律「っはぁ・・・はぁっ・・・」

律はへとへとになりながらも澪の家に辿り着いた。途中、澪には出会わなかった。
呼吸を整えるのも忘れてインターホンを押す。
チャイムが鳴り終わり、静寂が訪れる。澪が出てくる気配はない。

律「澪・・・」

きっと怖がって出てこないだけだ。そう信じてもう一度押す。しかし、相変わらず応答はなかった。

律「・・・あ、そうだ!携帯――」

ここまできてようやく携帯の存在を思い出し、律は鞄を探る。だが、どういう訳か見あたらない。

律「あれ・・・何で・・・!」

ポケットを探っても見つからず、次第に焦りが募ってきた。


律(どこにいるんだよ、澪!)

律はドアを叩き、大声で叫んだ。

律「澪!私だよ!!いるなら出てこいよ!」

やはり人が出てくる様子はない。律の脳裏に、最悪の事態がよぎった。

律(まさか・・・ストーカーに・・・!)

仲間達に連絡を取りたいが、携帯もない上公衆電話もない。
律は不安に急き立てられ、頭をガシガシと掻いた。

律(こうしてる間にも澪はもしかしたら――)

律は鞄を澪の家の玄関に置くと、元来た道を駆け戻りだした。




……

澪「・・・ん・・・」

横たわる体から感じる地面の冷たさに、澪はゆっくりと瞼を開けた。
頭がくらくらしている。何があったんだっけ?何が――

澪「――!!!」

次第にハッキリとしてきた頭に、記憶が蘇ってくる。
自分がいるところが古びた廃工場であるのに気付くと同時に、自分を複数の男達が囲んでいることに気がついた。

男A「へっへっへ・・・やっとこの日が来たってか」
男B「まったく・・・どっかの誰かが見つかるなんてヘマしなかったら、もっと念入りに準備が出来たのによ」
男C「うっ。ま、まぁ、予定より早く楽しめるんだしさ、いいじゃねぇか」
澪「や・・・」

身を起こして現状に気付き、恐怖に震える澪を見て男達はにやつく。

「何言ってるんだ。強引に計画を実行した所為で、いろいろと不安要素が残ってしまったんだぞ」

遠くから聞こえてきた声に、澪の体は固まる。まだ人がいるなんて。
声がした方を振り返ると、目出し帽を被った二人の男がこちらに向かってきていた。

男A・B「どうもッス」
目出し帽B「おう」
男C「す、すいません」
目出し帽B「全くだ。後始末する身にもなってもらいたいね」
目出し帽A「めんどくさいですしね」

目出し帽の二人はどこかで聞いたことのある声で話す。
それを思い出す余裕もなく、澪は座り込んだまま少しずつ後ずさった。


目出し帽A「おっと、逃げるなよ」

すぐに気付いた目出し帽の一人が目の前に座り、肩に手を回してきた。

澪「い、や・・・やめろ!」

その手を振り払い、男を押しのけようとする。だが、力が強い。

目出し帽A「嫌がる顔もそそられるなぁ」

そのまま埃臭い地面に押し倒されそうになる。澪は必死に手をばたつかせた。
と、たまたま指先が目出し帽に引っかかった。

目出し帽A「あっ!」
澪「――っ!」

そのまま澪は男の目出し帽をはぎ取る。そして、言葉を失った。


澪(う、そ・・・A先生・・・?)



