~かえりみち!~
梓「はー」
唯「どしたの、あずにゃん?」
梓「いえ……どうして唯先輩が自分の家に帰らないのかと」
唯「うん、あずにゃんのおうちに遊びに行こうかなって」
梓「やっぱり。別に構いませんけど」
唯「あり? 『そのまま朝まで居座る気じゃ?』とか言わないんだ」
梓「はい。そんなこと考えてるんなら、普通は家に戻って着替えくらい用意するハズですから」
唯「おお、そっか……私って普通じゃないのかな」
じゃないと思いますよ、ええ。
だから、うちに泊まるつもりだというなら、先回りして私が普通の対応をしなきゃいけないわけで。
梓「あの……お夕飯作って待ってますから、一度帰ってパジャマとか持ってきてください。あと制服をクリーニングに出すのも忘れずに」
唯「ええー。あずにゃんが洗ってくれたお陰で汚れわかんなくなったし、別にいいよ」
梓「クリーニングの引き替えの紙がなかったら、泊めてあげませんからね?」
唯「おおう……そこまで言うなら! 私のせくちーなパジャマ姿を! 存分にあずにゃんに拝ませてあげよう!」
梓「せくちーはあんまり期待してませんけど。唯先輩ですし」
唯「酷いっ!? そんなことゆーなら、今度は鼻から噴水みたいに血ぃ噴かせちゃうよ!?」
梓「はいはい、そうなることを期待してますよ」
唯「うわーん! あずにゃんのいけずー!」
泣いてもいないくせに、唯先輩はわざとらしく目元を拭いながら走り去っていった。
……ええと。
本当に、ものすごくせくちーだったらどうしようかな。
~あずさのへや!~
唯「ごっ馳走だー!」
ぎゅううう。
梓「いえ……別にそんな手間かかってませんので……ちょっと……んぎゅむ……」
唯「感謝の気持ちだよ、あずにゃん……どおしてそんなに頑なに拒むのかな?」
インターホンが鳴って、迎えに出たところでまず一回抱き着かれた。
部屋に通して、飲み物を運んできたらまた抱き着かれた。
ご飯が出来たので部屋から呼んだら、みたびこの有り様ですよ。
梓「ふあ……いっ、いちいち抱き着いて感謝されてたら、ありがたみが薄れちゃうじゃないですかっ」
唯「ふぇ?」
梓「唯先輩にしてみれば、単なるスキンシップなのかもしれませんけど……少しは意識してくださいよ、部室でのこと忘れちゃったんですか!?」
唯「忘れてないよ。でも、今は普段着だし。あずにゃんの血で汚れたって平気だもん」
梓「私が平気じゃないんです!」
唯「んむー……私の最大限の感謝のカタチなのになぁ……」
……はあ。
まあ、あれだよね。
腹が減っては戦が出来ぬ、っていう……。
梓「さ、さぁ、早く食べちゃいましょう」
唯「おお。炊き込みご飯だー」
梓「炊き込みご飯の素で炊いたんですけど、うちの近所のスーパーは結構具沢山なのを売ってまして……」
唯「あずにゃん、いっただっきまーすっ!」
梓「は、い……どおぞ……」
くだらないうんちくは不要とでも言わんばかりに、唯先輩がすごい勢いで料理を食べていく。
ひょいぱくひょいぱく、もぐもぐもぐ。
唯先輩は美味しそうに箸を動かして、咀嚼して、飲み込んで。
唯「とぉっても美味しいよ、あずにゃん♪」
梓「ど、どおもです……もぐもぐ」
どうしよう、半分は出来合いだけど、残りの半分は結構頑張って作ったのに……誉められたのが嬉しくって、味、わかんない……。
~しょくご!~
唯「あ、ちなみにクリーニング屋さんのレシートです!」
ぴっ、と唯先輩が思い出したように紙片を私の目の前に突き出してきた。
……はい。ちゃんと約束守ってくれたんですね、嬉しいです。
梓「ほ……これで制服に関してはひと安心ですね」
唯「うんうん。だから、今夜はお泊まりさせてもらっていいよね? ねっ?」
梓「はいです。そういえば、帰りにレンタルDVD返したついでに、面白そうな映画を借りてきたんですけど……一緒に見ませんか?」
唯「おっ、いいですなぁ~……何かな、何かな?」
食後の後片付けを手伝うとの申し出を丁重にお断りして、洗い物を済ませて戻ると。
唯先輩は。
レンタル店の袋じゃなくて、私のカバンの中身を手にしながら、きらきら輝いた表情で私を見つめてくる。
梓「うっ……」
唯「あずにゃん、あずにゃん! これ見ようよ! 本は何回も読んだけど、DVDが! 真夜中でも休日でも、ひとりで見るチャンスがなくって!」
梓「あの、映画は……」
唯「映画とエロスとどっちが大事なの!?」
梓「映画です」
唯「たはー。即答かぁ」
当然じゃないですか。
いくら興味深いとはいえ、映画のDVDは身銭を切って借りてきたわけですし、ずっと楽しみにしてた新作ですし。
いえ、唯先輩もある意味、身銭を切ってはいるんでしょうけど。
梓「ま、まぁ? 時間はたっぷりありますし? 映画見たら一旦お風呂タイムにして、その後に……その、えちぃやつを見ましょうよ、ね?」
唯「……ねぇ、あずにゃん。その見る順番と言い方は、何かの間違いを期待してもいいってことなのかな。ううん、私はいつでも間違いを起こす気満々でいるんだけどもね」
梓「どおゆう間違いですか」
唯「きっとあずにゃんが思ってる通りの意味だよ、本気だよ」
あ……唯先輩がかつてないくらい真面目な顔してる……!
