その夜 琴吹家

紬「斎藤。少し手配してもらいたいんだけど」

斎藤「はい、お嬢様。して、どのようなことを?」

紬「野球のコーチができる人物を」

斎藤「投手コーチ、内外野守備各1名とバッテリーコーチに打撃コーチ」

斎藤「で、よろしいでしょうか?」

紬「ええ。そうね」

斎藤「人選はどういたしましょうか?」

紬「あなたにおまかせします」

斎藤「はい。かしこまりました」

紬「あ。それとバレーボールとテニス、卓球のコーチも同様に」

斎藤「はい」

紬「よろしく頼むわね」

 prrrrrrr……

「もしもしぃ~」

斎藤「もしもし、吉田義男様でございましょうか?」

ムッシュ「はい、そうですぅ~」

斎藤「わたくし、琴吹家の執事をしております斎藤と申します」

ムッシュ「ああ、琴吹さんの~。ご無沙汰しておりますぅ~」

斎藤「実は折り入ってお願いがございまして……」

ムッシュ「琴吹さんには大変お世話になっておりますので、なんなりと仰ってください~」

斎藤「実は紬お嬢様とそのご学友の野球のコーチをお願いしたいのですが」

ムッシュ「はい~。ワタシは全然かまいません。エッヘッヘ~」

斎藤「ありがとうございます。それともしよければ、投手コーチや外野守備コーチも紹介していただければ」

ムッシュ「あ~、心配には及びません~。各分野のスペシャリストを連れていきますのでぇ~」

斎藤「では、よろしくお願いします」



 練習初日

唯「ムギちゃんちに初めて来たけどスゴイね!」

律「ああ、まさか敷地内に移動用のモノレールが走ってるとは思わなかった」

澪「まるで、ディズニーリゾートだな」

紬「テニスの人はあちらのテニスコート、バレーや卓球の人たちはあちらの体育館を使ってもらって」

和「まぁ、テニスコートくらいはあるだろうと予想はしてたけど、まさか体育館まであるなんて……」

紬「野球組みは申し訳ないけどウチの庭で練習してもらえるかしら」

春子「庭って、もしかして今私たちがいるところ?」

紬「ごめんね、本当はちゃんとした野球場があればよかったんだけど……」

律「いやいや、充分だし」

姫子「学校の校庭より広いかも……」

澪「なんかあっちで作業してる人がいるんだけど」

紬「アメリカのヤンキースタジアムで使われている物と同じ芝を今一面に敷き詰めてるところなの」

紬「ちょっと急だったから、練習初日までには間に合わなくて……。
  明日には必ず間に合わせるから、今日はこんな雑草みたいな芝の地面だけど我慢してね」

いちご「……何? 庶民に喧嘩売ってんの?」

曜子「わ、若王子さん……」



斎藤「皆様、おはようございます」

紬「コーチ陣の方々はもういらっしゃってるのかしら?」

斎藤「はい、お待ちいただいております」

澪「コーチってダルビッシュとか涌井とか!?」

律「ムネリンとかナカジとか!?」

唯「中日の和田とか松中とか!?」

和「宮本とか石井琢朗とか!?」

澪律唯「渋っ!?」

紬(唯ちゃんフサフサしてる人が好きなのかしら……)

ムッシュ「どうもぉ~」

唯澪律「えっ……」

紬「こちら吉田義男さん。内野守備コーチをかってでてくださったの」

和(これはこれで!!)

紬「その華麗な守備で今牛若丸と呼ばれていたのよ」

ムッシュ「もう昔のことですなぁ~」

紬「しかも吉田さんはフランス帰りなの」

ムッシュ「はい~そうですぅ~。ミーのことはムッシュと呼んでください。エッヘッヘ~」

澪(きっとおそ松くんのイヤミみたいにインチキなんだろうな……)

