憂「ほら、みてみてお月さま!」

唯「ほんとうだ、綺麗だねえ」


 皆さんこんにちは、平沢憂です

 今日はお姉ちゃんと一緒に宇宙にやってきました!

 まん丸な宇宙船の窓からは地球で見るよりも大きなお月さまの姿が見えます


憂「うん! とってもおっきいねえ!」

唯「ういーテンション上がりすぎだよー、あはは。

唯「でもねでもね、お月さまより憂の方がずっとずっと綺麗だからね」

憂「お、お姉ちゃん」

 こんなこと言っちゃうなんて……どうやらお姉ちゃんの方が興奮してるみたいです

 でも、それも不思議はありません。

 だってこれから二人で、あのお月さままで行けるのですから

憂「地球も見えるよ」

唯「さっきよりずっと小さいや。もうこんなに遠くに来ちゃったんだねえ」

憂「そうだね・・・」

 まっくらな空間にひとつきりで浮かぶ青い地球の姿は、なんだかさびしく見えます

 何十億年もの間、地球はずっと孤独だったのでしょう

唯「どうしたの?」

憂「ううん、どうもしないよ?」

唯「なんか悲しそうな顔してたよー」

 そんな顔をしたつもりはないのですが……

 お姉ちゃんはこういうときとっても鋭くて、いつも私をびっくりさせるのです


 私はお姉ちゃんにさっき感じたことを話しました

 お姉ちゃんは話を聞き終えるとまじめな顔をして一回うなづくと、

 それからにっこりと笑って私の手をつかみました

唯「大丈夫、一人じゃないよ」

憂「?」

唯「ほら、だって!」

 お姉ちゃんは、私の手をつかんだまま窓の外を示しました

唯「地球はいつもお月さまと一緒なんだから」

憂「・・・うん! 一緒だね、お姉ちゃん!」

唯「それにね、毎日お日様も月と地球を照らしていてくれるし、

 火星や水星や木星やテンモーセイも一緒なんだよ。」

唯「こんなに仲間がいっぱいいる地球は一人ぼっちじゃないからね」

憂「お姉ちゃん、テンモーセイじゃなくて天王星だよ」くす

唯「てへへ、そうでした」


 たしかに地球はひとりではありません

 お姉ちゃんのぬくもりを手に感じながら眺める地球は

 孤独な惑星なんかじゃなく、しあわせな宝石です。


憂(ずっと一緒・・・お月さまと地球って、私とお姉ちゃんみたいだな) 

 思わずそんな恥ずかしいことも考えてしまいます


唯「うーいー」

憂「ふえっ、なに!?」

 また心の中を読まれてしまったのかと思って慌ててしまいます


唯「機械がピーピーなってるよ。これからどうするんだっけ」

憂「あ、そろそろ着陸が近付いてきたんだね」

唯「ボタンがいっぱいあって分からないよお」

憂「ちょっと待ってて、取扱説明書を読むから。えっと・・・」

唯「てきとーに押せば大丈夫かな?」

憂「うん、適当に・・・ってだめだよお姉ちゃん!」

唯「え・・・もう押しちゃった・・・」

憂「お姉ちゃんのばかあ!墜落しちゃうかもしれないのに!」

唯「どうしよう・・・」


 お姉ちゃんがどんな操作をしたのかは分かりませんが、

 コンピュータの表示や窓外の様子からして宇宙船はますます月に近づきつつあるようです

唯「うい・・・ひらさわ号墜落しちゃうの?」

憂「わかんない、・・・たぶん、大丈夫だと思うけど」

憂「念のため宇宙服を着て椅子に座ろう?」

唯「うん」


 さっきまで静かだった船内はしだいに振動をましてきています

 月の重力圏に捉えられた影響なのでしょうか

 地球よりずっと弱く、人間の身体がふわふわと浮かびあがるような月の重力でも

 金属製の宇宙船にははっきりと作用するのです。

 私たちはコクピットに備えられた席につき、シートベルトを二重に巻いて着陸を待ちます

 がたがたとした震えが、船の振動なのか、自分の身体の振動なのかわかりません

 私は墜落のこわさからぎゅっと目をつぶっていました

 ふと、右手に違和感を感じて目を開くと、お姉ちゃんの分厚い手袋越しの手が私に重ね合わさっていました

唯「ねえ、憂。お月さまで兎さんに会えるかなあ」

憂「月に兎さんはいないと思うよ」

唯「ええー、いるよお。学校で習わなかったの」

憂「うーん・・・」

唯「月には兎さんが暮らしていて、お餅をついてて」

唯「あっ、それから海もあってお魚さんが獲れるかも!」

唯「兎さんいっぱいいたら一匹くらい連れて帰っちゃだめかなあ」

憂「ふふふ」

 お姉ちゃん、本当に兎さんを信じてるのかなあ

 あまり言ってお姉ちゃんの夢を壊したらいけません

 けれど、お姉ちゃんのおかげでさっきまでの怖さはなくなってしまいました



唯「着いたっ!」


 船は無事に月面へと辿り着きました


憂「うん、よかったあ」

唯「扉あけるよお」

憂「うん!」


 そして三重構造の隔壁を越えた外の景色は、一面の月世界!



