妹が爆発した

その知らせを聞いたのは日曜の昼下がり、私が誰もいない我が家で昼寝をしていた時だった

あずにゃんはとても気まじめな後輩で、私がちょっとサボっているだけでも激怒するような子だ

そんな子が冗談で他人の妹を殺すはずがない

さらに電話越しから感じるあずにゃんの緊迫感、絶望感は
平凡な日常を送る女子高生にはとても出せないものであった

電話を通じてあずにゃんはそれ以外にも何か伝えようとしていたが、
翻訳の無い国際ニュースでも聞いているかのように何を言っているかは分からなかった

かくいう私も、「うそだ」の3文字を口から出そうとしても、わずかに口から空気が漏れるだけだった

純『唯先輩、替わりました、純です!』

唯「純……ちゃん?」

私の沈黙を破ったのは純ちゃんだった

純『梓から聞いたかもしれませんけど、憂が……爆発しました!』

唯「詳しく聞かせて……」

先ほどの混乱から解放されて、思った以上に私は冷静だった

純『私達は商店街を歩いてたんですけど、ちょっと憂から目を離した瞬間に爆発音が聞こえて……』

純『振りむくと憂はいなくなってて、地面に大きな穴と、焼け焦げた跡があって……』

純『うっ……』

唯「無理しないで、純ちゃんも精神的につらいんでしょ?」

純『すみません、大丈夫です……』

純ちゃんの言い分が正しければ、事件のあらましはこうだ

憂はあずにゃん、純ちゃんと一緒に商店街に買い物に行った
そこまでは私も見送ったから知っている

3人が話に花を咲かせながら歩いていると、
丁度洋服屋さんの前辺りで憂が気に入った服があったようでお店に近づいたようであったそうだ

純ちゃんはその場を見てはいないが、憂が「この服可愛い」と言った気がする、らしい

その時、突然爆発音と熱が背後から湧いてきて、振りかえるとそこに憂はいなかったらしい

せめて骨ぐらいは残っていてほしかったように思うが、
純ちゃんとあずにゃんにとっては何も残らなかったことは精神的に良かったのかもしれない

純ちゃんとあずにゃんは、しばらく警察の事情聴取で会うことはできなかった

遺骨は無いが、憂の葬式もひっそりと行われた

軽音部のみんなももちろんだが、憂の友達も大勢来てくれて、
憂は本当に愛されていたんだ、ということが私は嬉しかった

律「ううっ……どうして……憂ちゃんが……畜生!」

りっちゃんは憂に懐いていた分、ショックは大きかったようだ

澪「……憂ちゃん」

澪ちゃんはただ静かに泣いていた
普段泣いている澪ちゃんとは別人のように落ち着いていた

紬「……」

ムギちゃんは……表情が読めなかった
が、心なしか悔しがっているような、誰かを恨んでいるような表情を時折見せた様に思う

あずにゃんは……来ていなかった
いや、来ることができなかったのだろう

あれ以来塞ぎ込んで、一言も喋らなくなってしまったようだ

さわ子「どうしてよ!どうして憂ちゃんみたいな良い子が死ななきゃならないのよ!」

さわちゃんは神を怨んでいるかのような剣幕で泣き叫んでいた
部員ですらない憂のことを、我が子のように悲しんでくれるのが、私は嬉しかった

和「ねぇ、唯」

唯「何、和ちゃん」

和「この事件、色々怪し過ぎない?」

唯「それはまぁ……」

和「突然の爆発、爆発の規模に見合わずに見つからない憂の死体、見つからない犯人」

和「何から何まで不自然すぎるわ」

唯「だったらどうするの?」

和「私は……真実が知りたいの」

唯「誰も知らないよ、そんなの」

和「なんで唯は諦められるの!?実の妹なんでしょ!?」

唯「取り乱さないでよ……もっと現実を見ようよ」

和「……ごめんなさい」

和「でもね、私達はただの女子高生かもしれないけど、それでもできることはあると思うの」

唯「そう……だね」

和「私はネット、探偵、聞き込みとかで情報集めたり、
  不審者を見つけてほしいってポスターとかを作ろうと思う」

唯「確かに、それなら私達でもできそうだね」

和「……唯なら、犯人がもし見つかったらどうする?」

唯「変なこと聞くね」

和「変かしら?」

