紬「ここは・・・病室?」
律「ム、ムギ!本当に目を覚ましたんだな!」
澪「ムギ・・・」
梓「・・・ぐすっ」
私の手を握るりっちゃん。
私を真っ直ぐに見詰める澪ちゃん。
梓ちゃんは泣いている。
紬「み、みんなどうしたの?」
澪「久しぶりにムギが目覚めたって斎藤さんから連絡が合ったから急いで来たんだ・・・」
覚えている。何もかも覚えている。
私が大学生に入る。二日前。
病気の症状が悪化し始めた時。
私の体は大きな痙攣と共に動かなくなった。
だけど、動かなくなってから1日だけ体が自由になった日がある。
その日の事を私は夢で見ている。
律「良かった・・・ムギが目を覚まして」
梓「ずっと・・・寝たきりになると思ってました・・・本当に良かったです」
紬「みんな・・・」
澪「ムギ・・・今日のお祝いにさ花を買って来たんだ」
紬「お花?」
律「うん、唯が来てからみんなで渡そうと思うから楽しみにしててな」
紬「ええ・・・」
この日、私はずっと後悔していた。
1日だけの目覚め。
あの頃の私は、まさか1日でまた体が動かなくなるだなんて思って無かった。
また、何時もと変わらない毎日をみんなと過ごせると思っていた。
また、体が動かせなくなる・・・そんな事はもう二度と無いって思ってしまった。
翌日には体がまた動かせなくなるのに・・・。
夢だとしてもこれが現実になるとしても言わなきゃ。
みんなにさようならを言わなきゃ。
唯「はぁはぁはぁはぁ」
澪「ゆ、唯・・・」
唯「ムギちゃんが目を覚ましたって・・・聞いたから・・・はぁはぁ」
紬「唯ちゃん・・・」
唯「ムギちゃん!」
唯ちゃんは私に抱き着いた。
シャンプーの香りに混じる汗の匂いはとっても、いい匂いがした。
唯「良かった。もう体が動かなくならないよね?」
唯ちゃん強く私を抱き締める。
柔らかい肌、擦れる布の音。
私は目を閉じて、唯ちゃんの背中に腕を回す。
紬「みんなに聞いて欲しい事があるの。これが最後の会話かも知れないから」
澪「最後の会話って・・・そんな悲しい事言うなよ・・・」
梓「そうですよ・・・私、皆さんと同じ大学に行くって決めたばかりなんですから・・・」
紬「ごめんなさい。でも、聞いて欲しいの。私、明日からまた体が動かなくなっちゃうの」
律「そんな・・・いや、まだ分からないだろ?もう、病気が完治したって事もあるかも知れないだろ?」
紬「ううん。病気はまだ、完治してないの・・・」
唯「・・・・・・」
紬「みんな。色々、心配させてごめんね。それと今までありがとう。・・・さようなら」
唯「・・・心配かけていいよ!だからさようならだなんて言わないで・・・さようならじゃないよ。
私は何時でもムギちゃんに会いに行けるんだよ?さようならって言わないでよ。
本当にムギちゃんが何処かに行ってしまう気がするから・・・」
紬「ごめんなさい・・・」
唯「もし、ムギちゃんがまた体が動かなくなっても、私はさようならなんて言わないよ」
紬「・・・・・・」
唯「ムギちゃんの体が動かなくなっても私は変わらない。変わらないよ。何時もと変わらずにムギちゃんと一緒に1日を過ごすよ。それがムギちゃんにとっても私にとっても完璧な世界なんだから」
―――
唯『ムギちゃん・・・』
梓『ムギ先輩・・・』
澪『・・・・・・』
律『ムギの病気は治るんですか?』
斎藤『分かりません。でも治る事を信じましょう。奇跡を信じましょう』
―――
私の体が揺れる。
これは地震じゃない、私の体が大きな痙攣を起こしているみたい。
誰かが私の手を強く握っている。
