈夫?」

 床に腰をついた私に憂が手をのばしてくれるが、それどころじゃない。

 今の話きかれただろうか。

純「いてて……。」

憂「さっきお姉ちゃんの話してたの?」

純「ちがうよ、ジャズ研の先輩の話してたの。」

憂「でも……。」

 なにか口に出しそうな梓を横目でにらんで黙らせる。

 たぶん、肝心なところは耳にしていないはずだ。

 内緒にする必要なんてないと言われたらそれまでだけど、なんとなく、今の私たちの関係を友達に知られたくはなかった。

 ましてや先輩の実の妹になんて。

 それに、私はいつか振られた時のダメージを最小にする算段をしていたのかもしれない。

 誰にも知られていなかったら、はじめからなかったことと同じだから。

 最初から存在しない関係なら、それがなくなって傷つくこともない。

 ……私はずっとおびえていた。先輩に飽きて捨てられることに。

憂「そういえば、お姉ちゃんと言えばね。最近新しい友達が出来たみたいなんだ。」

純「そうなんだ。」

憂「うん。部活のない日でも帰りが遅くなったり、でも律さんや澪さんとは違うみたいで。」

梓「……。」

憂「どんな人って聞いても、教えてくれないんだけど。」

純「ふうん。」

 あんまり聞きたくない話だ。私はどうやって憂のこの話を終わらせるか考えていた。

憂「梓ちゃん、何か知ってる?」

梓「私? えっと……。」

憂「?」

 ちらっ、と梓が視線をよこす。私はふたたび梓をにらまなければならなかった。



    3

 いつもの待ち合わせ場所。

唯「あ、純ちゃん!」

 今日も先輩は私を見つけると、駆け寄って抱きしめてくれた。

 暗いバラックの陰で、私は先輩の肩に顔をうずめる。ふわりといいにおいがした。

唯「今日は私の家に行こっか。」

 先輩がそのままの姿勢で言う。

唯「ワンピースの最新刊読みたいって言ってたよね。私もう買ったんだー。」

純「それはいいですけど、憂は大丈夫ですか?」

唯「今日はホームセンターに買い物に行くって言ってたから、大丈夫だよ。おそらく!」

純「おそらくって……。」

唯「それにぃ、もう知られてもいいでしょ? 私たちのこと。」

 先輩は、あれがばれてもいいと思っているんだろうか。

 それとも今日はしないのかなあ。



 ――そんなことはなかった。

唯「純ちゃんかわいいね。」

純「かわいくなんてないです。」

唯「かわいいよ、純ちゃんのここ。」

 先輩のベッドで、私は下だけ脱いだ格好で座らされていた。

 上にシャツと、靴下は履いているのでよけいにみっともない。

 本当に、どうしてこんなことが好きなんだろ。

 こんなこと、はずかしいだけなのに。

 ふと、梓との会話を思い出していた。

『もうキスくらいはした?』

純「……。」

 キスは、まだしたことがない。

 先輩はペニスにキスはしても、私にはキスをしてくれない。

 悲しくなった。

 やっぱり私は先輩の恋人ではないのかも。

唯「ねえ、純ちゃん。」

純「はい。」

唯「おしっこってどこから出るの。」

純「……そこからです。」

唯「いつも純ちゃんのが出てくるこの穴から?」

 尿道口を指で突くようなそぶりを見せたので、思わず体を固くしてしまう。

 それこそしなかったが、かわりにとんでもないことを言い出した。

唯「純ちゃんのおしっこ、見たいな。」

純「む、無理ですよ!」

唯「どうしてだめなの?」

 顔の表面がボッと厚ぼったく感じられる。

純「その、……大きくなってるから、です。」

唯「じゃあ、小さくなるまで待つから、してよお。」

純「だ、だめですよ、ここ部屋ですし!」

唯「私の部屋だからいいよお。それに、うーん、ほら! この袋にしてもらえば平気っ。」

純「なんで……そんなの、見たいんですか?」

唯「だって、おちんちんからおしっこがどんな風にでるのかわかんないし。純ちゃんのおしっこ見てみたいもん。」

純「へんだよ、そんなの……。」

 いまさら言うことではないかもだけど。

唯「ね、見たいな、純ちゃんのおしっこ。」

 ふわりとした声。まただ。この声を聞くと、どうしても逆らうことができない。

 先輩の声がこわいから? 振られるのがこわいから?

