第五話 初陣!
リックドムの慣熟飛行が終わると、すぐに任務の話になった。
和「B区域のデブリ群の哨戒任務が来ているわ。」
ソロモンの宙域はデブリ群が多く、たびたび連邦軍は隠掩蔽良好なこれらのデブリ群を足がかりにソロモンに対して中小規模の攻撃を仕掛けてきていた。
そのため敵部隊の隠密行動に適したデブリ群を監視し続ける必要があったのである。
和「このデブリ群はそう広いものではないから単艦で二日かけて哨戒するわ。みんないいわね。」
唯「敵がいなかったらどうするの?」
和「帰ってきて、いませんでしたって報告するのよ。」
梓「唯先輩は何も言わなくていいです。」
和「出航は明日0400。出港後30分でキーボードチームとドラムスチームを射出。当初キーボードチームを前衛として、B区域を捜索するわ。」
梓「ギターチームは、当初機体に搭乗して待機でいいですか?」
和「後衛のチームもいるし、指示があるまで仮眠室待機でいいわ。」
和「基本的に3時間おきに前衛、後衛、待機を入れ替えるからそのつもりで準備して。」
唯律紬梓さわ子斉藤「了解!」
澪「…」
律が部屋に帰ると、ベッドの上で澪がうずくまっていた。
律「どうした?澪?」
澪は答えない。小刻みに震えているところから見て、泣いているようだ。
律「澪、初陣が怖いのか?」
澪はうなずいて答える。声も出せないらしい。
律「大丈夫だって、私が付いてる。」
澪が何か言おうとするが、歯がガチガチと鳴る合間にか細いうめき声になるだけで、意味を成さない。それでも律には、澪が何を伝えたいのか分かるような気がした。
律が、澪を優しく抱きしめる。
律「こうか、澪。」
澪は頷いているのか震えているのか分からない。
律は、耳元でささやくように続ける。
律「澪には仲間がたくさんいるぞ、私もいるし、さわちゃんや、ムギ、斉藤さん、危なくなったら、唯と梓も来てくれる。だから心配すんなって。それともみんな、信じられないか?」
澪は首を横に振る。
抱きしめていると、いつの間にか澪の震えは止まっていた。
……
ブオンケは、定刻通りに出航した。
続いて、MS隊が発進する。
さわ子「オラァ、キーボード01、MS-09R、山中さわ子、出しやがれぇ!!」ヒャッハー
斉藤「キーボード02、09R、斉藤、出ます。」
紬「キーボード03、09R、琴吹紬、出してください。」
律「ドラムス01、09R、田井中律、いっくぜー!」
澪「ベース01、09R、秋山澪、イクッ///」
さわ子「よっしゃあ、こんなデブリ群は、一日で捜索しつくしてやんよ!」
さわ子「付いて来い、オメーら!!」
澪「ふふふっ…」
律「どうした、澪?」
澪「なんだかさわ子先生見てると、あんなに怖がってた自分が可笑しくて…」
律「そうだぞ、リラックスしていこうぜ、澪。」
律「それにしても、さわちゃん突出し過ぎじゃないか?大丈夫かよ?」
澪「大丈夫だろ、さわ子先生シミュレーターで教官倒すほどの腕だぞ。」
澪がそう言って、さわ子の機体を見上げた瞬間、さわ子のリックドムを一瞬、一条の光が貫いたように見えた。
澪がなんだろう、と思っていると、さわ子の機体が見る間に赤熱し、風船のように膨らんで、破裂して赤い火球になり、消えた。
その時初めて、さわ子からの通信が途絶えていることに澪は気づいた。
律「狙撃だ、散開しろ!」
律の声に、全員の機体が放射状に、散った。
澪は自分が恐怖を感じているのかも、分からなかった。
唯は夢を見ていた。
ギターを引きながら、歌う練習をしている。
傍らには、さわ子がいた。
何度も、何度もふわふわ時間を歌う。
歌い終わるたびに、さわ子がアドバイスをくれる。
その時、必ずさわ子は何か一つ、いいところを褒めてくれた。
それが嬉しくて、唯は何度もギターを掻き鳴らし、歌い続ける。
完璧よ、と言われたが、さわ子に聞いてもらえるのが楽しくて、何度も、何度も歌い続けた。
気がついたら、声が枯れていた。それでも、歌った。
