どうも、平沢 唯です。
 大学生になった私はアルバイトを始めました!
 そのアルバイトなんだけど、ちょっと変わっているんです。――


「んー、なかなか決まらないよぅ。」

 私は近所にあるカフェのカウンターで、アルバイト情報誌とじーっとにらめっこ。

 大学生って良い意味でも悪い意味でも時間があります。
 昔、和ちゃんに相談したら

「時間があるなら勉強すればいいんじゃないの?」

 なんて軽く返されました。――トホホ

「和ちゃんは勉強と生徒会が恋人だったからわからないんだよっ、
 大学生ってお金がかかるの、私の毎月のお小遣いじゃたりないよぉー。」

「はぁ、酷い言われようね。
 十分唯の面倒も見てきたつもりなんだけど、――何処で教育間違っちゃったのかしら。」

「第一なんでそんなにお金が必要なの?」

「軽音部の皆で集まって練習するときの場所代だよ!
 あと、――ちょっと新しいお洋服とか欲しいかなぁって、えへへ。」

「じゃあこれ、唯にあげるわ。」

「あるばいと、情報誌?」

 その時貰ったアルバイト情報誌がこれです。
 なかなか手ごわい相手で、簡単には笑ってくれません。
 長期戦を覚悟した私は、無いお小遣いでおかわりの注文をしにカウンターへ向かいました。

 そうそう、私コーヒー飲めるようになったんだよ!
 もちろんお砂糖とクリームはいっぱい入れるけどね。

「うーん、ウェイトレスさんもいいよねぇー。」

 カウンター前の自動ドアが開き、ある人が入ってきます。
 会う機会はへっちゃったけど、――変わらない優しい笑顔で。

「あ、やっぱり唯ちゃんだ。」

「あー、ムギちゃーん!」

「よかったわ、外から見て唯ちゃんかな? って、
 人違いだったらどうしようかとも思ったんだけど。」

 そう言うとムギちゃんは口に手を当てて笑いました。
 ――そういう仕草、私なんかよりずっと大人びてて、お上品。

「唯ちゃん、そう言えば今日はどうしたの?」

「そうなんだよムギちゃん、ちょっと悩み事があってねぇ?――」

 私とムギちゃんはカウンターに横並びで座り、コーヒーを混ぜる。
 お砂糖は3本、クリームは3つ、出来上がったものを、ズズとすする私。

 ムギちゃんはコーヒーにクリームを1つ入れ、
 クリームの白がコーヒーの黒に広がって行く様子を眺めています。
 その視線を甘いコーヒーをすする私の奥へ移し、“それ”に気が付くと、

「あら、唯ちゃんもそういうの読むのね」

「あっ、――うん!」

 ここにきてようやく忘れ去られていた悩み事のお話が始まりました。

「――なかなか“ピンッ”とくるのが無くってね、へへ。」

「…………」

 またムギちゃんはコーヒーに視線を落としました。
 もう混ざりきって、色を変えることのないコーヒーに。

「――あのね、唯ちゃん!」

 ムギちゃんは向き直り話し始めました。
 ほんの少しほっぺたを赤くして、真剣な表情で。
 こういう時のムギちゃんは“決意”を伝えたい時です。
 3年間しか一緒に居なかったけど、そういうのはわかります。

「は、はい!」

「その、もちろん唯ちゃんがよければ、
 ――家のメイドさんのお仕事やってみないかな? って。」

 また少しムギちゃんのほっぺたは赤くなりました。

 私は正直どうしていいのか分からなくなり、
 混ざりきったコーヒーをさらに混ぜる作業に入りました。


「嫌、――?」

 ほっぺたの赤みはそのまま、不安そうに聞いてくるムギちゃん。

「そ、そんなことないよっ!
むしろお願いしたいんだけど、私じゃ迷惑だと思うんだぁ。」

「なら、是非。」

 コーヒーを混ぜる作業は、
 ムギちゃんに手を握られたことにより中止になりました。

「――ムギちゃん。」

「お願いできるかな、唯ちゃん。」

「よろしくお願いしますっ!」

 お辞儀、――顔をあげてムギちゃんを見ると、


「…………」

 とても嬉しそうな笑顔でした。


 ――そして私のアルバイトは始まったのです!

