…
両手首に、圧迫感。
体勢を変えようとして、身体を動かすと、両足首にも圧迫感。
口の中が不自然に乾燥していて、つばを嚥下しようとして、失敗してえずく。口が、閉じられない。
目を開くと、そこは、薄暗いコンクリートの部屋。
すえた匂い。蝿の羽音。それらに混じって、嗚咽。うなり声。
ここは一体、どこだろう?
切れかけた電球が、唯一の明かり。
その僅かばかりの明かりを、ふっと、大きな陰が遮り、私は反射的に視線を向ける。
梓「…っ!」
全裸の、ぶよぶよに太った中年の男が、薄ら笑いを浮かべながら立ちはだかっている。
叫び声を上げようとして、でも口が閉じられなくて、おあー、と、変なくぐもったうなり声だけが絞り出される。
今更のように気づく。
口は、金属製の器具で開いたまま固定されていた。
両手足は後ろでまとめて固定されている。正座で、後ろ手に組んで、それらをひとまとめに括ったような感じ。これで、ほぼ身動きが取れない。
唯一、自由に動く首を巡らせると、そこには憂が居た。
憂も、私と同じように、全裸で両手足を拘束され、同じように金具で口を開いたまま固定されていた。
私と違うのは、更に鼻の穴にフックのような物を着けられ、つり上げられていた事。これで、首を動かすことすら出来ない。
憂も、私と同じように、あー、あー、と、くぐもったうなり声を上げ、ぼろぼろと涙をこぼしている。
その正面に、男は立っていた。
その股間の、屹立した汚らしい男性器を、しゅっ、しゅっ、と、擦り上げながら、徐々に憂に近寄って行く。
男「ふひひひっふひ」
憂「あー、あー、…おあー!あー!」
しゅっ、しゅっ、しゅっ、と、男は醜い顔を更に歪めながら、男性器を擦り続ける。
憂は顔を背けようとして、でも鼻が固定されて、身動きがとれず、否応無しにその男性器を真正面からとらえ続ける。
憂は可愛い。整った顔立ち。愛らしい目。鼻。口。おおよそ、人に愛される為に生まれて来たような、愛くるしい顔。
その顔が、今はフックでつり上げられ、豚そっくりに変形し、開かれた口からは止めどなくよだれがこぼれ、最早それはただのメスの動物のそれに成り果てていた。
そして、その存在意義は、目の前の不細工な中年の、男性器から迸る、それを受け止めるためだけの存在に成り果てていた。
憂は、精液便所になっていた。
憂「あー、おあー!あー!」
男「ふひっ!ふひひひっ」
しゅっ!しゅっ!しゅっ!
ぷしゅ、と、音がして、男は射精した。
狙いを定めて。
ぴゅ、ぴゅ、と、白濁した液体が、憂の顔面に、髪に、そして口内に、ぼと、ぼと、と、まき散らされた。
憂「あ、、お…、あ、あ…」
ぼろぼろと、涙をこぼす。
男は、顔中に散った精液を指でかき集め、口の中に塗りたくる。男性器に残った精液を、性器ごと直接顔になすり付け、それも全てかき集めて口に運ぶ。
そして、横に備え付けてあったペットボトルの水を注ぎ、無理矢理嚥下させた。ご丁寧に鼻をつまんで、精液ごと飲み干さないと呼吸が出来ないようにして。
人間としての尊厳をぼろぼろに破壊され、憂は正気を保つのもやっとだっただろう。
…憂の奥にも、人の気配があった。あれは多分、純だろうか。反対側に首を向けると、澪先輩。その奥には唯先輩。その更に奥は、多分律先輩。
皆、憂とお揃いの鼻フックで、豚そっくりの顔の便所になっていた。
唯先輩は、ばしゃばしゃと小便をかけられ、それを飲まされていた。澪先輩は、胸を鷲掴みにされながら男性器を直接口の中に入れられ、喉を犯されていた。
憂の前から、その中年の男が去ると、その後ろに並んでいた男が、薄ら笑いを浮かべながら、憂の前に立ちはだかった。
憂「…あー!あー!」
もう、やめてくれ。やめてくれ。
不意に、人の気配。
おそるおそる、私は正面に首を向ける。
そこには、さっきに中年に負けず劣らずの、汚らしい風浪者の様な中年の男が…!
驚愕する私の意思は一切関係なく、私も憂と同じように、鼻にフックを掛けられ、頭を固定された。豚そっくりの顔で。
男「はあー、はあーっ」
しゅっ、しゅっ、しゅっ!
