梓「…ほんと。ありがとね」

純「いいっていいって」

憂「梓ちゃんが元気ないと、私たちも寂しいし」

純「ところでさー」

梓「?」

純「その相手ってどんな人なの!?」

梓「え!?いやーそれはー…」

純「ここまできて誤魔化さないでよー」

憂「私も聞きたいな~」

梓「憂まで!?」

梓「それは…ごめん。ちょっと今は」

憂「うん。梓ちゃんが言いたくないなら、無理には聞かないよ」

梓「ありがと憂」

純「ま、そこまで突っ込むのも野暮ってもんか」

梓「ごめんね純」



梓「話せる時が来たら、ちゃんと話すから」

純「期待しないで待ってるよー」

憂「うまくいくといいね~」

梓「……うん。頑張ってみる」


―――― ある夜の中野邸 ――――

梓「さて……純の教えてくれたサイトでも見てみよっか」

こんな大事なことを人(ですらないのかもしれないけど)に頼るってのも
われながら情けないと思いつつも、やっぱり一人で思いつくこともないわけで

梓「このサイトだよね」

梓「デートメーカー? ベタな名前…」

梓「まあいいや。さっそくやってみよう」



梓「どっちの名前先にしたらいいのかな?」

梓「…いやいや、ここは先輩をお先にしなければ」

梓「えっと…琴吹紬…中野梓…っと」


『デートメーカーの結果』

10:00 倉庫街で待ち合わせ
12:00 ステーキ屋で食事
15:00 バトミントンで二人の仲が急接近
19:00 中野梓が策におぼれ始める
LA:ST そして…三本締めをしてさようなら

梓「……なにこれ?」

意味分かんない。特に最後のほうが。

梓「内容もかなりハチャメチャだけど」

梓「こんだけ計画立てといて最終的に策に溺れてどうすんのよ……」

梓「しかも三本締めって」

ほんとにこれで行けと?

梓「うーん。でも…」

よくよく考えてみると、前半は悪くないかもしれない

ムギ先輩は2時間サスペンスとかが好きみたいだ。
となれば倉庫街とか興味ありそう。絶対行ったことないだろうし。

私?当然行ったこと無い。正直不安です。
でも、ふと。いつも自分の知らないものに目を輝かせる先輩を思い出した。

……まず間違い無く未知の領域であるここなら、外さない気がする。

ステーキは……琴吹家の食事と比べたら私の行けるところなんて
比べるのもおこがましいんだろう。
でも、普通に憧れてる先輩なら、庶民が行くようなお店でも喜んでくれそうだ。
念の為、決してムギ先輩を悪く言っているわけではないので。

ふと、合宿のバーベキューではしゃぐ先輩の姿を思い出した。

…存外いいのかもしれない。


バトミントン。これは普通に喜んでもらえそう。
このプランで一番マトモだと言ってもいいかもしれない。
またまた、ふと。私が入部したばかりの時に歓迎会と称してピクニックに行った時を思い出す。

はしゃぐ先輩がそこにいます。

これは喜んでもらえそうだ!


