澪「……え?」

私たちの関係が永遠だなんて思ってなかった。
永遠なんてあるわけないと知っていた。
だからこそ、私は永遠を信じていたかった。

澪「律、なんで……」

『別れよう』と、確かに私の恋人はそう言った。
聞こえない振りをするには静か過ぎる、その場所で。

律「私たち、ほんとはこんな関係になるべきじゃなかった」

澪「知ってるよ、そんなこと!だけど私たち、ずっとこの関係を続けてた」

律「だから終わりにしなきゃいけない」

澪「律……」

私たちが陰でなんと言われているか、ちゃんと知っていた。
レズだとか、気持ち悪いとか、そんなこと。
どうして、と私は思う。
好きなものは好きなのに。
どうして同じ女の子を好きになっちゃいけないんだろう。

律「ごめんな……」

澪「謝らないでよ、ばか」

律「ごめん」

澪「律は……みんなに悪口言われるのが嫌なの?」

律「違う」

澪「じゃあどうして……」

律「さっきも言っただろ。私たちは女同士だから」

澪「律、私が告白したとき、性別なんて関係ないって言ったよね!?なのに何で!?」

律「言ったよ、確かに。でもその時は何もわかってなかった」

澪「今は何をわかってるんだよ!?」

律「私たちがこのままの関係を続けちゃいけないこと」

澪「……私のことが嫌いになったの?」

律「好きだ。今でも、たぶん今からもずっと澪のことが好きだ」

澪「じゃあ……!」

律「だからだよ!」

澪「……っ!」

ごめん、と律はもう一度言うと、私のほうを一度も振り返ることはなく
小さな丘を下りていった。
私は追いかけなかった。


以前、誰かに聞いたことがある。
この学校には、敷地内ではあるけど校舎からだいぶ離れた場所に小さな丘がある。
「桜が丘女子高等学校」という名前の由来になったとも言われているその場所は、
大きな桜の木があった。
その桜の木の下で告白すれば、必ず叶うというジンクス。
だから私もそこで律に告白した。
そして、皮肉にもその場所で、律に別れを告げられた。

始まりの場所なんかじゃない。
別れの場所。
あの日以来、私はそれまで好きだった桜が嫌いになった。

桜だけじゃない。
こんな世界なんて皆消えてしまえ、そう思う。

私たちは永遠に結ばれない。
あんなに想い合っていたのに。
性別が同じだからと、それだけの理由で。

もうすぐ、律と私が別れて一年が経つ。
それなのに私の律への想いは消えるどころか燻ったままだった。

会いたい、と何度メールしたことだろう。
その度にごめんを返された。
あと何度か日が昇れば、私たちは完全に他人になってしまう。
卒業式が近付いていた。

壁に掛かったカレンダーが、その日が刻一刻と近付いていることを
知らせていた。

澪「会いたいよ、律……」

学校で会っても、軽音部で一緒に演奏していても、
お互いちゃんと顔さえも見れず、何も話さない。
もう戻れなくてもいいから、久しぶりに二人だけで会って、律の声を記憶に
刻み付けたかった。
無意識のうちに携帯を開いていた。
未だに消すことの出来ない律のアドレスを探し出す。

会いたい

そうメールを送ろうとしたとき、その一瞬前にメールが届いた。
律からだった。

律『会いたい』

私が今送ろうとしたものと全く同じ文面。
少し笑った。
少し泣きそうになった。

なんと返そうかと迷っていると、また律からのメール。
『あの場所に来て』
私の都合なんか気にしない、昔の律と同じだった。
あの場所はきっと、桜の木の下。

一瞬、『別れよう』と言った律の冷たい声が頭に過った。
だけど私は、それでも迷うことなく立ち上がっていた。


澪「……律」

律「澪……」

澪「えっと、久し、ぶり」

今にも咲きそうな桜の木の下、律は小さく笑った。
「久しぶり」と律が言う。
誰もいない小さな丘は、ひっそりとしていて肌寒かった。
この世界には私と律しかいないんじゃないかと錯覚するくらい。

澪「ねえ、もうやり直せないんだよね」

律「――……逃げよっか」

「疲れたんだよ、もう」と律は言った。
何に疲れたのかは聞かなかった。
私の左手を痛いくらいに握る律の手が、言葉にしなくても私に伝えてくれていた。

「どこに逃げるの」と訊ねると、「どこでも」と答えた。
「いいよ」と言うと、「そっか」と言った。

律「なあ澪、知ってるか?」

澪「この桜の木の伝説?」

律「そう」

澪「ここで告白したら必ず叶うっていうジンクス」

律「そっちじゃないほう」

澪「もう一つ、あるの?」

律「うん。この桜の木の下でさ、一緒に息絶えたらずっと一緒にいられるって話」

澪「ばかみたい」

律「うん」

澪「律は信じてるの?」

律「まあな」

澪「……じゃあ私も信じるよ」

律「怖くないの?」

澪「怖いけど」

律「……卒業式の前日」

澪「うん」

律「またここで会おう」

澪「わかった」

本気だとわかっていた。
だから私は頷いた。
いつも強い律が、少しだけ泣きそうな顔をした。

それからは時間はあっという間に過ぎていった。
もうすぐずっと律と一緒にいられるのだと思うと、嬉しくて嬉しくて仕方が
なかった。

その日はすぐに来た。
私は何気なく家を出たつもりなのに、声が弾んでいたのかママに「澪ちゃんご機嫌ね」と
言って笑われた。

明日の卒業式の準備のため、私たち三年生は昼前に終わった。
私は荷物を片付けると、すぐに教室を出た。
同じ教室にいたはずの律の姿はもう見えなかった。


小さな丘の上に立つ。
眩しいくらいの太陽の光が私と、そしてちらほらと咲き始めた桜の木に降り注いでいる。

律の姿はそこにはなかった。
先にここに来ていたわけではないらしい。

それでも私は待った。
雲行きが段々怪しくなってきた。
雨が降り始めずぶ濡れになっても、折角咲いた桜の花びらが散ってしまっても、
それでも私は桜の木にもたれかかり律を待ち続けた。

澪、と私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
目を覚ました。
そこは何もない世界だった。

ただ一人、律だけがいた。

律は笑っていた。
とても悲しそうに笑っていた。

「ごめんな」と律の唇が動いた。
どうして謝るのかわからなかった。

これは夢だと思った。
だって、何も感じないから。

怖くもなかった。悲しくもなかった。
ただ、変な気分だった。

――不意に誰かの重みを肩に感じた。
私は目を覚ました。
まどろんだ後の頭はぼんやりとしていて、自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。

いつのまにか雨は止んでいた。
さっきの肩の重みはなんだったのかわからない。
隣には誰もいなかったから。

その代わり、桜の木の根元には、私が前に律にあげた使い古したピックの破片と、
そして律の昔のスティックの残骸が落ちていた。

私は閉じていた掌を開いた。
小さい頃、律がくれていつのまにか無くしていたと思っていた玩具の指輪があった。



澪「バカ律」




怖がり、弱虫、へたれ。
そんな罵倒の言葉ばかりが思い浮かぶ。ピックとスティックの亡骸を拾い上げる。
雨のせいで少し濡れていた。
律は結局、どちらも選ばなかった。
私と一緒にこの世界から消えてしまうのか、それとも私のいない世界に残るのか。
一番中途半端な選択。

そのくせ、何で私をこんなにも泣かせるんだろう。
私たちには永遠が訪れないとわかったのに。
こんなスティックとピックの欠片を、信じたくなるんだろう。

いつか桜の木の下で、律が私に笑いかけてくれるかも知れない、なんて
思ってしまうんだろう。

終わる