第八話 弟!

聡は、食事が載ったトレーを持ってふたりがけのテーブルに腰掛けた。

聡「しかし、マズそうな飯だな。」

学徒兵の年齢制限が緩和されたのと同時に入隊したものの、ソロモン戦には間に合わず、さっきムサイ級の艦に配属になった。
訓練で仲の良かった同期とは配属が違った。
仕方なく、ひとりで飯を食おうとしていると、向かいに誰か座ろうとしている。

「ここ、いいかな?」

聡は、面倒くさそうに答える。

聡「別にいいですよ。」

茶髪で髪の長い女だった。年は姉くらいだろうか?少し怖そうだ。

「田井中聡軍曹でしょ?」

聡は、いきなり名前を自分の名前を当てられて、多少面食らった。

聡「どうして俺の名前を?」

「胸に田井中って描いてあるじゃん。それにあたしは今日、田井中聡軍曹がパイロットとして着任することを知ってたしね。」

聡「あなたは誰です?」

「ああ、ごめん。あたしは立花姫子。階級は軍曹。MSのパイロットよ。そんであなたはあたしのパートナーだから、仲良くしてね。」

聡「はあ…」

姫子「でさ、なんでこんなとこ来たの?」

聡は少し困っていた。姉や母を除いて、女と二人きりで食事なんてしたことが無かったからだ。
ドキマギしながら、姫子の質問に答える。

聡「う…うちの姉が志願したから、俺もと思って…」

姫子「お姉さんが居るんだ…もしかして、律って名前?」

聡は、また驚いた。

聡「姉ちゃんの事、知ってるの?一緒に戦ったとか?」

姫子「やっぱり律の弟だったんだ!律とは高校が一緒だったの。なんか面影があると思ったんだ。でも律も軍隊に来てたの、知らなかったな。」

姫子が律の話を聞いて無邪気に笑うのを見たとき、聡は心臓をつかまれるような錯覚に陥った。
怖そうだと思ったが、こんな顔もできるらしい。
それからたわいのない話をしながら、聡は姫子と食事を取った。
食事が終わると、姫子は聡の手を取って言った。

姫子「じゃあMSデッキに行こ?お姉さんが色々教えてあげる。」

姫子に手を握られると、聡の体は電気が通ったようにピクン、と痙攣した。
聡は、女に手を引かれるのが少し気恥ずかしかった。


……

純は、医務室に忍び込んだ。
通信手というのは声の出し過ぎで常にのどが痛い。
一応医務室でトローチを処方されるのだが、それでは足りないので薬品棚から失敬するのが、純の習慣になっていた。

