カーテンの隙間から眩しい光が差し込む。
ここのところ曇りがちだった空はからりと晴れ渡り、春の訪れを告げていた。

「ん……眩しい……」

カーテンを閉めようと手を伸ばすが、窓と自分の間に何かがあって手が届かない。
これは何だろう。柔らかくて、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。規則的に上下する胸部は控えめに膨らんでいて、顔をうずめたい衝動にかられる。

「あ……れ?」

今彼女の口から漏れるのは、いつものふわふわとした言動ではなく幼い少女のように安らかな寝息。
いつも前髪を留めているピンを外して、代わりに頭に乗せているのはいつかあたしがプレゼントしたナイトキャップ。

「……唯」

そう、それはあたしの愛しい恋人だった。

唯の顔を見たら眠気が吹き飛んだ。
これは愛情の為せる技だろうか?

……自分で言ってて寒いな……

取り敢えずカーテンを全開にして朝日を取り込む。
おお、気持ちいいぜ。ついでに窓も開けると風が吹き込んできた。春とはいえまだ肌寒く、背筋が粟立つ。

「うっひゃあ、いい眠気覚ましだな」

ううん、と呻いて寝返りをうった唯の布団を剥ぎ取り、馬乗りになる。

「ほら、起きろ」

「うー、寒いよ憂ー!!」

「憂ちゃんじゃなくて愛しのりっちゃん様だぞー」

唯はじたばたと暴れていたが、あたしの発言にピタリと動きを止めた。

「りっちゃん?」

「おう」

「りっちゃあああぁぁぁん!!!」

唯はあたしの顔を見るなり、馬乗りの体勢のあたしの肩をがっちりと掴んで、自分の方へ引き寄せた。

「ちゅー!」

強引に唇を奪われた。勿論抵抗する気など起きず、寝起きなのに甘ったるい味がする唯の唇を貪る。
脳髄がドロリと溶け出したかと思う程に強い快感がやってきて、思わずギュッと目を瞑る。
初めてした時からそうなのだが、唯のキスはあたしを狂わせる。
やっと解放された頃には、あたしはもうクラクラだった。