梓「あれ?案外行けるんじゃないの?これ」

梓「…そうだよ!いけるいける!」

梓「よーし!これでいこう!」

すっかりやる気になってしまった。

深夜のテンションって怖いです。


―――― 時間は戻りまして ――――

紬「梓ちゃんと二人で?」

梓「は、はい!」

確認するってことは、やっぱり……二人は嫌なのかな?
他の先輩方と一緒じゃなきゃ、ダメなのかな……

紬「まあまあまあまあまあまあ!」

紬「いいわね!行きましょ!」

梓「え?い、いいんですか!?」

紬「あら、誘ってきたのは梓ちゃんよ?」

梓「そ、そうですね。ありがとうございます!」

なんか、変に緊張してたのが馬鹿みたいだ。

紬「ふふ。梓ちゃんとデートなんて。楽しみね~!」

梓「で、ででデートなんて、そんな」

紬「あれ?二人っきりで遊びにいくんだもん。デートでしょ?」

そんな簡単に言わないでください。私、すっごい緊張したんですよ。

……まあでも、こんなところもこの人らしい。
きっと、もっと軽い気持ちで言ってるんだろうけど。それでも今はいい。
なんだかこっちも気が楽になったかも。

梓「…はい!デートですね」

紬「うん!」

ここまで来たら、私も腹をくくらないと。

紬「それで、どこに行くのかしら?」

梓「それなんですけど、私にエスコートさせてもらえませんか?」

紬「まあまあ!」

梓「どうでしょうか?」

紬「ぜひお願いするわ! 楽しみ~!」

こんなに喜んでもらえるなんて。それだけで、私も嬉しい。

梓「それじゃ、10時にここに来てもらえますか」

紬「ここって…」

梓「いわゆる倉庫街です。大丈夫です。周囲の治安はいいらしいので」

紬「まあまあまあまあ…」

神妙な顔つきだ。

…やっぱりまずかったの!!?
よくよく考えればやっぱりおかしいもん!私おかしいよ!?

紬「サスペンスドラマでよく出てくるようなあの倉庫街よね!?」

紬「一度行ってみたかったの~!!」

すいません大丈夫みたいでした


―――― とうじつ! ――――

梓「あっ…ムギ先輩!」

紬「あら梓ちゃん。おはよう。早いわね」

梓「おはようございます! …まだ時間前なのに」

紬「楽しみでつい早く来ちゃった♪」

そう言ってもらえるのはすごく嬉しいけど。
でも、私だって結構早く来たのに、待たせちゃったな……

梓「ごめんなさい。お待たせしてしまって」

紬「いいのいいの。私がしたくてしたことだし」

紬「それに梓ちゃんだって遅れたわけじゃないのよ?」

梓「それはそうですけど……」

紬「ほら!そんな顔しないの」

梓「わっ…」

優しく頭を撫でてくれる。あったかい手。すごく気持ちいい

紬「いいじゃない。それだけ一緒にいられる時間が増えたんだし」

紬「ね?だから気にしないで。せっかくのデートが台なしよ」

梓「は、はい!」

梓「あの…ありがとうございます」

そう言うと、先輩は優しく微笑んでくれた。

改めてムギ先輩と向き合う。
柔らかなイメージにぴったりな、清楚で落ち着いた衣装がとても良く似合っている。
オーラがあるとても言えばいいのか、どこから見ても良家のお嬢様だ。
実際そうなんだけど。

……この少し寂れた倉庫街にはかなり不釣合いのような気がする。
さっきから、少しばかり道行く人達の奇異の視線が痛い。

紬「さぁ梓ちゃん?今日はどこへ連れていってくれるのかしら?」

梓「えっと……」

梓(やばい!そういえばお昼までの予定が白紙だよ!)

梓(あの大雑把な予定だけでいける気になってたー!)

梓(わたしのバカー―!!)