でも手に持ってるのがえち本って時点で、尊敬度がだだ下がりでストップ安ですけどね。
梓「まあ、間違いを起こすも起こさないも? 唯先輩はきっと、私が本気で嫌がったら、すぐに止めてくれるんでしょうけど」
唯「はうっ!? ……うん、そうなんだけどね……」
ああ、しょんぼりした表情も可愛くていいなあ唯先輩ってば。
……はっ!?
こんな幼稚園児も寝ないような時間帯から唯先輩に見惚れちゃってどうするの、私。
梓「じゃ、じゃあ、お菓子と飲み物の用意してきますねっ」
唯「うう……例え嫌われてでもあずにゃんを……ううん、嫌われたらもう抱っこ出来ない……これはもしや究極の選択っ!?」
究極的に最悪な悩みですねそれ。
~えいがかんしょうちゅう!~
唯「……おおっ」
梓「んっ」
ぎゅう、って。
何か派手なシーンの度に、あぐらをかいた唯先輩が全身を緊張させる。
イコール、どうしてだか当然のように抱っこされてる私の身体が、きつく締め付けられる。
唯「お、おお……すごいね、あずにゃん……ふおおお!?」
梓「んにゅっ」
駄目、映画の内容が、全然頭に入ってこないよぉ……。
背中に唯先輩の胸の膨らみが、容赦なくむにむに押し付けられてたり。
私の何倍もむっちりした脚が、私の下半身をぎゅぎゅって押さえ付けたり。
梓「は、はあぅ……」
この後、あんなえろっちそうなDVD見る約束なのに……今からこんなにどきどきしちゃってたら、どうなるんだろ。
唯「あああ! 出た! 最初に死んだっぽい人が出てきたよ、敗者復活だよあずにゃん! しかも格好いい武器持ってる!」
梓「は、はい……」
唯先輩のあったかい体温が伝わってきて、気持ちいい。
私には縁遠い、やわやわした女性らしい身体の感触も、とっても気持ちいい。
……はあ。
私も唯先輩みたいに成長したら、いつかは誰かを抱っこして、こんな気持ちにしてあげられるのかな。
唯「……あずにゃん?」
梓「……はい?」
唯「どうしたの? お腹一杯になったら眠くなってきちゃった?」
梓「そっ、そんなお子様みたいなっ……違います!」
唯先輩の抱っこが気持ちいいので、ちょっと堪能させてもらっていただけですよ。
まだ小学生でも寝ないような時間ですし、眠くなんてなってませんから。
唯「でも、少しうとうとしてなかった?」
梓「してません」
唯「じゃあ、映画つまんなかった?」
梓「唯先輩がうるさくて集中出来ないので、後でひとりでゆっくり見ることにします」
唯「えー。私、そんなにうるさかったかなあ」
梓「はい。映画館だったら追い出されてるレベルです」
今だって映画は続いてるのに、こうして話しかけてきてるし。
もし私が抱っこされていなくても、変に唯先輩のことを意識しなかったとしても、集中出来るわけないじゃないですか。
唯「んう……ごみんね、あずにゃん」
ぱっ、と唯先輩が私に回していた手足を放して、寂しそうに部屋の隅で体育座りをする。
いえ、狙ってるわけじゃないんでしょうけど、そんな明らさまに寂しそうな仕草を見せられたらですね?
