倒錯していました。屈折していました。

徐々に分かったのは、私の異常な性癖でした。

梓「はあ…はあ…」

事を終え、私はその本を枕元に伏せました。

私はMだったようです。それも極めて本格的な。

梓「これは…名作だった…」

タイトルは何のひねりも無く、「べんじょ!」というもので、絵もなんとなく乱雑でしたが、どことなくリアルでダークな雰囲気が、このシチュエーションとマッチして、何とも言えない完成度になっていました。

梓「でも、やっぱり、犯されるなら唯先輩がいい。…唯先輩じゃないと、やだ。…でも、憂。憂が、こんな風に、便所にされるの、凄い良い」

唯先輩には、いじめられたい。憂は、いじめたり、もしくはいじめられているのを見たい。

…単純に、一方的なMという訳ではなく、人物によって嗜好性が変わる、という感じなのでしょうか。そうすると、単純にMというわけでもないのでしょうか。

思い返してみれば、この本についても、おかずになったのは主に憂でした。

他のメンバーも、同じくらいの描写があったのですが、専ら憂でした。

唯先輩がおしっこを飲み干すのも、確かにくるものがありましたが…やっぱり、なんか、違うのです。

梓「でも、これは…10点だよね。うん」

私はシートに、大きく「10」と書き込み、感想を書き入れました。「強いて言うなら、虐められるのは憂だけの方がより良かった」

このやりとりは、既に1ヶ月ほど継続され、シートは既にクリップで何枚も留められていました。

いろんなシチュエーションの本を、既に50冊近くは読んだでしょうか。

ぱらぱらと、シートをめくります。今まで、10点をつけたのが、これを含めて4冊。

一冊目は、二日目にもらった、憂と私が唯先輩のペットになる話。二冊目が、原点に戻って、初めて読んだ、唯先輩とキスする話。(多分に、思い出補正。)

三冊目は、なぜか私に男性器が生えてしまい、けいおん部の先輩のみなさんに犯される話。

唯先輩の膝の上に乗って、キスしながら、手でしこしこされながら…唯先輩のお尻や胸をモミモミするシーンは、それだけでも三杯くらいはイケます。

そして、今回の、憂が便所にされる話。

梓「さて…」

ノートPCに向かい、「べんじょ!」を検索しました。600円。うん、良心的。

8点以上は、無条件に購入。7点以下は、ものによっては購入。

そんな感じで、すでに10冊近く、購入していました。ちょっと金銭感覚が変わったような気もしますが、まあたいした問題じゃあないでしょう。

ブー、ブー

梓「ん…メール。あ…唯先輩」

晩ご飯の写メールでした。憂が作った料理と、唯先輩と憂。やっぱり仲いいなあ。くすり。

ブー、ブー

立て続けに、もう一通。また唯先輩。

「今、電話してもいーい?」

梓「…なんだろ」

「どうぞ。」

続いて、着信。

梓「…あ、もしもし、唯先輩?」

唯『やっほー、あずにゃん』

梓「どうしたんですか?」

唯『えーっとね、えへへ…』

梓「…?」

唯『あのね、ちょっとね。えーっと、今何してたの?』

今、ナニ、してたの?

梓「…別に。本読んでました」

唯『そうなんだあー。えへへ』

その日に限って、唯先輩は非常に歯切れが悪く、何のために電話して来たか全く分かりませんでした。別に、世間話をするとか、暇だから話し相手になって欲しいとか、そんなのでもなく、…本当の用事を、なかなか切り出せないでいる様な…

梓「…唯先輩。何の用ですか?」

唯『…えーっとね。あのね、ちょっと教えて欲しい事があって…』

何となく、嫌な予感がしました。

ここ最近、私は、本にハマってしまって、私生活のかなりの割合を「こちら側の趣味」に費やしてしまっていました。

ギターを触る時間はかなり減っていました。部活も、「練習しないなら帰りますんで」と言って、実際にさっさと帰ってしまう事が多くなっていました。

授業中は、基本的にはうとうとしていて、暇な授業は殆ど寝ていました。夜更かしして、「読書」したり、ネットを見る生活が常体化してしまっていたのです。

唯『あずにゃん、さあ。なんか、最近ちょっと、雰囲気が変わったかなーって。あ、別に変な意味じゃないよ!あの…』

梓「…」

唯『ちょっとね、その、りっちゃんとか、その、結構心配してて…』

梓「…」

唯『あと、その…ね?憂とかが、ちょっと。あのね、えーと…』

梓「…」

唯『最近、ね?ちょっと、あずにゃんの視線が、ちょっとね、なんか…えーと、…怖いっていうか…変だって、言ってて…』

梓「…」

唯『それでね?あずにゃん、最近、変な人たちとつきあったりしてない?』

梓「…なんですか、それ?」

唯『あ、あのね?別にそう言うんじゃなくてね…?ただ、ちょっと、憂もその…心配してて。授業中も寝てるし、部活も帰っちゃうし。皆といても、そのなんか楽しそうじゃ無いし…』

