最近、ムギ先輩の様子が変だ…みんなと話してるときはいつものムギ先輩だけど

誰も話し掛けていないときは、俯き加減で暗い顔をしている。

唯「ねぇねぇ、ムギちゃん!今日のケーキは何?」

紬「ごめんね、今日はケーキ持って来れなかったの…」

唯「そうかぁ…残念だな」

紬「本当にごめんなさい…」

澪「ムギ、そんなに謝らなくても良いって!それにその分、練習に時間使えるから私は気にしない」

紬「ありがとう、澪ちゃん…」

でも…やっぱり…ムギ先輩の様子は変だ…大丈夫だろうか…


ー数日後ー

唯「えっ!?今日もケーキないの?ムギちゃん…」

紬「ごめんね…ホントにごめんね…」

澪「ちょ!唯!ムギだって善意でケーキ持ってきてくれてるんだぞ?催促するのはおかしいだろ!」

唯「ごめんなさい…」

紬「ごめんなさい…ごめんなさい…」

梓「ムギ先輩、そんなに謝らないで下さい!じゃあ、みなさん練習しましょう!」

最近のムギ先輩はやっぱり変だ…

あんなに綺麗だった髪の毛もなんだかボサボサだし顔色も悪い…

紬「あの…」

律「どうした?ムギ?」

紬「あの…みんなに聞いて欲しい事があるの…」

澪「ムギ?」

俯き加減でそう言った、ムギ先輩を見た私達はムギ先輩のただならぬ雰囲気で

部室の空気が重たくなるのが分かった。

そして、私達はいつもの席に座った。

紬「あのね…もう、ケーキとか持って来れないと思う・・・」

唯「えっ!?えーーーーっ!」

律「唯!ちょっと黙ってなさい」

紬「ごめんね、唯ちゃん…あのね、お父さんの会社が倒産してしまったの…
だから、もうケーキとか持って来れないの」

律「倒産って…ムギは大丈夫なのか?」

澪「そうだ、ムギは大丈夫なのか?」

紬「家とか色々差し押さえられちゃって…今までの家にも帰れなくなって…」

梓「そ、、、そんな…じゃあ、ムギ先輩、今どこにいるんですか?」

紬「うん…今は眼鏡橋の下で暮らしてるんだ…」

澪「ちょっ…眼鏡橋の下って…ムギ、冗談だよな?」

紬「本当の事なの…」

律「マジか…」

唯「でも、ムギちゃん学校来てるよね?」

紬「学校はね、お父さんが高校は卒業しなさいって…それに、今は高校無償化だから…」

澪「でも…ご飯とかどうしてるんだ?」

紬「うん…一応、家出るときにね、お父さんが家にあったお金集めて、私に渡してくれたの…」

梓「でも…ちゃんとご飯食べてるんですか?」

紬「パン屋さんからパンの耳貰ったり、スーパーで半額のお弁当買ったりして、なんとか食べてる…」

律「そうか…でも、なんで眼鏡橋の下なんだ?」

紬「そんなにお金ないし、アパートとか借りるなら保証人とかいるでしょ?
保証人になってくれる人いないし…」

澪「そんな…じゃあ、さわ子先生に保証人になって貰って…」

紬「駄目!さわ子先生に迷惑掛けたくない」

律「だよな…でも、女の子が橋の下に住んでたら、変な事が起こったりしたら大変な事になる」

紬「隣にね、ホームレスのお爺ちゃんが住んでて守ってくれてるから」

澪「そうか、でも、やっぱり橋の下に住むのは駄目だ!それだったら、私達の家に泊まりに来いよ!」

紬「みんなに迷惑掛けたくない…」

律「迷惑って…私達、けいおん部のメンバーで友達で…親友で…」

紬「みんなの気持ちは嬉しいけど、気持ちだけ貰っておくね」

梓「でも、、でも、、やっぱり駄目です…橋の下なんて…」

紬「梓ちゃん…」

そして、その日の部活は終わりました。

帰り道、唯先輩が両親がいないから泊まりに来ないかと誘いましたが

ムギ先輩は断りました。



ー眼鏡橋の下ー

紬「お爺ちゃんただいま」

おじ「ただいま、ん?なんだか今日は明るい顔してるねぇ」

紬「うん、学校の友達に全部話したの。そしたらね、なんだか心が少し軽くなって」

おじ「そうかい」

そうして、私は段ボールとかビニールシートで括られた小屋に入りました。

ここに来て、どれくらい経つのかな…2週間ぐらいかな…

だいぶ、ここの生活にも慣れてきたかな…

紬「寒い…もうすぐ冬か…」

帰り道の街路樹も段々と紅葉が始まってきてる…

頑張って、冬を乗り越えないと…

そして、私は小屋の外に出た。

