セレクトショップ

「いらっしゃい、いちごちゃん。今日も可愛いね」

「どうも」

「あ、ステキな連れがいるじゃない」

「ど、どうも秋山澪です」

「こんにちは澪ちゃん」

 自己紹介なんかしなくていいのに。

「そうそう、イノセンスの秋冬物入ってるよ。ゆっくり見てってね」

 店員さんは私たちから距離をとり、他の客へ向かっていく。

「ああ、学園祭で着たような服がいっぱいある……」

「一年の時、秋山さん大活躍だったもんね」

 軽音部の演奏が終わったあと派手に転んで、大勢に下着を晒した事件。

「思い出したくない……」

「縞パ……」

「……」


10GIA

 次は楽器店に来た。

 秋山さんは入るなり『天国』とか『運命』とかいった単語を口走って
 店の奥へ消えてしまった。どこかの神父みたい。

 私はさして音楽に興味も無く、暇を持て余している。
 仕方無くそのあたりの音楽雑誌を眺めていた。

『相対性空論』『凛として梅雨』『大阪事変』

「変なバンド名ばっかり……」

 雑誌を眺めるのにも飽きてきた、ふとドラムのスティックを取ってみる。

(バトンと違うけど、出来るかな?)

 八の字に回す――フィギュアエイト
 水平に回す――フラットリスト
 指を使って回す――フィンガー

 こうやって体の近くでバトンを回すのを総称してコンタクトマテリアル。
 首や腕など身体の一部を転がす技をロール。
 他にも空中に放り投げるエーリアルというのがある、危ないから止めとくけど。

(やっぱりバトンと勝手が違うな)

 何とか出来たのは指で回すフィンガーくらい。


「すごいな! いちご」

「わ!」

 ビックリして落とすとこだった。

「ごめんごめん、あんまり上手だったから」

「そう?」

「そうだ! 律に教えてやってくれないか?」

 急だな、でも褒められて悪い気はしなかった。

「……いいよ」

「ホントか! ありがとういちご」

「そういえば聞きたかったんだけど」

「何だ? いちご」

「ギターとベースの違いって何?」

 正直ベースって要らないんじゃない?
 こう考えるのは素人だからかな。

 秋山さんは嫌な顔ひとつせず、犬と猫の違いを教えるように説明してくれた。

 まず分かったことは、弦が違う。
 基本的にギターが六本なのに対しベースが四本、それにベースのほうが太い。

 次に音の高さが違う。
 ギターに対しベースの方がワンオクターブほど低い。

 他にもいろいろ教えてもらった。
 音楽に疎い私にとって気に入ったのは、
 ベースは全体のリズムを取る言わば『縁の下の力持ち』ということ。

「まあそんなわけで、音楽を聴く時はベースにも注目してくれたら嬉しいな」

――縁の下の力持ち。

 私もなれるかな?
 誰かを支えるような、そんな人間に。


帰り道

 私たちが帰り道についたころ、日は沈みかけていた。

「なんだかんだで遅くなったな」

「うん」

「なあ、いちご」

「何?」

「えっと、そのな、また何かあったら、いや何も無くてもいいんだけど」

「……何を言いたいの?」

「つまり……また一緒に出掛けないかってことなんだ!」

 唐突だな、私たちってそんな間柄?

「最初はもちろん抵抗あったよ、でもいちごは普通だって事がわかったから」

「そうだ、律だって古傷あるんだぞ。小学生の時に塀の上歩いてて足踏み外して……」

「ふふっ」

 何だか可笑しかった、慣れないこと言ってるのが伝わってきて。

「さっきの話だけど」

「あ、ゴメン私ばっか喋ってて」

「うん、私はいいよ。また機会があったら」

 少し遠まわしに返事をした。こういう所が私らしいかな。
 そもそも本当の私らしさって何だろう?

