~ぶしつ!~

梓「はい? 読んで字の通り、女性の身体ですね。それが何か」

唯「じゃあ、こういう本を見たら……どんなのを想像するかな?」

 唯先輩が私の目の前に差し出したのは、見るからに私達のような健全な女子高生が読んではいけない雰囲気満点の本だった。
 表紙からして、その……胸もお尻もばいんばいんの美女が、際どい水着姿でえっちぃポーズを取っている写真だったりして。

梓「……どうしたんですか、これ?」

 破廉恥な写真を覆い尽くすように書かれた煽り文句がまた、いやらしい内容ばっかりで。
 表紙を見ているだけなのに、段々顔が熱くなってきちゃう。

唯「や~……インターネットしてたらつい、通販でお父さんの名前を使ってポチっとな!」

 はー、然様ですか。
 『超過激特典DVD付き』って、一体どんな内容……ううん、そういうこと考えてる場合じゃないから今!

梓「何やってんですか、駄目じゃないですか! 親の名前でそんな子供が見ちゃ駄目なえち本なんか注文して、バレたらどうするつもりなんですか!?」

唯「あれ~? そんな本って、どんなぁ? 別に18禁とか、どこにも書いてないんだけどなぁ~?」

梓「うく」

 しまった、誘導尋問でしたか。
 確かに、18禁とか成人向けとか、そういう注意喚起ロゴはどこにも見あたらない。
 けど、これって明らかに……だよね。

唯「どんなこと考えたのかな、あずにゃん? 子供が見ちゃ駄目な本ってどーゆーことか、教えて欲しいなあ?」

梓「うわーん! もう、唯先輩のエロスが伝染るから近寄らないでください! しっしっ」

唯「ああん、あずにゃんのいけずぅ」

 ぷくー、と頬を膨らませる唯先輩の傍から離れ、携帯を取り出した。
 ぴっぴっとボタンを押していると、また意地悪な声をかけられる。

唯「ありり、誰に電話? 子供電話相談室にかけても教えてくれないと思うけど」

梓「いえ、憂にメールするんです。唯先輩が変態すぎて困ってるって」

唯「そんなっ!? しどいよ、コンビニ受け取り指定で、今朝寄って受け取ってきたばかりなんだよ! 後生だから憂に教えるのだけは勘弁してよぉ~!」

梓「はぁ……妙なところは用意周到なんですね。そんな手間かけてまで憂バレはしたくなかったんですか」

唯「……うん。見付かったら本取り上げられて、アイス抜きの刑にされそうだもん」

 一応は後ろめたい、或いはいけないことだっていう認識はあるみたいですね。
 ……さて、これからどうしたものかなっと。
 先輩がたに相談してみる? ……いやいや、唯先輩と一緒になって悪乗りされたら手が付けられなくなりそうだし。
 先生に相談する……と、事が大きくなりすぎちゃうかもしれないし。

梓「んー……じゃ、見なかったことにしといてあげます。だから早くそれ仕舞ってください、唯先輩」

唯「えぇ~? あずにゃんは興味ないの? 一緒に読もうよぉ~」

 ないと言えば嘘になるというか、ええ、実はかなりありますけど。
 でもいくら放課後の部室だからって、学校内で堂々と見せびらかしたり読んだりするような、えっちなのはいけないと思います。

梓「もし先生が入って来たら、運がよくてもお説教プラス没収ですよ?」

唯「んむぅ……それは困るね、うん。ちょお困るね。じゃあ後でゆっくり読むことにするよ」

 偽装工作までしてえちぃ本を手に入れるこの情熱を、練習や演奏の方に注いでくれたらどんなに素晴らしいことか。

梓「家に帰るまで、もうカバンから出さないでくださいね。あとエロスが伝染りそうだから、今日は抱き着かないでください」

唯「ええ……今日はまだあずにゃん分を補給してないのに! そんな殺生なぁ~!」

梓「最近は唯先輩もそこそこ真面目に練習してたし、着実に上達してきてるから、結構見直してたんですが……はぁ。でっかい見損ないました」

 いえ、そういうことに全く興味がないというのも、それはそれで問題かなと思いますが。
 通販でポチるのはどうなんですか。
 しかも計画的犯行ですよね。
 その上、不純同性交遊ですよね。

