先生A「先生・・・秋山に逃げられたのに、まだ続けるんですか?」
先生B「当たり前だ。田井中には痛い目にあってもらわないとな」

男Aに担がれる律を、先生Bは横目で睨んだ。

男C「で、でもよ、逃げられたって事は、通報されるんじゃないか?逃げた方が良いような――」
先生B「私の言うことが聞けないのか?これまでお前達に女と遊ばせてやったのは誰だ?」
男C「う・・・わかりましたよ」

しぶしぶと言ったように、男Cは口をつぐんだ。

先生B「・・・田井中ぁ・・・」

呻るように呟いて歯を軋ませた先生Bの顔は、怒りで醜く歪んでいた。



……

ぼんやりとしていた紬は、突如鳴り響いた着信音に驚き、慌てて携帯を手に取った。

紬(唯ちゃんからだ・・・)ピッ
紬「唯ちゃん?どうしたの、こんな時間に」

携帯の向こうから聞こえてきた声は――

唯『む、むぎちゃ!うえぇ!!どどど、どうしよ!!助けてえぇぇ!!りっちゃんがぁ!!』

無茶苦茶、支離滅裂。まさにそんな感じだった。
嫌な予感がし、紬はなんとか唯を落ち着かせようとする。

紬「唯ちゃん!唯ちゃんとにかく落ち着いて!!深呼吸して!」
唯『ひ、ひっひっふーひっひっふー・・・』
紬「(何か違うけど・・・)もう大丈夫?一体どうしたの、りっちゃんがどうかしたの?」
唯『りっちゃんが・・・りっちゃんが変な人達に連れて行かれちゃったよぉ!!』
紬「――!?」

紬は耳を疑った。何故、どうして律が?

紬「り、りっちゃんが!?」
コンコン
斉藤「失礼します、お嬢様。お食事の準備が――」

部屋に入った斉藤は、紬が電話をしているのを見ると、口をつぐんで頭を下げ、出て行こうとする。
それを、紬が通話しながら手で制した。

紬「唯ちゃん、落ち着いて説明してくれる?」
紬(お父様を呼んできて)

唯と会話しながらのジェスチャーとアイコンタクト。それだけで斉藤は、

斉藤「かしこまりました」

と頭を下げて、部屋を出た。



紬「うん、うん。わかったわ。すぐそっちに行くから、そこで待ってて!無茶しちゃ駄目よ!」

紬が携帯を切ったのとほぼ同時に、紬の父が部屋に入ってきた。

紬父「どうした紬!何かあったのか!!」
紬「お父様!大変なの!!」

紬は唯から聞いた出来事を、手早く父に説明する。

紬父「――なんだと・・・!・・・任せなさい!!」
紬「お父様!私も!!」

肩を振るわせて踵を返した父に、慌てて紬はついていった。



……

唯「――わかった!待ってるよ!!」

唯は携帯をしまうと、律の姿が消えた路地を見つめた。

唯(むぎちゃんは無茶するなって言ってたけど・・・)
唯(でもこのままじゃ、りっちゃん何処につれてかれちゃうのかわかんなくなっちゃうよ・・・!)

紬のおかげで落ち着きを取り戻した唯は、足りぬ頭で必死に考える。

唯「・・・よしっ・・・」

唯はがばっと顔を上げると、恐怖で震える足で地面を踏みしめ、また走り出した。




……

澪「律・・・律ぅ・・・」
運転手「お、お嬢ちゃん・・・何があったか説明してくれないと、降ろせないよ・・・。あの子のあの剣幕見たらね・・・」
澪「ひくっぐすっ」
運転手「・・・;」

気まずい空気の流れるタクシー内。その時だ。

運転手「おっと・・・」

タクシーが、信号で止まった。
その瞬間、澪の体は勝手に動いていた。
澪はお金を無造作に置くと、ドアを開けて飛び出した。

運転手「あ、コラ!!・・・って、ぉお嬢ちゃん、お釣り!!」


運転手「・・・・・・」
ピピポ
運転手「もしもし、警察ですか――」



……

男B「あ~・・・コイツに殴られたとこ、痣になってら。後でぶん殴ろ」
男C「ただの女だと甘く見すぎてたぜ・・・。胸くそ悪ぃ」
先生A「・・・・・・」

ぶつくさ言う男達に比べ、先生Bは怖いほど静かに歩いていた。

男A(く、くそ怖ぇ・・・)

律を担ぐ男Aは、時折感じる先生Bからの律に対する視線にビクビクしていた。
廃工場へと戻っていく五人。


唯「はぁ、ふぅ、はぁ・・・」

慣れぬ長時間の疾走に、膝に手を置いて息をする唯は、物陰からその様子を見ていた。

唯(あんなところに入ってく・・・)
唯(りっちゃん・・・)

唯はきつく目を閉じると、元来た道を急いで戻った。



……

澪「ハァッハァッ・・・」

暗い夜道を、澪は無我夢中で走る。
呼吸が乱れ、何度も足がもつれそうになる。

澪(律っ・・・!)