純「……わかりました。」

 なかなかおしっこは出なかった。

唯「小さくならないね。むしろおっきくなってきたよー。」

純「ごめんなさい……。」

 そんなに簡単にコントロールなんてできない。

 小さくしようと思えば思うほど、かえってそれはふつふつと存在感を強める。

唯「しょうがない。一回出しちゃおうか。」

 いつものようにそれをやさしく掴まれる。マイクを握るような尋常の動作だ。

 なのに、体が反応してしまう。

 私は先輩にこんなことを求めているわけじゃないのに。

唯「びくびくしてるね。もう出ちゃうかな。」

純「やめて、やめてください……もう……。」

唯「だいじょうぶだよー。」

純「はぅっ……。」

 白い液体が先輩のてのひらのなかにはじけた。

 やわらかい手で跳ねまわるペニスを捕まえて、精液が飛び散らないようにする。

 射精がおちつくと、先輩はべっとりと付着したそれを見せつけてきた。

唯「純ちゃんのあったかいね。」

純「はやく拭かないと……。」

唯「んー。」

 ティッシュを取り出そうとしたら、先輩はなにを思ったのか精液をぺろりと舐めてしまった。

純「あっ、きたないです!」

唯「んふふ。」

 何を考えてるんだろう、この人は。

唯「もうおしっこでるよね。」

純「えっ。」

 そういえば、それが目的だったのだ。

 一度射精を終えたおちんちんからは滞っていた血液が抜け、常態へともどりつつある。

 この状態なら、おしっこがでないこともなさそうだ。

 それに射精後のペニスはぬるぬるとしていて尿道にへんな違和感があるので、そのときはいつもおしっこの出るような予感はあった。

 だけど、本当に先輩にそんなところまで見せなくちゃいけないのだろうか。

唯「見せてよう。」

 先輩の期待するような表情。

 ああ、だめだ。この人は本気なのだ。

 先輩は床に落ちていた袋を拾うと、私のそれを刺激しないようにしずかにあてがう。

 ビニールのこすれるカサカサという音がした。

 私に向かって無言で縦方向に頭を振った。準備ができたという意味だろう。

純「……。」

 観念して私は呼吸を整えた。

 先輩の部屋の中だと思うと、おしっこが出そうにもなかったので、

 目を閉じて、自分は今トイレに座ってるのだとイメージする。

 何度かおなかに力を入れ、深呼吸をするが、それでもまだ出ない。

 早くしなければ、またもおちんちんが大きくなってしまいそうに思えて、あせっていた。

 お腹にひんやりとした圧迫をかんじる。

純「あうっ。」

 目を開くまでもなく先輩の冷たいお手々が私の下腹を撫でたのだ。

 私の先から放尿がはじまった。

 ばたばたばたばた……

 意外に大きい音がしていやな気持ちになる。


 今自分がどうなっているか、先輩がどんな顔をしているのか見たくなくて、

 私はますます強く目をつぶった。

 おしっこがビニールをたたく騒音の中で小さく

 ほう、と先輩の息を吐くような音が聞こえた。

純「……。」

 放出はじきに終わった。私はもてあまし気味の熱が、おしっことともに出て行ったことを感じた。

 目を開き、手早く床に脱ぎ散らかしたズボンと下着を拾って履きなおした。

 先輩を見ると、にごったコハク色の液体の入ったビニール袋を目の高さにまで持ち上げて眺めていた。

 どうしてか、そのきたないものに興味津々といったようすだ。

 ……私のことなんか少しも見ないのに。

 わけも分からずかなしくなって、涙がじわりと湧いてでた。

 たまらなくみじめだった。

純「……先輩、私もう帰ります。」

 先輩の返事も待たずに荷物をつかんで廊下へと駆けだす。