「次はおでこね」

唯は余裕しゃくしゃくといった表情で、あたしの前髪をかきあげる。

「りっちゃん、おでこまで真っ赤だよ?」

恥ずかしくて言い返そうとするも、唯の唇があたしの額に触れた瞬間に、言葉は甘い吐息に変わる。

「……唯はずるい」

「りっちゃんこそ、こんなに可愛いなんてずるいよ」

余計に赤面してしまい、抑えようとしてどんどん悪化していく。
額にちゅっちゅっ、と軽いキスを繰り返したかと思えば、額を舌先でつんつんとつついたりする。

「気持ち悪い」

つい悪態をつくけど、本音は違う。
真っ赤なのは気持ち悪くて羞恥にかられているから。そう自分に言い聞かせているんだ。

「嘘だぁ、こんなにしっかり抱き着いてる癖にー」

しかしそんな事唯にはバレバレだったようで、しっかりホールドされたまま額をねぶられる。
というか、気付かないうちにあたしも唯に抱き着いていた。耳が熱い。

「次はここかな?」

唯が耳に息を吹きかけてきた。

「んひゃっ!?」

びっくりして変な声を上げてしまう。

「りっちゃん……ずるいよ」

唯が急に目を伏せたので、慌てて顔を覗き込む。

「どうし……ーーっ!?」

急に耳を噛まれた。そっと突き立てられた硬さにまた声を上げそうになったが、今度はなんとか噛み殺す。

「なんで声我慢するの?可愛いのに」

「可愛くなんか……だって……おかしーし……」

「可愛いよ」

唯はまた優しくはむはむと耳を口に含む。

「や……ぁ」

「ふぁわいい……」

「ちゅっ、ぴちゃ……ふぅ」

やっとあたしの耳が解放される。気持ち良さのあまり、蕩けて無くなるかと思った。

「ほら、そろそろ起きなきゃ……」

「りっちゃん」

唯は起き上がろうと腕を立てたあたしの首に手をまわした。

「しよ?」

熱に浮かされた瞳は、うるうると光を揺らしている。
そんな眼に、あたしは吸い込まれそうになって……

「……ん、わかった」

つい頷いてしまった。

「ふふ、わぁい!」

無垢な子供のような口ぶり。しかし唯の脚の間にあるあたしの太股は、唯のそこが確かに熱く、湿り気を帯びている事を機敏に感じ取っていた。

………

「ふふ」

「どうした?」

ほのかに湿ったシーツの上で、唯が満足気に微笑む。

「講義、サボっちゃったね」

「まあ今日の講義はあたしも唯もサボって平気なやつだし……」

「あれ?りっちゃん現国ヤバいかも~って言ってなかったっけ?」

コイツ、こんな余計な事ばっかりきちんと覚えてやがる。

「良いんだよ、まだ余裕あるし」

「まあ、私とシたかったんなら仕方ないねー」

憎たらしいやつだ。お仕置きに、首筋にキスマークを付けてやった。

「よしよし、りっちゃんはホントに可愛いなぁ」

二人してノロノロとベッドから這い出してキッチンへ行く。
調理の準備をしつつ時計を見ると、短針は10時と11時の間を指していた。
あたしが唯を起こしたのは8時頃だったはず。つまり……

「それにしても、ずいぶん張り切っちゃったねえ」

驚いた事に、あたしの知らない所で唯は読心術を会得していたらしい。

「朝ごはんも食べないでこんなにしちゃうなんて……やっぱりりっちゃんはずるいなあ」

唯はそう言うと、恋人の為にせっせとベーコンエッグを作っているいじましいあたしの背中に抱き着いて来る。

「可愛いし、優しいし、お料理も出来る。
いい恋人を持って、私も鼻が長いよー」

「唯……鼻が長いじゃなくて、鼻が高いだろ?」

私に指摘されて慌てふためく唯。
今のはわざとだからね!と何度も主張してくるのを知らんぷりし続けてベーコンをひっくり返すと、遂にふて腐れてダイニングテーブルに腰掛けた。

「ふんだ!りっちゃんのエッチ」

おい待て、そこは普通馬鹿とかアホとかだろうが。


遅い朝食を食べ終え、二人でグダグダとテレビを眺める。

ちょうど懐かしいアニメの再放送が入っていたので、やることのないあたし達は隣り合って画面に目を向けた。

きっと今頃携帯には、澪あたりからメールか電話が来てるだろう。でも今日は唯とダラダラする事に決めたんだ。
たまには何もしない日も大切なのさ。

「これ懐かしいー!私と憂でよくごっこ遊びしてたんだよ」

唯は、テレビの中の過剰な程に目が光っている少女を見て目を細める。
何となく、あたしの知らない唯を見ているような複雑な気分になっていると、突然膝に座ってきた唯に視界を埋められた。

「もう、りっちゃんは嫉妬深いなあ。一緒にごっこ遊びする?」

しまった、どうやら表情に出ていたらしい。
唯の腕が腰にまわされ、艶やかな唇が耳元に近付けられて……

「ピーリカピリララ……」

「やめい!」

ごちん!と唯の頭に拳を落とす。勿論軽くだが。

「いったーい……もお……」

ぶたれてムスッとしていた唯が堪え切れないように噴き出したのを皮切りに、私達は大声で笑い合う。
うん、やっぱりこんなだらけた平日も悪くないな。
学生の特権というやつだろう。きっと。

アニメの再放送も見飽きたので、何かやることを模索。
最近は休日の度にデートスポットを巡っていたので、今日は思い切りダラダラしようと二人で決めたのだ。

「あ、りっちゃん!人生ゲームがあるよ!」

唯が手に持っていたのはパーティーゲームの王様だった。捨てたつもりだったのに、どこかの荷物に埋まっていたのか。

「それは友情ブレイカーだから駄目」

「友情じゃなくて愛情だから大丈夫だよ!」

ふんす、と意気込む唯。でも私はそのゲームがどうしてもやりたくない。だって、

「結婚しなきゃ、駄目じゃんか」

「!」

唯がハッとした表情をする。気付かなかったのか、やれやれ。
相変わらず唯は、変な所ばっかり鋭い癖して普段は基本鈍いから困る。

あたしはこれまで、何度も何度も自分が男だったら良かったのにと思った。

一般人からすれば、女同士の恋愛は絵空事で、実際にはそうそう受け入れられるものではない。
それで傷付いた事も沢山あったし、やり切れない思いも沢山した。
それでも私の我が儘に付き合ってくれる唯に、私は負い目を感じていたんだ。いや、今もそう。何かある度にもしも私が男だったら唯を幸せに出来たのにと考えてしまう。