紬「そして、投手コーチの小山正明さん」

小山「はい、よろしく」

紬「針の穴をも通すともいわれる正確無比なコントロールを武器に歴代3位の320勝を誇る大投手なの」

唯「へぇ~。お裁縫が得意なんですね!」

小山「なかなか面白いお嬢さんやね」

律「2人ともじいちゃんじゃねえかよ……」

澪「大丈夫かな……」

紬「さらに、外野守備コーチの福本豊さん」

福本「どーも、こんにちは」

紬「国内歴代1位の通算1065盗塁は今後破られることはないといわれる世界の盗塁王なの」

紬「その功績が讃えられて国民栄誉賞が贈られるはずだったんだけど、断っていらっしゃるのよ」

福本「そんなんもろたら、おちおち立ち小便もでけへんからね」

澪「なっ///」

律「こんなんで本当に大丈夫なのか?」

和「あなた達は分からないかもしれないけど、みなさん偉大なプレイヤーだったのよ」

唯「へ~」

紬「ムッシュと福本さんにはバッティングも見ていただく予定よ」

紬「あとはバッテリーコーチだけど……」

斎藤「お嬢様、それはまた別に手配いたしましたが、なにぶんお忙しい方なので」

紬「そう、じゃあ到着しだい紹介するということで……」

「どうも、お待たせしました」

紬「あら、どうやらいらっしゃったみたいね」

  「!?」

紬「多分みんな知ってると思うけど」

律「の、ノムさんだっ!!」

唯「ねえ! ボヤいて! さぁ早く!!」

ノム「ワシかてボヤキとうて、ボヤいてるわけやのうてやな」

ノム「それをマスコミが面白そうに取り上げるからこっちは仕方なく──」クドクド

 30分経過

ノム「だから楽天はワシを解雇したから、なんたらかんたら……」

紬「ノムさんその辺で……」

ノム「ああ、申し訳ない」

澪律 ゲッソリ…

唯「すごい!! 生ボヤキ!! 憂に自慢しよっと!」

和「なかなか興味深かったわね」

いちご「年寄りは話ばっかり長い……」

春子「腹減った……」

紬「それじゃあ、そろそろ練習始めましょうか」

唯「ねぇねぇムギちゃん」

紬「なに? 唯ちゃん」

唯「私、どこ守ったらいいんだろ?」

紬「とりあえず、今日はどこが自分に合ってるのか色々と試してみたらいいと思うわ」

唯「うん、わかった~。ちなみにムギちゃんはどこ守るの?」

紬「さわ子先生からはその何でも受け入れる器の大きさはファースト向きだって言われたわ」

唯「へ~」

紬「まさに総受け状態ね!」

唯「うん。よくわからないけどすごいね!!」


 室内ブルペン

小山「キミがピッチャーの?」

澪「はい、秋山澪って言います。よ、よろしくお願いします……」

小山「うん。にしてもなかなかええ体しとるね~」

澪「ひぃっ!?」

小山「女子にしちゃあ上背もあるし、ピッチャー向きやね」

澪(なんだ……、そういう事か……)

小山「なによりも、最近の若い子は、足が細いのが当たり前になってきてるけど」

小山「下半身がどっしりしとるのがまたええね。踏ん張りが効く」

澪「……」

小山「そして、手が大きいのもこれまた魅力的やね~。ええピッチャーになれるで」

澪(もうイヤ……)


 ミーティングルーム

ノム「────だから、この打者のアウトロー。これがピッチャーの基本であって……」

律「うんうん。アウトローが基本……っと」カキカキ


 …
 …
 …
 …
 …


ノム「────で、打者の足の位置や仕草を鋭く観察することで次の狙い球が……」

律「……zzzzzz」

ノム「もう帰るで……」


 琴吹家 庭

ムッシュ「そしたら、野手はキャッチボールから始めたいと思いますぅ~」

福本「初心者はまず投げる捕るができなあかんからね」

曜子「あ~ん、狙ったところにいかな~い」

いちご「グローブで上手く取れない」

春子「ケーキまだぁ~?」

福本「まぁ、最初はこんなもんでしょ」

和 シュ!!

姫子 パシッ!!

唯「おおっ! 2人共めちゃくちゃ球速い!」

紬「キャッチボールしながらどんどん距離を取っていってるわ」

唯「そっか~、ああやってやるのか~」

姫子「やるじゃん、委員長」

和「まぁね、昔とった杵柄ってやつよ」

ムッシュ「しかし、あの2人はなかなか光るもんがありそうやねぇ~」

福本「2人ともええフォームしてますね」

紬「よ~し! じゃあ私たちもキャッチボールしましょう」

唯「よしこいムギちゃん!」

紬「えいっ!」ビュッ!!