…そうして私も、精液便所になった。
…
倒錯していました。屈折していました。
徐々に分かったのは、私の異常な性癖でした。
梓「はあ…はあ…」
事を終え、私はその本を枕元に伏せました。
私はMだったようです。それも極めて本格的な。
梓「これは…名作だった…」
タイトルは何のひねりも無く、「べんじょ!」というもので、絵もなんとなく乱雑でしたが、どことなくリアルでダークな雰囲気が、このシチュエーションとマッチして、何とも言えない完成度になっていました。
梓「でも、やっぱり、犯されるなら唯先輩がいい。…唯先輩じゃないと、やだ。…でも、憂。憂が、こんな風に、便所にされるの、凄い良い」
唯先輩には、いじめられたい。憂は、いじめたり、もしくはいじめられているのを見たい。
…単純に、一方的なMという訳ではなく、人物によって嗜好性が変わる、という感じなのでしょうか。そうすると、単純にMというわけでもないのでしょうか。
思い返してみれば、この本についても、おかずになったのは主に憂でした。
他のメンバーも、同じくらいの描写があったのですが、専ら憂でした。
唯先輩がおしっこを飲み干すのも、確かにくるものがありましたが…やっぱり、なんか、違うのです。
梓「でも、これは…10点だよね。うん」
私はシートに、大きく「10」と書き込み、感想を書き入れました。「強いて言うなら、虐められるのは憂だけの方がより良かった」
このやりとりは、既に1ヶ月ほど継続され、シートは既にクリップで何枚も留められていました。
いろんなシチュエーションの本を、既に50冊近くは読んだでしょうか。
ぱらぱらと、シートをめくります。今まで、10点をつけたのが、これを含めて4冊。
一冊目は、二日目にもらった、憂と私が唯先輩のペットになる話。二冊目が、原点に戻って、初めて読んだ、唯先輩とキスする話。(多分に、思い出補正。)
三冊目は、なぜか私に男性器が生えてしまい、けいおん部の先輩のみなさんに犯される話。
唯先輩の膝の上に乗って、キスしながら、手でしこしこされながら…唯先輩のお尻や胸をモミモミするシーンは、それだけでも三杯くらいはイケます。
そして、今回の、憂が便所にされる話。
梓「さて…」
ノートPCに向かい、「べんじょ!」を検索しました。600円。うん、良心的。
8点以上は、無条件に購入。7点以下は、ものによっては購入。
そんな感じで、すでに10冊近く、購入していました。ちょっと金銭感覚が変わったような気もしますが、まあたいした問題じゃあないでしょう。
ブー、ブー
梓「ん…メール。あ…唯先輩」
晩ご飯の写メールでした。憂が作った料理と、唯先輩と憂。やっぱり仲いいなあ。くすり。
ブー、ブー
立て続けに、もう一通。また唯先輩。
「今、電話してもいーい?」
梓「…なんだろ」
「どうぞ。」
続いて、着信。
梓「…あ、もしもし、唯先輩?」
唯『やっほー、あずにゃん』
梓「どうしたんですか?」
唯『えーっとね、えへへ…』
梓「…?」
唯『あのね、ちょっとね。えーっと、今何してたの?』
今、ナニ、してたの?
梓「…別に。本読んでました」
唯『そうなんだあー。えへへ』
その日に限って、唯先輩は非常に歯切れが悪く、何のために電話して来たか全く分かりませんでした。別に、世間話をするとか、暇だから話し相手になって欲しいとか、そんなのでもなく、…本当の用事を、なかなか切り出せないでいる様な…
梓「…唯先輩。何の用ですか?」
唯『…えーっとね。あのね、ちょっと教えて欲しい事があって…』
何となく、嫌な予感がしました。
ここ最近、私は、本にハマってしまって、私生活のかなりの割合を「こちら側の趣味」に費やしてしまっていました。
ギターを触る時間はかなり減っていました。部活も、「練習しないなら帰りますんで」と言って、実際にさっさと帰ってしまう事が多くなっていました。
授業中は、基本的にはうとうとしていて、暇な授業は殆ど寝ていました。夜更かしして、「読書」したり、ネットを見る生活が常体化してしまっていたのです。
唯『あずにゃん、さあ。なんか、最近ちょっと、雰囲気が変わったかなーって。あ、別に変な意味じゃないよ!あの…』
梓「…」
唯『ちょっとね、その、りっちゃんとか、その、結構心配してて…』
梓「…」
唯『あと、その…ね?憂とかが、ちょっと。あのね、えーと…』
梓「…」
唯『最近、ね?ちょっと、あずにゃんの視線が、ちょっとね、なんか…えーと、…怖いっていうか…変だって、言ってて…』
梓「…」
唯『それでね?あずにゃん、最近、変な人たちとつきあったりしてない?』
梓「…なんですか、それ?」
唯『あ、あのね?別にそう言うんじゃなくてね…?ただ、ちょっと、憂もその…心配してて。授業中も寝てるし、部活も帰っちゃうし。皆といても、そのなんか楽しそうじゃ無いし…』
梓「唯先輩…率直に聞きたいんですが」
唯『あ、な…なあに?』
梓「鞄見ました?」
