和「あなた、いきなり何を言って……」
憂「知ってるんだよ?和ちゃんはお姉ちゃんのことが好きなんだよね?」
和「……」
憂「ほら、私のこと見てよ。私お姉ちゃんそっくりでしょ?」
和「……あなた、一体何のつもりなのかしら」
この、幼馴染の妹に押し倒されて迫られるという奇妙な状況はいかにして生まれたか―――――話は数時間前にさかのぼる。
― ― ― ― ― ― ― ―
和「あら、メール?憂からね……」
『こんばんは。突然すみません。
実は、今はお姉ちゃんが軽音部の合宿でいないんです。
だから、よければ泊まりに来てくれないかなって思ってメールしたんだけど
ダメ、かな?』
和「口調が統一出来てないのは相変わらずね。別に敬語使わなくていいのに」
和「どうせ私も暇だったし、楽しそうね。行ってみましょう」
~平沢家~
憂「本当に来てくれたんだ。ありがとう」ニコニコ
和「当り前じゃない。あなたは私にとっても妹みたいなものなんだから」
憂「妹……か」シュン
和「どうかした?」
憂「い、いや、なんでもないよ。さ、上がって上がって」
和「あら、もう晩御飯できてたのね。一緒に作ろうと思っていたのに」
憂「えへへ、だって和ちゃんが折角来てくれるって言うから嬉しくて」
和「ありがとう、いただきます」
憂「めしあがれ」ニコッ
和「うん、美味しいわ。流石は憂ね」
憂「たくさん食べてね」
― ― ― ― ― ― ― ―
和「ふう、もうおなかいっぱい。ごちそうさまでした」
憂「お風呂ためといたけど、先に入る?」
和「家でもう入ってきたから遠慮しておくわ」
憂「そっか……なら入ってくるね」
― ― ― ― ― ― ― ―
憂「おまたせー」
和「いい湯だったみたいね」
憂「うん。和ちゃんにも入ってほしかったなあ……できれば一緒に」
和「もう、子供じゃないんだから」
憂「うん……」シュン
和「それより、これからどうする?」
憂「……じゃあ、私の部屋に行こうか」
和「え?まあ、あなたがそう言うならそうしましょう」
― ― ― ― ― ― ― ―
こうやって思い返してみれば、明らかに憂の様子はおかしかったのだ。
それらのサインを無視した結果―――いや、わかっていたところでどうしようもなかったかもしれないが―――私はこうして寝室で憂に押し倒されてしまっているというわけだ。
憂「私になら何してもいいんだよ?和ちゃんのすることなら全部受け入れてあげるよ」
憂「あ、お姉ちゃんの声真似もしてあげようか?そのほうが興奮するでしょ?」
和「あなた、こんなことして何に……」
憂「こんなこと、じゃないよ。和ちゃんに振り向いてもらうためだもん」
和「……とりあえず私の上からどきなさい」
憂「駄目。そしたら和ちゃんは私のことなんて見てくれないもん」
憂「いつだってそう。和ちゃんの隣にはずっとお姉ちゃんがいて……いつもだって私の一歩前にいて……後ろから追いかける私のことなんて顧みてはくれなかった」
和「そんなことないわ。あなたのことはずっと大切に思ってきた。」
憂「『妹として』?」
和「……」
憂「私だって、幼馴染だよ?たった一年だけ歳が違うだけ」
憂「それなのに、なんでお姉ちゃんは恋愛対象で、私はただの妹扱いなの?」
憂「……なんで……私のことを、一人の女の子として見てくれないの……?」
憂は、どこまでも純粋な感情をぶつけてくる。
いつもにこにこしていて、誰にでも優しい憂のこんな姿は見たことがなかった。
だけど、よく考えてみれば、それは明らかにおかしいことなのだ。
憂の言うとおり、私と憂は幼馴染だ。
唯の様々な表情はいくらでも思い出せる。
一緒に高校受かったときの喜色満面の笑み。
喧嘩した時の怒り顔。
先生に怒られて泣きそうになっている顔。
演奏中の楽しそうで仕方ない溌剌とした顔。
でも、憂はそうじゃない。