唯「ううっ……わかったよ、私はこれ読まないよ……だからあずにゃんのカバンにポイス!」

梓「えええっ!?」

唯「読んだら感想聞かせてね! あとオマケのDVDがどんな内容だったか教えてね!」

梓「読みませんし、DVDも見ませんから!」

 そんなに潔癖症なつもりはありませんが、いわゆる不潔でエロスな内容だというのは簡単に予想出来ちゃいますから。
 それに、その、まだ包んでるフィルムさえ破られてないっていうことは、これを読んだら唯先輩よりも私の方がエロスに興味津々ってことになっちゃうじゃないですか。

唯「まーまーまー。あずにゃんもそろそろ、こういうことのお勉強してもいいと思うんだよね♪」

梓「……帰る途中で捨てちゃおっかな」

唯「それだけは止めて。捨てる前に電話かメールくれたら慌てて急いで必死に走って引き取りに行くから」

梓「だったら最初から私のカバンに詰め込まないでくださいよ、もう……」

 唯先輩って、『そーゆーこと』とはものすごく縁が遠い感じだったのになぁ。
 ……はっ!? もしかして目覚めたとか!? 気になる男の子でも出来たとかっ!?
 それだけじゃ済まずに、あんな本で学ぶ必要性に駆られてるとか!?

唯「んむー……」

 ……っていうわけじゃなさそうだね、このお気楽極楽のーてんきな様子を見る限り。
 ちょっと、その点だけは安心したかも。

梓「さ、お茶の準備だけでもしときましょう。唯先輩は布巾で机を拭くのお願いします」

唯「らじゃー!」

 私は特別に興味持ってるわけじゃないんだから、気にしなければいいんだ。
 今日、一旦は唯先輩の顔を立てて持ち帰るけど、明日そのまま返せばいいんだよ。
 包装のフィルムを破らないままでいれば、別に悪ふざけでからかわれたりもしないだろうし、うん。


~あずさのへや!~

梓「…………」

 ご飯もお風呂もお片付けも宿題も済んで、もう寝るだけなんだけど。
 どうにもアレが気になって、お布団に潜り込む気になれない。
 今日の分の課題を済ませる為にノートとか出した時に背表紙がちらっと見えたことは見えたけど、勝手にカバンに突っ込まれたままの状態。
 ……見ない。見ませんよ。絶対にこのまま返しますからね、唯先輩。

梓「あ、そういえば借りてきたDM○のDVD、明日が返却期限だっけ」

 ああ、自分でも後悔するくらいに明らさまな独り言。
 今夜も私ひとり……まぁ、そんなの慣れてるけど。
 今夜だけは、ひとりにしないで欲しかった。
 そしたらレンタルDVDだけしか見られなかったし、簡単に諦めることが出来たのに。
 今夜の留守だけはちょっと恨ませてもらうよ……お父さん、お母さん。

梓「んっ……え、えっと、また借り直すのも損だし、ちゃんとライブ見なくちゃね!」

 白々しい言い訳を、自分自身に向けて、する。
 そうでもしないと、借りる時はとっても楽しみだったバンドの演奏が上の空になりそうだから。



~あずさのへや・そのご!~

梓「はぅ……いつか私も……私達も……」

 演奏の腕前はまだまだ比べるべくもないんでともかくとして、ボーカルや歌詞の方向性が全然違うから、この人達のような世界的熱狂は得られないかもしれない。
 けど、少しずつでいいよね。
 いつかは武道館って、冗談交じりだったり真剣だったり、何度も聞かされて……私の目標にもなってる。
 世界征服の為の足がかりとしてご町内を征服するみたいな感じで、私達はまず桜高に根強いファンを沢山作んないといけませんよね、先輩がた!

