紬「みんな私がアルバイトしてる設定だって忘れてない?」

澪「設定?」

律「なんか少し余計な言葉が聞こえたよーな……」

紬「あっ。ち、違うの! 今のはほら……」

紬「言葉のあやみたいな、ね?」

律澪(誤魔化しきれてないー!)

唯「ムギちゃんアルバイトなんてしてたっけ?」

紬「してたの! あ、じゃなくて……してるの!」

律澪(ボロを出しすぎだー!)

唯「んでぇ、どこでアルバイトしてるの?」

紬「もう。唯ちゃん忘れちゃったの? よく行ったバーガーショップ」

紬「去年までよくみんなで集まってたのに、最近はもうさっぱり……。しゅん」

唯「言われたらなんだかそんな気がしてきたような」

紬「でしょうでしょう!」

唯「でも、あれ? そーすると……」

紬「……私、どこか辻褄が合わないこと言っちゃった?」

唯「えっとね。私の通学路にそのバーガーショップがあるんだけど、ムギちゃんが働いてるところなんて全く」

紬「あ! 棚の奥にクッキー閉まってあるの忘れてた!」

唯「クッキー! はい、食べます食べます!」

律澪(それ保存用だって言ってたような……)


律「な、なぁつむぎさんや」

紬「なぁにりっちゃん? むんす」

律「ええとだな……。まずそこで働いてるくらいなら、建物の構造は頭に入ってるよな?」

紬「? それは勿論……」

律「例えばあそこのレジ、二階のは階段上がらないと見えないし、一階だって奥まってたと思うんだけど」

紬「あっ……」

澪「それに、ムギは休みの日しかバイトできないはずだろ。平日はこうやって部活してるんだから」

紬「そ、そうね。そうだった……」

紬「わなわなわなわな」

唯「ムギちゃん……震えてる?」

律澪(ま、まずい!)

律「いやほら! だから唯がたまたま見つけられてなかっただけなんだよ! 澪もそう思うだろ?」

澪「う、うん! ムギは優しいから、唯のかまかけにのってあげただけなんだよな?」

紬「…………」

紬「そう! 二人の言うとおり! だから、私はまだアルバイトを続けているんです!」

唯「おおーっ。ぱちぱちぱち」

律「やっぱり、それでこそムギだよなー」

澪「な、なーっ」

紬「ですよねー」

一同「あははー。あはははー」

唯「じゃあ、今日の帰りは久々にみんなで寄って帰ろっか?」

紬「!?」

律澪(せっかく丸く収まったと思ったのにー!)

紬「そ、それは、その……。もじもじ」

唯「ほぇ? もしかして今日って定休日だった?」

澪「あそこは年中無休のチェーン店舗だぞ」

律「つーか別に今日じゃなくてもいいんじゃないか? 唯、クッキーのちポテトは腹にくるんだぞー」

唯「んー。でも私、いくら食べても太らないし」

律「なら私が気にするってことにしとけ!」

唯「そっかぁ。うん、分かった」

律澪(ほっ……)

唯「じゃあ次の日曜日にしよー」

律澪(まだ言うかー!)

唯「みんないいよね? ね?」

律「私はちょっと予定が……」

澪「同じく……。ムギは、日曜日忙しくないか?」

紬「う、うん。そういえばなにか予定が入ってた気がするような……」

唯「あ、それがバイトの予定なの?」

律「おんどりゃー! おどれはちょっとこっちこーい! ぐわし」

唯「あーれー! ずるずるずる……」


律(いいか、唯。ムギとは、もうバイトを辞めている前提で続けているように話を合わせるんだ)

唯(……なんかややこしい)

澪(いいから言うことを聞いてくれ!)

唯(えー。でも、それがバーガー屋さんに行っちゃいけないのとどう関係するの?)

澪(辞め方によるけど、あのムギの様子じゃ、明らかに気まずい思いをすることになっちゃうだろ)

唯(むうぅ。じゃあ二人の言うとおりにする……)