紬「…ねぇ、もしお昼まで予定がないなら、少しここらへんを散歩しない?」

梓「え、はい! …実は昼食まで具体的な予定がなかったので」

梓「先輩がそうしたいなら、私はぜひ」

紬「やった! 一回こういう所をゆっくり歩いてみたかったの」

気を使ってくれたのかな? きっとそうなんだろう。
早速へましてしまった自分が情けない。

でも、当の先輩はそんなことを微塵も感じさせないくらいはしゃいでいる。
ううん。実際気になどしていないんだ。
きっと。それくらいおおらかな人だから。


この人はいつもそう。

さりげなく。けれども決して間違わず。
魔法のように場を取り持ってしまう。

それに私たち軽音部がどれだけ支えられてきたか。
言ったところで、きっとこの人はさらっとかわしてしまうのだろうけど。

紬「梓ちゃーん!おいてっちゃうよー!」

梓「…はーい。今行きますー!」


―――― おひるです ――――

紬「あら、おいしい!」

梓「そうですか? ムギ先輩の口にあうか心配だったんですけど」

紬「高級料理じゃないと口に合わない人間に見えたかしら?」

梓「あ!いえ!そういう意味じゃないんです!ごめんなさい!!」

紬「冗談よ。そんなに謝らないで。こっちこそごめんなさい」


紬「緊張しちゃって。変にかっこつけようとするもんじゃないね」

梓「いえ。 ……緊張、ですか?」

紬「こんな可愛い子と一緒にお食事ですもの」

梓「か、かわいいって…私、ですか?」

紬「? 他に誰が?」

真顔で返さないでください。顔が熱いです。特に耳とか。

紬「素敵なカップルに見られてるかしらね~」

せいぜい仲の良い兄弟でしょう。私じゃ、あなたには釣合いませんよ。

なんて言おうとしたけど、さらに顔が火照ったのでやめておいた。
ムギ先輩も何だか嬉しそうだし。



紬「でもね。美味しいものは美味しいのよ」

紬「高級フルコースでも、マックスバーガーのセットでも、駄菓子屋さんのお菓子でも」

紬「私はみんな大好きよ?」

この人が言うと全く嫌味に聞こえないのは本当に凄いと思う。
きっと、本当にそう思っているって、ちゃんと分かるからなんだろう。
人徳ってやつなのかな?


紬「それに……」

紬「食事ってね、誰かと一緒に取るだけでも、ずっと美味しくなるものなのよ」

そう言った先輩は、ほんの少しだけだけど、悲しそうで。

お嬢様だと、両親が忙しくて一緒に食事をすることがない。
私たちが考えるような、お決まりの展開が頭を過ぎる。

やっぱり、そういう事もあるのかな。

紬「……梓ちゃんは優しいね」

梓「…どうしたんですか、いきなり」

紬「ずっと一人ってわけじゃないから。本当に、少ない機会だけど」

紬「それでも両親は、私と一緒にいる時間をすっごく大事にしてくれるから」

紬「これは、子供のわがままなの」

すぐに顔に出してしまうのは私の悪い癖だ。
この先輩は、そう言うのにとっても敏感なのに。

それなのに、こんなふうに気丈に振舞うんだもん。

梓「これからも」

紬「?」

梓「これからも、たまに二人で食事に来ましょう」

梓「ムギ先輩が行ったことないようなお店、たくさん紹介します!」

紬「…うん!約束ね!」

わたしでも、その寂しさを。
すこしでも、感じさせないようにできるかな?
そうできたなら、素敵だな。


梓「…それにしても、ムギ先輩」

紬「なにかしら~」

梓「結構食べますね。お腹すいてたんですか?」

紬「」


あ、これやばい。やばいやばいやばい!


紬「…これが、ふつうなの…」


梓「あ、えと、高校生は成長期真っ只中ですから!」

梓「それくらい食べるの普通ですよ!」

紬「梓ちゃんは私の半分くらいしか食べてない……」


梓「ほら、私こんなちびっこだし!貧相な身体ですから!」

梓「ムギ先輩スタイルいいし! 維持するにはそれくらいじゃないと!」


紬「澪ちゃんのほうが身長高いし、スタイルもいいのに…」

紬「体重ほとんど変わらないのよ…!?」

梓「え、えと、それは…」


ちなみに、ムギ先輩のキーボードは重さ約17キロです。
ほぼ毎日それを持って通学してます。筋肉は脂肪より重いです。

どう考えてもこのせいですね。筋肉質なんでしょう。
筋肉ついてる人は新陳代謝も高いですから。

でもそれを言ったらさらにドツボにはまりそうなので、黙ってました。
筋肉付いてるんだね!なんて言われて嬉しい女の子なんてそうそういません。

それに誰がどう言おうと、ムギ先輩がスタイルいいのは事実ですし。
私から見れば羨ましいことこの上ありません。

まあ。その後しばらくの間、体重の悩みを延々と聞かされましたが。
でも、私は全然苦じゃなかったし。
ムギ先輩も、心なしか、どこか嬉しそうに見えました。


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最終更新:2011年01月30日 01:53