年の瀬、今年も終わろうかという季節なのにアイス屋さんにはそれでもちらほらとお客さんがいた。
 こんなに寒いのによくアイスを食べようなんて、と変に思われるという心配は必要なさそうだった。

唯「アイス美味しいー」

紬「そう、よかったわ」

 今唯ちゃんとアイス屋に来ている。
 そこはいつもみんなと帰りに寄り道していたアイス屋さん。
 なにもこんな時分にといわれそうだが、なんとなく唯ちゃんとお話しようと思ったら自然に足が向いていたのだ。

紬「ごめんね、いきなり抱きついちゃったりして」

唯「いいよー。だってアイス奢ってくれたんだもん。なんでも許しちゃう」

 幸せそうにアイスを頬張る唯ちゃんは、自分の良く知っている唯ちゃんそのものだった。
 ただ違うのはその身に纏った制服だけ。

唯「ねえ、次はあれ頼んで良い?」

紬「良いわよ」

唯「やったあ、ありがとう。紬ちゃん大好き!」

『紬ちゃん』か。
 私たちは今、出会ったばかりである。
 いきなり抱きついちゃったりしちゃったけれど、普通なら不審がられるところを
 和ちゃんの知り合いというだけで、一も二も無く私に着いて来てくれたのだ。
 しかもいきなり下の名前で呼んでくれているし。
 唯ちゃんらしいといえばらしいが、ちょっと心配になってしまう。

紬「でも、そんなに食べて大丈夫?」

唯「平気だよー。アイスは別腹」

 どうしよう。
 目の前に唯ちゃんはいる。
 だけど私はこれからどうしたら良いのだろうか。
 会うことだけに頭が一杯でそれからのことを全く考えていなかった。

紬(……どうしよう)