一度だけあたしがこの事を唯に言った時、唯はあたしをきつくきつく抱きしめてこう言った。

「りっちゃんはりっちゃんだもん。
男の子なりっちゃんなんてりっちゃんじゃない。りっちゃんは女の子だからりっちゃんなんだよ!」

その時、凄く救われた気分になったけど、同時にやっぱり悲しい気持ちになって泣いてしまった。
こんなに優しい唯を、本当に幸せには出来ないと思うと、悔しくて仕方なかったから。

今は、少なくとも唯の前ではそんな素振りは見せないよう心掛けているつもりだったけど、つい口に出してしまった。どうやらまだまだ精進が足りなかったようだな。

「りっちゃん……」

唯は若干悲しそうな顔をしている気がする。
悪かった、と謝りたいが、口が開かない。何故だろう、さっきまであんなにペチャクチャとお喋りしていたこの口は、いざという時に限って固く閉ざされてしまう。

もどかしくて涙が出そうになったとき、唯はおもむろに人生ゲームの箱を開いた。

「おいでりっちゃん」

唯は手際よく準備をすると、あたしに向けてちょいちょいと手招きする。
あたしは首を横に振ったのに、いいから!と言って手を引っ張られ、膝の上に座らされた。

「ほら、二人で一つの駒をつかおう!
最初から最後まで二人乗りだから、勝手に結婚しちゃ駄目だよ?」

そう言って唯はにっこり笑う。

「私はもう、一生りっちゃん以外の誰かを好きにはならない!例えりっちゃんが嫌がっても、神様に誓って絶対!
……りっちゃんは、どう?」

今までで一番、唯がずるいと思った。
そんな事言われたら、あたしは泣くしかないじゃんか。
ただでさえ喋れなくて困ってるのに、嗚咽に呑まれて何にも言えなくなっちゃうよ。

「ぅえ……」

「ふふ、よしよし」

唯の胸に顔をうずめると、頭を優しく撫でられる。
感情があたしの許可もなく勝手に高ぶり、声帯を震わせた。

「ふええええぇぇぇん」

「いいこいいこ」

背中をさすられて、あたしは何もかもぶちまけるみたいに泣き喚いた。

「あ、あたし、もぉ……」

「うんうん」

「ゆ、ヒック!、ゆい、しか、ゆい、し、ヒック、かぁ」

「ゆっくりでいいよ、落ち着いて」

「う、ヒック!、うん……ゆ、ゆいしか、すき、すきじゃ、な、ないか、らぁ」

「……嬉しいよ、りっちゃん」

「ゆいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!」ギュッ

「……りっちゃん」ギュウ


結局人生ゲームはやらなかった。
唯と抱き合ってるうちに泣き疲れてソファーで眠ってしまったらしく、温かい夕飯の薫りで目覚めた時には時計の短針はpmの7時をまわっていたからだ。

慌てて跳ね起きると、ちょうど唯が鍋を抱えてこちらに歩いて来ている所だった。

「あ、りっちゃんおはよ!」

唯は起き上がっている私を見るとトテトテと駆け寄って来て、テーブルに鍋を置いた後にあたしの膝に座った。

「おでこにちゅー」

「ひゃっ!」

額に軽く唇が触れ、それだけで心が暖かくなる。

「もう……」

「えへへ……あ!せっかく私が作ったシチュー、早く食べないと冷めちゃうよー?」

にへら、と唯が笑うと、それだけであたしの視線は釘付け。
でも、あたしだけ唯に夢中なのは悔しいから唯に一度だけぎゅっと抱き着いて、それからとびっきりの笑顔を浮かべた。

「ああ、そうだな!」



おしまい





最終更新:2011年02月01日 05:45