固い指先。唯ちゃんだ。
唯「ムギちゃん!いやっ!嫌あっ!」
動かない手に・・・意志を強く込めて唯ちゃんの手を強く強く握ろうとする。
今、確かに手が動い・・・た。
唯「・・・・・・ムギちゃん?」
何時もみたいに・・・唯ちゃんは・・・私に・・・微笑ん・・・だ。
春が過ぎ夏が来た。
夏が過ぎ秋が来た。
秋が過ぎ冬が来た。
季節の移り変わりを実感する事なく私の思考は元に戻った。
暖かい毛布に身を包んで、ボーとした頭で天井を見詰める。
唯「雪が降っているね」
声が聞こえた。
唯ちゃんの声。
唯「長い時間、寝ていたね。寂しかったよ」
紬(唯ちゃん・・・)
唯「寝ている間、私の声は聞こえた?」
紬(ごめんなさい。聞こえてなかったわ・・・)
唯「・・・ムギちゃんの紅茶飲みたいな」
紬(私も唯ちゃんの為に紅茶作りたいわ・・・)
唯「毎日ね。白雪姫のお話みたいにムギちゃんにキスをしていたんだよ。私がキスすれば目が覚めるんじゃないかな・・・って」
紬(・・・・・・)
唯「でも、私は王子様じゃ無かったみたい。何回、キスしてもムギちゃんは目を覚まさなかった」
唯ちゃんの目から涙が落ち、私の頬で静かに流れる涙と混ざってはじけた。
唯「・・・あのね。私、最低なんだ」
紬(唯ちゃんは最低何かじゃないわ・・・ずっとお見舞いに来てくれたもの)
唯「ムギちゃんの事、考えるとね。忘れてしまいたいって思うんだ・・・こんな悲しい気持ちになるなら、忘れてしまった方が楽なんだろうな・・・って」
紬(・・・・・・)
唯「最低だよね。自分の事しか考えられない私・・・本当に最低だよ・・・」
紬(そんな事無いわよ・・・悲しい事を忘れたいって考えは全然最低何かじゃ無いわ・・・)
唯「・・・喉乾いちゃった。お外行ってくるね」
紬(・・・・・・)
斎藤「紬お嬢様・・・」
紬(斎藤・・・なぁに?)
斎藤「誠に伝え難いのですが、紬お嬢様にどうしてもお伝えしなければいけない事なので・・・平沢様、大学へ行ってないと秋山様から聞きました」
紬(唯ちゃんが大学に・・・行ってない?)
斎藤「春、お嬢様の思考が止まってから毎日ここへ来るようになりました」
紬(・・・・・・)
斎藤「・・・平沢様が帰って来たようです。失礼しました」
唯「・・・ムギちゃんごめんね。一人にして」
紬(私の・・・せいで唯ちゃんが・・・大学に行かなくなったんだわ・・・)
紬(私が病気だから・・・私が唯ちゃんに告白しちゃったから・・・)
唯「寒いね・・・」
紬(唯ちゃんごめんなさい・・・ごめんなさい)
唯「ムギちゃん・・・どうして泣いてるの?な、泣かないで・・・お願いだから泣かなで・・・私まで悲しくなるよ・・・」
紬(・・・・・・)
唯「ぐすっ・・・うぅ・・・」
それから、二時間。私達は二人で泣き続けた。
私は唯ちゃんの事で、唯ちゃんは私の事で、ずっと泣き続けた。
辺りはすっかり暗くなり、唯ちゃんは私に別れのキスをして帰って行った。
紬(もし・・・)
今日も夢を見るなら、あの別れが最後のキスだろう。
唯ちゃんが言った言葉を思い出す。
「ムギちゃんの事忘れてしまいたい」
斎藤「お嬢様おやすみなさい」
紬(おやすみなさい)
夜の闇が私を包む。
久しぶりに眠気を感じるからか、揺りかごでゆらゆらと揺らされている気分になった。
頭の中で、唯ちゃんが浮かびやがて消える。
それが、何回か続いた後・・・私は夢の世界へと足を踏み入れた。
~~
姫子「ねぇ、部活何にする?」
朧「うーん。何にしようかな」
ここは・・・教室?