唯「どうしたの?」

紬「え?」

唯「なにか私に用があるんじゃなかったの」

紬「うん」

唯「もしかして忘れちゃったとか。あー、私も良くあるんだあ。
  それでいっつも和ちゃんや妹に注意されてばっかりで。えへへ」

 こうしてみると私の知っている唯ちゃんとなにも変わらないな。

紬「友達になって、貰えませんか」

 だからなのかぽろっと口を突いて出た言葉。
 私自身も予想外だった。
 しかしいってしまった言葉の重大さを噛み締める間もなく。

唯「良いよ」

 即答。

紬「本当に良いの!? 今会ったばかりよ!?」

唯「だって紬ちゃんは悪い人じゃないもん。それに暖かかったし」

 いきなり抱きついた時のことを思い出し、少し恥ずかしくなる。

唯「だからもう友達だよ」

 唯ちゃんだなあ。

唯「だから私のことは唯で良いよ」


 帰り道。

唯「私ね、今軽音部のレギュラー目指してるんだ」

紬「レギュラー?」

唯「うん。レギュラーになれば学園祭でみんなと演奏できるの。
  我が校の軽音部は人が多くてね。上手くないとバンドに入れて貰えないんだ」

紬「唯ちゃんはなんで軽音部に入ったの?」

唯「最初はね、軽音部って軽い音楽って書くから、カスタネットでもやるのかなって。
  入ってみたら全然違ったよ。あの時の恥ずかしさは今でも忘れられません!」

紬「ふふふっ」

唯「でもね私にギター始めてみればっていってくれた人がいたの。
  それで試しにギターを始めてみたんだ」

 背中に背負っていたギターを下して、両手で持つ。

唯「そしたらこれが面白くって。すっかり嵌っちゃいました。
  ちなみにこの子はギー太っていうの。とっても可愛いんだ」

 そのギターもといギー太に愛おしそうに頬擦り。

唯「でもね、なかなか上手になれなくて、一回もステージで演奏したことないの。
   だからギー太が不憫でねえ」

 ギターを袋ごと構えるように持ち直す。

唯「というわけだから卒業までに絶対ギー太を舞台に立たせてあげるんだ」

紬「唯ちゃんならきっと出来るよ」

唯「そうかなあ」

紬「そうだよ」

 だって唯ちゃんのギターの腕は誰よりも私が知っている。
『放課後ティータイム』には欠かせないリードギタリスト。
 演奏しながら歌まで歌えるんだから。

唯「ありがとう。なんだか自信が出てきたよ。頑張ろうね、ギー太!」

 不思議な感覚である。
 今、唯ちゃんと私は友達になって、でも前から私たちは友達のはずだった。
 そのかけがえのない思い出は消せるものではないけれど、梓ちゃん然り、
 こうやって新たな関係を築いていくことが出来ている。
 完全に元には戻らないけれど、元のような関係に限りなく近付くことも出来るのかもしれない。
 それはそれで良いのかも、と思う。
 何も全てに絶望することはない。始めからまたスタートすれば良いだけの話なのだ。
 ……でも、それで本当に良いのだろうか。
 私が軽音部のみんなと過ごしてきたこの約2年間はそんな簡単に
 忘れることが出来るようなものなのだろうか。
 そもそも私は何のためにみんなに会おうと頑張っているのか。
 ――『放課後ティータイム再結成』――
 元通り、軽音部を復活させる。唯ちゃん、梓ちゃん、律ちゃん、澪ちゃんのいる軽音部。
 練習はちゃんとしないかもしれないけれど、最高の5人組『放課後ティータイム』。

紬「唯ちゃん、また会えるかな」

唯「もちろんだよ! その時はまたアイスをよろしくお願いします」

紬「アイスも良いけど、紅茶とケーキはいかが?」


 次はりっちゃんと澪ちゃん。
 だけどこの二人については既に算段がついている。
 梓ちゃんがいて唯ちゃんがいたなら二人も当然いるはず。
 そして私はりっちゃんの家にお邪魔したことがある。
 ということで唯ちゃんと連絡先を交換して別れてすぐ、りっちゃんの家に向かった。
 日も暮れかけている。二人はもう家に帰った後だろうか。
 だが意外にも簡単に再会することが出来た。
 途中の信号でよーく見覚えのある二人組みを発見したのだ。
 やはり見慣れない制服を着て。


紬「あの、こんばんは!」

律「お、おう?」

澪「うわっ!」

 急に声をかけたのが不味かった。2人とも何事かと驚きの表情だ。

紬「ご、ごめんなさい。あのー」

律「えーと、誰だっけ? 澪、知り合いか?」

澪「いや、私も知らない」

紬「初めまして。琴吹紬というものです」

律「琴吹さん? はてその琴吹さんがなんのご用でござりましょうか」

澪「こらっ、初対面の人だぞ。真面目にしろ!」

律「いてっ! 私はこれでも真面目だい!」

紬「ぷっ、くすくす」

 思わず吹き出していた。
 懐かしい、2人のお馴染みのやりとり。
 それはあの音楽室で2人と初めて会った日のことを思い起こさせた。
 お互いじゃれあう2人の姿があまりに愉快で楽しげで、
 軽音部に入部することを決めたあの日のこと。

澪「あ、ごめんな。変なとこみせちゃって。それで私たちに何の用?」


……

 2日後。
 授業が終わると、私はある場所に向かっていた。
 その日学校は終業式で授業は昼までだった。
 在りし日の軽音部部室。
 時間までに準備することがあった。
 まず机を五つ用意する。
 それから楽器の搬入。父にお願いして特別に用意して貰った。
 最後は肝心要のティーセット&ケーキ。お湯を沸かして茶葉も準備万端。
 これでいつものティータイムがいつでも始められる。
 あとはその時間がやって来るのを待つだけだ。