唯「私は……理由を聞いて、憂に謝ってもらう」

和「甘いのね」

唯「恨んだって憂は帰ってこない、罪を認めて適当な罰を受ければ良いと思う」

和「……私だったら」

唯「言わないで」

和「……ごめんなさい」

私だって怒りが無いわけじゃない
怒りに身を任せると、収拾がつかないことになりそうだから押さえているのだ

何より憂が悲しむし、憂がいない分私がしっかりしなきゃいけない

みんなが私の代わりに悲しんでくれるし、私はただ憂の姉としてそれを見守るしかなかった

和「成長したのね、唯は」

唯「憂のおかげだよ、死んでも尚私に何かをくれるなんていい妹……だよね……」

涙腺のダムが崩壊し、洪水のような悲しみが押し寄せる

何だかんだいって今までは憂が死んだ実感が無かったのかもしれない

私は和ちゃんに暫く慰めてもらった


その日、私は変な夢を見た

甘く焦げくさい火薬の臭いに私は起こされる

重い瞼を開けようと四苦八苦していると、掌に冷たい雫を感じる

やっとの思いで視界を取り戻すと、ぼやけた人の影があった

「もう一緒にいられないんだね」

違う、そんなことは無い

「さよなら」

そんなこと言わないで、もうちょっとここに居てよ

「おね……」

~~

そこで目が覚めた

聞きなれた声、見慣れた後ろ姿
間違いない、あれは憂だった

唯「憂……」

時計を見るとまだ朝の5時、今までの私はまだまだおねむの時間
でも憂がいつも起きてお弁当を作ってくれていた時間だ

鏡の自分の、赤く腫れぼったい目を見て初めて思い出す

唯「そっか……昨日は泣き疲れてうちに帰ったらすぐに寝ちゃったんだっけ」

まるで昨日自体が夢であったかのような感覚だった


それから数カ月

私達の日常は通常運転を始めようとしていた
皆、心の傷を隠しながら

あずにゃんのいない部室は、それだけが原因じゃないにせよ寂しかった

りっちゃんは、いつものように澪ちゃんをからかって遊んでいた

でもその笑顔は今までみたいにみんなを笑顔にするものじゃなく、みんなを悲しい顔にしない笑顔だった

澪ちゃんはいつも冷静だ

でも澪ちゃんの歌詞に重みが出てきた
命とか、絆とか、澪ちゃんなりに真剣に現実と向き合っているのだろう

でも、私は以前の澪ちゃんの歌詞のほうが好きだった

ムギちゃんはあれ以来何かを考え込んでいる時がある

和ちゃんと同じく、犯人捜しをしているのかもしれない

その和ちゃんだが、どうやら有力な情報は得られてはいないらしい

落胆しつつも継続して犯人捜しをしてくれる
和ちゃんは本当にいい人だ

純ちゃんは最近よく私の家に来る
そして憂に学校のお話をして、涙を流しているのをたまに見かける

お父さんとお母さんも帰っていることが多くなり、我が家は偽りの賑やかさで溢れている

肝心の私は……

ちゃんとやっている、と思う

憂がいなくてもなんでもできるように

料理もだいぶ上達したように思う

私が死んだときには天国で憂に会って、とびきりの笑顔で抱きついてもらえるように
憂に心配はさせられないのだ

そんな仮初めの平凡を過ごしていたある日、奇妙なニュースが入った

『○○デパートで、不審な爆発がありました』

爆発……その単語から想像するのはあの事件しかない

唯「爆発事件とかやだねー、近所だし……」

この話題を軽く流そうとしたが、食卓の時間はすでに静止していた

『幸い負傷者はおらず……』

テレビと私だけの動ける時間はチャイムの音に破られた

和「唯、さっきのニュース見た!?」

唯「う、うん……」

和「あれは……憂の事件の犯人かもしれない」

唯「そう決めつけるのは早いよ」

和「分かってるわ、でも今度はしっぽを掴んでやるんだから!」

この和ちゃんは、私は嫌いだ
いつもの飄々とした和ちゃんじゃないと、私が不安になるのだ

学校でも早速事件の噂は広がっていた

ある者は「宇宙人の仕業だよ!」と言い
ある者は「裏組織の陰謀だって!」と声を荒げた

私の事情を知る者は、あまりその話題には触れず、心なしか私に優しかった

