純「ギターチーム、全滅。ドラムスチームとも連絡がつきません…おそらく…」
紬は、頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。
紬「そんな…みんなが…」
斉藤「お嬢様、気を確かに!!」
紬「分かってるわ!ブオンケを死守する!!」
斉藤の、荒い息遣いが聞こえる。
年を経た斉藤の体は、長時間の戦闘で最早限界のようだ。
紬「斉藤、下がりなさい。私がアタッカーを代わるわ!」
斉藤「なりません!お嬢様をお守りするのが、私の勤め!!」
紬「ダメよ!もう限界だわ!下がって!!」
斉藤「敵が、来ます!」
斉藤のゲルググが、ジムの小隊に突っ込んでいく。
紬はそれを必死で援護した。
艦は、もう限界だった。
要塞に取り付いた敵からも攻撃を受けるので、残り二機のMSだけでは護りきれなくなっていたのだ。
純「補助一番から三番エンジン、沈黙。メインエンジンも出力が低下しています!」
艦に、衝撃が走る。かなり大きい。
純「二番格納庫に火災発生!!後部メガ粒子砲、沈黙!!」
和「これまでね…総員退艦よ!」
純「了解!総員退艦せよ!繰り返す、総員退艦せよ!」
和「MS隊は、要塞に着陸し、第二守備隊と合流!」
紬「了解。護りきれなくて、ごめんなさい…和ちゃん、生き残ってね…」
和「気にしないで…ムギ、あなたも生き残るのよ…」
純「艦長、ランチへ…」
和「私は、ここに残るわ。」
純「でも…」
和「私の判断でアクシズ方面に脱出できたのに、ここで徹底抗戦を主張した。私の責任で、唯たちが死んだの。その落とし前はつけなきゃね。」
純「艦長…」
和「退艦しなさい!あなた達は生きて、祖国を守るのよ!!」
純「り…了解!」
がらんどうになったブリッジで、和は目の前の宇宙を見据えていた。
和「まるで、花火ね…」
……
紬「斉藤、要塞へ行くわよ!目的は、分かっているわね!」
レシーバには、斉藤の苦しそうな息づかいだけが聞こえてくる。
敵が、迫る。
紬「斉藤!?」
斉藤「お嬢様…私はここまでです…」
紬「何言ってるの!?」
斉藤「私の死に場所はここです。敵を食い止めますから、お嬢様は要塞へ…」
紬「弱音は聞かないわ!!あなたは絶対に生き残るの!!もう誰も、私のために死ぬなんてこと、させない!!」
紬のゲルググが敵の小隊に向かって突っ込んでいく。
斉藤は、遅れた。
斉藤「お嬢様!方向が逆です!!要塞へ!!」
紬「お前は援護!付いてきなさい!!命令よ!!」
もう自分の為に、誰ひとりとして死なせはしない。
紬は、そう決めていた。
……
自動ドアの、無機質な音が響く。
和は、ドキリとして振り返った。
憂「和ちゃん…ケガはない?」
和「憂?私は総員退艦を命令したはずだけど。」
憂「和ちゃんも一緒に行こ。まだ小型連絡艇が残ってるから…」
和「私は、ここで死ぬわ。」
憂「じゃあ、私も…」
和「ダメよ!」
憂の目に、涙が溜まっていく。
憂「お父さんも…お母さんも、戦争で亡くなったの。そしてお姉ちゃんも…この上和ちゃんまで死ぬなんて嫌!私を一人にしないで!!」
和「私は…ここで死ぬべきなのよ。」
憂「お姉ちゃんのことなら、私怒ってないよ!和ちゃんが、一番つらかったんだよね!」
和「ありがとう、憂。でも、それだけじゃないのよ。もう行きなさい!」
憂「和ちゃん…私行かないよ!行かせたいならちゃんと理由を話して!!」
和「…敗色が濃厚なのを知っていながら、ここで徹底抗戦を主張したわ。」
憂「その理由を教えて。」
和は、溜まりに溜まった想いを吐き出すように話し始めた。
艦が今にも沈みそうなのも忘れて、憂はそれに聞き入る。