梓「唯先輩…率直に聞きたいんですが」

唯『あ、な…なあに?』

梓「鞄見ました?」

唯『…あ…!あのね…そういうんじゃなくて…ね?』

ぽち。ぷー、ぷー。

…。

……。

頭が、真っ白でした。

直後、着信が来たので、即座に切りました。電源も落としました。

梓「…見られたんだ」

今日、だろうか?今日だとすると、鞄の中には、さっきの本と、あと、比較的ノーマルな三冊。

いや。全部、普通に見ればアブノーマルなんだ。私が、もう慣れてしまっただけで。最初は、唯先輩とキスする内容だけで、あんなに取り乱したじゃないか。

梓「…もうだめだ」

おそらく、もう、関係は修復不能でしょう。もう、無理。絶対無理。

両親にも、今までに出来たどんな親しい友達にも、誰にも相談した事がありませんでしたが、…私は多分、同性愛者です。

小中と、特に好きな男の子も出来ず…そして高校で、初めて好きになった人が、唯先輩でした。

梓「もうだめだ」


でも、今の関係を壊したくなくて。私はずっと、我慢して来ました。

でも、唯先輩のスキンシップは、暴力的で。理性を保つのがやっとで…

そんな中、擬似的とは言え、私の想いが成就している内容の本に、私は我を忘れて夢中になってしまったのです。

振り返ってみれば、私のここ一ヶ月の変容ぶりは、露骨だったんだと思います。

直接的には口に出さなくても、多分皆不審がっていた事でしょう。

仲良くしている憂や純を視姦した事もありますし、じゃれあっている澪先輩や律先輩を視姦した事もあります。

いや、した事がある、なんてもんじゃなくて、最近は常にそう言う事しか考えていませんでした。

多分、それは、自分が思っている以上にバレバレだったに違いないのです。

でも…普通、友達がそんな事考えてるなんて、思うでしょうか?思ったとして、それを口に出せるでしょうか?

きっと、自分が邪推してしまっているだけだと、自分に問題があると、大抵の不信感はスルーするものです。

なんとなく、察してしまいながらも、それでも友達に対して、そんな疑惑をストレートにぶつけられる訳も無く…少しずつ、少しずつ、猜疑心が蓄積されていったに違いないのです。

そして、今日、先輩方の私に対する猜疑心が許容範囲を超えて、私の秘密が暴かれてしまったのです。

そして、その猜疑心が事実だった事を知り…

確認するまでもなく、私たちの関係は…終わりました。

全ては、私の異常な性癖のせいで。


…翌日、私は学校を休みました。

ベッドに倒れ込むように、トイレと食事以外、ずっと寝て過ごしました。

目が覚めては、枕に顔を埋め、ぼんやりと、睡魔がくるのを待って、気がつくと眠っていて…

そんな事を、何時間も続けて。

気がつけば、外は薄暗くなっていました。


 ピンポーン

梓「…ん…」

インターホンの音。

今、家には誰もいません。正確には、私以外の誰もいません。

唯一、この家にいる住人は、来客を迎える気がありません。なので、来客はあきらめて帰るしかありません。帰るしか、なかったはずです。

 ピンポーン

…ずっと、無視し続けて、もう30分以上、経ったでしょうか。

1分に一回くらい、ピンポーン、ピンポーンと、インターホンが鳴り続け…私はとうとう、根負けして玄関に向かいました。

来客の見当は、だいたいついていました。

 ガチャ

唯「…やっほー」

梓「…唯先輩」


…私は、無言で唯先輩を招き入れ、唯先輩も無言で入って来て…今、二人で、リビングで向かい合っていました。

唯先輩は、紅茶の入ったマグカップに口をつけ、一息ついて、ようやく切り出しました。

唯「…あの、あずにゃん。昨日はごめんね?」

梓「…なんで、唯先輩が謝るんですか」

悪いのは、私だ。

唯「…だって、勝手に、その…鞄…」

私が視線を向けると、唯先輩は、ふいっと、目を逸らしました。後ろめたいのか、それとも、気味悪がって目も合わせたくないのか…

多分、後者。本当は、今日ここに来るのだって、嫌だったんだと思います。

それでも…唯先輩は、優しいから。私が今日、学校を休んだのが、自分のせいだと思い込んで、来てくれたのです。

唯「あのね、あずにゃん?多分、その…あれ、見られて、あずにゃん凄く怒ってるよね?」

梓「…怒ってるといいますか…だって、あんな内容ですから…皆さんとはもう、一緒に居られないかなと…」

唯「あのね、あずにゃん?そんなに、状況、悪くないの。みんな、そんなに、気にしてないんだよ?」

梓「…」

唯「その、気にしてないっていうか…その、心配しているの。あずにゃんの事。皆、凄く」

梓「…」

唯「最近、授業中も寝てばっかりだよね?憂から聞いてるよ。ギターもなんだか、あんまり触ってないよね?話しかけても、上の空だし、あずにゃん最近、ちょっとおかしいよ」

梓「…」

唯「だからね?その、あの…鞄に入ってた本。あれね?あれのせいなんだとしたら、その…」

梓「…唯先輩。別に、あの本のせいじゃないですよ。私、昔からこうなんですよ」

カミングアウト。

梓「私、レズなんです。女の子が好きなんですよ」

唯「…」


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