梓「だからここはこうして……」

唯「うーん……こう?」ベベーン

梓「そんな感じです。じゃあちょっと前の方からやってみましょうか」

♪~

唯「さっきの所だけどさ」

梓「はい?」

唯「こうした方がいいと思うんだけど、どうかな。楽譜とは違うけど」ベベーン

律「おーそっちのがいいんじゃないか。なあ、ムギ」

紬「そうね。すごく良いと思うわ」

澪「ホント、センスはあるんだよなあ……」

梓「なんかもう、私が教えなくても大丈夫かもしれませんね」

律「引退も近い三年が未だに後輩に教わってること自体そもそもおかしいんだけどな」

唯「うわ、りっちゃんひどーい」

律「だったら新しい事覚えるたび、前に覚えた事忘れる癖をなんとかしろぃ」

唯「りっちゃんのドラムが走らなくなったら考えるー」

律「このやろ、言ったなー!」グリグリ

唯「きゃー」

澪「ほらほら、じゃれてないで一回みんなで合わせるぞ」パンパン

紬「いよいよ明日が本番なのね」

梓「緊張します……」ドキドキ



律「泊まり込もう」

唯「お泊まり?」

澪「突然どうした。ウチは無理だぞ」

律「なんで澪んちに泊まらなきゃならねーんだよ!」

梓「じゃあどこに……」

紬「ちょ、ちょっと電話してみるね!」

律「いや、ムギんちでもないから。興味はあるけど」

さわ子「学校に泊まり込みで練習したいと、そういうことね!」バーン

唯「さわちゃん!」

梓「あいかわらず神出鬼没ですね……」

さわ子「こんなこともあろうかと、寝袋持って来たわ!」ジャーン

紬「寝袋!?」キラキラ

律「よっしゃあ! 寝具も確保したし、今日は夜通し練習だー!」オー



澪「――と、意気込んでた奴が真っ先に寝てどうする……」

律「んん……ゆいぃそっちは危険だぁ、戻れぇ」ムニャムニャ

唯「りっちゃん隊員、あとちょっとで、あとちょっとで手が届くんだよぅ……」ムニャ

澪(寝言がシンクロしている……)

紬「……」スースー

澪「やれやれ、これくらい静かに寝てくれたらな。こんな状態じゃアレだし、梓も眠たかったら寝ていいよ」

梓「はい。ここの確認が終わったらそうします」

澪「梓は練習熱心だな」

梓「熱心というか、練習してないと不安なんです」

澪「ン……」

梓「えと、ここのコードが……」

澪(不安、か)

梓「むむむ……」

澪「あ、そこは指をこうした方が弾きやすいよ」

梓「……ホントだ。澪先輩ってギターにも詳しいですよね」

澪「ン……。そうかな?」

梓「そうですよ。私、ベースの方は全然なんですよね。演奏の幅を広げる為にも覚えたいんですけど」

澪「梓だったらすぐ上手くなるよ」

梓「よかったら、今度教えてくれませんか? 受験終わってからでいいので」

澪「私なんかで良ければ構わないけど……」

梓「楽しみです。澪先輩は教えるの上手いって聞きました」

澪「そんな、過大評価だよ」

梓「唯先輩ったらちょっと私がきつく言うと、"澪ちゃ……コホン、先輩はもっと優しく教えてくれたー"とか駄々こねたりして」

澪「はは。でも梓が来てくれてから唯はますます上手くなってるよ」

梓「そうですか?」

澪「うん。梓の指導がいいのかもな」

梓「……どもです」

澪「梓」

梓「はい?」

澪「明日、頑張ろうな」

梓「……はい、絶対成功させてみせます!」

澪「その意気だ」

梓「じゃあ私はそろそろ失礼します」

澪「ああ。おやすみ」

梓「澪先輩はまだ寝ないんですか?」

澪「うん。もうちょっとだけ」

梓「そうですか。それじゃあ、おやすみなさい」



澪(梓は寝つきがいいな。……律達もやっと大人しくなったみたいだ)

梓「んん……」クー

澪(泣いても笑っても、明日が最後の学園祭ライブ)

律「んあ……」ムニャムニャ

澪(声が出なくなったら。歌詞を忘れたら。それに、それに――)

紬「……」スースー

澪(こんな調子で大丈夫かな。私のせいでみんなに迷惑かけたら……)

「みーおーちゃんっ」

澪「ん?」

ぷにっ

澪「……お前なあ」

唯「わーい! また引っかかったー」

澪「まだ起きるには早いぞ」

唯「寝るにも早いって思わない?」

澪「いつも寝てる……っていうかさっきまで寝てた奴が何を……」

唯「梓。明日頑張ろうな」キリッ

澪「……お前、狸寝入りだったのか」

唯「ラブラブでしたな。式はいつですの?」オホホ

澪「そんなんじゃないって」

唯「ね、私にもギター教えて?」

澪「ン……。今更、本業じゃない私が教えられることなんてないよ」

唯「あずにゃんには教えられるのに?」ズイッ

澪「あ、あれはたまたま知ってる所だったから……。あんまり顔近付けるなっ」

唯「じゃ、見てくれるだけでいいから」

澪「まあそれなら……」



唯「どう?」

澪「指運びは完璧だと思う。本番でそれをやれるなら言う事ないよ」

唯「だって~。やったね、ギー太。褒められちった」

澪「指に気を取られて歌詞忘れるなよ」

唯「忘れても澪ちゃんがフォローしてくれるも~ん」

澪「もうあんなのは勘弁してくれ……」

唯「……いっつも助けてくれてありがとうね」

澪「な、なんだよ、突然」

唯「なんとなく」

澪「……」

唯「澪ちゃんにはお世話になりっぱなしだから」


澪「……唯」

唯「なあに?」

澪「なんでそんなに私を頼ってくれるんだ?」

唯「ほえ?」

澪「みんな私の事買い被ってるけど、唯は、唯達は知ってるだろ」

唯「……」

澪(羨望の眼差しを向けられている秋山澪なんて虚像でしかない。本当の私は怖がりで、泣き虫で、それで――)

唯「最初にギター教えてくれたのは澪ちゃんだもん」

澪「え?」

唯「澪ちゃんから教えて貰った基礎の練習、今でもやってるんだよ」

澪「別にあれくらい、私が教えなくてもさわ子先生か誰かが――」

唯「でも、実際教えてくれたのは澪ちゃんだよ」

澪「そうだけど……」

唯「澪ちゃんはもっと自信持っていいと思うな」

澪「……」

唯「自惚れって大事だよ? 私は出来る! って。澪ちゃんは実際出来るんだからなおさらだよ」

澪「自信……」

唯「私も、りっちゃんも、ムギちゃんも。それに、あずにゃんだって。ちゃんと分かってるから、ね」

澪「唯……」

唯「なんちゃって」デヘヘ

澪「……そうだな」


思い起こせば――。

ギターの勉強をしたのは、いつも一生懸命な君を少しでも助けたかったから。

まだ私の中に残ってた迷いを振り切ったのも、あの花火を背にした君の演奏だった。

君が声をかけてくれたから大勢の前でも歌えた。

今日だってそう。ほんの少しの言葉で、行動で、私を変えてしまう。

いつだって気づいたら、君は私の標になっていたんだ。


澪(また助けられちゃったな)

唯「ン……。なにか言った?」

澪「……ううん。さあ、もう寝ないと明日起きられないぞっ」

唯「はーい」

澪「なあ、唯」

唯「んー?」

澪「その、これからもよろしくな」

唯「……うん。これからも、ずっと一緒だよ!」

(了)






最終更新:2011年02月04日 14:13