「そんなことしたって、和ちゃんのお願いは聞けないわよ。一緒には、いられない」

「一緒にいられないなら、なおのこと、持っていて下さい」

先生は、そっか、と、妖艶に笑った。
全てを見透かされているようで、私は恥ずかしかった。

「分かった、消さないでおく。写真も、和ちゃんが持っておいていいよ」

そう言って、先生は、職員室に戻ろうと、生徒会室の扉を開けた。

世界の終わりを見たような、親の敵を見るような、壊れたおもちゃを見つめるような目をした、私の幼馴染がいた。

「さわちゃんなの?」

私の幼馴染は、いつもの柔らかい声で、機械のように笑いながら答えた。
彼女の瞳のハイライトは、ぼんやりと滲んでいて、あまり綺麗ではなかった。

「さわちゃんが、私の和ちゃんをとったの?」

さわ子先生は、首をかしげた。綺麗な髪が肩にかかった。

「なんのことかしら」

「ねえ、和ちゃん、さわちゃんのせいなんだね。さわちゃんのせいで、私にかまってられなくなったんだね」


幼馴染は、先生には答えず、私に詰問するような口調で言った。
私は、彼女のことを、馬鹿だと思った。

「ねえ、唯、だとしたら、どうするの」

幼馴染は、私が話しかけると、目を輝かせた。

「なんでも、するよ。なんなら、さわちゃんを殺すことだって出来るよ、幼馴染だもんね、私たち」

先生は何か言おうとしたようだったが、私が狂ったように笑ったものだから、
ぎょっとして、口をつぐんだ。

笑いが止まらなかった。休日、部活が無い日ですら、私ではなく、部の友達と遊んでいたくせに、
何を言っているんだ、と思った。
私は、醜く、口の端を吊り上げて、目を見開いて、言った。

「そこで、私を殺すって言えないから、あなたは馬鹿なのよ」

彼女は馬鹿だった。自分の中の、私の理想像が壊れてしまいそうなら、私を殺したほうが早いのに、
それをせず、かといって、理想像を諦めることもしない、馬鹿だった。
だから、私の幼馴染は、私が生徒会室を出る時にも、情けない声で、こう囁いたのだ。