突然、さわ子が言った。
もうそろそろ、終わりにしましょうか。先生、行かなきゃならないところがあるのよ。
唯は、練習をやめたくなかった。
唯「さわちゃん先生!!!」
唯の周りには、涙の粒が漂っている。
その奥に、真っ青になった梓の顔が見えた。
梓「唯先輩…さわ子先生…死んじゃいました…」
しばらく漂う涙の粒を眺めていた唯が、突然立ち上がって、呟いた。
唯「出撃だね…あずにゃん!」
梓は、唯の顔を見て息を呑んだ。
唯の顔は、さわ子を殺した相手への殺意に満ちていた。
……
緑のジムが、デブリを蹴って数キロ離れた同じようなデブリに取り付く。
ジムスナイパーカスタムと呼ばれる特別機だ。
パイロットは三浦 茜
歳は梓位だが、家が貧乏で中学を卒業してすぐに連邦軍に入隊した。
戦争の始めからパイロットとして戦ってきたベテランである。
茜は狙撃任務中、移動する時スラスターは使わないようにしていた。
光で自分の位置が特定されるからだ。
ジムスナイパーカスタムのコックピットに僚機から通信が入る。
「やったね、茜。」
茜「これからよ。敵もスナイパーがいるって気づいたからね。しっかり観測してね、モブ子。」
モブ子「了解。あ、艦からスラスター光。増援よ。」
茜「何機?」
モブ子「一機…二機出たわ。β1、β2とするわね。」
茜「了解。」
モブ子「茜、β1、動きが鈍いわ。いいカモよ。左に140。上に45。」
茜「了解、見つけたわ。距離5千。」
茜は、静かに、長く息を吐きながらトリガーを引いた。
…
律は、マズイと思った。
増援として唯と梓が来てくれたが、唯の動きが単調すぎる。
モビルスーツは通常、弾を避けるためにジグザグに回避機動をとりながら移動するが、その基本を忘れているようだった。
突然、唯のドムが横から叩かれたように飛んだ。
その瞬間、今まで唯のドムがいたところをビーム光が貫いていた。
律「…避けた…まさかな…」
紬「今のビーム光で、狙撃ポイントが分かったわ。」
突然、紬のドムが動くのを止め、近くのデブリに隠れる。
律「ムギ、どうするつもりだ?やられちまうぞ。」
紬「射程の長い艦砲を使うわ。射弾を誘導しなきゃならないから、私は動けない。」
紬「敵はスラスター光で私たちの位置を観測してるはず。だから私一機が止まっててもそうそう見つかるものじゃないわ。」
律「分かった。私たちはスラスターを派手にふかして、囮になってムギを援護すりゃいいんだな。澪、動き回れ!」
澪「はあ、はあ、はあ…り、了解…はあ、はあ…」
紬「ブオンケ、聞こえる?こちらキーボード03、射撃要求。」
紬は、射撃要求を使うとは思ってもいなかった。
教育中にみんなで協力して、教科書に書かれていることのほとんどを頭に入れていた。
その膨大な知識のうちの一つだった。
みんなで生き残れるように、そう思って勉強したことが、役に立った。
純「射撃要求、了解。諸元をお願いします。」
紬「観測点、キーボード03。基準星M9から、F4方向に120。R8方向に60。距離5千。メガ粒子をお願い。」
観測による間接照準射撃は旧世紀の古典的な方法である。
しかしミノフスキー粒子の影響でレーダーが使用不能になったこの戦争の初期に艦砲を精密に目標に誘導するためにまた使われだした。
それも、MSの活躍により、艦砲が主力兵器としての座を追われて単なる支援火器となっていくにつれ、すぐに使われなくなっていった。
二度死んだ戦法を、また引っ張り出してきたのだ。
対する連邦のスナイパーも、同じような戦い方である。
スナイパーライフルの望遠カメラは倍率こそ高いものの、視野は狭い。だから敵を狙うにはいいが探すには向いていない。
そこで観測手たる僚機がスナイパーライフルを向けるべき方向を誘導するのだ。
どちらも基準となる星を利用し、三角関数を用いて観測手が射手や艦砲を誘導するというやり方だ。
これは、艦とMSの長距離射撃戦である。