目出し帽の下から現れた若い男の顔は、先ほどまで相談に乗ってもらっていた先生Aのものだった。

先生A「ちっ・・・」
男A「あ~ぁ、見られちゃった」
目出し帽B「何やってるんだ・・・」

先生Aの顔を見て記憶が鮮明になった澪は、もう一人の目出し帽の男も、声で予想が付いてしまった。

澪「ま、さか・・・B先生?」
目出し帽B「・・・・・・」
男B「ほらみろー。一人ばれたらすぐばれちまう」
男C「ばっか。黙ってろよ」

もう一人も自分から目出し帽を取る。澪の嫌な予想は当たってしまった。


先生B「ふぅ・・・気付かれずに終われば、後々悪い目はさせなかったのに・・・」
澪「何で・・・何で、先生達が・・・」
先生B「私達の正体を知ってしまったからには、もう学校に来れると思うなよ、秋山ぁ」

先生Bはビデオカメラとデジカメを取り出して、澪の目の前に置いた。

先生B「事の一部始終を、これで撮影してやる。もし誰かに少しでも話すような真似してみろ。データ大流出、だぞ」
先生B「それだけじゃあれだな・・・。軽音部も、活動できないようにしてやるか」
澪「・・・・・・!!」

声のでない澪に、先生Aが微笑む。

先生A「根も葉もない噂でも、俺たちにかかれば真実になっちゃうんだよ。――なんてったって、先生だからさ・・・」
先生B「あんな屑みたいな部活、その気になればすぐに落とせるんだよ。わかるな?」
男A「ひゅ~こえぇこえぇ・・・」

澪の体は尋常でないほど震えていた。歯が鳴るのが止まらない。

先生A「それにしても、お前と遊ぶためにいろいろ準備が大変だったよ」
先生B「町内会旅行が行われる日を確認して、帰路も確かめて、その道の近くのこうやって人目に付かない場所を探して・・・」
先生A「山中先生にも研修に行ってもらって・・・」
男B「町内会旅行は、親もいなくなるし、街の人間も少なくなるから最高だよなぁ」

男達の笑い声が遠く感じる。澪はただ呆然と、彼らの話を聞いていた。

先生B「ただ今日は面倒だったなぁ」
先生A「どうやって軽音部の連中――特に田井中と、秋山を別れさせるか・・・悩みましたよね」
先生B「まぁ、秋山が簡単に信じてくれたからこっちも楽だったがな」

先生Aが、また澪の肩に手を置く。

先生A「悪いなぁ秋山。田井中が先に帰ったってのは、嘘だったんだ。今日重要会議があるっていうのも、他の先生と話し合うって言ったのも全部」
澪「どう、して・・・」
男C「んなの、決まってんじゃ~ん」

軽い足取りで男Cは澪に近寄ると、問答無用で彼女を押し倒した。

澪「やっ・・・」
男C「お前みたいないい女と、目一杯楽しみたいからだよ」

そう言って、男は澪のブレザーを無理矢理脱がせようとする。

澪「やめ・・・放してっ!」
男C「嫌」

短く否定し、男は澪の胸を掴む。

澪「――っ・・・!!」
男C「おっほ!いいねいいね!!」
澪「やめろ!やめろぉ!!」

男A「おい!何勝手に始めてんだよ!」
男B「抜け駆けは許さねぇぞ!」
男C「ならお前等も早く服脱がせんの手伝えよ」
先生B「おいおい・・・気が早い奴らだ」
先生A「なんてったって、先生オススメの女ですし」
先生B「くく・・・それじゃ、とっととやるか」
澪「い、嫌あぁ!!」

悲鳴を上げながらもがく澪に、無数の手が伸びる。

澪(誰か・・・助けて・・・!!)

その時だった。


「――澪!!」

澪(――・・・!!この声――!!)
澪「律!!」

悲鳴にも似た声で、澪は叫ぶ。その視線の先に、肩で息をする律がいた。
律は男達に囲まれた、服装の乱れている澪を見て、歯を軋ませた。

律「澪・・・。お前等!澪から離れろ!!」
先生B「・・・・・・」
男A「何だ、お前?お前も遊んで欲しいのかよ?あぁ!?」
男B「はは!笑わせんな!この娘と比べたらガキじゃねぇか!!」
男C「特に胸とかなww」
男A「まぁ、顔は悪くないし、別に遊んでやっても良いんだぜ?w」

