唯「ねぇムギちゃん」

紬「・・・・・・」

唯「私ね。今朝、夢を見たんだ」

紬「・・・・・・」

唯「とっても楽しい夢」

紬「・・・・・・」

唯「夢の中の私は空を飛んでたんだぁ~」

紬「・・・・・・」

唯「風が気持ち良かった。あ、ムギちゃんもいたんだよ」

紬「・・・・・・」

唯「夢の中のムギちゃんは鳥さんだった」

紬「・・・・・・」

唯「とっても可愛い鳥さんだった・・・」

唯「でも、何でかな?ムギちゃんは鳥籠の中に入ってたんだよ。鳥籠の扉は開いてたのに・・・」

紬「・・・・・・」

唯「どうして、鳥籠から出ようとしなかったのかな?」

紬「・・・・・・」

唯「ムギちゃん?」

紬「・・・・・・」

唯「泣かないで、きっと病気・・・良くなるから。泣かないで」

紬「・・・・・・」

唯「涙、拭かないと・・・私が拭いてあげるね」

紬「・・・・・・」

唯「・・・夢の世界って何でも出来るよね」

紬「・・・・・・」

唯「ムギちゃんは鳥さんになれるし、私は空を飛べる」

紬「・・・・・・」

唯「でも、夢から覚めるとちょっと悲しいよね」

紬「・・・・・・」

唯「私、さっきまで空を飛んでたのに、夢だったんだって・・・少しの間だけ現実の世界を否定したくなるよね」

紬「・・・・・・」

唯「・・・夢の世界なら何でも出来る。夢の世界なら何でも許されちゃう」

紬「・・・・・・」

唯「ムギちゃんの見る夢が楽しい夢だといいな」

紬「・・・・・・」

唯「ムギちゃんごめんね。私、そろそろ帰らなきゃ・・・」

紬「・・・・・・」

唯「明日もまた病室に来るよ。さようなら。ムギちゃん」

紬(唯ちゃん・・・さようなら)

病室から出て行った唯ちゃん。
入れ替わりで、斎藤が入って来る。

斎藤「紬お嬢様、澪様からいただいたお花の水をお取り返し致します」

紬(・・・斎藤ありがとう)

斎藤「唯様、明日も来るとおっしゃってましたね」

紬(盗み聞きしていたね・・・)

斎藤はさっきまで泣いていたのか、目が少し腫れている。

盗み聞きしてた事を許そうと思った。

紬(私の為に泣いてくれる人を怒るなんて出来ないわ・・・それに今の状態じゃ怒れないもの)

斎藤「行って来ます」

太陽の日差しが私の顔を照らしとても眩しい。
目を閉じたいけど、閉じられない。

私の体は自分では動かす事が出来ないから・・・。

嗜眠性脳炎。今、私はこの病気のせいで体が動かせ無いらしい。

高校生の時、時々痙攣しちゃうぐらいで私の体には何にも起きなかった。

だけど、大学に入りこれから唯ちゃん達と楽しい大学生活を過そうとした春の四月。

私の体は途端に動かなくなった。

神様は本当に残酷ね。

まだまだ、この病気は悪化するらしい。

今は体が動かせ無いけど、次に何にも考えられ無くなる。

お父様が泣く泣く言ってた。
それを聞かされた私は悲しかったけれど、涙を流さないように頑張った。

涙を流したら、余計お父様が悲しむと思って泣けなかった。

植物みたいになっちゃうなんて嫌だ。

太陽の日差しが私の胸辺りを照らし頃、斎藤は帰って来た。

斎藤は小さい時から一緒にいる。

だから、斎藤が近くにいると安心出来るの。

目元にガサガサした斎藤の手の感触。

瞼を閉じさせてくれたみたい。

本のページをめくる音。

斎藤「むかしむかしある所に浦島太郎と言う男がいました」

今日も1日中ベッドの中で過ごし斎藤の昔話を聞きながら眠る。

唯ちゃん明日も来るって言ってたわね。

唯ちゃん大学生活、楽しんでるのかしら?