和「祖国を、サイド3を守りたかったから…この広い宇宙から見たら、ちっぽけな人工の筒の集まりかも知れない。老朽化したら、取り換えられる入れ物かも知れない。」
和「でも、あそこには私の、私たちの思い出が詰まっている。私の故郷は、あそこしかないの。」
ズン、と艦内に衝撃が走ったが、和は構わず話しつづける。
和「この要塞はその祖国を臨む、最後の砦だった。ここを捨てたら、サイド3が連邦に蹂躙される。」
憂「…」
和「アクシズ方面に離脱して再起の時を…って言うのは、祖国を捨てて逃げることだと思ったの。私は祖国を守るために、軍隊に入ったのにって。」
和「それにね、私たちがここから逃げたら、スペースノイド全体が危なくなるのよ。」
憂「…どうして?」
和「戦後の統治をしやすくするために、連邦は分かりやすい敵としてジオンの残党を使うはず。でも残党なんか見つからなくてもいいのよ、濡れ衣を着せてどこかのコロニーを弾圧すればいいんだから。」
憂「…」
和「私たちが逃げ回っているだけで、善良なスペースノイドが濡れ衣を着せられて殺されるという構図が出来上がるのよ。」
憂「そんな…」
和「逃げた残存艦隊が再起の時を待って、連邦軍を攻撃することもあるかも知れないけど、そんな小規模な紛争を起こしたところで、連邦は痛くも痒くもない。」
和「そしてまた、繰り返しよ。紛争を理由に連邦はスペースノイドを弾圧する…そんな未来を防ぐために、まだ我々が国レベルの力を、連邦と対等な土俵に立てる権利を持っているうちに、戦いが紛争やテロではなく戦争であるうちに、勝利をもって戦いを終わらせるべきだったのよ…」
和「もう…遅いけどね…。逃げた連中は、同族であるスペースノイドを苦しめ続けるだけだわ…。」
憂「遅いなんてこと、無い!!」
和「…」
憂「そこまで考えることができて…どうして和ちゃんはここで死ぬなんていうの?そんなの間違ってる!!」
憂「そんな未来がこないように、何かできるはずって考えないの?」
憂「私も出来ること、何でもするよ…純ちゃんだって、きっと手伝ってくれる…紬さんだって、協力してくれるはずだよ!」
憂は、退艦を命令した時点で生き残っていたメンバーを正確に挙げた。
純が、教えたのかも知れないと和は思った。
姉が生きてはいないことも、知っていたようだ。
憂の健気さを、和は頼もしく思った。
和「憂…」
憂「和ちゃんは死なせない!私たちスペースノイドの未来の為に、必要な人だから…だから、私絶対に和ちゃんをつれていくよ!!」
憂「そして力をあわせて、明るい未来を作るために、頑張るの!」
和「…そうね、みんなが手伝ってくれるなら…何か出来るかも知れないわね…頼りにしていいかしら…憂。」
憂「うん!いっしょn」
憂が手を差し伸べようとしたとき、二人は爆風に吹き飛ばされた。
ブオンケの最期。
ひときわ大きな光だったが、それはいくつも戦場に瞬く光の一つに過ぎなかった。
純「ブオンケが…沈む…」
二隻のランチに分乗して、ブオンケの乗組員は要塞から脱出する艦隊に合流しようと前進中だった。
撃沈されないよう、白旗を掲げている。後ろのランチは傷病兵を乗せているので、赤十字を表示してある。
ドン、と船に衝撃がかかった。
純「キャッ、どうしたの!?」
外を見ると、船が連邦軍に取り囲まれているようだ。
純「大丈夫よね…白旗掲げてるし…」
また船に衝撃が走った。
ジムがワザと船に体当たりしているようだ。
純は勇気を振り絞って、警告する。
純「やめて下さい、武力紛争法に基づいた特殊標章の表示を行っています。攻撃は禁止されています!!こちらに戦闘力もありません!投降する用意は出来ています!南極条約に基づき、速やかに保護願います!!」
連邦兵が、接触回線で通信をしてきた。
