男A「おいおい、何やってくれんだ」
男C「へへ・・・でもよ、そっちがその気なら、お前をぶちのめしてから楽しんでやるよ!」

二人の男が同時に迫る。
律は慌てて澪の前に立って叫んだ。

律「澪、下がってて!」
澪「で、でも・・・」
律「早く!!」

向かってくる男達を睨んだまま律が怒鳴る。聞いたこと無いような、緊迫した声だった。
澪は慌てて這うようにして後ろに下がる。
その様子をちらりと瞳で追うと、律は男達を迎え撃った。


男C「うらぁ!!」
律「うおっとぉ!」

男の拳を何とか避けると同時に、鉄パイプを思いっきり振りかぶる。

律「お返しだこのやろ!!」
男C「げっ!?」

バットを振るかのように、律は鉄パイプをスイングする。それは男の足に乾いた音を立てて直撃した。

男C「いっつつつつ!!」
先生A「・・・意外とやりますね、アイツ」
先生B「・・・ふん」

怯む男Cにもう一撃加えようとしたところに、男Aが襲いかかった。
律は鉄パイプの軌道を男Aに向かって変える。

男A「うおっ!!」

慌てて足を止める男A。鉄パイプが腕を掠める。

男A「ちっ・・・このあまぁ!!」
律「うるせぇ!変態野郎!!」

律は鉄パイプを再びがむしゃらに振り回す。
男Aは近づくことが出来ず、後ずさった。が、
ガッ

男A「って!!」

足下が疎かだった男Aは、かかとが何かにぶつかって、尻餅をついた。
彼が蹴躓いたのは、澪のベースだった。


男A「――んだよこれ、邪魔なんだよ!!」
律「――・・・っ!」

立ち上がった男Aが足を振り上げる。律はそれを見て、反射的に駆けだした。

澪「り――」
ドガッ
律「う、あ・・・!」
澪「律ぅ!!」

男の蹴りが律の腹部を直撃し、澪が悲痛な声を上げた。
鉄パイプが手を離れ、カラン、と地面を転がった。

男A「なんだ、こいつ?ギターの代わりに蹴られに来たぞ」

ベースの上に覆い被さるようにして動かない律を見て、先生Aが笑みを浮かべた。

先生A「そうか・・・お友達の大事な大事なベースだからなぁ。壊されちゃ可哀想だよなぁ」
澪「――!!」
男A「はっは~ん、なるほど・・・ねぇっ!!」
ガスッ
律「っぐ!」

容赦ない蹴りが、律の体に痣を作る。水を得た魚のように、男Aは嬉しそうににやついた。

澪「はっ・・・はっ・・・」

咳き込む律を見て、澪は足が動かなかった。涙で目がにじみ、呼吸が荒くなる。
律は何度も襲い来る足を必死に耐えた。口内が切れ、血の味が口の中に広がる。

律「・・・けほっ」
男A「おいおい嬢ちゃん。制服が埃で汚れちゃってるぜ?」

律はただ黙って、乱れて垂れた前髪の間から男Aを睨み上げた。ベースは絶対に離さない。


男A「うっは、その目ぞくぞくするね」

律は脇に転がる鉄パイプに目をやった。他の男達はただにやにや笑って面白げに事の成り行きを見ている。

律「――っ!」

律は男Aの隙を突き、鉄パイプに手を伸ばそうとする。が、

男A「はい残念♪」

その右手を大きな足が勢いよく踏みつけた。

律「い、あああぁっ!!」
澪「嫌ああああぁ!!」

絞り出したような悲鳴が、律の口から飛び出す。そこに、澪の悲鳴が重なった。

男B「回収回収っと」

男Bが、傍にやって来て鉄パイプを手に取った。そのまま苦痛に歪む律の顔をのぞき込む。


男A「へっへ!楽しいなぁ・・・」

少しずつ、足にかける体重を増やしていく男A。律の手が、みしみしと軋む。

律「あ、う・・・」
律「っ・・・!」

歯を食いしばって、律は必死に悲鳴を飲み込む。情けない声は、あげたくない。
――澪が余計に不安になってしまう。

その様子を見た先生Bが、邪悪な顔でほくそ笑んだ。

先生B「そうそう。そいつ、ドラムやってるんだよ・・・」

それを聞いて、男Aが歯を剥いて笑った。

男A「へ~・・・。じゃあ、俺たちの邪魔をしたお仕置きに・・・」

男Aは律を見下ろして彼女に囁いた。

男A「二度とできなくしてやるよ、ドラム」


男Aが全体重を足にかけようとした刹那。

男C「あっ!」
澪「いやあああああああああぁ!!!」

悲鳴をあげながら、澪が男Aに体ごとぶつかった。
誰も予期していなかった出来事に、男Aは完全に隙を突かれた。

男A「おわっ!!?」

足が律の手から離れる。

男B「お前は大人しくしてろっての!」

男Bが澪を勢いよく突き飛ばす。足がもつれ、澪は吹っ飛んで転がった。

澪「っ!」
男B「そんな出てこなくても、あとでたーっぷりかわいがってやるから――」
男A「うおおぉ!!」

バランスを崩していた男Aの足を、さらに律が蹴った。
男Aは男Bを巻き込んで地面に頭を打ち付けた。



男A「いってぇ!!」
男B「っなにやってんだ!ガキ相手に!!」
男C「お、おい!おまえら!!」

男Cの怒声に顔を上げた二人が見たのは、男Bが落とした鉄パイプを再び握る律だった。

男B「ひっ」

殴られると思い、目を瞑る男B。しかし、律は澪に向かうわけでも、男達に向かうわけでもなく、見当違いの方向に走っていた。
積み上げられた箱に駆け寄る律。
先生Bがいち早く彼女の目的に気付いた。