思い出してしまう、彼女の笑顔。あんなに弱々しい笑顔を見るのは、初めてだった。

澪「う、うぁ・・・」

つい足が止まってしまい、その場に座り込んでしまう。
立って走らねば。そう思うのに、涙が溢れ、体に力が入らない。

澪「律うううぅ・・・」

地面にへたり込んだまま、澪は泣きじゃくった。
その時だった。



「澪ちゃん!?」

自分の名を呼ぶ、聞き覚えのある声。そうだ、これは・・・

澪「むぎいいいいぃ!!」

泣きながら澪は振り返り、そして目の前の光景に息を飲んだ。

澪「・・・!!」
紬「澪ちゃん!澪ちゃん!!怪我はない!?無事なのね!?」

呆然とする澪に、紬は涙を浮かべて抱きついた。
紬の包み込むような抱擁に、澪は泣き崩れた。



澪「むぎ・・・むぎ!!律が!!律がぁ!!」
紬「やっぱり澪ちゃんも関係してたのね・・・。唯ちゃんが言ってたわ!今からそこに向かうところだったの!」
紬父「後は私達に任せて、澪ちゃんは待ってなさい。私の家まで送らせよう」

紬の父の言葉に、澪の頭に先ほどまでの出来事がフラッシュバックする。
息を切らせながら駆けつけてくれた律の姿、ベースを守ってくれた律の姿、男の達の足を止めるため、果敢に立ち向かっていった律の姿――

