梓「えっ、唯先輩!?」

唯「奇遇だねあずにゃん」

澪「ひっくひっく」

唯「どうして泣いてるの?」

澪「ひっく・・・唯の幽霊が見える。ということはここは天国なんだ・・・」

梓「先輩、落ち着いてください」

唯「私たち死んでないよ」

憂「お、お姉ちゃん、兎、兎だよお!」

唯「ほら見たことか、やっぱり兎はいたでしょ。お姉ちゃんの言ったとおり」

 お姉ちゃんは自慢げに腰に手を当て親指を立てます

 もうなにがなんだかわかりません

梓「憂たちもハネムーンに月旅行に来てたんだね」

憂「そんな梓ちゃん、ハネムーンだなんて・・・」

 ハネムーン。ハネムーンなんでしょうか

 月に来ている以上そうかもしれないけど、こうしてはっきり言われると恥ずかしいのです

憂「それより、これ・・・」


 兎さんは輪に闖入した私たちをも取り囲んでしまいました

 品定めをするように、赤い瞳でこちらを観察しています

憂「いったいどうなってるの?」

梓「この兎たちが通せんぼして、宇宙船に帰してくれないんだ」

唯「それで澪ちゃん泣いてたんだね」

梓「はい・・・。この兎たちなにか怒ってるみたいで」

澪「うう、ぐすっ」

梓「もう、澪先輩しっかりしてくださいよ」

澪「ごめんよ梓・・・、私梓を守らなくちゃいけないのに」

 澪さんはどうやら梓ちゃんのおしりにしかれてるようです


唯「ふむふむ、ほうほう」

梓「先輩、兎の言葉がわかるんですか!」

唯「うん。やっぱり第二外国語でロシア語とっといてよかったよ」

憂「お姉ちゃん、すごい!」


 ソ連時代からの宇宙開発の名残でしょうか

 お姉ちゃんによれば、兎さんたちの言葉はロシア語だったのです

 月の共通語は最初に月面着陸をしたアメリカの言葉かとばかり思っていました

 先入観というものはこわいものです


 お姉ちゃんはしきりにうなづいたり、

 身振り手振りをしながら兎さんとお話をしました

 数分ばかりしてお姉ちゃんは振り返りました

唯「兎さんたちが怒ってる理由がわかったよ」

梓「なんだったんですか」

唯「あのね、あずにゃんたちが月の兎さんのお餅をふんづけちゃったのが原因だって」

梓「お餅・・・?」

澪「そういえば、途中でそんなの見たかも・・・」

唯「兎さんたちにとって、すっごく大切なものだって言ってるよ」

澪「そうだったのか・・・」

梓「兎さん、ごめんなさい! 許してくれませんか」

 兎たちは小さな首を横に振ります

唯「ダメだって」

梓「そんな・・・」

澪「うう、やっぱり私たちは地球に帰れないんだ・・・!」


憂「ねえ、私たちが代わりのお餅をつくってのはどうかな」

梓「えっ、憂?」

憂「私、お餅をつくの上手なんだ。お正月用のお餅はいつも家でつくってるんだよ」

唯「兎さんたち、それなら良いって言ってるよ!」

憂「やったあ!」


 さっそく杵と臼が運ばれてきました

 人間サイズの臼も杵も、小さな兎さんには不釣り合いですが

 重力の少ない月世界では彼らでも扱いにこまることはないのかもしれません


 杵の先でふかしたもち米をぐりぐりとつぶします

唯「準備オーケーだよ」

憂「お姉ちゃんはお餅を返すのお願いね」

唯「よしきた!」

 ぺったんぺったん 二人でお餅をつきます

 私もお姉ちゃんも慣れたもので、つきと返しのタイミングに迷いはありません

 ぺったんぺったん

 ぺったんぺったん

 ぺったんぺったん 月のお餅が出来上がっていきます


唯「ういー」


 ぺったん


憂「お姉ちゃん!」


 ぺったん


梓「憂、私にも手伝わせて」

憂「うん、いいよ」

唯「あずにゃん、お餅を飛ばさないように気をつけるんだよ」

梓「分かってます・・・これ、けっこう軽いね」

澪「わ、私もやる!」


 今度は梓ちゃんと澪さんに交替です