辺りを見渡して見てみる。
私がいる教室はどうやら一年生の教室のようだ。
しずか「ねぇ、あなたは何の部活に入るの?」
紬「・・・私?」
しずか「う、うん・・・」
紬「私は・・・合唱部に入ろうと思っているの・・・」
そっか、私が部活に入る前の・・・。
しずか「合唱部かぁ合唱部なら確か音楽準備室が部室だったよね?」
紬「・・・そこは確か軽音部の部室よ。今度は間違わ無いようにしなきゃ」
立ち上がって私は教室を後にした。
しずか「あの人・・・何で泣いているんだろう・・・」
手すりに亀の置物。
それを、懐かしむように少しだけ触れる。
この階段を上れば、私が三年間、過ごして来た部室に辿り着く。
一段上る度に溢れるみんなとの思い出を噛み締める。
音楽準備室の扉の前に立つと楽しげな声が聞こえる。
きっと、りっちゃんと澪ちゃんね。
紬「さようなら・・・」
音楽準備室を後にして、そのまま合唱部の部室に向かう。
唯「あのー・・・」
紬「・・・」
唯ちゃんが目の前にいる。
唯「迷子になっちゃったんですけど・・・職員室って何処ですかぁ?」
紬「そうね・・・あそこの音楽準備室に居るとっても楽しい人達に聞いてみたらいいと思うわよ。・・・さようなら唯ちゃん」
唯「ほえ?あ、ありがとうございます!」
―――
唯「私、初めて会った時からあなたの事が好きでした」
―――
また、大きな痙攣と共に私の時は止まった。
最後に唯ちゃんが告白した相手が私には誰だか分からない。
ただ一つ確かな事は。もう、これから。唯ちゃんやみんなが私のせいで悲しむ事は無いだろう。
これでいい・・・。
みんなが笑顔でいてくれればそれでいい。
それが私にとって、完璧な世界だから。
律「梓も明日から私達の大学かぁ~」
梓「は、はい!また皆さんとバンド出来るかと思うと楽しみです!」
律「まあ、私達は4人揃わないとダメダメだからな~」
澪「なぁ、何かさ・・・久しぶりに部室に来てみると・・・寂しいよな」
律「い、いきなり。どーした?」
梓「それ、私も思っていました。と言うか部活に入り初めてからずっと・・・何か寂しいなって」
律「まあ4人には少し広すぎる部室だからな。でもさ、確かに何か忘れてしまっているような気がするよ。・・・時々私達がこうやって話してるとさ、時々紅茶のいい匂いがするんだ」
澪「律もしてたのか!」
梓「何か今もして来ました」
律「ああ、あれ?澪どうして泣いてるんだ?」
澪「律こそ・・・」
梓「か、悲しくないのに・・・どうして涙が出るんでしょうね・・・」
唯「ムギちゃんおはよう。今日は前に言ってた部活のメンバーと一緒に遊ぶんだ」
紬「・・・・・・」
唯「私達、付き合い初めてから随分経ったね」
紬「・・・・・」
唯「ムギちゃんの手暖かい・・・」
……
冬が過ぎて春を迎える。
春のような暖かいムギちゃんの眼差しは冬のように冷たく、常に寂しさを感じる。
ムギちゃんの動かない手を私は握りしめる。
ムギちゃんの手を握りしめていると、感じる。
何処にも行かないでって意思が伝わってくる。
私が感じているだけで、ひょっとすると、ムギちゃんはそんな事思っていないのかも知れない。
だけど、ムギちゃんがもしそう思っているなら、私はムギちゃんから一生離れない。
鳥籠の中に閉じ込められ、自由が無い鳥。
じゃあ、私が鳥を鳥籠の中から出してあげればいい。
ムギちゃんが見ている夢の世界の私は、変な事していない?
私が見てる夢よりも幸せ?
ちゃんといい恋人でいる?
ムギちゃんの見ている夢が幸せなら私はそれだけで嬉しい。
夢の世界はその人が望む一番の完璧な世界なんだから。
END
最終更新:2011年01月24日 21:10