梓「はー、興奮したなあ。クラ○ザー様の予想出来ないパフォーマンス、今回もモザイク入ってたけど、あの会場にいたら生で見られたんだろうなぁ……」

 DVDをケースにしまって、ぱちん。
 レンタル袋に入れて、カバンの中へ……うん、嫌でも視界に入っちゃうんだよね、唯先輩が勝手に無理矢理押し込んだ本が。

梓「…………」

 どんな理由であれ手を付けたが最後、しばらく唯先輩にからかわれるのは目に見えてる。
 えち本なんて、今まで読もうとか欠片も考えたことなかったのに、手が勝手に伸びちゃう。
 ……うん。
 私だって、こういう方面への興味、すごくあるもん。
 私だって、お年頃ですもん。
 唯先輩には、教科書が引っかかって包装が破けちゃったとか言えばいい……かな。

梓「……あれ。紙袋・イン・ザ・本?」

 いや、ぺりっと勢いでフィルムを破いて中身をそっと取り出したはいいんだけど。
 のりで封印されてる、DVDが入ってるっぽい紙袋を開封しちゃったら、いくら何でも偶然なんて言えないよね。

梓「あ、あはは、何やってるんだろ私。DVD繋がりでついでに見ちゃおうかなー、とかっ」

 残念な気持ちが七割くらいで、安心した気持ちが三割くらい。
 ……いやいや私、どうしてそんなに残念なのかな。

梓「じゃ、本の方を……」

 どうせフィルムは破いちゃったんだし、ほぼ元の通りに戻して返すにしても勿体ない。
 何が勿体ないって、こんなに建前と本音の間で葛藤した私の気持ちが不完全燃焼すぎるし。

梓「……ん」

 こういう本って、私達と同年代の男の子が読むのかな。
 それとも、いわゆる大人に分類される、男性が読むのかな。
 唯先輩みたいな……私みたいな年頃の女の子が読んでも、いいのかな。

梓「んく……」

 ページをめくる。
 その度に、とても刺激的な内容が目に飛び込んでくる。
 男性は出てこない、けど、代わりに女性同士が水着姿のまま、そーゆー知識がろくにない私でもわかるくらい、えろっちく絡み合ってた。

梓「……なるほど」

 ちょっと肩透かしを食らった感じだけど、出版社的にはギリギリオッケーってことか。

梓「こっ……こおゆう絡み方もアリなんだ……はう」

 単に水着を着た女性同士が戯れてるっていう理屈なら、うん、理屈だけで言うなら18禁指定は不要だもんね。
 うん、だからこれはえちぃ本じゃないし、私が読んでも一切の法律には抵触しないし、つまりは全く問題ないってことなんだ、うん。

梓「ふぁ……ん、んぷ……」

 この写真だって、もしかしたら百年後には素晴らしい芸術として美術館に飾られているのかもしれないし。
 昔の人が裸の女体を描いた絵を、考えられない程の高値で取り引きしてる時代だもんねっ。

梓「はぁぅ……ティッシュティッシュ……」

 フローリングの床に、ぽたぽたりと血の雫。
 唯先輩が隣で見てたら、ハナチだけに鼻で笑われちゃいそう。

梓「……はうあう、んむっ」

 ……そう、唯先輩。
 もし私と唯先輩が、この写真のように絡み合ったとしたら。
 それが例え水着であっても、全裸だったとしても、私はこんな風にハナチ出しちゃうんじゃないかな。

梓「んぅむ、はうう……慣れちゃえば、出なくなるのかな」

 いちいち鼻を押さえるのも、ティッシュで床の雫を拭うのも面倒だし。
 自分で聞く自分の鼻声が間抜けっぽくて、唯先輩だったらもう笑いを堪えきれずに噴き出してるかもしんない。
 それ以前に、鼻にティッシュ詰めてた時点で、唯先輩は絶対にお腹を抱えて笑い転げるに決まってる。
 ……いやいやいや、どうして私は唯先輩とこーゆー事態になることを想定してるのかな!?

梓「ううっ。もお、そーゆー想像しか出来なくなっちゃったよ……」

 どうしてよりによって、おっぱいが大きい人とそうでもない人との絡みなのかな。
 そうでもないって言っても、私よりは大きいんだけど、それはそれとして。
 髪型もどこか私と唯先輩に似てるっていうか……もしかして、わざとチョイスしましたか?
 だ、だとすれば、思惑通りに動くのはちょっと癪に触るっていうか……直接言ってくれればいいのに。
 もしわざとだったなら、ちょお文句言ってあげますから、覚悟してくださいね?