下品な笑い声を上げる男達を睨み、律は傍にあった鉄パイプを握って構えた。
一瞬にして静まる廃工場。

律「澪から、離れろ」

そう言った彼女の声は、鉄パイプを握る手と同様に震えていた。


……

そのころ、唯は。

唯「憂~、お腹すいた~」
憂「はいはい。もうすぐ晩御飯出来るから。今日はね、カレーだよ♪」
唯「やった~!憂の作るカレーおいしいから大好き!」

机にもたれかかって、テレビのチャンネルを変える。
ちょうど映ったニュース番組で、不審者に襲われた被害者の報道が行われていた。

唯「・・・・・・」

何気なく、窓の外を見る。

唯「澪ちゃん、大丈夫かな・・・」
唯(りっちゃんが付いてるから、大丈夫だよね)

律『・・・へ?あ、あぁ。そうだな』
律『そんときは私が澪を守る!』

唯「・・・・・・」


唯(りっちゃん、あんまり態度には見せなかったけど、凄く澪ちゃんのこと心配してたな・・・)
唯(友達思いだもんね、りっちゃん。それに、澪ちゃんは幼なじみの親友だし)
唯(・・・でも、そのせいで無茶しなきゃいいんだけど)

急に不安になってきた唯は、チャンネルを別の物に変えた。

憂「――あっ!!」
唯「ぎゃっ!!」ビクッ
憂「えっ?」
唯「び、びっくりした・・・。おどかさないでよ憂~」
憂「こっちがびっくりしたよ・・・。――お姉ちゃん、お願いがあるんだけど」
唯「何?」
憂「カレールー切らしちゃってた☆買ってきてくれる?」
唯「任せなさい!」

びしっと敬礼一つ。唯は憂からお金をもらって玄関に走る。

唯「憂~」
憂「ん?」
唯「・・・おつりでアイス買ってきてもいい?」
憂「・・・;」



……

一方、紬は。

紬(だいぶ暗くなってきてわね・・・)

唯と同じように、窓から外を見る紬。

紬(でも、りっちゃんがいるから、澪ちゃん大丈夫よね)

ふいに、紬の頭に少し前の部活での会話が蘇ってきた。


律『澪はホント、昔っから恐がりでさ~』
澪『なっ何を!』
律『小学校の時なんか、放れた飼い犬に追い回されて、泣き叫んでたんだぜw』
唯『わぁ、澪ちゃんかわいい~』
澪『そ、そんな昔の話!』
律『今でも怖いんじゃないか~?ん?』
澪『律!!』ゴッ
律『あだっ!!』
紬『ウフフ。でも、その後はどうなったの?』
澪『・・・お、追いつかれそうになったとき、律が来てくれて・・・』
紬『まぁ。じゃあ、りっちゃんが追い払ってくれたの?』
律『ホント、目を離すとすーぐ厄介事に巻き込まれてるんだもん。その後もさー・・・』
澪『り~つ~・・・』ギロリ
律『わーかったわーかった。これ以上殴られると、唯より悪い成績とっちまう』
唯『あはは~wwそうだね~』
律『つっこめよオイ;』



紬(澪ちゃんにとって、りっちゃんは親友であり、素敵なヒーローでもあるのね・・・)

ふいにドアがノックされる音が聞こえ、紬は視線を部屋の中に戻した。

紬「はい」
紬父「入るぞ」
紬「お父様。珍しいわね、私の部屋に来るなんて」
紬父「母さんから澪ちゃんの話を聞いてな。大丈夫なのか?」
紬「今日、先生とそのことについて話してたわ。あの様子だと、学校で対策を練ってもらえそう」
紬父「そうか。困ったときはいつでも言うんだぞ。通学路に警備員を数メートルおきに配置して、万全の警戒をしこう」

真剣な面持ちの父に、紬は苦笑を浮かべて礼を言った。

紬(そっちの方が怖い・・・)




……

静かな工場内に、澪が泣きじゃくる声だけが響く。
律はずり落ちてきそうになったカチューシャを、乱暴に戻した。

先生A「田井中・・・何故ここに・・・」
律「――・・・!?A、先生・・・?」

見覚えのある顔に、律は激しく戸惑った。何故、何で彼がここにいる?