紬「本当にこれで良かったのかしら」

 静かな部屋にぽつりと呟きが零れた。
 それからしばらく経って、コンコン、と部屋の戸を叩く音がした。
 時間が来た――。

唯「紬ちゃん、お邪魔しまーす」

律「ちわーっす」

澪「お邪魔します」

梓「琴吹先輩、こんにちは」

紬「みんないらっしゃい」

 外には和ちゃんがいた。
 みんなの案内をお願いしていたのだ。

和「それじゃ、私はもういくね」

紬「和ちゃんありがとう」

唯「和ちゃん、また後でね」

 和ちゃんを見送った。

唯「はい、これ。招待状ありがとう」

「招待状」それは私の軽音部のメンバー4人それぞれにあてた、お茶会の招待状だった。

『○○様
 桜ヶ丘高校音楽準備室にてお茶会を催します。
 つきましては、貴方をご招待したく此の手紙を送りました。
 よろしければ開催日当日、日頃ご愛用の楽器と当招待状を持参の上、
 桜ヶ丘高校までお越し下さい。
 美味しいケーキとお茶を用意してお待ちしております。

 開催日:12月××日 主催者:琴吹紬』

 大体こんな内容。
 一昨日知り合ったばかりの3人と梓ちゃんにそれぞれこの招待状を直接手渡したのだ。
 来てくれるよう強く願って。
 そして今日こうやってみんな集まってくれた。

律「なあ私は流石にドラム運んで持ってくる訳にはいかなかったけど、良かったのか」

紬「大丈夫よ、ほら」

律「すげー、新品のドラムセット!」

紬「じゃあみんな、早速だけどお茶にしましょ」

 用意していた机にみんなそれぞれ腰を下した。
 4つを合わせて並べた机に1つだけくっ付けるように置いた机を除いて、
 りっちゃんと澪ちゃん、唯ちゃんと梓ちゃんが隣同士になって座った。
 私はそれを少し残念に思った。我が侭かも知れないけれど。
 お茶をとケーキを配り終えると残りの席に私も腰を落ち着けた。

唯「美味い! こんな美味いケーキ生れて初めてかも!」

梓「本当、美味しいです、これ」

紬「ありがとう」

澪「なあさっきから気になってたんだけど、これって一体どういう集まりなんだ?」

紬「え、えっと、それはおいおいね。今はお茶会を楽しみましょ」

律「そうだぞ、澪。琴吹さんのいうとおりだ。こんな美味いケーキめったに食えねーぞ。ああマジうめー!」

澪「なら、まあいっか」

 みんな美味しそうにケーキを食べてくれている。
 少しホッとしていた。

唯「ねえ、私みんなのこと知りたいな」

 そんな中唯ちゃんが声を上げた。

唯「みんなご招待されてるっていうことは、紬ちゃんの友達なんでしょ」

律「うん、まあな」

唯「じゃあ、まず私のお隣の小さくて可愛いそこのあなた!」

梓「わ、私ですか。私は中野梓といいます。一応この学校の生徒です」

唯「次はカチューシャのあなた!」

律「私は田井中律。○×高校の2年だ。よろしく」

 そうやって唯ちゃん司会の下、1人ずつ自己紹介していった。
 それはなんともいえない光景。
 私にとってはみんな良く知った相手で、それぞれ、お互いのことを語らずともわかるはずなのに、
 今はこうやって改めて自己紹介しないとお互いの名前すらわからないのだ。
 同じ空間、同じ面子、だけどやっぱり違う。
 1人ずつ自分の名前を発表していく度に胸を抉られていくようだった。
 少しずついたぶる様に私に残酷な現実を突きつけるのだ。