――でも、

「そっか、じゃ今度は……」

――今の私だってまんざらじゃない。

「バイバイ秋山さん」

「澪でいいよ、私もいちごって呼んでるし」

「……うん、バイバイ澪」

「じゃあな、いちご」

 澪が離れてくのを見て、私は不意に思い出し声をかけた。

「あ、言い忘れた」

「なんだ?」

「今日の話、人に喋らないよね」

 きっと喋らないだろう、なんとなく分かる。
 しかしその秘密が重荷となるかもしれない。

「田井中さんには話してもいいよ」

「ダメダメあいつは、口が軽い。それに噂好きだし」

「ねえ、秘密にしてるのって苦しくない?」

 私の意図をくみ取ってくれたのだろう、返事をしてくれた。

「……うん、考えとく」

 今日の私はちょっと変、こんなふうに人を気遣うなんて。

 彼女を見送ったあと、家路につく事にした。

 ふと顔を上げると、
 夕焼けと夜空がコントラストを描いている。

 何でもない風景なのに、やけに私の視線を引く。
 子どもだったころを思い出させる、そんな空だった。

 今日はちょっと遠回りをしよう、
 すぐに帰るのはもったいない。

 眩しい赤と深い青が対照的で、
 いつまでも眺めていたくなる空だった。

――――

「ねえ、いちごちゃんはどの高校行くの?」

「私は……桜高かな」

「へえ、女子高なんだ」

「うん、あとバトン部に入ろうかなって」

「似合う似合う、いいと思うよ」

 TVで高校のバトン部を見て可愛いと思った、ただそれだけ。
 いつまでも立ち止まってはいられない。
 何かきっかけが欲しかった。歩き出すための何かが。

――――


三年二組教室

「りっちゃんの華麗なスティックさばきを見よ!」

 先日の約束通り、私は田井中さんにスティックの回し方を教えている。
 もっともバトンとは勝手が違うからあまり力にはなれないけど。
 ギャラリーは軽音部のみんな。

「上手ね、りっちゃん」

「意外とやるな、律」

「私もギー太回そうかな」

「これで学園祭のライブはいただきだ!」

「「「「おー!」」」」

――もしかして、いや

 浮かんだ考えを打ち消すため、私は控えめな同意を行う。

「……おー」

「りっちゃん、いちごちゃんも応援してくれるよ!」

 ああ、やっぱり言えない。この笑顔の前じゃ。
 そもそも私は部外者の素人、こんな考えはゴミの日に出してしまおう。

――スティック回しても演奏の技術には関係ないよね


体育館

 バトン部の指導中、入り口のほうに浮いている集団を見つけた。
 あ、軽音部。楽器持ってるけどここで演奏するつもりかな?

 とりあえず話を聞きに行こう。

「あのね、いちごちゃん……」

 平沢さんが話しかけてきた。

「……というわけなんだ~」

 どうやら工事で部室が使えないらしい。
 学園祭が近いのに練習できないって、私だったらすごく嫌かも。

「ここら辺使わせてもらってもいいかな?」

 演奏しながら走り回るわけじゃないし、大丈夫だよね。

「うん、大丈夫だと思うよ。ちょっと狭いかもしれないけど」

「ありがと~」

 私が後へ振り返る時、一瞬だけ澪のうれしそうな顔が見えた。

 後輩の指導に戻ったあと、しばらく演奏は聞こえてこなかった。

「こっちも熱血で根性な……」

「軽音、ファイトーッ……」

 何やら掛け声が聞こえてくる。
 やっと演奏するかな?
 気にはなるけど指導を中止するわけにはいかないし。

「よーし、そのノリで! ワン、ツー」

 その時演奏とバトンの曲が重なり、軽音部の演奏が止まった。
 バトン部のほうは止めないけど。

「そろってないよー」

 そろってないのは軽音部じゃないよ、後輩に対してだよ。

 やっぱりここじゃ駄目みたい、ちょっと聞いてみたかったんだけど。
 そうしているうちに、軽音部はいつの間にか体育館から消えていた。

 残念、学園祭で聞くことにしよう。


三年二組教室

「というわけで、三年二組の学園祭の出し物『ロミオとジュリエット』の
ロミオ役は秋山澪さんに決定しました」

「――」

「お~い……気絶してるな」

(澪がロミオか……)

 髪をさわりながら二人のやり取りを聞いていると、
 絶賛気絶中の澪が声を張り上げた。

「い、異議あ~り」

 どうやらロミオ役が不満らしい、似合うと思うのに。
 でも澪の性格ならそう言うよね。

 ……、……。

 どうやら辞退は却下らしい、頑張ってね。

「田井中さん、ジュリエット役よろしくね」

「い、異議ありー!」

「自分に火の粉が降りかかると途端に態度が変わるな」

「私がジュリエットはあり得ないだろ!」

 あ、こっちもか。

「しょうがないでしょ、投票でそうなったんだから」

 真鍋さんが返し、田井中さんが抵抗をする。

「ジュリエットはほかに適任がいっぱいいるだろ。例えば、ムギとか」

「私は今回脚本だから……」

「うう~じゃあ、いちごとか! お姫様みたいにかわいいし」

 かわいい、か……。

「え、やだ」

 それと主役とは別。

「うッ!」

「じゃあ三花は……」

「うん、でもロミオが澪ちゃんだもん……」

 やっぱり澪には田井中さんじゃないと。
 二人とも仲良く覚悟を決めたら?

 髪をさわるのも飽きてきた。


放課後

(佐伯さんのサイズは、と……)

 三年二組はロミオとジュリエットに向けて準備中、
 私の役目は衣装製作のお手伝い。

――学園祭か

 バトン部は特別なにかするわけじゃないけど。

 澪と田井中さんは主役、琴吹さんは脚本。
 軽音部のみんなは頑張ってる。それにライブもあるし、大変だろうな。

 そして平沢さんは木の役、そもそも人が入る必要があるの?

「木Gだよ」

 軽音部のみんなは頑張ってる、たぶん。

「木Gだよ」


数日後

 学園祭の準備も整ってきたころ、真鍋さんからある提案が出た。

「みんな、ちょっと聞いてくれる?」

 その声に反応し、作業中の私たちは手を止めた。

「ちょうど軽音部もいないし」

 なんだろ、軽音部に聞かれちゃまずいこと?

「実はね……」

 提案は軽音部のライブでお揃いのTシャツを着ようというものだ。
 それも本人たちには内緒で。

(そういうのテレビで見たことあるな)

「それでね、お客さんにも着てもらおうと思うの。
だれか入り口で配る役してもらいたいんだけど」

 わずかに迷い、私は静かに手をあげた。

「じゃあ和王子さんお願いね」

 どうやら私には妙な感情が生まれたらしく、それに従うことにした。
 Tシャツを配るくらい大した仕事でもないだろう。


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