先生B「さて、私達の顔を見てしまったからには、お前もただで帰れると思うなよ。反省文じゃすまないぞ」
律「嘘・・・。な、何で先生達がこんな所に――」
先生B「わざわざお前がここに来ないようにするために、嘘の原稿まで書かせたっていうのに・・・」

嘘の原稿。その言葉を聞いて、律はハッとした。


律「じゃああの部活動紹介の原稿は・・・澪と私をバラバラにするための嘘だったんだな・・・!」
先生B「それだけじゃないぞ」

先生Bはポケットから取り出した物を律に見せつける。

律「・・・!私の、携帯!」
先生B「残念。浸水してもう動かない」

先生Bは律の携帯を地面に投げ捨てた。破壊音を立てて大地を転がる携帯を、男の一人が蹴り飛ばした。

男A「先生、何なんすかコイツ」
先生B「その女の昔っからの親友だよ。コイツは厄介だから気付かれずにいたかったんだがな・・・」
澪「律・・・ぐすっ・・・」


呼吸の荒い律を見て、先生Aは自分の顎を撫でながら口を開いた。

先生A「それにしても、よくここに気付いたなぁ・・・」

会話することで男達の手が止まっている。律はそのうちに何とか解決策を練ろうと、時間稼ぎに努めた。

律「・・・昨日、澪が帰ってから他の軽音部のみんなで、登下校路付近の怪しい場所をチェックして回ったんだよ」
澪「・・・!!」

そんなことは知らなかった澪は、驚いて顔を上げた。

律「その場所を探してたら、澪の声が聞こえてきたんだ・・・」
先生B「なるほど。素敵な思いやりだな。反吐が出る」

先生Bは、吐き捨てるように言うと、足を踏み出す。

律「――動くな!澪に・・・近づくな!!」



律(くっそ~・・・!!)

時間稼ぎは無理だ。
鉄パイプを握りしめて工場の中へと入っていく律。
先生Bは挑発めいた笑みを浮かべると、澪の顔に手をやり、自分の方を向かせた。

先生B「親友の前で犯るってのも、楽しそうだな。ん?」
澪「っ・・・」

澪の顔が恐怖に歪む。律の中で、何かが弾けた。

律「・・・ぅおおおりゃああああ!!」

律はがむしゃらになって、鉄パイプを振り回しながら駆けだした。
ドラムの経験上、腕力には自信がある。鉄パイプは相当な勢いで振るわれていた。

男C「ちょ、アブね!」


予想以上の抵抗に、男達は慌てて距離をとる。
律は即座に澪に駆け寄った。

澪「律ぅ!」
律「澪、ほら!今のうちに逃げなきゃ!」
澪「っ律を置いてなんていけない!」
男B「逃がしてたまるか!」

そうこうしているうちに、男の一人が突進してきた。
突き出された腕を、律は思い切り殴る。
バシッ

男B「いっつぁあああ!!」


飛び上がりそうな勢いで、男Bは他の男達の元へ戻っていく。
男達は気に喰わなさそうに顔を歪めているが、その顔から余裕の笑みが消えることはない。
それもそうだ。一人ずつを相手にするならまだマシだが、相手は大人の男が五人。こっちは女一人。しかも、澪を守りながらだ。
律は額を伝う冷や汗を拭うことも忘れて策を練った。

律(勢いで突入したはいいけど・・・どうにかして逃げないと・・・)

律は素早く辺りを見回した。他に武器になる物は――
古びた土台に高く積み上げられた何かの箱や、それに立て掛けられた鉄筋など、律が振り回すには無理がある物しかない。

律(うぅ・・・どうすりゃいいんだよ・・・!)

必死に考える律。だが、男達は思考時間を与えてくれない。


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