 フレンチメイド服に着替えた私に、執事の斎藤さんのお話し。
 ・ムギちゃんについてまわる
 ・ムギちゃんのお世話をする
 ・ムギちゃんの話し相手をする
 ・ムギちゃんのお願いを聞く
 と、あまり難しいことは要求されませんでした。

「よろしくお願いします。頑張ってくださいね、平沢さん。」

 少し楽しそうな斎藤さん。
 ムギちゃんの部屋につくと、

「唯ちゃんは私が教えるからいいの。」

 と、指導をしようと意気込んでいた斎藤さんはつまみ出されてしまいました。

 斎藤さん、――少し可愛そう。


「そうね、あまりコレってものはないんだけど。」

 ムギちゃんは扉の前まで歩いて行き

「斎藤! コーヒーを持ってきてちょうだい。」

 扉の脇で待機していた斎藤さんは5分とかからずコーヒーを運んできました。

「ありがと。」

 また閉め出される斎藤さん。
 扉が閉まるとき、フと寂しそうな表情が見えました。

「じゃあ唯ちゃん、お願いします。」

「は、はい!」

 私はおぼつかない手つきでソーサーの上にカップを置き、
 コーヒーポットからあたたかいそれを注ぐ。

「お砂糖とクリームはいかがなさいますでしょうか?」

 裏返った声でムギちゃんに聞きました。

「あら、普通にしてくれていいのよ?
 ――そうね、唯ちゃんのお好みでお願いします。」

 また、クスリと口に手を当てムギちゃんはお上品に笑いました。

「で、――では。」

 覚悟を決め、シュガーポットから1つ、また1つ、砂糖をカップに入れる私。
 5つ目の砂糖を入れようとした時に砂糖を入れすぎたことに気がつきました。

 慌てて砂糖をポットに戻そうとすると

「ああっ!」

 倒れるシュガーポット。

「ごめんなさい!」

「気にしないで? 唯ちゃん。」

 優しく私の手をとるムギちゃん。
 その表情はとっても穏やかで、優しくって、

 ――きれいで。

「それと、“いつもの唯ちゃん”でいいからね。」

 そんな顔して言われたら、ちょっとむず痒くなっちゃう。
 ムギちゃんをまっすぐ見れなくなっちゃう。

 私は意識しないようにクリームを入れ、ムギちゃんにコーヒーを渡しました。



 コーヒーに口をつけ

「これが唯ちゃんの入れてくれたはじめてのコーヒー。」

 また上品に笑うムギちゃん。
 私は視線を泳がせて愛想笑い、私のほっぺたは赤くなっていたと思います。

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 ――――――――
 ――――

 私がムギちゃんの家で働き始めて1週間が経ち、
 コーヒーだけは上手く入れられるようになりました。

「――うん! だってムギちゃんが優しいからだよ。」

 いつもの様に私はコーヒーに味付け、
 その私の後ろで、今日の大学の話をするムギちゃん。

「そうかしら、でね?――」

 そうそう、
 ・ムギちゃんの話し相手をする
 これはもともと得意だったね、軽音部から変わってない。

「その、――ムギちゃん?」

「…………?」

「私、これじゃあお仕事してるうちにはいらないよ。
 軽音部の頃と変わらないし、お給料とかもらえないや。だから他のアルバイトを――」

 私はそう言い、苦笑いで振り返る。


 ――背中に伝わる優しい衝撃。

 「そんなこと無いの。」


「私、唯ちゃんに久しぶりに会ったときとっても嬉しかったわ。」

「でも、また会えなくなっちゃうのかな? って、考えると少し寂しくて、
 どんなにずるっ子なやり方でもいいから唯ちゃんと会える機会を増やしたくて。――」

「ごめんなさい。」


 ムギちゃんは私をそっと抱き締めて。

「そんなことないよ、ありがとう。――ムギちゃん。」

 私はやさしくムギちゃんの手を撫でました。

「――唯ちゃん。」




「で、でも、おっぱいが背中にあたってるよぅ。」

「わざとよ?」

「私のかわいい専属メイドさん♪」


 おわり



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