紬父「誰か!この子を屋敷まで――」
澪「待って下さい!!」

言葉を遮られ、紬の父は澪を見る。・・・強い決心を示した表情がそこにはあった。

澪「私も行きます!行かせて!!」



……

律「う、ん・・・」

律は体中を走る鈍痛に、深い眠りから呼び起こされた。

男B「ち、もう目ぇ覚ましやがった」

自分の後ろから聞こえてきた声に、律は状況を思い出してハッとする。
振り返ろうとしたが、もう一人の男に押さえ込まれて動けなかった。

律「っ!放せよ!!」
男B「まぁまぁ慌てなさんなって。よし、縛ったぞ」

律は男を振り払おうとして、手の自由がきかないことに気がついた。
両手が体の後ろで縛られている。
律の体を押さえていた男Cが、ニヤニヤとのぞき込んでくる。

男C「お友達を守り抜いた気分はどうだよ?え?」
律「・・・・・・」
男C「お前のせいでさぁ、俺たち折角の獲物逃がしちゃったんだぜ?どうしてくれんだ?」

そう言って、男Cはいきなり律の胸を服の上から鷲掴みにした。

律「あっ!?」
男C「ちっ・・・あの女と比べたらだいぶ小せぇギャアアッ!!!?」

律の足が男Cの股間を蹴り抜いた。男Cは股を押さえてのたうち回る。

律「汚い手で触んなっ!」
男C「てぇめえっ!!!」

憤る男Cの肩に、先生Bが手を置いた。


先生B「お前はいつも気が早すぎる。まずは手も足も出せない状態にするのが基本だろう」

そう言って、先生Bは律に歩み寄る。
律は立ち上がって逃げようとしたが、まだ体にしびれが残っていて、上手く動けずにいるうちに男Aに捕まえられた。

男A「おっと、逃がさないぜ?」
律「くそっ!」
先生B「上手いぞ」

先生Bが男Aにロープを投げ渡す。
男Aは律を無理矢理押し倒すと、両足を縛り始めた。

律「いやっ!やめろ!!」
男A「ち・・・あんだけボコボコにされておいて、まだ元気なのかよ」

毒突きながらも手早く男Aは律の足を縛り上げる。

男A「よぅし、完璧♪オラ、顔上げろ」

男Aが律の首元へと手を伸ばす。一瞬の隙を突いて、その手に律は噛みついた。



男A「いっ!いででででで!!」

男Aは律から弾かれたように遠ざかった。

男B「ったく、大人しくならねぇな・・・」
先生B「全くだ。もう無駄な抵抗はやめてもらいたいな」

ため息をつきながら、先生Bは地面に横たわってこちらを睨む律に近づく。

律「来るな・・・変態」
先生B「・・・ほう」ピク

先生Bは律の傍にしゃがみ込むと、彼女の頬を思い切りはつった。
乾いた音が響く。

律「・・・・・・っ」
先生B「・・・ふん」


先生Bが、律の胸ぐらを掴んでねじ上げた。

先生B「お前のせいで全部台無しなんだ。秋山の代わりに、私達を楽しませてくれよ?」
律「・・・ふん。変態なことしか考えてないから、私みたいなのに邪魔されちゃうんだよ」
先生B「・・・!!!」
律「・・・そんなので、よく先生なんかになれたなぁ」

強がりな笑みを浮かべる律を、先生Bは怒りで言葉を失って睨む。

律「・・・お前らの好きにさせるもんか。絶対に抵抗はやめない」
先生B「き、さま・・・」
律「澪にも逃げられたし、タクシーの人にも見られたし、どーせもうすぐ警察がくるよ。そうなったら終わりだな」

律は先生Bの血走った目を、真っ正面からきつく見据えた。

律「このバカなお遊びも、お前らの運命も」



先生Bは律を思い切り地面に投げ捨てた。
埃まみれの大地に叩きつけられ、律は咳き込みながら呻く。その時。


…ポー…ピー…ポー…

先生A「サ、サイレン、の音・・・」

…ピーポーピーポー…

男A「パ、パトカーのサイレンだ・・・!」
男B「もう、終わりだ・・・」
男C「・・・やっぱり逃げてりゃ良かったんだ」

しかしそのパトカーのサイレンは、遠ざかったり近づいたりを繰り返していた。

先生A「もしかして・・・まだ俺たちがここにいるって事、ばれてないんじゃないか?」
男C「そ、そうだ!絶対そうだ!!まだ間に合う!今からでも逃げれるぞ!!」
先生A「先生、どうしますか――」

先生Aは、そこで初めて先生Bの異変に気付いた。



先生A「せ、先生?」

先生Bは、低く、小さく、おぞましい声で笑っていた。

先生B「ふははははは・・・はははははは」
律「・・・・・・」
先生B「無駄だよ。秋山は私達の生徒だ。もう私達に逃げ場はない。もちろん共犯のお前達全員もだ。だから最後まで楽しませてもらおうと思ったんだ・・・」

微かに聞こえるサイレンと、先生Bの笑い声が不協和音を奏でる。

先生B「そうだなぁ田井中ぁ・・・。もう終わりだ・・・」

両手を大きく広げ、血走った目で穴の開いた廃工場の屋根を見上げ、先生Bは恍惚とした表情で言葉を紡ぐ。
そして、おもむろに懐へと手を入れた。


律「なっ・・・!」
律(こ、こいつ――)

顔に出てしまった恐怖に、先生Bは満足そうににやついた。
彼の手には、小さな折りたたみナイフが握られていた。

先生B「もう終わりだ・・・。この素晴らしい娯楽も、私達の運命も――お前の命も」
律「正気、かよ・・・!」
先生B「どうせ捕まるなら、目一杯楽しんでからの方がいいね」
先生A「ほ、本気ですか・・・?」

先生Bはナイフの刃を出したりしまったりしながら、固まる男達を振り返った。

先生B「本気・・・?お前ら、何を考えて今まで遊んできたんだ?こういう事は承知の上だろ?女の子ぼこぼこに痛めつけといて、そりゃあ無いな」
先生A「し、しかし・・・罪が重くなって――」



先生Bは、腹を抱えて笑った。

先生B「罪!今更だな!!今まで何人の女と遊んできたと思ってる?短かろうが長かろうが、刑務所に入ったら変わらんだろう」

先生Aは、何も言わなくなった。止めようとは、しなかった。

先生B「さぁ、待たせたなぁ田井中・・・。一度人を刺してみたかったんだ・・・」
律「く、来るな・・・!!」
先生B「くくく・・・いい顔だ。お前のそういう顔が見たかったんだ。普段気の強い人間の恐怖と絶望に強張った表情はとても興奮する」