純「諸元出ました。艦体そのまま、前部メガ粒子砲1から3番、左へ43、仰15。効力射、三発。」
純「砲に諸元を入力。…3…2…1…砲身固定。MS隊は射線から退避。射撃準備完了。」
和「打ち方、始め。」
前部メガ粒子砲、3門からそれぞれ3発、計九発のメガ粒子は正確に紬の狙った場所に吸い込まれていったが、手応えはなかった。
回避のスラスター光も観測できない。
茜は、驚いていた。
未熟な回避軌道のリックドムが、茜の正確な射撃を回避した。
偶然だ、と自分に言い聞かせてスラスターを使わずに陣地変換を行う。
ライフルを構えようとしたその時、茜がさっきまで取り付いていた辺りに、9発のビームが殺到したのだ。
茜は、背筋が冷たくなった。
茜「モブ子、敵は艦砲の射撃を誘導してる。観測手を探して!」
モブ子「目標α3をロストしてる。多分そいつだわ。今探してる。」
茜「急いで!」
茜はジオン兵の恐ろしさを見にしみて感じていた。
連邦の将兵は、こんな使われなくなった旧来の戦術など、一応は士官学校のカリキュラムにはあるものの習ったその日に忘れてしまう。それを、ジオンはとっさに使ってくるのだ。
練度が、違う。数を頼みにできるならまだしも、茜たちは2機編成のスナイパーユニットでしかない。
後退、という言葉が脳裏をよぎった。艦は、はるか向こうである。
そもそも艦の他の機体は偵察任務中で、茜たちはその支援任務としてここに居る。そのため増援の要求も出来ない。
茜は自分の弱気をかき消すように、トリガーを引いた。
β1と名付けたリックドムが、また茜の射撃を回避した。
紬「手応えがない、敵はスラスターを炊かずに陣地変換をしている模様。」
紬「広域を制圧できるミサイルで…」
和「キーボード03、そんなんじゃ埒があかないわ。あなたもいずれ発見されてしまう!」
紬「どうやったら…」
和「ビーム撹乱膜弾を使うわ。」
紬「でもアレは…」
ビーム撹乱膜は使用の難しい兵器である。これを展開した地域ではビーム兵器が確実に無力化される。それは味方のビームも同じである。
短時間といえど味方の行動を制限する兵器は、使うことを嫌がられる。
ビーム撹乱膜はその最たるもので、和たちのようなパトロール部隊が使うには上級部隊への申請と許可が必要なのである。
そんな時間は無かった。
和「事後承諾で行くわ、これ以上、戦力を傷つけられるわけには行かない。」
和「鈴木伍長、前方デブリ群手前100に撹乱膜を展開!」
純「諸元出ました!船体取舵42、上げ舵13、前部ミサイル発射管1から12番、撹乱膜弾、2発。」
操舵手「取舵42、上げ舵13!」
純「MS隊射線より退避完了!発射管、発射準備完了です!!」
和「発射!撹乱膜展開と同時にMS隊は突撃!!」
…
モブ子「α4を発見!射撃方向を計算中…右へ68、下へ26。」
茜「よくやったわ、モブ子!」
モブ子「ミサイル接近!!」
茜「脅しよ!!貰った!!」
茜がトリガーを引いた瞬間、24発のミサイルが破裂した。
ビームは手持ち花火のように拡散していた。
茜「ビーム…撹乱膜…?」
モブ子「茜、敵が接近してくるわ!!撃って、撃ってよ!!」
茜「ビームが効かない!キャノンで援護して!!格闘戦をやるわ!」
ジムスナイパーカスタムが、ビームサーベルを発振する。
モブ子「敵が多すぎるのよおおおおおお!!!」
モブ子の機体はジムキャノンである。
支援機であるためサーベルは持たない。
この状況で唯一効果のある肩の180ミリキャノンを迫り来る敵に連発しているが、なかなか当たらない。
モブ子「あかね…助けて!…こっちくる…いやあああこないでえええ!」
キャノンはリックドム一機の肩に命中して左腕をもぎとったが、そのリックドムによってモブ子の機体は真っ二つにされていた。
茜「モブ子おおおおおおお!!」
正面を向き直ると、さっき茜の射撃をかわしたリックドムがヒートロッドを構えて突っ込んできていた。