唯「うわ~、ムギちゃんどこに投げてるの~!」

紬「ご、ごめんなさい!」

ムッシュ「しかし他の子は前途多難やね~」

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ムッシュ「では、今日はこのあたりで終了にしたいと思いますぅ~」

福本「今日の感触忘れやんようにね」

唯「はぁ~。疲れたけど楽しかった~」

いちご「手がグラブ臭くなった……」

春子「ケーキまだぁ~?」

和「ふふっ、唯ったらムギがとんでもないところに投げてばっかりだったから
  しょっちゅうボールを追いかけていたわね。まるで犬みたいだったわよ」

ムギ「ごめんね、唯ちゃん」

唯「ううん、なんだかそれも楽しかったから良かったよ」

姫子「それにしても、唯ったらけっこう足速んだね。ボール追いかけるの見てて思ったんだけど」

唯「そうなんだ~、意外と脚力には自信があるんだよ」

いちご「……ホントに意外」

和「それは小学校の頃から毎日のように走って登校してたからでしょうね」

紬「どうして?」

和「いつも寝坊して家を出るのが遅刻ギリギリだったから
  でも、そのおかげで足の速さ"だけ"は他人よりも秀でたものがあるのよね」

唯「足の速さ"だけ"はって。そこそんなに強調しなくても……」

姫子「ふふっ。なんだか理由が唯らしいね」

律「いや~澪、バンド活動もいいけど、たまにはこうやってスポーツするのもいいな」

和「ブルペン組も上がりのようね。どうだった律」

律「それがさ~球受けてて思ったけど、案外澪のピッチャーも様になってたぜ」

澪「もう、腕がパンパンだ……」

曜子「あ、秋山さん! これタオル」

澪「ありがとう、佐々木さん」

曜子(汗まみれの秋山さんも素敵!)


紬「そうそう澪ちゃん。これプレゼント」

澪「なにこれ?」

紬「琴吹グループのスポーツ部門が開発に成功した投手養成ギプスよ」

澪「ギプスって……そんなものつけて生活できないよ」

紬「安心して、ギプスってネーミングの方がインパクトがあるからそう言ってるだけであって
  見た目は肌着と変わらないの」

紬「この肌着には特殊な繊維が編み込まれていて、これを着ているだけで
  気づかないうちに投手に必要な動作や筋肉が身につくのよ!
  しかも投球の疲れを癒す効果もあるの!」

律「すげ~な澪! これで大リーグボールも夢じゃないぜ!!」

澪「……」

春子「ケーキまだぁ~?」

福本「あ~、ちょっとちょっと」

唯「へ? 私ですか?」

福本「そうそう、キミ外野やってみいひん?」

福本「今日見させてもろたけど、なかなか足も速いし感もええし」

唯「えへへ、そうですか?」

福本「せやから次回からは外野中心のメニューで練習してみよか」

唯「はいっ! よろしくお願いします」

 ・ ・ ・ ・ ・

律「じゃあ、帰るか」

春子「家では晩ご飯も待ってるしな」

いちご「あれだけケーキ食べたのに」

春子「別腹だよ」

いちご「……」

曜子「あ、秋山さん大丈夫?」

唯「何それ、新しいポーズ?」

澪「ムギから貰った投手育成ギプス着たら変なポーズから動かなくなった……」

澪「それに……。ひゃっ!?」ビクッ!!

澪「たまにピリッってするんだけど……」

紬「微弱な電気が流れる仕組みになってて、筋肉に刺激を与えてるのよ。大丈夫すぐ慣れるから」

澪「あんっ!」ビクッ!!

紬 ゾワゾワッ

姫子(それでも着てるんだから澪って律儀だよね……)



 平沢家

唯「憂~ただいま~」

憂「おかえりお姉ちゃん」

唯「はぁ~、疲れた~」

憂「なにしてきたの?」

唯「実はね、野球の練習してきたんだ」

憂「野球? なんでまた……」

唯「2学期始まってすぐに校内球技大会があるでしょ。それで私野球をすることになってさ
  さわちゃんもなんだかノリノリなんだ」

憂「そうなんだ、もしかして軽音部の皆さんも?」

唯「うん、皆も一緒に野球するんだよ。だからムギちゃんの家の庭で練習させてもらってるんだ」

憂「家の庭で……」

唯「すごいんだよ~」

憂「へ、へ~(家の庭で野球が出来るっていったい……)」

唯「それに久しぶりに和ちゃんが野球やってるところも見られたし」

憂「和ちゃんも一緒に野球してるの!?」

唯「昔と変わらず野球やってる和ちゃんカッコ良かったよ~。
  憂も和ちゃんが昔野球やってたの知ってるよね?」

憂「……うん、知ってるどころか」

唯「あ、そっか。そういえば憂も和ちゃんと同じチームでやってたもんね。私は見てただけだったけど」

憂「そうだね……」

唯「あ~、汗でベトベトして気持ち悪い~。ご飯の前にお風呂に入っちゃおうかな」

憂「う、うん。それじゃあ急いで沸かしてくるね」

唯「よろしく~」

憂「そっか、和ちゃんお姉ちゃんと一緒に野球してるんだ。だったら私も……」ボソッ

唯「ん? 何か言った?」

憂「何でもないよお姉ちゃん」


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