憂「お姉ちゃん、月を歩くときはかるーくジャンプするんだよ?

 あわてちゃ駄目だからね?ヘルメットも取ったら危ないよ、それから」

唯「そんなに言わないでも平気。憂こそ転ばないでね」

 言うがはやいかお姉ちゃんはぴょんぴょんと飛んで先に行ってしまいます

唯「ぴょーん、ぴょーん」

憂「わっ、待ってお姉ちゃん」


 地球から遠く離れた大地を、ゆっくりと踏み締める

 宇宙服ごしの脚に伝わる感触は、かたいようなやわらかいような不思議なものでした

唯「ふんす!」

憂「? お姉ちゃん、何やってるの?」

唯「この一歩は人類にとっては小さいが、平沢姉妹には大きな飛躍である!」

憂「それって逆なんじゃ」

唯「これでいいの。さあ、憂もどんどん一歩を踏み出そう」



 私たちは二人並んで月面を進んでいきます


唯「ぴょーんぴょーん」

憂「ぴょーんぴょーん」

唯「ぴょーんぴょーん」

憂「ぴょーんぴょーんっ」


 私たちの宇宙服は臍帯のようなビニール被覆の長いケーブルでつながれています

 あたりは静かで、ケーブルとスピーカが届けてくれるお姉ちゃんの息遣いと

 自分の動作音しかしません。


 小高い丘のてっぺんにさしかかったところで私たちは立ち止りました

唯「ぴょーんっ・・・と、ずいぶん進んだね。ひらさわ号があんなに小さく見えるや」

憂「お姉ちゃん、二人っきりだね」

 なんだか急に照れくさくなります

唯「この景色ぜーんぶ憂のものだよ!」

憂「私そんなに欲張りじゃないよお。半分はお姉ちゃんにあげる」

唯「おお、こんなに広いとごろごろしきれませんな」

憂「えへへ・・・お掃除も大変そう」

唯「こんなに綺麗なのは兎さんがお掃除してるからかなあ」

憂「どうだろうねえ」

唯「どうなのかなあ」

唯「ちょっと汗かいちった」

憂「・・・あれ、なんだろう?」

 ひらさわ号とちょうど反対側の斜面の向こうに何か人工物らしきものが見えます

唯「行ってみよう」

憂「お姉ちゃん待って」

 通信ケーブルでつながった二人は一定以上離れられないのです

憂「もしかしてアポロの忘れものかも・・・」

唯「ごみを捨てていくなんてひどいよ!」


憂「これは、アポロではなさそう・・・」

 人工物は何かの乗物から切り離された部品のようです

 しかし、それはどうみても数十年も昔のものには見えません

 ひらさわ号に搭載されているのと同系統のデザインでした


唯「あっ、向こうにも落ちてるよ!」

 言われてみれば確かに、少し行った先にも、そのまた先にも人工物の影がありました


 人工物は点々と曲線を描きながら遠くまでつながっています

唯「こんなお伽話ってあったよね。兄妹のお話」


 ぴょーんぴょーん、と人工物の道筋を跳ねていきます

 お姉ちゃんから離れないように気を使っていると、自然にリズムは同じになって

 ぴょーん、ぴょーん 私たちは跳ねる二匹の兎さんみたいです


 ぴょーんぴょーん

 ぴょーんぴょーん


 この乗物の持ち主は一体どうしたんだろう?

 月ではものが風化しないので経年劣化のようなものは見られませんが、

 しかし機械のつくりからしても、これは絶対に最近の宇宙工業製品です

 ひょっとして、なにかのトラブルに巻き込まれてしまったのでしょうか……

 宇宙でのトラブルは命の危険をもたらしかねない恐ろしいものです


 だとしたら……この跡を辿ってその向こうに行こうとしてるのも、

 危険な行動なのかもしれない


 不安におそわれて「引き返そう」と提案しかけた、その時でした。



「うわーん!」

 急に声が聴こえたのです


 二人して顔を見合せます

唯「今の憂・・・じゃないよね」

憂「うん、今のって・・・」

 空気のない月面では音も声も存在しません

 今のはどこかの無線電波をキャッチしたスピーカからの音声です

「誰か助けてー!」


憂「お姉ちゃん・・・こわい」

唯「向こうに誰かいるんだ。助けに行かなくちゃ!」

 私の手を引いてお姉ちゃんは駈け出しました


 声は何度もとぎれとぎれに届きます

唯「ひょっとしてこの声・・・」

憂「?」

唯「なんだか聞き覚えのある声なんだけど・・・あっ、あれ!」

憂「えっ!?そんな!?」


 あまりの光景に目を疑ってしまいます

 そこにいたのは身近な友人たちでした

唯「やっぱり、澪ちゃんだ!それにあずにゃんまで!」

憂「どうしてこんなところに・・・いや、そんなことより」

唯「おーい二人ともー」

 お姉ちゃんは手を振りながら二人に駆け寄って行きます


 目の前の出来ごとの異常さを気にしていないのかな

 確かにあれは澪さんと梓ちゃん……

 でもその二人は、たくさんの兎の群れに囲まれて立っていたのです!


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最終更新:2011年01月22日 02:31