先生B「お、おい!あの女を止めろ!!」
律「――・・・ぃやあああああぁ!!」

鉄パイプを思い切り振りあげ、律は箱を支える土台の腐っている所を思い切り殴りつけた。
ベキッ
その一撃で土台は壊れ、箱がぐらつく。

男A「やべぇ!!」
男B「ひやあああああぁ!!!」

男達が死にものぐるいで立ち上がり、走り出す。刹那。
箱は雪崩のように崩れ、よりかかっていた鉄筋が、耳障りな轟音を立てて倒れた。
地面にたまっていた埃が、凄い勢いで舞い上がり、全員の視界を奪う。



先生A「うえっほ!!げほっ!!」
先生B「ごほっ!!あの糞ガキ!!」
男C「み、見えねぇ!どこだ!?」

埃を吸わないように手を口に当て、澪は咳き込んだ。

澪(律・・・律、どこにいるの・・・!)

まさかあの鉄筋の下敷きに・・・。嫌な予感が脳裏を掠める。その時。
ガシッ

澪「ひ――」

何者かに力強く腕を掴まれ、澪は喉の奥から悲鳴を上げそうになった。
その口を、その人の手が押さえる。

律「・・・澪、大丈夫?」
澪(・・・――~~り、)
澪「律ぅ!!」



澪は律に無我夢中でしがみついた。
はずみで全身に走った鈍痛を顔に出さず、律は澪の頭を軽く叩く。

律「・・・えへへ・・・言っただろ?澪は、私が守ったげるって・・・」

掠れて弱々しい声だが、とても頼もしく聞こえる律の言葉。
澪は目頭が熱くなるのを感じた。

澪「ぐすっふぇっ」
男A「糞があ!!どこ行ったぁ!!」
律「・・・話は後にしよ?早く、ここから・・・逃げないと」

澪は言葉にならない返事を返して首を振り、律に支えられて立ち上がる。
そして二人は、埃が収まりつつある廃工場から駆けだした。




……

そのころ。

唯(スーパーまであとちょっと・・・)
唯(そういえば澪ちゃん、今家誰もいないから、あのスーパーでよくお総菜買って帰るんだっけ)
唯(・・・澪ちゃん大丈夫かな?)

唯は携帯を取り出すと、澪の携帯に電話をかけた。

唯(もう帰ってるよね・・・)

『――・・・この携帯は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、通話することが出来ません・・・――』

唯「・・・!?」
唯(澪ちゃん・・・?)

ドッと不安が押し寄せる。
唯は携帯をしまい、何も考えずに無我夢中になって駆けだした。
スーパーを通り過ぎ、澪がいつも登校する道のりを、見慣れた姿がないか必死に探し回る。


唯「そうだ、りっちゃん・・・!」

いくらか走ったところで、澪と一緒に帰っているはずの律を思い出し、唯は立ち止まって再び携帯を出した。
震える手で、律の携帯にダイヤルする。

唯(りっちゃん・・・!お願い、出てよ!!)

唯は携帯を耳にあて、必死に待った。だが・・・

唯(・・・?何で!?)

留守番の声はおろか、呼び出し音さえ鳴らない。
唯は涙ぐみながら、何度も律の携帯に電話しつつ、また走り出した。



憂「・・・お姉ちゃん、まだかなぁ・・・」

何も知らない憂は、何度目になるかわからない鍋のアク取りをしながら、姉の帰りを待ち続けた。





……

地面を蹴るたび、振動が体を走って痛みを呼び起こす。
律はそれを顔に出さないように耐えつつ、澪の腕を引いて走った。
澪は律が守り抜いたベースを抱え込むように持ったまま、泣きじゃくる。

澪「律!律っ!!」
律「・・・だから、泣かないの・・・。大丈夫、だから」
澪「でも・・・でも、血が出てる!」
律「私が大丈夫って言ってるから大丈夫なんだよ。ほら、走る走る」