「幼馴染だよ、私たち……十年間、一緒にいたんだよ」

私は振り返らずに、扉を閉めた。

つかつかとひとりで廊下を歩いていると、私の足音に、もう一つ、忙しない足音が重なった。
長い髪を揺らして、先生が、走ってきて私に並んだ。

「かっこよかったわねえ、さっきの和ちゃん」

予想だにしなかった言葉に、私は立ち止まった。

「格好良い?」

「うん。なんか、悪の組織のリーダーって感じだったわよ」

先生は子供っぽく笑った。
私の不安そうな顔に気づいたのか、先生は優しく笑った。

「和ちゃんがどんな人だろうと、気にしはしないわよ。
 和ちゃんだって、私が同性愛者でも気にしないんでしょう?」

私は胸が高鳴るのを感じた。

「期待してもいいですか、先生が、同性愛者だと」

先生は舌をちらりと出して、笑った。
残念。

「まあ、気長にやりなさいよ。意外とゴールは近いかもよ。ただ、ころばないようにしなさい」

そう言って、先生は駆けていった。揺れる髪の間から見えたうなじが、ほんのりと赤かったのは、何故だろうか。
それを考えると、私は顔が熱くなった。

ゴールは近いかもしれない。私はひとりで微笑んで、携帯電話を手にとった。ころばないように。


「それ、真鍋さんがすればいいのに。そうしたほうが、唯も喜ぶと思うよ」

私が言うと、生徒会長は電話越しに笑った。

『いやよ。余計面倒なことになっちゃうから。それに、もう家に着いたし』

どうにも、最近は生徒会長の知りたくない面ばかり見てしまう。
意外と子供っぽかったり、執念深かったり、そして、幼馴染を平気で傷つけるほど、冷酷だったり。

『あのね、勘違いしないでよ。唯は幼馴染だけど、最近は仲が良いわけでもなかったんだから』

「そう、私にはそうは見えなかったけど。唯だって、いつも真鍋さんの話をしてたよ」

生徒会長は、呆れたようにため息を付いた。

『あなたも唯しか見てないのね。もう少し、私のことも見てくれれば、もっと分かったこともあったんだけどね』

「なにそれ」

『さあ、なんでしょうね。とにかく、生徒会室に行ってね、よろしく』

電話が切れる直前に、生徒会長は、あと、と慌てて付け加えた。

『さわ子先生が高校時代の写真を探しまわってたわ。聞こえた?ちゃんと言ったからね』

意味が分からないと思いながら、私は携帯をポケットに入れて、生徒会室に向かった。


……

「やっほー、唯ちゃんは泣き虫さんなのかな」

右手でキツネを作って、かがみこみ、膝を抱えて座り込むクラスメイトに話しかけた。
生徒会室には、私と彼女の二人しかいなかった。

「姫子ちゃん」

顔を上げて、クラスメイトが言った。

「私、間違えてなかったよね。幼馴染だもん、一緒にいるのが当然だよね」

私は、クラスメイトの頬に、右手のキツネで噛み付いた。
頬を引っ張られて、クラスメイトは情けない声を出した。

「いたい、なにすんのさ」

「いや、唯があんまり馬鹿だから」

クラスメイトは、急に鋭い目付きで私を睨みつけて、言った。

「なにが」

「怖いねえ、まあ、ちょっと落ち着きなよ。大体、唯はさ、いつも真鍋さんと一緒にいなかったじゃん。
 部活、とかなんとかで」

「だって、それは、和ちゃんだって分かってたもん。
 和ちゃんだって、私が成長して嬉しい、って言ってたもん」

瞳を潤ませるクラスメイトは、小動物のような可愛さがあったが、けれど、途方もなく馬鹿だった。
なんとなく、生徒会長の言っていたことが分かった気がした。

「あのね、唯、あんた馬鹿だね」

「だから、なにがさ」

「結局さ、唯は真鍋さんのことなんて見てなかったんだね。
 自分の中にある、空想の真鍋さんを見てただけだよ」

そんなことない、としゃくりあげながらクラスメイトは言った。

「あるよ、そんなこと。それでいて、実際の真鍋さんが自分の理想と違ったら怒ってるんだもん。
 そりゃあ、真鍋さんも愛想つかすよ」

クラスメイトは、私の言葉を払いのけるように、手を振り回した。
私には当たらなかった。

「終わってないよ、まだ、きっと、なんとかなるよ。
 だってさ、真鍋さんも、唯に放って置かれたから、唯から離れていったんだよ。
 きっと、それは寂しかったってことで、寂しいってことは、唯のこと、好きなんじゃないかな」

クラスメイトが、明るい声で、本当、と私に尋ねた。
私は慌てて言った。

「いや、友達としてね、あくまで、幼馴染として」

クラスメイトは相変わらず笑っていた。もう、と小さく言った。

「それでも良いんだ」

それでも良い。そんなものだろうか。
釈然とせずに私が黙り込んでいると、唯は、私の目を見つめて言った。

「和ちゃんの髪、綺麗なんだよ。短くて、色気もないけど」

それから、ゆっくりと私の頬に手を伸ばしてきた。

「姫子ちゃんは、髪の毛染めてるのかな」

流石に地毛だというのも無理があったから、私はゆっくりと頷いた。
そうする間にも、唯の手は、私の頬を撫でて、首筋へと下がっていった。

「姫子ちゃんの髪の毛、ちょっと傷んでる」

目を細めて、唯は言った。
いつもより、ずっと大人びて見えた。
私が、なにさ、と口を尖らせて言うと、唯は笑った。

「でも、良いんだ、今はこれで。傷心の友人の前に、キューティクルに傷ひとつ無い髪の毛で来るなんて、
 嫌味だよ、そうは思わない? だから、しばらくは、姫子ちゃんの髪の毛が良い」