梓「あっ、あの、唯先輩っ」
リモコンで再生を止めつつ、返す手で唯先輩のコップを差し出す。
映画が始まってからひと口も飲んでないから、間をもたせるのと、喉が渇いてるんじゃないかと思って。
唯「あ、ありがと、あずにゃん」
梓「いえ……んく、んくっ」
私も、自分のコップを一気にあおる。
実は喉がからからで、緊張しっ放しだったせいなんだろうけど、お代わりでもう一杯。
唯「いい飲みっぷりだねぇ」
梓「ジュースなら沢山ありますから、唯先輩も遠慮なくどうぞ」
唯「いやぁ……折角だけど、私はいいよ。ありがと」
唯先輩はちびっと口を付けただけで、コップを置く。
ゆずレモン味は嫌いだったのかな、それとも私が文句言ったせいで傷付いちゃったのかな。
梓「ん……」
唯「…………」
何だか、無音になった空間が気まずい。
今まで部室とかで唯先輩とふたりきりになっても、こんな雰囲気になったことないのに。
唯「……はぁ」
やだ。
こんなの、我慢出来ない。
梓「唯先輩っ!」
唯「ほわぁあ!? なっ、何かなあずにゃん!?」
梓「お風呂! 入りましょう! もうすぐお湯貯まる頃ですから!」
時計に目をやりつつ、着替え準備しなきゃとか、唯先輩の分のタオルも用意しなきゃとか、色んなことが頭の中をぐるぐるぐる。
私が先かなとか、唯先輩が先かなとか、どうしよう湯上がりの唯先輩を見たら平常心を保てないかもしれないとか、本当に色んなことを考えていたら。
唯「……一緒に入ろう、ってこと?」
梓「……え?」
唯「お風呂、一緒に入ってくれないの?」
うう。
そんな、捨てられた子犬のような目で見上げてこないでくださいよ。
私、自分が特殊な趣味を持った人間だと理解したばっかりで、そういう目でしか唯先輩を見られないんですから。
唯「あずにゃん?」
梓「……いっ、いいですよ、一緒に入っても。この映画、唯先輩はつまんなかったみたいですし」
唯「へ? そんなことなかったよ、まだ途中だったけど、すっごく面白かったよ?」
梓「へっ?」
唯「で、でも……えへー。あずにゃんと一緒にお風呂かあ……こりは何を置いても優先すべきミッションだね!」
あれ?
私の気遣いが全く逆方向に働いちゃいましたか?
映画、止めないで再生を続けてたらよかったんですか?
唯「えへへへへへ。期待してたことはしてたんだけど、いざ本当になると緊張しちゃうねぇ~♪」
……えー。
唯「ね、ねっ、あずにゃん。どうせ上がった時にバレちゃうけど……ぱんつとブラは、どおゆうのが好みかなっ!?」
梓「ふぁいっ!?
唯「いつも着てるのと、可愛いプリント柄のと……いわゆる勝負下着ってやつ。あずにゃんはどれがいい?」
……何か、どれもとても見てみたいんですが。
どうしてもひとつに絞らなきゃいけないんです?
梓「ぜ、全部でっ!」
あ。
私、何を馬鹿なこと口走ったんだろ。
唯先輩を困らせちゃうようなことを……。
唯「欲張りさんだね、あずにゃんは……いいよ。持ってきたの全部、順番に着替えて見せてあげる」
梓「……は? い?」
唯「あずにゃん、むっつりエロスな人だったんだね! 大丈夫、こんなこともあろうかと、うちから下着全部持ってきたから!」
梓「ああ……一泊なのにやたら大きいバッグだと思ってたら、そういうわけでしたか……はは、あはははは……はぁ」
私、もしかして余計な心配しちゃったのかなぁ。
梓「ちなみに唯先輩。さっき体育座りしてた時に渡したジュース、どうして飲まなかったんですか?」
唯「あ、あれ? えっとね、その、あずにゃんに嫌われちゃったかと思って……飲む気分じゃなかったっていうか……あっ、でも、今なら飲めるよ! ほら!」
そう言って唯先輩は、ぐびぐびとコップをひと息に飲み干しちゃった。
唯「うっまーい! もう一杯!」
梓「そ、そおですか……はい、どうぞ」
まぁ、何ていうか、私の言葉で傷付けちゃったみたいだし。
お代わりを注ぎつつ、唯先輩が寂しい気持ちになっちゃったと思うと、すっごく自己嫌悪。
私、抱っこされてて、誰よりも唯先輩の傍にいたのにわからなかった。
ほんのちょっとの、私の心ない言葉で。
唯「んぐっ、くぴ……ぷは-! あずにゃん、おかわりっ!」
梓「いえ……お風呂入るんじゃなかったですか?」
唯「おおう、そうだったそうだった。さすがむっつりにゃん! ……語呂悪いね、むつにゃん……も今イチだね!」
梓「無理に変なあだ名考えなくていいですよ」
唯「……れずにゃん! これでどうかな!?」
梓「そんな名前で呼ばれても絶対に返事しませんからね!?」
唯「あう……」
うう、他の変な呼び方考えてそう、だけど。
とりあえずお風呂の準備してこようっと。
最終更新:2011年01月26日 00:10