唯律澪「こそこそこそこそ」

紬「…………」


紬「ぐずっ」

律「!」

澪「ム、ムギ?」

唯「……泣いてるの?」

紬「みんなごめんね……私がだらしないばっかりに。うっうっ」

唯「そ、そんなことないよ! たぶん」

律「そうだそうだ! ムギがどうして泣いてるのか、私らてーんで分からないぞ!」

紬「唯ちゃん。りっちゃん……」

澪「余計な詮索をしてるわけじゃないんだ。ただ、言いにくことは誰にだってあるし、
  私たちにも気持ちを推しはかる力が足りなかったってだけだから」

紬「澪ちゃん……」


律「ハイ! じめじめはここまで! いつもの軽音部に戻ろうぜ」

唯「いつもの? あれ?」

澪「ムギ。クッキー出してもらっていいかな。後、紅茶も淹れてもらえると嬉しい」

紬「うん! 今から、いつもの私に戻るね」

律「ムギ復活だなっ!」

唯「なーっ!」

一同「あっはっはっはっはー」


梓「すいませーん。遅くなりましたー」

唯「あずにゃん!」

梓「あ、みなさん先にお茶してましたか」

紬「ごめんね。今すぐ梓ちゃんの分も淹れるから」

梓「ありがとうございます。それから、一つムギ先輩に聞きたいことがあるんですけど」

紬「なぁに?」

梓「例のバイトいつ辞めたんですか? うちのクラスの子が今やってるんですけど、ムギ先輩の名前を出しても……」

紬「ぶわっ」

唯「あずにゃんダメー!」

律「なんて酷い後輩だ! 見損なった!」

澪「すぐに今の発言を取り消すんだ!」

梓「なっ、なんでいきなり責められなくちゃならないんですかあああああああああ!?」


それからひと月くらい

梓「……で、ようやく新しいバイト先が決まったんですか?」

唯「うん。結局ムギちゃんちの系列の楽器屋さんで働くことにしたんだって」

梓「無難といえば無難な選択ですね」

唯「んー。なんか前のが無理言って決めたみたいだから、そこしか無かったみたいな」

梓「それで一ヶ月ですか。ごねてたんでしょうね、ムギ先輩」

唯「だねー。でも今じゃ結構楽しんでやってるみたいだよ?」

梓「へぇー」



そのころ

「すいませーん。これ下さーい」

紬「はぁーい。こちら一点で宜しいですか?」

「はい。お願いします」

紬「……むずむず」

紬「ご一緒にポテトはいかがですか? キラン」

「えっ!?」

店員「お、お嬢様ぁーっ!」



 ♪ ちゃんちゃん




「きりーつ……礼」

 日直のやる気が無い掛け声で最後の授業が終わる。

 今日も学校では私は一言も言葉を発しなかった。

 私が桜高校に入学して、一ヶ月が経とうとしているが、友達は一人もいない。

 友達の作り方なんて知らないし、作る気もしない。

紬「……」

 ふと横を見ると四人の女子が集まり笑あっていた。

 どうせくだらないことで盛り上がっているんだろう。

 なんであんなに下品に笑えるのか不思議でならない。

 そして、ほんの少しむかつく。

 別に嫉妬なんかしてないんだから。

 今日は帰ったら何かあったっけ。

 ああそうだ、家庭教師が来るんだ。

 今の家庭教師は嫌い。

 私が字の間違いなどを指摘すると舌打ちをしてくる。

 せめて、もう少し頭が良い人を連れてきて欲しい。

 心の中でそんなことを嘆いていると、校門の前で三人の女の子が紙を配っているのが見えた。

 今の時期に部活の勧誘なんて、変なの。

律「軽音部に入りませんかー!あと一人入ってくれないと廃部になっちゃうんでーす!」

唯「すっごい楽しいよー!私まだ楽器持ってないけど楽しいよー!」

律「持ってないんかい!びしっ!」

澪「まじめにやれ!」


軽音部、か。

 部員が三人しかいないところを見ると、相当レベルが低い部活なのだろう。

 そんなの、廃部でもなんでもしちゃえ。

律「そこのふわふわヘアーのお嬢さん!軽音部入りませんか!?」

 いきなり私の前に先ほどの軽音部の一人がビラを差し出してきた。

 前髪がカチューシャで止めてある。

 目はキラキラとしていて、いかにも私は元気ですという雰囲気がむかつく。

紬「……邪魔なんだけど」

澪「律、どうした?……ってあれ、琴吹さん」

 横から違う女の子が話に入ってくる。

 綺麗な黒髪に、整った顔。

 同じ歳とは思えないほど、大人っぽい。

 それに、なんだか……。

律「ん?澪、知り合いなのか?」

澪「知り合いも何も、同じクラスじゃない」

澪「私、秋山澪。よろしくね」

紬「あ……」

澪「どうしたの?もしかして私の顔何か付いてる?」

紬「い、いえ……」

澪「あとこのうるさいのは田井中律って言うんだ」

律「なんだとぉ!?」

澪「冗談だよ。それより、琴吹さん音楽とか楽器とか興味ないかな?」

 無い、と言ったら嘘になる。

 最初は無理矢理習わされたことだったけれど、今はピアノやヴァイオリンを弾くのは好きだし、聞くのも同じくらい好き。

 だけどそれをこの子に言えばこの先しつこく勧誘されるのは目に見えている。

紬「……無いわ」

澪「そ、そか。でも楽しいからさ、入らない?軽音部」

紬「悪いけれど、興味ないから……」

澪「本当に、ダメなの?」

律「おい澪しつこいぞー。もう諦めろって」

澪「でも……」

唯「澪ちゃーん、誰と話してるのー?」

 また一人、女の子がやってきた。

 髪にはヘアピンをしている。

澪「あぁ、唯。この人は琴吹……」

紬「……それじゃ」

 私はこの三人に囲まれることがたまらなく居心地わるく、その場を逃げるように去った。

紬「……はぁ」

 頭の悪い家庭教師が帰り、部屋で一休みしている私は軽音部のことばかり考えていた。

 あんな部活どうでもはずなのに。

 どうせ、数合わせのために勧誘してきただけなのに。

 ……違う。

 これは全部言い訳だ。

 本当に、私の頭に残ってるのは……。


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最終更新:2011年01月25日 04:04