私も一緒に大学生活を過ごしたいわ。

初恋の人と一緒に初めての事をいっぱいしたい。
ね?唯ちゃん。


ギターの音。紅茶の匂い。

そして、自分の両足で立っている私。

夢だって気付くのに一秒も掛からなかった。

普通の人には現実的な事だけど、今の私には非現実的。

少し片足を前に出してみる。簡単に動いた。

久しぶりに歩いた。夢だけど飛び上がるぐらいに嬉しかった。


ソファーに誰か座っている。

ギターを抱え、体が上下に揺れている。

紬「唯ちゃん?」

無意識に唯ちゃんの名前を呼んでいた。

声も出るみたいね。

唯「あ、ムギちゃん!」

唯ちゃんは振り返り私を見て微笑んだ。
私もすぐに微笑みを返した。

何時も見ている唯ちゃんの顔。

唯ちゃんの顔を見る度に思う事がある。

暖かい。

春のように暖かい。冬のような心を持った人でも、唯ちゃんを見れば春になる。

私が唯ちゃんに惹かれた理由は暖かいから。

唯「んー?ムギちゃんボーとしてどうしたの?」

紬「ううん。何でも無いわよ」

唯「そっかぁ~」

唯ちゃんはえへへと笑う。

そう言えば、これは夢。

今日、お見舞いに来た唯ちゃんの話を思い出した。

夢の世界は何でも出来る。夢の世界は何をしても何でも許される。

それなら、高校生の時に言えなかったあの言葉。

いや、一生彼女に言えないだろうあの言葉を今ここで、言おう。

夢の中でしか、言えないなんて私はとっても臆病ね。

女の子同士。そんな壁を取っ払って現実でもこの言葉を言えたらいいのに。

いや、私に桃太郎のような勇気があったとしても今はもう無理ね。

声が出ないもの・・・。

紬「ゆ、唯ちゃん?」

唯「どうしたの~?」

紬「あ、あのね・・・」

心臓が高鳴る。息が苦しくなる。

紬「す・・・」

大丈夫。夢だから、目を覚ましたら無かった事になる。

唯「す?すき焼き!はい、次はきだよムギちゃん!」

紬「き・・・ギター!」

違う・・・そうじゃ無いの。

唯「タ・・・タかぁ~」

紬「ゆ、唯ちゃん!」

唯「待ってよ~今考えてる所だから~」

紬「好きなの!!」

もし、唯ちゃんに告白するのならいくつも告白の言葉を考えてた。

だけど、今私の頭の中はこの言葉しか無かった。

      • やっと唯ちゃんに私の思いを伝える事が出来た。

唯「す、好き!?わわわ」
紬「驚かしちゃってごめんなさい・・・いきなりこんな事言ってごめんなさい」

唯「す、好きって・・・友達として・・・だよね?」

紬「恋のお相手として・・・好きなの」

唯「わわわわっ!告白されちゃった!」

紬「ご、ごめんなさい・・・」

唯「あ、謝ら無くていいよ!あ、あのね?」

紬「えぇ・・・」

唯「ムギちゃん私に色々してくれたよね?ギターとかケーキとか紅茶とか」

紬「・・・・・・」

唯「毎日ありがとうねムギちゃん・・・それから私も好きだよ」

紬「・・・え?」

唯「みんなの為に頑張ってるムギちゃんが好き。はしゃいでるムギちゃんが好き。キーボード弾いてるムギちゃんが好き!全部、ぜーんぶ好き!」

紬「唯ちゃん今好きって・・・」

頬っぺたを摘まんでみる。痛い、夢じゃ無い。
あ・・・夢ね。

唯「うん!ムギちゃんが好き?」

紬「わ、私の何処が好きなの?」

唯「好きって言う事に理由はいらないんだよ。今、ここにいるムギちゃんが好き」

紬「ゆ、唯ちゃん・・・」

これが、 夢だなんて・・・。
いや、夢だからこそ私の都合の良いように事が進んでるのかも知れない。

でも、今は・・・。

紬「あ、あのね。キ、キスしていい?」

唯「い、いいよ!」

目が覚めた時の事を考えずに。

紬「じゃあ・・・」

目の前にいる唯ちゃんを愛そう。