おじ「ん?お出かけかい?」

紬「うん。今日はパン屋さんに行って、パンの耳貰ってこようかと思って。お爺ちゃんの分も貰ってくるね」

おじ「それは、ありがたいねぇ」

紬「じゃあ、行ってくるね」

おじ「いってらっしゃい」

そして、私はパン屋さんに向かって歩き出した…回りを気にしながら…

こんな姿、やっぱり知り合いには見られたくない…

パン屋さんからパンの耳を貰って、お店の外に出ると空気はとても冷たくなっていた…

紬「はぁ…寒い…」

口から息を吐くと、昼間とは違い白い塊が風に流されていく…

橋の下に着くと、お爺ちゃんが晩ご飯の準備をしてました。

おじ「おかえり」

紬「ただいま、お爺ちゃん。パンの耳、いっぱい貰ってきたよ」

おじ「そうかい、ありがとうね。寒かったろ?これでも飲んで暖まりな」

紬「良いの?お爺ちゃん」

おじ「ああ、お飲み。パンの耳のお返しだ」

紬「ありがとう、お爺ちゃん」

お爺ちゃんも生きてくのに大変なのに気遣いがととても嬉しい…

お爺ちゃんがいなかったら、多分、今生きてはいないだろう


ー数日後ー

梓「もう!お母さんたら、用事があるとか言ってたのに!結局、私に手伝いさせたいだけだったなんて」

私は自転車で近所のスーパーで買い物を終えて帰りを急いでいた。

この時間ても、冬が近いのかとても寒い。

自転車の漕ぐ足を速めたとき、遠くにムギ先輩の姿が見えた。

梓「ムギ先輩?」

紬「え!?あ、梓ちゃん?」

梓「はい!ムギ先輩、何やってるんですか?」

紬「うん…私の住んでる橋近くだから…」

梓「あ…ごめんなさい」

紬「んーん、良いの。気にしないで」

梓「はい…どこか行く途中ですか?」

紬「うん。今日は体育があったから銭湯に行こうと思って。お風呂我慢しても良いんだけど、
流石に汗臭かったら回りに迷惑掛かるし…」

梓「…」

紬「あっ、気にしないでね。梓ちゃん」

梓「はい。あの…私の家にお風呂入りに来ませんか?」

紬「えっ…でも、駄目だよ…いきなり行ったら迷惑掛かっちゃう…」

梓「迷惑だなんて思いませんよ!このまま別れたら、気になって夜も眠れません!そっちの方が迷惑です!」

紬「ありがとう…梓ちゃん」

そうして、私はムギ先輩を強引に家へと連れて帰った。


梓「ただいま!お母さん!」

梓母「おかえり、梓。あれ、お友達?」

梓「学校の先輩。家のお風呂壊れて銭湯行く途中だから、うちに連れてきちゃった!」

梓母「そうなんだ。じゃあ、お風呂入って貰って」

梓「うん!ムギ先輩、こっちです」

紬「梓ちゃん…ありがとう…ありがとう…」

梓「何ってるんですか!さあ、お風呂はこっちですよ!」

そうして私はムギ先輩をお風呂へと案内した。


ーお風呂場ー

紬「暖かい…」

どれぐらいぶりだろ…家のお風呂に入るのは…

梓「ムギ先輩!ちゃんと暖まって下さいね!」

紬「うん…ホントにありがとうね」

私は湯船を汚さないように、念入りに体を洗った。

髪の毛も念入りに…

そうして、お風呂を上がると梓ちゃんが話し掛けてきた。

梓「ムギ先輩、ご飯食べていきますよね?」

紬「えっ!?それは駄目だよ…いきなり来てお風呂頂いて、ご飯まで…」

梓「食べて貰わないと困るんです!お母さん、一杯作り過ぎちゃったから」

紬「梓ちゃん…」

梓「決まりです!お母さん、ムギ先輩のご飯もお願いね!」

梓母「はーい!」

そうして私は、梓ちゃんの家で晩ご飯を頂く事にした。

梓ちゃんの優しさが心に響く…

梓「ムギ先輩!口に合いますか?」

紬「うん…とっても美味しい」

梓「良かった!」

暖かいご飯…お味噌汁…体に染み渡る…

梓「ムギ先輩?」

気がつくと、私は涙を流していました。

紬「ごめんなさい…梓ちゃん…」

梓「もう!お母さんあまり料理上手じゃないですけど、いつでも来て下さい!」

紬「ありがとうね…ホントありがとうね…梓ちゃん」

梓「鼻出てますよ。はい、ティシュッです」

紬「ありがとう…ありがとう…」

私はムギ先輩に泊まっていかないかと言いましたが、ムギ先輩は流石にそこまで甘えられないと良い

帰って行きました。でも…やっぱり、ムギ先輩が凄く心配だ…