 ――ちょんちょん。

 誰かが私を突いてくる。

梓「先輩もお話に参加しなくていいんですか? なんだか皆さん盛り上がってますよ」

 気付くととっくに自己紹介の時間は終わっており、みんな別の話題に華を咲かせていた。

梓「でもみなさん意外でした。ギターやってたり、ベースやドラムが出来たり。
  私たちだけでバンドが組めそうですね」

唯「いいねえ、バンド! 私バンドで演奏するのが夢だったんだ!」

律「だってよ、澪」

澪「平沢さんには悪いけど、ベースには長いこと触ってないからなあ」

唯「でも弾けるんでしょ。だったら良いじゃん。ねえ、バンド組もうよお」

律「私は良いぜ。私の華麗なドラム捌きが日本音楽シーンに旋風を巻き起こすっぜ!」

澪「りーつー」

律「なーんてな。無理だよバンドなんて。
  そもそも学校だってバラバラだし、何処で練習するんだよ」

唯「そっかあ、そうだよねえ。折角メンバーが揃ってるのにもったいないなあ」

紬「あの!」

 目の端にホワイトボードに書かれた文字が映る。

 ――目標:放課後ティータイム再結成――

紬「折角だから、一度でいいから合わせてみない?」

 するとなにを今更といった風体でみんな顔を見合わせる。

律「わかってるよ。その為にこれに『楽器持参』って書いてあったんだろ」

 そういって招待状を見せる。

澪「私はあんまり気が進まないな」

律「とかなんとかいっちゃって、ちゃっかりベース持ってきてるじゃん」

唯「私は大賛成!」

梓「一度だけなら私も構わないですけど、なにをやるんですか?」

紬「これっ!」

 差し出したのはもう一度改めて書き起こした楽譜。
 曲目は「ふわふわ時間」。

律「ふむふむ、ふわふわ時間ね。なんかどっかで聞いたことあるようなタイトルだな」

 楽譜を見た澪ちゃんは訝しげな表情を浮かべる。

律「どうした、澪?」

澪「いや、なんでも。なんでもない」

唯「……」

 唯ちゃんは楽譜と睨めっこして難しそうな顔をしている。

紬「唯ちゃんどうしたの?」

唯「正直、演奏できる自信がありません」

紬「大丈夫よ。唯ちゃんはずっとギター練習してきたんだから。
  だから自信持って、ね」

 それからみんな自分のパートを各自練習。
 そして小一時間すると、誰からともなくその練習の音が止まった。

律「よーし、こんなもんでいいだろ」

紬「じゃあ、始めましょう」

 みんなで呼吸を合わせる。
 静かな時間。

律「1,2,3,4でいくからな」

 1人1人顔を見合わせる。

 ――1,2,3,4!

 ゆっくりと演奏が始まる。
 いつものような勢いはない。
 当然だ。初めて合わせるのだから。
 ゆっくり、ゆっくり、唯ちゃんのギターにみんな合わせる。
 少しずつ音が1つになっていく――。
 と、突然。

「あーあカミサマお願い」

 澪ちゃんが歌いだした。
 あの楽譜には歌詞なんて書いてなかったはずなのに。
 みんなも驚いた表情を浮かべている。

澪「二人だけの」

 しかし意に介さない様子の澪ちゃんに、みんなもなにか吹っ切れたのか演奏に勢いが増してきた。
 りっちゃんのドラムはどんどん走っていき、唯ちゃんも必死に追いすがろうとする。
 それを丁寧サポートするかのような梓ちゃんのギター。
 澪ちゃんのベースは歌いながらなのに、突っ走るりっちゃんに見事に合わせている。
 私もうかうかしていられない。

 ――お気に入りのうさちゃん抱いて――

 演奏はずっと拙いけれど、

 ――今夜もオヤスミ――

 いつものような、今までのような、

 ――ふわふわ時間――

 とっても心地よい、そんな演奏だった。


……

紬「それじゃあ、いってきます」

 12月も最終日、大晦日。私は唯ちゃんの家に向かっていた。
 一週間以上前から楽しみにしていた年末パーティ。
 今年は梓ちゃんもいる。きっと去年以上の賑わいになるだろう。
 そんなわくわくに自然と足も速くなる。
 今年も色んなことがあった。
 でもこうやってみんなで一年を締めくくることが出来る。
 きっと今年も良い年だったと胸をはっていえるだろう。

唯「あ、ムギちゃんいらっしゃい」

 そしてきっと来年も良い年になるに違いない。
 家の奥から聞こえてくる賑やかな声が私にそう告げていた。



以上です。