「どういう、ことかな」

間抜けな声で私が聞き返すと、唯は小さく微笑んだ。

「しばらく一緒にいて、って言ってるの」

そして、両手を私の首に回して、髪の毛を人差し指で弄り始めた。
私と目が合うと、いたずらっぽく、唯は笑った。

「勝手にしてよね、唯」

「勝手にするよ、姫子ちゃん」

私は同性愛者ではない。
けれど、互いに名前を呼び合ったとき、少し胸が高鳴ったし、
彼女の濡れた瞳を見たとき、私はどうしようもなく保護欲を駆り立てられた。

私は同性愛者ではないけれど、しばらく、こうして友人の頭を撫でるのは、悪いことではないだろう。


……

科学の力は凄い。特に、情報通信技術の進歩はめざましい。
こうして携帯電話を少し操作するだけで、傷心の幼馴染を慰め、さらに、自分のゴールにも近づくことが出来るのだから。
幼馴染のほうは、立花さんが何とかしてくれるだろうから、私は、また別の人に電話をかけた。

勉強しかすることのなかった私の部屋で、私は今、相手が電話にでるのを今か今かと待っている。
シャープペンシルの音の代わりに、私の心臓の音が部屋中に響いた。

『はいはい、どうしたのかしら、和ちゃん』

明るい声が聞こえた。その声は、マイクを通して電気信号に変換され、電波となって宙を漂った後、
私の携帯電話で再生されているにも関わらず、歌うような調子を失わなかった。

「先生、よく聞いてくださいね」

なに、と先生は言った。
その声に、期待するような調子を感じたのは、私の気のせいだろうか。

「先生が写真を探してること、言いました、立花さんに」

一瞬沈黙が流れて、先生は艶やかな声で言った。

『そっか、じゃあ、約束通り犯すね』

本当に、科学の力は凄い。
ちょっとボタンを押すだけで、簡単にゴールに到着してしまうんだから。
電話の向こうで、何をなさっているんですか、山中先生、と聞こえた。

『え、いや、別に何でも……』

最後に、先生は小さな声で言った。

『じゃあね、和ちゃん。明日、楽しみにしといてよね』

科学の力は凄い。
無骨な数式と、不恰好な英字が、今では舞踏会の招待状のように見える。
本当に科学の力は凄い。
私は同性愛者じゃないから、これはきっと、恋の力なんかじゃない。

だから、やっぱり、さわ子先生の声を伝える携帯電話は、
さわ子先生の姿を焼き付けるカメラは、凄い。

そして、さわ子先生はやっぱり綺麗だった。


~~~

和「っていう妄想でね、昨日悶々として眠れなかったの」

憂「いや、おかしい。最後のほうが圧倒的におかしいよね」

和「あら、なにが?」

憂「なんか、さわ子先生のこと褒めちぎって終わってるよ。なにこれ」

唯「流石私の妹だね、私もそう思ってた」

和「べつにおかしくないわよ。さわ子先生綺麗だもの」

さわ子「ちょっと、やめて、恥ずかしいじゃない……おい、平沢笑うな」

唯「くくっ……ごめ、ぶふっ……」

さわ子「ちょっとお前後で屋上来いよ」

和「先生かっこいい」

憂「ねえ、和さん、なんで私じゃなくて立花さんなの。立花さんって、あのビッチ系の女の人だよね」

姫子「そういうことは私のいないところで言ってくれるかな」

憂「お前が出てけ」

姫子「おかしい、それはおかしい。ここ三年生の教室なのになんでそんなに偉そうなの」

憂「うるせえよ、あんま調子乗ってんなよ」

唯「やばい、私の妹もちょっとおかしかった。姫子ちゃん、殺されないうちにおいで」

憂「あっ、ちょっと!」

和「唯達も帰ったし、私たちも帰りましょう、先生」

憂「……うわあ、人のこと呼んでおいて置いて帰るなんて、和ちゃんも大概だよ……あ、電話だ」

憂「……あ、純ちゃん、うん、そう、お姉ちゃんの教室、うん」

純「颯爽登場、銀河美少女、鈴木純!」

憂「やっほー」

純「あら、憂一人なの?」

憂「そうなんだよ。酷いよね」

純「ふーん、そだね。じゃあ、一緒帰ろうか」

憂「携帯で呼んだらすぐ来るなんて流石純ちゃんだね」

純「褒めるでない。照れるであろう」

憂「ふふ……あ、ねえ、純ちゃん」

純「うん?」

憂「かがくのちからってすげー」



※そんなわけで和さわがもっと流行ればいいなと思うのでした。