唯『…あ…!あのね…そういうんじゃなくて…ね?』
ぽち。ぷー、ぷー。
…。
……。
頭が、真っ白でした。
直後、着信が来たので、即座に切りました。電源も落としました。
梓「…見られたんだ」
今日、だろうか?今日だとすると、鞄の中には、さっきの本と、あと、比較的ノーマルな三冊。
いや。全部、普通に見ればアブノーマルなんだ。私が、もう慣れてしまっただけで。最初は、唯先輩とキスする内容だけで、あんなに取り乱したじゃないか。
梓「…もうだめだ」
おそらく、もう、関係は修復不能でしょう。もう、無理。絶対無理。
両親にも、今までに出来たどんな親しい友達にも、誰にも相談した事がありませんでしたが、…私は多分、同性愛者です。
小中と、特に好きな男の子も出来ず…そして高校で、初めて好きになった人が、唯先輩でした。
梓「もうだめだ」
でも、今の関係を壊したくなくて。私はずっと、我慢して来ました。
でも、唯先輩のスキンシップは、暴力的で。理性を保つのがやっとで…
そんな中、擬似的とは言え、私の想いが成就している内容の本に、私は我を忘れて夢中になってしまったのです。
振り返ってみれば、私のここ一ヶ月の変容ぶりは、露骨だったんだと思います。
直接的には口に出さなくても、多分皆不審がっていた事でしょう。
仲良くしている憂や純を視姦した事もありますし、じゃれあっている澪先輩や律先輩を視姦した事もあります。
いや、した事がある、なんてもんじゃなくて、最近は常にそう言う事しか考えていませんでした。
多分、それは、自分が思っている以上にバレバレだったに違いないのです。
でも…普通、友達がそんな事考えてるなんて、思うでしょうか?思ったとして、それを口に出せるでしょうか?
きっと、自分が邪推してしまっているだけだと、自分に問題があると、大抵の不信感はスルーするものです。
なんとなく、察してしまいながらも、それでも友達に対して、そんな疑惑をストレートにぶつけられる訳も無く…少しずつ、少しずつ、猜疑心が蓄積されていったに違いないのです。
そして、今日、先輩方の私に対する猜疑心が許容範囲を超えて、私の秘密が暴かれてしまったのです。
そして、その猜疑心が事実だった事を知り…
確認するまでもなく、私たちの関係は…終わりました。
全ては、私の異常な性癖のせいで。
…
…翌日、私は学校を休みました。
ベッドに倒れ込むように、トイレと食事以外、ずっと寝て過ごしました。
目が覚めては、枕に顔を埋め、ぼんやりと、睡魔がくるのを待って、気がつくと眠っていて…
そんな事を、何時間も続けて。
気がつけば、外は薄暗くなっていました。
ピンポーン
梓「…ん…」
インターホンの音。
今、家には誰もいません。正確には、私以外の誰もいません。
唯一、この家にいる住人は、来客を迎える気がありません。なので、来客はあきらめて帰るしかありません。帰るしか、なかったはずです。
ピンポーン
…ずっと、無視し続けて、もう30分以上、経ったでしょうか。
1分に一回くらい、ピンポーン、ピンポーンと、インターホンが鳴り続け…私はとうとう、根負けして玄関に向かいました。
来客の見当は、だいたいついていました。
ガチャ
唯「…やっほー」
梓「…唯先輩」
…私は、無言で唯先輩を招き入れ、唯先輩も無言で入って来て…今、二人で、リビングで向かい合っていました。
唯先輩は、紅茶の入ったマグカップに口をつけ、一息ついて、ようやく切り出しました。
唯「…あの、あずにゃん。昨日はごめんね?」
梓「…なんで、唯先輩が謝るんですか」
悪いのは、私だ。
唯「…だって、勝手に、その…鞄…」
私が視線を向けると、唯先輩は、ふいっと、目を逸らしました。後ろめたいのか、それとも、気味悪がって目も合わせたくないのか…
多分、後者。本当は、今日ここに来るのだって、嫌だったんだと思います。
それでも…唯先輩は、優しいから。私が今日、学校を休んだのが、自分のせいだと思い込んで、来てくれたのです。
唯「あのね、あずにゃん?多分、その…あれ、見られて、あずにゃん凄く怒ってるよね?」
梓「…怒ってるといいますか…だって、あんな内容ですから…皆さんとはもう、一緒に居られないかなと…」
唯「あのね、あずにゃん?そんなに、状況、悪くないの。みんな、そんなに、気にしてないんだよ?」
梓「…」
唯「その、気にしてないっていうか…その、心配しているの。あずにゃんの事。皆、凄く」
梓「…」
唯「最近、授業中も寝てばっかりだよね?憂から聞いてるよ。ギターもなんだか、あんまり触ってないよね?話しかけても、上の空だし、あずにゃん最近、ちょっとおかしいよ」
梓「…」
唯「だからね?その、あの…鞄に入ってた本。あれね?あれのせいなんだとしたら、その…」
梓「…唯先輩。別に、あの本のせいじゃないですよ。私、昔からこうなんですよ」
カミングアウト。
梓「私、レズなんです。女の子が好きなんですよ」
唯「…」
最終更新:2011年02月01日 03:40