あの泪の意味を考えると、高校生の女の子が一人で橋の下に住むのはとても大変な事なんだろう思う…


ー数日後ー

純「おーい!おはよう!梓!」

梓「おはよう、純」

純「なんだか天気悪いよね」

梓「そだね。天気予報だと夕方から大荒れだって」

純「ねー、この時期に大雨とかありえないよ」

梓「うん」

純と話していて、ふとムギ先輩の事が頭を過ぎった。

確か、橋の下に住んでるって言ってたけど、大雨降ったら増水とか大丈夫なのかな。


ー放課後ー

部活に行くと、ムギ先輩はいなかった。

正確にはムギ先輩が私達に眼鏡橋の下で生活してるって話してくれてから

あまり、部活に来なくなってしまった。

多分、ムギ先輩なりに私達に気を遣ってくれてるのだろう。

澪「おっ、梓、お疲れ!」

梓「お疲れ様です。今日も、ムギ先輩来てませんね」

澪「ああ、変に気使わなくて良いのにな」

梓「ですよね…」

律「そうだな…よし!明日は無理矢理でも連れてくる!決めた!」

澪「そうだな!」

梓「ですね!」

律「それにしても天気悪いな。こりゃ荒れるかもな」

澪「雨降る前に帰るか?」

律「だな。おーい!唯、帰るぞ!」

唯「あーい!」

そうして、私達は帰る事にした。

帰り道、段々と空は暗くなり重い雲が空を覆っていく…

ムギ先輩大丈夫かな…心配だ。


家に着いてしばらくすると、外から雨の音がしてくる。

雨音は外が暗くなってくるのと比例するかのように段々と強くなってきた。

窓に打ち付ける雨の音・・・私はふとムギ先輩の顔が浮かんだ。

テレビを付けると、画面には大雨警報が出たとテロップが流れている。

梓「ムギ先輩・・・」

雨の音は滝が流れるかの様な音に変わっている・・・胸騒ぎがする…

梓「お母さん、ちょっと出かけてくる!」

梓母「梓!外は凄い雨よ?」

梓「うん、分かってる!でも、ちょっと行ってくる」

私はお母さんにそう答えると外に飛び出しました。

外に出ると凄い雨だ…ちょっと先も雨でよく見えない。

梓「ムギ先輩…大丈夫かな…」

胸騒ぎが止まらない…私は傘を差して走り出しました。

私とムギ先輩が会った辺りの橋と言えば、あの眼鏡橋しかない。

河川敷に近づくと、川からは凄い音がする。

河川敷の横の道を走りながら、横目で川を見ると水位は凄い事になっている。

私は一心不乱で走りました。もう、服はビチョビチョです。


そして、眼鏡橋に差し掛かったときです。

ムギ先輩が橋の下から荷物を運び出していました。

梓「ムギ先輩!」

紬「あ!梓ちゃん」

梓「ムギ先輩、大丈夫ですか?無事ですか?」

紬「うん!お爺さんが川が氾濫するかもしれないから避難しなさいって」

梓「そうですか」

紬「まだ、荷物あるから行ってくるね」

その時です、上流からサイレンの音がしました。

サイレンが鳴り終わらないうちに、上流からゴゴゴゴゴッと音がしたと思うと

一気に川の水位が上がりました。

紬「いけない…荷物取ってこないと…」

ムギ先輩は土手を下って残りの荷物を取りに行こうとします。

梓「ムギ先輩!危ないです!もう諦めましょう」

紬「駄目!駄目なの!荷物持ってこないと!」

梓「でも、まずいですよ!ムギ先輩に何かあったら大変です!」

私はムギ先輩の手を掴みました。ムギ先輩はその手を振り解こうとします。

梓「ムギ先輩!駄目です!」

紬「いやっ!駄目なの!取ってこないと駄目なの!」

梓「でも、危険です!ムギ先輩!」

紬「もう死んでも良いの!でも、あれは私の大事な思い出なの!大事な物なの!だからお願い!」

梓「でも、でも、駄目です!」

私はムギ先輩が橋の下に行かないように、腕を必死に掴んでいたときです。

さっきよりも大きな音が上流からしてきました。

その時です。濁流が橋の下を激しく流れていきました。

紬「いやーーーっ…私の…私の思い出…行かないで…」

梓「ムギ先輩…」

私達はしばらく川を見つめていました。

ムギ先輩に掛ける言葉もない…何を話したら良いのか分からない…


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最終更新:2011年01月27日 21:16