茜「そんなんでやられるかよ!この下手くそ!!」
茜がリックドムの単調な攻撃をかわした、と思った瞬間、別のリックドムがバズーカを茜のジムの左足に命中させた。膝から下が無くなった。
茜「くそ、AMBACが…」
警報が鳴り、コックピットに衝撃が走る。
今度はマシンガンの攻撃を受けたようだ。
ジムの右手が、サーベルごと無くなっていた。
茜「なんなのよ…なんなのよあんたら…よってたかってええええええ!!!」
さっきの単調なリックドムが、モニターに写りこんだ。
茜は、モニターが割れてコックピットがひしゃげるのを、見た。
…
唯は、敵のジムを貫いたとき、頭の中に見たことのない情景が広がるのを感じた。
ポニーテールの女の子が、公園で暮らしている。
父親は傭兵で、雑草の中から食べられるものを、教えてくれた。
見たことのない楽器を吹いている。
ユーフォニアム、と言っていた。
父親が、歩兵の戦い方を、熱を込めて語っている。
撃ったら移動、敵に見つからないように…
あのジムのパイロットだ、と唯は思った。
高校に入ったら、部活でユーフォニアムを吹きたいと言っている。
唯は、信じられないものを、見た。
自分たちのティータイムに、あの子が参加していた。
みんなで一緒に、笑っていた。
お茶を飲んでいる唯が、こっちを見て囁いた。
違うふうに会えれば仲良くなれたのに、デビちゃんを殺しちゃったね。
唯「わあああああああああああああ!!!」
梓「唯先輩、どうしたんですか!?唯先輩!!」
唯「頭が…痛い。痛いよお…ゴメンなさい…。」
片腕のないリックドムが唯に近づく
律「おい、唯、しっかりしろ!もう敵はいないぞ!」
唯「私が…殺しちゃった…ごめんなさい…ごめんなさい…」
澪「唯、何言ってるんだ…?おかしいぞ!」
紬(やっぱり…唯ちゃん……)
唯は、頭を締め付けられるような痛みに、意識をなくしていった。
気がついたら、医務室のベッドの上だった。
憂と梓が見える。
唯「うい・・・あずにゃん・・・」
憂「お姉ちゃん!!よかった…」
梓「唯先輩…」
唯「あれ…私…どうして…?」
梓「敵を倒したあと、急に苦しみだしたんです。覚えてませんか?」
唯「そうだった…私…」
梓「先輩、さわ子先生の敵をとったんですよ!」
唯「うん…そうだね。」
憂「お姉ちゃん!?」
唯「うい…もう少し…寝かせて…」
唯は、再び深い眠りに入っていった。
…
和がビーム撹乱膜を無許可で使用したせいで、ブオンケ全体が謹慎中であった。
任務も与えられないが、訓練も出来ない。
律は、不安に打ちひしがれていた。
律「はあ、はあ、はあ、はあ…」
律(なんで、体が震えんだよ…澪じゃああるまいし…)
律は、帰艦した後、自機を見て驚愕した。
左手が吹き飛ばされたのはモニターで確認していたが、降りてみるとその損傷が生々しすぎたのである。
少しずれていたら、コックピットだった。
生還したものの、生きた心地がしなかった。
自分は亡霊になってしまっているんじゃないかとも考えた。
何度も澪に、紬に、話しかけた。
ペラペラと、饒舌に笑い話を。
そうしているうちに、急に空元気を出している自分が虚しくなった。
律は、走り出していた。
そして、ベッドに潜り込んだ。
澪「律、居るのか?」
澪が部屋に入ってきた。
こんな自分を見せたくない。嫌だ、嫌だ。
律「来ないでくれ!!」
澪が、近づいて来る。
澪「律も、怖かったんだな。」
一番言われたくないことを言われ、律の頭に血が登った。
ベッドから起き上がり、澪に掴みかかる。
澪は逃げようともしなかった。
澪「私ばっかり甘えて、ごめんな。」
律は、澪の胸に顔を押し付けて、泣いた。
今まで我慢していた分、辛かった分を、すべて吐き出すように。
気がつくと、澪をベッドに押し倒していた。
部屋の外では、紬がドアに耳を押し当てながら鼻血を流していた。
第五話 初陣! おわり
最終更新:2011年02月02日 04:42