 ぺったんぺったん

 二人の動きはぎこちないけど、堅実にお餅をついています

 これって二人の共同作業ですね

 ……ってそれは、私たちもだった

 おかしな状況のせいか、へんなことばかり考えちゃうよ


唯「終わったー!」

憂「やったね、お姉ちゃん」

 何度かの交替ののちついにお餅は完成しました

 出来上がったお餅はシャンパンタワーのように高く積み上がっています


 兎さんたちもとってもよろこんでるようです

唯「いっぱい働いたから許してくれるって言ってるよ」

梓「兎さん、本当にごめんなさい」

澪「ごめんなさい」

 頭を下げる二人に、兎さんたちはあわてた風です

 ロシア語は分からないけど、「まあまあ頭をおあげください」って感じなのかな?



 ぺったんぺったん

 ぺったんぺったん

 ぺったんぺったん

 ぺったんぺったん

 まだ耳の奥にお餅の音が残っています

 ぺったんぺったん……

唯「兎さんかわいいね」

憂「そうだね」

 月の兎さんたちは地球の兎さんとおなじでふわふわとした毛をもっていて

 きっとじかに触れたらやわらかそうです

唯「ういー、この兎さんたち地球に連れ帰ったらだめかなあ」

憂「お姉ちゃん、ひらさわ号は積載量が限られてるから・・・」

唯「だめー?」

憂「ごめんね、お姉ちゃん」

唯「じゃあ、あずにゃんと澪ちゃんは」

澪「いや、私たちは自分の船があるから」

梓「それにこれ以上、お二人の邪魔はできませんよ」

憂「あ、梓ちゃん・・・」


 そろそろお別れの時間がやってきました

 不思議と名残惜しいですが、宇宙服の空気にも限りがあります

 特に先に来ていた二人は、急いで船に戻らなくてはなりません。


梓「じゃあ、お世話になりました」

澪「二人とも本当にありがとう。二人で良い時間をすごしなよ」

唯「ばいばーい」

憂「さようならー」

唯「私たちもひらさわ号に帰ろうか」

憂「うん、お姉ちゃん。でもその前に背中にまわした手をこっちに見せてね」

唯「ぎくっ」

 お姉ちゃんの手の中にはふわふわの兎さんがいました

憂「もうっ、誘拐するつもりだったの?」

唯「てへへ、冗談だよお」

 どうでしょう、危ないところです

 ……けれど、もしお姉ちゃんがいなかったらこの状況はどうにもなりませんでした

 梓ちゃんも澪さんもずっと船に帰れないままだったし、私だってそうでしょう

 お姉ちゃんにはいっぱい感謝しないといけないね

憂「お姉ちゃん、ありがとね」

唯「???」

 きょとんとした顔です

 ぴょーんぴょーんぴょーん


 足跡をたどって、来た道を返していきます

 お姉ちゃんの足跡と私の足跡

 二人の痕跡はリズムよく月の大地に刻まれています

 この足跡、ずっと残って行くのかなあ


 ぴょーんぴょーんぴょーん


 兎さんたちも、船の入り口まで見送りに来てくれました

憂「さようならかわいい兎さん!」

唯「ダスビダーニヤ!」

憂「だすびだーにや!」

 名残惜しくも、扉はしまります

 いまや月世界は三重の隔壁と強化ガラスの向こう側です


唯「そういえば、海に行き忘れたねえ」

憂「そうだねえ」

唯「しまったなあ、月の海水浴したかったのに」

憂「お魚さんも見たかったね」

唯「でも、楽しかったよね!」

憂「・・・うん!」


 お姉ちゃんと一緒で、いっぱい楽しかったよ


憂「また今度来ようね!」

唯「きっとだよ!」


 ジェット噴射をはじめた船は

 コンピュータの自動操縦によって目覚ましい速度で地球へと帰還して行きました



 私たちは暗い夜空に浮かぶ月を見るたびに思い出すでしょう


 以上が私とお姉ちゃんの月旅行の顛末です


 そういうわけで月の砂と、兎さんからもらった杵とは

 いつまでも私たち姉妹の宝物なのでした






 おしまい