連邦兵「こんな戦場をうろうろしてたんじゃ、流れ弾に当たっても文句は言えねえよな…ヘヘヘ…」
窓の外に、ビームスプレーガンの銃口が見えた。
純「う…嘘でしょ…」
純の、最期の言葉だった。
紬は斉藤のゲルググを引っ張って、要塞内部に侵入していた。
シート下の拳銃を取り出してコックピットから出る。
紬「斉藤、大丈夫?」
斉藤のゲルググのハッチが開く。その顔からは疲労がにじみ出ている。
斉藤「心配は無用にございます。」
紬「ギレンは死んだ。キシリア・ザビを殺すわ。辛いだろうけどもう少し手伝って。」
斉藤「御意にございます。」
紬「二手に分かれましょう。斉藤は要塞のコントロールルームに向かって。」
斉藤「お嬢様は?」
紬「敗色は濃厚よ。奴は逃げるかも知れない。キシリアの座乗艦が格納されている12番格納庫へ向かうわ。」
斉藤「わかりました。ご武運を。」
格納庫に着くとザンジバル級が発艦準備をしている。
紬の読みは当たったようだ。
紬「急がないと、間に合わなくなる。」
艦が浮き上がる。
どこかに、入り込める場所はないか、紬は必死に探した。
紬「・・・あれは・・・?」
紬は赤いノーマルスーツが艦の正面に浮き上がるのを見た。
バズーカを持っている。
その人物が艦に向かって敬礼する。
紬「…!!」
バズーカが、ザンジバルのブリッジに向かって発射された。
先を越された、と思った。
紬はふらふらと格納庫を出、廊下にへたりこんだ。
斉藤は、コントロールルームにキシリアの姿が確認できないと見るや、紬の向かった格納庫へと急いだ。
斉藤「お嬢様!!」
格納庫の手前で、紬が一人でへたりこんでいる。
周りには、火の手が上がっているようだ。
紬「…斉藤…?」
紬が振り向く。ヘルメットは外している。
燃え盛る炎に照らされて、その表情は怪しい魅力を放っていた。
紬「誰かに先を越されたわ…この手でキシリアを殺せなかった…」
それを聞いて、斉藤は安堵した。
斉藤「お嬢様に殺しなど似合いません。それでよかったのです。」
それをいい終わるやいなや、斉藤の血の気が引いていった。
紬が持っていた拳銃を、無言で自分のこめかみに突きつけたのだ。
斉藤「お…お嬢様、何をなさいます!おやめください!!」
紬「もう私のやるべきことは何もない…私、…みんなのところへ逝くわ。」
斉藤「銃を下ろしてください!!お嬢様!!」
紬「最期のお願い、私の死体を跡形もなく始末して。連邦兵に辱められたくないの。」
斉藤「いけません!二人で脱出しましょう!!旦那様もお嬢様の無事を祈りながら待っておいでです!!」
紬「お父様に、なんて言うの?友達を全員殺して、おめおめと私だけ生き残りましたって、言うのかしら?そんな生き恥は、晒したくないわね。」
斉藤「生き恥ではありません!!どうか、どうか生き残って…どうか…」
紬「みんなはね…私が居ないと絶対に嫌だ、そう言って一緒に来てくれたの…私は、そんな仲間を全員失ってしまったのよ…」
斉藤「お嬢様…お気持ちはよく分かります…しかし…」
紬「ここからは命令よ、あなたは絶対に生き残って、お父様に伝えなければならない。」
紬「私の、かけがえの無い友達のこと。リーダーで、元気いっぱいのりっちゃん…りっちゃんの幼馴染みで、恥ずかしがり屋で怖がりの、澪ちゃん…」
紬「自分のギターを恋人のように大切にしていて、誰からも好かれていた唯ちゃんに、そんな唯ちゃんが大好きで、かわいい後輩の梓ちゃん…」
紬「そして、私たちをいつも応援してくれて、支えてくれたさわ子先生…」
紬「私は、一度にかけがえの無い人たちを失いすぎた…生きていくのも、辛くなるくらいに…」
紬「もう、疲れたの。」