男達の怒号が徐々に近づいてくるのがわかる。

「・・・逃げても無駄だ・・・・」「・・・大通りに出たらバイクがある・・・」

男達の会話が微かに耳に入ってくる。
律と澪はわざと細い路地を通ったりして、大通りを目指した。


二人が一列になって通れるような細い路地を抜けると、そこは大通りだった。
誰かに助けを求めようと辺りを見渡すが、人影は見あたらない。しかし――

律「やった!タクシーだ!!」

それよりも良い物を見つけた。すぐそばに、客を乗せていないタクシーが止まっていた。
律は急いでタクシーの戸を開けた。いきなりの出来事に、びくりとする運転手。

運転手「う、なんだ、お客さんか・・・」
律「澪、早く乗って!!」
澪「う、うん」

澪が乗るのを待って、律は後ろを振り返った。
足音が近い。奴らがすぐそこまで来ている。
これじゃあ、タクシーで逃げてもバイクで追いつかれるかも――

律「・・・・・・」


律は澪の上にベースを置くと戸を閉めた。

澪「・・・!?り、律!!何で!!」
運転手「お嬢ちゃん、乗らないのか?」

窓を開けて訊ねてくる運転手の顔を見ず、律は手短に言った。

律「出して下さい。彼女は近くに下ろさないで」
運転手「で、でもお友達泣いて――」
律「巻き込まれたくないなら出して!!」

運転手の言葉を遮り、律は怒鳴った。運転手が、驚いて小さく悲鳴を上げる。

運転手「ひ、ひぃっ」
澪「嫌!律!!何で!?律っ!!」


澪の悲痛な叫びが後ろから聞こえてくる。律は少し振り返って、澪に小さく笑いかけた。
それは恐れを無理矢理押さえ込んだ、とても弱々しい笑顔だった。

澪「律ううううううぅ!!」

タクシーが発進する。同時に律は痛みをおして駆けた。自分たちを追って、細い路地から出てこようとしていた男達の正面に、手を広げて立ち塞がる。

男A「っどけ!邪魔だ!!」
律「嫌!!」

男Aが律を蹴飛ばそうとする。それよりも早く、律は男Aの体にしがみついた。

男B「何してんだ!早くバイクに乗らねぇと、逃げられちまうぞ!!」
男A「だけどこいつが!しかも狭いんだよこの道!!」
男C「B!お前どけ!!」

比較的痩せた体型の男Cが間から強引に抜け出そうとする。
律はその男の足に、蹴りを入れた。つんのめって転ける男C。
彼が顔を上げたときには、タクシーは夜の闇の中に溶けてしまっていた。


男A「この・・・糞ガキ!!」

男が眉間に皺を刻み、懐へ手を入れる。取り出されたのは、スタンガン。
顔を上げた律はそれを目にし、慌てて距離を置こうとする。
しかしその前に、彼女の体にその凶器が押しつけられた。

律「うああああああああっ!!」

一瞬閃光が走り、高圧の電流が律の体を走り抜ける。
あっという間に意識を狩られた律は、その場に膝から崩れ落ちた。

男A「ちっ・・・あんま使いたくなかったんだけどな、これ。加減わかんねぇし」
男C「おいおい・・・死んだりしてないだろうなぁ」
男A「お、おい・・・変なこと言うなよ」
先生B「何ぐずぐず言ってやがる。その時はその時だろう」
男A「へ・・・?」
男C「ちょ・・・」


先生Bが、ぐったりした律の体を鬱陶しげに蹴る。
微妙な沈黙が流れた。

先生A「そ、それよりどうする。逃げられたぞ」
男B「――くっそが!上玉の女だったのに!!」

舌を打って、男Bが暗い夜道を振り返った。
先生Bは、鬼のような形相で律を一瞥し、静かに言い放った。

先生B「早く工場に戻るぞ。今の悲鳴を誰かに聞かれてたら厄介だ。そいつも連れて行く。代わりに存分にかわいがってやる」



澪「律!!いやぁ・・・!!」

澪は、律が男達の足止めをしてくれたのをその滲む目で窓から見ていた。
男達の前に立ち塞がる姿が、だんだん小さくなり、闇に消えていく。
ぼろぼろと涙が落ち、嗚咽が止まらない。

澪「――下ろして下さい!!」
運転手「い、いや、でもあの子が――」
澪「止まって!!下ろしてぇ!!」

運転席のシートを、澪は何度も叩いた。運転手も困惑の表情を浮かべるが、止まろうとはしなかった。
律と澪の様子を見て、ただ事じゃないことがすぐにわかる。

運転手(ど、どうすりゃいいんだ・・・)




……

そして、もう一人。

唯「りっ・・・ちゃん・・・?」

唯は携帯を取り落とした。
悲鳴らしき声が聞こえ、慌てて人気のない大通りへと出た唯が見たのは、路地の闇へと引きずられて消えていく律の姿だった。

唯「何で!?どうしよう!!?」

平和ボケしていて天然な彼女は、あっという間に頭の中が真っ白になった。

唯「けっ、けーさつって、何番だったっけ!!」

携帯を拾い上げ、必死に番号を打つ。

唯「ももももしもし!けーさつさんですか!!」
『午後、七時、四十一分、三十秒をお知らせします。ピ、ピ、ピ、ポーン』
唯「何で!!?」

我を忘れてボタンを押す唯。と、偶然紬の電話番号が表示された。

唯「むぎちゃん!!た、助けて!!」

祈る思いで、唯は電話をかけた。


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