 先輩の私を呼ぶ声が聴こえたが、今立ち止ればなにかが爆発してしまいそうだった。

 きらい。きらい。きらい。

 もう唯先輩なんかだいきらい。

 玄関から飛び出すと、憂と鉢合わせした。

憂「純ちゃん!?」

 ちょうど買い物から帰ってきたところだったのだろう。

 自宅からいきなり飛び出てきた同級生を驚きの表情で見ている。

 私は走ってその場から逃げだした。



    4

 どのくらい走っただろうか。

 気がつくと私はどこかの駐車場のフェンスにもたれかかって、荒く息を吐いていた。

 しばらく頭がぐるぐるとして何も考えることが出来なかった。

 フェンスの金具からへんにカビ臭いにおいがすると思っていたが、それは私の手から流れる血のにおいだった。

 走っているうちに何度か転んだ覚えがある。たぶん、礫にでもぶつけて手を切ったのだろう。

 切り口はじんじんとして、心臓の脈動とともに痛んだ。

 血の色を見ていると徐々に気持ちが落ち着いてくる。

 もう、だめかもしれないな、と思った。

 きっと先輩にへんな子だと思われたに違いない。

梓「――純?」

 振り返ると、逆光の中で私服姿にバッグを提げた梓が立っていた。

梓「どうしたの、こんなところで。……怪我したの?」

純「……うん、傷が痛くて泣いちゃったよ。涙が出るね。」

梓「もしかして、唯先輩となにかあったの?」

 いつもは鈍いくせに、こんなときに限って鋭い女だ。

純「あずさぁ……。」

 私はたまらなくなって梓に抱きつき、わんわんと泣いた。

――――

 人目も気にせず外で泣きわめく私に困惑した梓は、私をなだめながら喫茶店につれてきた。

 そこで私はこうなったいきさつを話した。

 先輩にいろいろとされていること。

 自分が本当に先輩の恋人なのかわからなくなってしまったこと。

 あんまり恥ずかしいところは抜きにして。

梓「それは唯先輩がひどいよ。」 

 私の話をひととおり聞き終えてから、梓は言った。

純「そう、かな……。」

梓「そうだよ! 」

 ちん、とはなをかむ。私の前にはすでにティッシュの山が築かれていた。

梓「ティッシュ、足りる?」

純「大丈夫。ごめん、梓、迷惑かけて……。」

梓「そういうの純らしくない。もっとばかみたいにしてなよ。」

純「なに、それ。」

梓「ああそうそう。そういうかんじ。」

 たぶん、励まそうとしてくれてるのだろうけど、もう少し言い方ってものがあるはずだ。

 やっぱりこいつって、ひどいやつ。

純「くそう。梓のくせに。」

梓「私も最初に応援した手前、責任みたいなものを感じるしさ。というか、友達が悩んでるんだから、相談くらいにはのってあげたい。」

純「……ありがと。」

梓「いいって、ここのコーヒーのお代出してもらうから。」

純「ええ!?」

梓「ケーキも頼もうかな。」

純「ちょ、ちょっと私そんなにお金ないから!」

梓「あはは。」

 笑いごとじゃない。

純「……ふへ。」

 とは思うのだけど、やっぱり私もおかしくなって笑ってしまった。

梓「で、純はこれからどうしたいの?」

純「わからない。」

梓「先輩とこれからも付き合いたい?」

純「……わかんないよ。」

梓「じゃあ、別れたいんだ。」

純「う。」

梓「うん?」

純「……やだ。」

梓「……。」

純「せんぱいと、別れたくない……。」

梓「それなら、ちゃんと自分の気持ちを伝えないと。」

純「気持ち?」

 前も似たようなセリフを梓から聞いたけど。

梓「そうだよ。いやなことはいやって、言わなくちゃ先輩だって分かんないよ。」

純「……うん。」


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