紬「そうそう、家に預けてあるトンちゃんと、純ちゃんの家の猫の世話も、引き続きお願いね。純ちゃんは、脱出したはずだから猫ちゃんを迎に来るかも知れないわね。」
斉藤は、子供のように泣きじゃくっている。
紬は花が開くように微笑んで、言った。
紬「さよなら、斉藤。今まで、ほんとうに有難う。」
パン、という音を期待したが、トリガーを引いた瞬間、キィン、と耳鳴りがした。
体が横倒しになる。頬に床の感触。
すぐに体が浮き上がった、斉藤が抱き上げてくれているようだ。
何か叫んでいるが、よく聞こえない。
紬は、最後の力を振り絞って、笑顔を作ってみた。
上手く笑えたかどうかは、わからなかった。
斉藤は、アクシズに脱出する艦艇に、紙一重で紛れ込めた。
胸に、紬の遺髪と、彼女の命を奪った拳銃を抱えている。
窓の外には、すでに小指ほどの大きさになったア・バオア・クーが見えていた。
「死にぞこなった、という顔をしています。」
振り返ると、二十歳くらいの士官が同じように窓の外を見ていた。
階級は大佐である。若すぎる、と斉藤は思った。
斉藤「いかにも…」
士官「自分も、同じです。」
斉藤は、嘘だ、と思った。
この士官は、嘘でできている。無垢の金が、錫でメッキされているような違和感を、斉藤は感じていた。
士官「大事そうに持っておられる、それは?」
斉藤「主の、遺品。」
斉藤は、なぜかその若い士官を睨んでいた。
理由はわからないが、怒りがこみ上げてくる。
士官「ご主人のご冥福を、お祈りします。」
斉藤「…お名前をお聞きしてよろしいか?」
士官「シャア・アズナブル。」
斉藤は、やっぱり、と思った。
しかしこみあげる怒りの理由は、わからなかった。
紬は階段を登っていた。
どこにつづいているのか、皆目分からない。
真っ暗だが、なぜか足を踏み外すことはなかった。
紬「ここは、どこかしら?」
手に、何かが触れる。
うさぎのブロンズ像だった。
紬は嬉しくなって、階段を駆け上がる。
亀のブロンズ像を軽く撫で、更に上を目指した。
いつの間にか、周りがよく見えるようになっていた。
音楽室、とプレートがある部屋の扉を、一息に開ける。
そこは、思い出の場所だった。
さわ子「あら、ムギちゃん遅かったのね。」
律「ようし、ムギも来たことだし、お茶にするか!」
唯「さんせーい!!」
澪「おい、今日は練習するんじゃなかったのか?」
梓「そうですよ!練習するです!!」
律「じゃあ多数決にしようぜ~!」
さわ子「私はみんなの自主性に任せるわ。」
全員の視線が、紬に集まる。
唯と律は、しきりに紬にウインクをしていた。
澪「…ムギはどうするんだ…?」
澪が助けを求めるような視線を紬に向けてきた。
紬は、満面の笑みを作って、言った。
紬「じゃあ、お茶にしましょうか!」
宇宙世紀0080 1月1日。この戦いの後、地球連邦政府と、ジオン共和国との間に、終戦協定が結ばれた。
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唯「という夢をみたんだあ…」
憂「…」
唯「憂、もしかして怒ってる?」
憂「お姉ちゃん…」
唯「な…なんでしょうか…?」
憂「受験が終わったからって毎日毎日夜遅くまでガンダムのDVD見てるからそんな夢をみるんだよ!!もう許さないんだから!!」
唯「うひ~ごめんなさい~」
憂「このDVDは没収!」
唯「ZZはまだ見てないから没収は勘弁してくだせえ!卒業までに、逆シャアまで観るんだから…」
憂「お姉ちゃん、めっ!!」
唯「う~い~…ごめんなさい~…一日一時間にするから~。」
憂「ダメなものはダメ!!」
唯「0079!」 完
最終更新:2011年02月02日 04:54