いつも同じような優しい笑顔で、そんな表情豊かな唯を見つめているイメージ。
さっき憂に言われた言葉が蘇る。
「和ちゃんは私のことなんて見てくれないもん」
まっかくその通りだったわけだ。
私は心のどこかで「憂は私が心配するまでもない出来た子だ」と思っていて、あからさまに放っておけない唯にばかり構っていたのだろう。
それがきっと、私に好意を寄せていた憂にとっては寂しくてたまらなかったということか。
私に思いっきり甘えたかったときもあるだろう。
恋愛感情という、姉にも言えない悩みに眠れない日もあっただろう。
そんなときでさえ、私は唯にばかり目を向けてしまっていたのかもしれない。
憂はそれらの思いを全て自分の中で解決しようと必死でもがいて、でもそんなことはできるわけもなくて。
いくら我慢しても、抑えた感情はなくなってしまうわけではなくて。
そして、積もり積もって、今爆発した。
なんだ、結局今のこの状況も身から出た錆ということか。
和「……ごめんなさい」
色々込めた、ごめんなさいだった。
今まで寂しさに気がついてあげられなくてごめんなさい。
鈍感で、ダメな幼馴染でごめんなさい。
こんなになるまで放っておいてごめんなさい。
そして――――――――
憂「謝らないでよ。謝るくらいなら好きって言ってよ!」
和「それは、できないわ。あなたの求める好きと、私のあなたへの好きは違う」
――――――――あなたの気持ちに応えてあげられなくて、ごめんなさい。
憂「……わかってたけど、改めて言われるとやっぱり傷つくな」
和「……ごめん」
憂「謝らないでって、言ったでしょ?むしろはっきり言ってもらえてよかったよ」
さっきまでの激しい口調は鳴りを潜め、どこか憑き物の落ちたような表情をしていた。
それでも、いつもの憂の顔とは程遠く感じるのは何故だろう。
きっとそれは、感情の爆発の後に残された悲しみと虚無感のようなものが表情に影を落としているからだ。
憂「ねえ、もしも……もしも私が和ちゃんと同い年で、お姉ちゃんが一つ下の妹だったら、和ちゃんは私のことを好きになってくれた?」
憂「幼稚園でも小学校でも中学校でもずっと一緒で、高校に入って和ちゃんと一緒に修学旅行行ったり文化祭したり受験したり、ずっと傍にいて……楽しいだろうなあ」
憂「って、ごめんね。そんなこと言われても困るよね」
和「今更いい子になるのはやめなさい。もう十分困ってるわよ」
憂「……ごめんね」
和「あなたこそ謝らないの。ここまで来たら全部ぶちまけちゃいなさい」
憂「うん……ありがとう。でも、もう言うだけ言っちゃったから」
憂「今までずっと我慢してきたけど、案外言いたいこと言っちゃったら楽になるんだね」
無理に作られた笑顔が痛々しい。
どんなに笑おうとしても、涙はとめどなく憂の瞳から流れていた。
私はどうやったら彼女の涙を止めてあげられるだろうか。
それは決して同情でも友情でも恋愛感情でもなく、もっと心の奥底で彼女を愛しく思う気持ち。
彼女の気持ちに応えてあげられない自分が今更何をしようと所詮は偽善にすぎないのだろう。
結局気の利いた言葉も見つけられず、それでも私は黙って彼女の頭を撫でた。
憂「和ちゃん……大好きだよ」
和「うん」
憂「……しばらく、頭なでてもらっていいかな?」
和「ええ」
憂「えへへ、和ちゃんあったかーい」ギュッ
和「あなたねえ……今は夏よ」
憂「今夜だけ!今夜だけでいいから……こうしていたいな」
和「……ええ」
「今夜だけ」か。
どこまで私は憂を傷つけるのだろう。
こうするしか道はなかったのだろうかと自分を責める。
しかし「あのときああしていれば、こうしていれば」なんて馬鹿馬鹿しいことで、いくら悔もうともう取り返しがつかない。
だから、今夜だけは。
精一杯の愛情で、贖罪を。
一応終わりです。
最終更新:2011年02月08日 00:26