梓「んっ……ふううう!? う、んふ……」

 ページをめくる度に、内容がどんどん過激になってく。
 それでも、いわゆる修正が入ってないのは、きっちり水着で大事な部分が隠れているせいかなあ。

梓「ふぅ、んく……こ、こんなのって……」

 いや、私、もう無理です。
 鼻つっぺにも血がじっとり染みてるし、取り替えてもすぐにまたじわじわ染みてく感じがするし。
 やっぱり、読まなきゃよかったかも。

梓「はうう……」


~よくじつ・ぶしつ!~

唯「あーずにゃーん! あの本、読んでくれたぁ?」

梓「んぐむっ」

 うわ駄目だ、昨夜を思い出して不自然に鼻元を押さえちゃった。
 ほら、やっぱり、唯先輩ってば……してやったりって顔で私を見てる。

唯「……読んだの?」

梓「よっ、読んでませんっ! こんな破廉恥な写真ばっかりの本、私が読むハズないじゃないですか!」

唯「そおだね」

 カバンから、包装フィルムの中に丁寧に戻した本を取り出す。
 あくまでも偶然、ちょこっと内容が見えちゃっただけ……ってスタンスでないと、困ったことになりそう。

梓「ど、どおぞ、お返しします」

唯「ありり? 本の下の方がぴったりしてないね……あずにゃん。これ、いっぺんフィルム剥がしたんでしょ?」

梓「へ? いえ、あっ、あれえ? 教科書とかノートとか出し入れしてたらいつの間にかっ」

唯「それに、どおして『破廉恥な写真ばっかりの本』ってわかったのかなあ?」

梓「んぅ」

 うわあ、すっごいにやにやしてる。
 確かにそれは私の失言でしたけど、如何にも今からいじめますよってゆー顔付きは止めていただけませんかね。

唯「ねぇ、ほんとは読んだんでしょ?」

梓「読んでません」

唯「ここのページの角、ちょっとだけ折れてるよ」

梓「読んでないので知りません」

唯「またまたぁ。DVDの紙袋の端っこにも、剥がれないかな~って試したちっちゃい爪の跡が残ってるよぉ?」

梓「そんなっ!? 剥がしたら絶対バレると思ったから全然触ってませんよ、私!?」

 ……あ。
 くうう、唯先輩ってば何て卑劣な真似をっ!

唯「……読んだの?」

梓「す、少しだけ……途中まで、半分もいかないとこで一杯一杯になっちゃって……本当です、信じてくださいっ」

唯「そっか。途中までは読めたんだね、あずにゃん」

梓「はっ、はい……でも、恥ずかしすぎてハナチ出ちゃった辺りで、ここまでが私の限界かなと」

唯「そっか、そっか。うんうん」

 唯先輩は、にっこり微笑んで。
 返したばかりの本を、私の目の前に差し出してきた。

唯「ほい、あずにゃん。これ、また貸してあげるね。じっくり読んでもいいし……ていっ」

 ぴーっ。

梓「あ……」

 昨夜、私がとうとう触れなかったオマケDVDの紙袋の封を、唯先輩はぺりっと簡単に開けてしまう。
 今日も両親いないのに、他に理性の堤防もないのに、そんなことをされたら。
 見てもバレないっていう状況を作られちゃったら。
 私、どう頑張っても我慢しきれなくて、見ちゃうじゃないですか。

唯「DVDの紙袋。剥がしても、のりで貼ればわかんなかったかもしんないのにねぇ~?」

梓「…………」

 すみません。
 私、唯先輩みたく、そおゆうエロスな方面には悪知恵が働かないもので。

唯「はい、あずにゃん。明日こそは感想を聞かせてね?」

梓「は……い……」

 本誌だけであの有り様だった私が、DVDも見たらどんな風になるのかな。
 とりあえず、事前にティッシュやタオルを準備しとかないと……。


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