さわちゃんが教室に入ってくるなり、根拠のない噂話達は一掃された

さわちゃんもこの話題には触れたくないのだろう


次の日も、爆発事件は起こった

今度はホームセンター

和ちゃんは今日は学校を休んだ
さわちゃんは風邪だと言っていたが、事件に深入りするつもりなのだろう

あとムギちゃんもこの日は休みだった

さらに次の日、今度はギー太を買った楽器屋さんが被害を受けた

3日連続で爆撃があって、一人も負傷者がおらず、犯人の目星がつかない

私はこの不思議な事件に引っかかるところがあった

3つの店は全て私が行ったことがある店

そこで私は共通して聞いたことがある言葉がある

「このお店、私のお父様の会社の系列で……」

とにかくムギちゃんに話を聞かなければ

「私達はただの女子高生かもしれないけど、それでもできることはあると思うの」

学校に着くや否や、私はムギちゃんを探した

ムギちゃんは今日は休んでいなかった

唯「ムギちゃん、話があるんだけど」

紬「なぁに?」

唯「ここでは話しにくいから、昼休みに部室で、いい?」

紬「……」

ムギちゃんは静かに頷いた

後ろからりっちゃんと澪ちゃんの話声が聞こえて、私達は普段の表情に戻った


昼休み、部室でムギちゃんと二人きりの状況
先に声を発したのはムギちゃんだった

紬「私に何か用があるんでしょ、唯ちゃん」

唯「うん、聞きたいことがあってね」

紬「私が知っている範囲ならなんでも答えるわよ」

唯「じゃあね、憂の居場所を教えてよ」

紬「……」

ムギちゃんの表情からは明らかに驚きと焦りが漏れていた

紬「そ、そんな、憂ちゃんは死んじゃったでしょ?」

嘘だ、と顔に書いてある

唯「本当のこと、教えて」

紬「……」

ムギちゃんは観念したのか、急に真剣な表情になって、冷徹な声を私に向けた

紬「知ってしまったら、もう戻れなくなるわよ?」

唯「その覚悟があるから、ムギちゃんに今問いただしてるんだよ」

紬「そう……唯ちゃんもだいぶ成長したのね」

ムギちゃんは見当はずれな称賛に続けて言った

紬「唯ちゃんは、幽霊とか宇宙人とか信じる?」

唯「え?」

突然の質問に、頭が真っ白になる


紬「実はね、憂ちゃんは不死者、イモータルっていうものになったの」

唯「不死者……」

紬「ある日突然、人間は不死者になってしまう」

紬「不死者は人間にはない異常な生命力と、特殊な能力を持っているの」

唯「……」

紬「憂ちゃんの能力は……自分を爆弾に変える能力」

突然突きつけられた非現実に、私は困惑する

紬「どう、信じられないでしょ?」

今ムギちゃんが微笑んでいるのは、非現実的な現実に対してだろうか
それとも、真実を嘘のようにしか伝えられない自分に対してだろうか

唯「でもどうして憂が、ムギちゃん家の系列のお店を襲ってるの?」

紬「話せばちょっと長くなるわ」


不死者、イモータル

人間の突然変異体なのか、はたまた新たな進化なのか

その者たちはある日突然人間社会から追放される

そんな不死者達をまとめる組織がある、らしい

その組織の目的は、不死者、新人類による新たな世界の統治

今時漫画でも滅多に見ない設定だ

その組織は突然不死者になって困惑する者達を集め、その特殊能力で人間を駆逐するつもりらしい

憂もその組織に入っているようだ


そして琴吹家の系列が狙われる理由

それは琴吹家では裏で不死者の研究をしており、不死者を人間に戻す実験が行われているらしい

不死者は人間の形をしている者もいれば、そうでない者もいる
特殊能力のせいで人間として生活できない者もいる、らしい

そういう人たちを社会復帰させるプロジェクトなのだそうだ

この実験は、組織にとっては不都合なのだろう

憂を利用して警告として爆撃を行ったのだ

ニュースになれば組織の力も示すことができて、一石二鳥なのだろう

問題は憂に会えるのかどうかだが……

紬「次の場所は大体予測しているの」

次の標的は……


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