両手両足を縛られた律は、ただもがくことしかできない。そんな彼女に、先生Bは一歩、また一歩と歩み寄っていく。



先生B「その腹に何度も何度もこのナイフを突き立ててやる」

律は男達に目をやった。先生Bを止める気配はない。男Bにおいては興味深そうに笑ってこっちを見ている。

律(最悪だ・・・)

パトカーのサイレンは聞こえない。まだここに気がついていないのか。

先生B「その顔が絶望に満ちたまま生気を失っていくのを、この目で見届けてやる」

先生Bが、律の傍で跪く。

律(もう、駄目――)
先生B「さぁ、血反吐を吐いて泣き叫んでくれ!!」

振り上げられたナイフの小さな刃が、暗い工場の中で鈍い光りを放ち、律の目に焼き付いて――


「りっちゃあああああああああん!!!」

突如響き渡る、甲高い少女の声。それと同時に、重々しい工場の鉄扉が開かれた。
工場内に鋭い光が入り込み、男達の姿を照らし出す。

男A「な、なんじゃありゃあ!!」

男Aが叫ぶのも無理はない。
自分たちを照らすのは無数の車のライト。その前に立つ、三人の少女達。あの逃がした女もそこにいた。
そして、車の中から現れたのは、大勢の警備員。
凄まじい光景が、目の前に広がっていた。

紬父「誰一人として逃がすな!!確保だ!!」

一台の車から、紬の父が声を上げつつ飛び出す。
その叫びを合図に、工場内に警備員がなだれ込んだ。


警察官達「・・・・・・」

ようやく現場を見つけた・・・否、無数の車の後についていったら現場につけた警察は、眼前の光景に愕然とする。
ぼーっとしている場合ではない、とすぐに我に返ると、警備員と共に中に突入した。

男A「はなしやがれ!!」
先生A「っ・・・!」
男B「っくしょおおおおぉ!!」

次々に押さえ込まれていく、犯罪者達。
そんな騒動の中で、三人は懸命に律の姿を探した。




澪「律!!」

そして澪はいち早く、地面にうつぶせになって横たわる律を見つけた。
彼女の声に、唯と紬も律を発見する。
澪は律の傍に跪くと、手足の拘束を解き、彼女を抱き起こそうとした。と、

ぴちゃ

澪「・・・?」

律の体の下に入れた手が、生温かい物で濡れたのを感じた。

澪「――律・・・?」

ゆっくりと、律の体を仰向けに返す澪。――そして、見た。

澪「い――」

――律の白いカッターシャツを、鮮血が紅く染め上げようとしていた。

澪「いやああああああああああああああぁ!!!」
唯「ひっ――!!」
紬「――・・・!!!」


律のカッターは、腹部に穴が開いていて、そこからじわじわと赤が広がっていた。

先生B「あっははははははははは!!はっはっははははは!!!」
警察「こいつ、ナイフを持ってるぞ!ちゃんと押さえろ!!」

警備員と警察に押さえ込まれた先生Bが、大声で笑う。

先生B「刺してやった!!刺してやったぞ!!一度しか刺せなかったが、もっと滅多刺しにしてやりたかったな!!」

警察が、暴れる先生Bをさらに押さえつける。
警備員に確保された他の男達も、これには声を失っていた。

先生B「ひっひっひ!ひゃはははははは!!最高の夜だ!!お前等みんな仲良し軽音部のおかげで!一生忘れない夜になりそうだよ!!」

先生Bは大勢の警備員や警察につれられ、無理矢理外へと連れて行かれた。



先生Bの狂言に、紬は今までにない憤りを感じた。
澪の肩に置いていた手に、ブレザーにしわが出来るほど力を入れていて、それに気付いた紬は慌てて手をゆるめた。

だが、それにも気付かない様子、むしろ先生Bの言葉も耳に入っていなかった様子で、澪は自分の手にべっとりと付いた血を、穴が開くほど見つめていた。
唯も唯で、動かない律を呆然と眺めている。

澪「ああぁ・・・あああぁあ!!律が!律が死んじゃう!!」
紬「澪ちゃん!澪ちゃん!!落ち着いて!!まだりっちゃんは大丈夫よ!!」
唯「きゅ、救急車・・・。救急車呼ばなきゃ!!」

我に返った唯が警備員に助けを求めに走る。
紬の呼びかけに、澪は涙を抑えることはできなくても、何とかパニックから回復した。


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