1日だけど、目の前にいる唯ちゃんを愛そう。

唯「んっ・・・」

私よりも柔らかい唇。
長い時間、キスをした。
そして、私は目が覚めた。

―――

唯『今日は何処行く?』

唯『付き合ってから1ヶ月の記念日だよ~』

唯『ムギちゃん好き』

唯『今日は映画館でデートしよう!はい決まり~』

唯『ムギちゃん!?ムギちゃんは・・・もう二度とムギちゃんは体が動かせないんですか!?』

―――

紬(頭・・・痛い)

割れるように、頭が痛い。

それに、さっきから頭の中で響く唯ちゃんの声。

記念日だとかデートだとか・・・。

おかしい、私の頭に何か違和感がある。

病気とか誰かが私の頭にイタズラしたとかじゃ無くて、記憶に違和感がある。

何故か、私が体験して無い思い出が思い出せる。

瞼に固い指の感触。

これは斎藤じゃ無い・・・誰かしら?

唯「ムギちゃんおはよう」

紬(・・・唯ちゃん?)

さっき見た夢の中で体験した感触が唇に。

唯ちゃんによって瞼が開かれた。あり得ない物を見た。

紬(ゆ、唯ちゃん!?)

唯ちゃんが私にキスをしている。

唯「今日はムギちゃんが告白して来た日だね~」

紬(私が唯ちゃんに・・・告白?)

私が見た夢の話を唯ちゃんはしているの?
そんな事無いと思うけど・・・。

まさかこれも夢?
でも、体は動かないわね。

じゃあどうして?どうして唯ちゃんは私にキスをしてきたの?私が告白したって言ってるの?

分からない。

唯「じゃあ学校行かなきゃバイバイ、ムギちゃん」

紬(さ、さようなら唯ちゃん)

唯ちゃんは私の頬っぺたにキスをして学校へと行った。

紬(ど、どういう事?)

夢の中で告白した事が現実でも告白したような事になっているの?

体験して無いはずの思い出を思い出してみる。

唯ちゃんと映画館でデートした思い出。

公園でキスをした思い出。

憂ちゃんが修学旅行中に、私と唯ちゃんが・・・。

どれも、私が体験した覚えが無い思い出ばかりだ。

やっぱり、夢の中で告白した事が現実にも反映されているの?

あり得ない事だけど、それ意外に考えが浮かば無い。

事実、夢の中で告白し、その後の事も鮮明に思い出せる。

しばらく考えても、最終的に夢の中の出来事が現実になったって考えになってしまう。

本当に私が唯ちゃんに告白した事は現実になってしまったの?

だとしたら、嬉しいんだけど・・・悲しい。

せっかく、唯ちゃんとお付き合い出来るようになったのに・・・。

もっと、色々な事を唯ちゃんとしたかった。

唯ちゃんとの思い出だけじゃ無くて自分の体で色々体験したかった。

何か良く分からない内に唯ちゃんとお付き合いする事が出来たけど・・・。

お付き合い出来たら出来たで色々悲しいものね。

こんな、体だから唯ちゃんとデートしたりする事が出来ない。

体が動かせないってツラいわね。

紬(唯ちゃんが来るまで何をしよう)

何時も考えてる事だけど、何時も以上に唯ちゃんの事を考えてしまうわ。


ふわりと暖かい風が吹いて、桜の花びらが私の病室に迷い込んで来た。

斎藤が病室に入って来る。

斎藤「おはようございます。紬お嬢様」

紬(おはよう。斎藤)

斎藤はあまり良く眠れていないらしい。

昔より老けたから目の下のくまが何時も以上に目立ち、顔色が悪い。

斎藤によって瞼を閉じられた。そうねお昼寝の時間ね。

また、夢を見るのかしら?また、夢で私が何かすると現実が変わるのかしら?

斎藤「おやすみなさい」

紬(おやすみなさい)

鳥のさえずりを子守唄歌にして眠る。


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