純「憂、いないよね~」

純「トローチ、トローチっと…」

純「うひゃ、あるある。こんなにあるんならケチケチせずにドバっとくれればいいのに~」

純「つまみ食い、いただきまーす。」

憂「純ちゃん何やってるの?」

純「ひゃっ!うい!?いたんだ…」

憂「トローチがやたらと少なくなると思ったら、純ちゃんが盗んでたんだ。駄目じゃない!」

純「えっと…これはその…」

純はなんとか話をそらそうと試みる。

純「ねえ、トローチってさ、形がドーナツみたいだよね。」

憂「お菓子じゃないよ!ちゃんと決められた量があるんだから返して!」

純は、憂の目が赤く腫れていることに気がついた。
話をそらす絶好の機会だ。

純「憂…どうしたの、その目?泣いたの?」

憂「何でもないよ!トローチ返して!」

純「何かさっき艦長も泣いてたし、今日はいろんな人が泣いてるなあ。」

憂「え…和さん、泣いてたの?」

純は引っかかった、と思った。

純「どうしたんですか?って聞いたら、さっきの憂みたいな反応したけどね~。」

憂「和さん…やっぱり辛かったんだ…」

純「じゃあ私はこれにてドロン。」

憂「純ちゃん、トローチ返してよ!」

医務室にはすでに、大量のトローチと共に純の姿はなくなっていた。


……

唯は、ヘッドギアを装着され、椅子に固定されていた。
研究者の声がする。

研究者「平沢軍曹、モニターに映っているサラミスのCGを、有線ビームで破壊するイメージをしてみて。」

研究者2「動きませんね、感応波のレベルが上がりません。」

研究者「君がジオングを操縦出来れば、君の友達を助けることができるし、戦争だって終わらせられる。がんばれ、平沢軍曹。」

唯「うう…う…頭が…痛い…」

主任「何が原因だ?」

研究者2「見てください、これが成功例であるララア・スン少尉の脳波です。」

主任「活発に波打ってるな。」

研究者2「そしてこちらが平沢軍曹の脳波です。」

主任「動きが少ないな。これはどういう事だ?」

研究者2「根本的に脳波パターンが違うのです。例えるならララア少尉の脳波は流れる水のようなもので、平沢軍曹の脳波は淀んだ水です。」

主任「ほう…」

研究者2「ララア少尉のような活発な脳波パターンを川型脳波パターンといいます。よどみなく波が出て、感応波も活発に観測されます。」

主任「平沢軍曹の脳波は池か?」

研究者2「さすが主任、半分正解です。しかしよく見てください。」

主任「ん?」

研究者2「ほらここです、さらに脳波が淀んでいる。このパターンは池どころか、さらに淀んだ沼です。」

主任「ふむ…」

研究者2「このパターンは池・沼型脳波パターンと言って、感応波も微弱でサイコミュの使用に全く向いていません。」

主任「池沼型な…何か対応策は?」

研究者2「池・沼型です。間に点を入れないと色々誤解を招きます。」

主任「わかった、続けろ。」

研究者2「マットモニナール投薬で脳波パターンが改善されたという報告がありますが、池・沼型パターン自体希少なパターンなのでなんとも言えません。」

主任「よし、投薬しろ!感応波を強化する。」

研究者「主任、それは…」

研究者2「試してみるしか無いでしょ、このままじゃどうにもなりませんよ。」

研究者「…平沢軍曹。今から薬を飲んでもらう、それを飲んだらきっと君の友達を助けられる様になる。少し辛いけど、頑張ってくれ。」

唯「私…みんなの役に立ちたい…」

研究者「よし、いい子だ。」

薬をのむと、徐々に意識が敏感になってきた。
微弱な空気の振動まで、肌で感じられるようだ。

研究者2「お、感応波レベル、上がりました。でもまだ足りませんね。脳波も典型的な池型です。」

主任「もう一錠、行こうか。」

研究者「主任、これ以上は…」

主任「やれ!」

薬が、口に入れられる。
飲み込むと、すぐに頭を刺すような痛みを感じた。

唯「うう…あああああああああ!」

研究者2「感応波キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!投薬最高!!」

主任「もう一錠!!いや二錠やってみようか!!!」

研究者「命の危険があります!」

主任「飲ませろ!!」

薬を飲まされた瞬間、唯の体は硬直して動かなくなった。

唯「あ…か……か…」ビクンビクン

研究者「危険です!医務室に連れていきます!!」

医務室に運ばれている途中も、ベッドの中でも、唯の頭の中には声がはっきりと聞こえていた。
主任と、研究者の会話だった。

主任「あれ、だめだな。」

研究者2「失敗作ですな。やはり池・沼型にはサイコミュは使えません。」

主任「ちょっと悪乗りしすぎたかな?投薬は結果がすぐ出て面白いからな。」

研究者2「そんな事よりジオングはどうするんですか?MS格納庫に眠らせとくんですかね?」

主任「パイロットがいないんじゃしょうがないだろ。足もついてないしな。」

研究者2「あのできそこないはどうします?」

主任「薬がある程度抜けたら原隊復帰させとけ。あと薬はもたせとけよ。飲ませ続ければ覚醒するかもしれん。」

研究者2「足のない未完成MSに、できそこないのニュータイプ、お似合いの組み合わせだったんですけどね…」


……

唯「嫌だ!!!」

唯は飛び起きた。
自分の部屋だった。側に梓がいる。

梓「どうしたんですか、唯先輩!?」

唯「…夢…?」

梓「唯先輩、シミュレーター訓練中にまた倒れたんですよ。医務室は憂が心配するから行きたくないっていうから、部屋までムギ先輩が担いでくれたんです。」

唯「はあ、はあ…訓練…しなきゃ…」

梓「もういいです。唯先輩、飲み込み早かったから、また明日ににましょう。もう寝てください。」

唯「あずにゃん・・・お願いがあるの・・・」

梓「なんですか?」

唯「怖い夢見たの…だから…一緒に寝て…」

梓「でも…それって…///」

握ってみると唯の手は確かに震えている。

唯「お願い、あずにゃん。」

梓「唯先輩…」

紬「じゃあ、私は梓ちゃんのベッドを借りるわね。」

梓「ってなんでムギ先輩が居るんですか!?ティッシュ二箱も持ち込んで!!」

紬「気にしなくていいのよ~」

梓「気にします!出ていってください!!//////」


……

聡は、自分の機体を見て、愕然としていた。
作業機械レベルである。

聡「なんだよこれ…マジかよ…」

姫子「技術本部から回されてきた機体よ。MP-02Aとか言ったかな。」

聡「俺…これに乗るんですか?ヤバくないですか?一応ザクで訓練したんですけど…」

姫子「大丈夫、お姉さんがゲルググで守ってあげるから。」

姫子の背後から、中年の男が近づいて来る。

曹長「そいつがもう一人の補充兵か?ちっ、男じゃねえか。」

聡「はい、田井中軍曹です。」

曹長「まあせいぜいその茶筒みたいなので奮戦してくれ。」

聡「っ…!」

聡は、はっきりとこの中年曹長が嫌いになった。
物言いはともかく、さっきからジロジロといやらしい目で姫子を見ているのが気に触るのだ。
曹長は、悪態をつくとどこかに消えていった。

姫子「ごめんね、小隊長、ああいう人だから。」

聡「別にいいですよ。」

二人の間に、重い沈黙がのしかかった。
耐えられなくなって、聡がぎこちなく口を開く。

聡「ひ…姫子さんは、なんで志願したんです?」

姫子「あたし…?あたしはね…」

姫子はちょっとうつむいて、影のある表情になった。
聡はそれを見て、ハッとした。
めまぐるしく変わる、姫子の表情。
その表情をすべて、余すことなく見てみたいと思った。

姫子「失恋したんだ…それで…どうでも良くなって…」

聡は、自分の心が締めあげられるのを感じていた。
甘い香りが聡の鼻をくすぐる。
夢を、見ているようだった。

姫子「ねえ、聡くん、ねえってば。」

聡「え…ああ、えっと…」

姫子「ぼーっとしてたよ。疲れてるの?」

そう言われて、初めて聡は姫子に見とれていたことに気づいた。
自分はどんな目で姫子を見つめていたのだろうか。
まさかあの曹長みたいないやらしい目で見ていたのではなかろうか。
そう思うと、聡は自己悪に陥って、居ても立ってもいられなくなった。

聡「そ…そうですね…疲れてるみたいです。もう寝ます。今日は有難うございました。//////」

聡は逃げるようにMSデッキを出た。
心臓が胸から飛び出そうなほど高鳴っている。
顔が、真っ赤になっているのが分かる。

姫子の甘い香りが、握った手の感触が、めまぐるしく変わる表情が
その日、聡を寝かせなかった。

聡は恋かもしれない、と思った。


9