人を不幸にしたいのなら簡単だ。
その人の一番大切なものを目の前で壊すといい。
勿論、君も不幸になる勇気があるならの話だが。

霧間誠一 「殺戮者は気が変わる」


これは全てが終わったあとに交わされた会話である

「結局、幸せって何なんだろうね」

「さあね、生憎と僕は自動的だから主観で見た場合の実感は分からないな」

「幸せって、こんなことをしないと手に入らないものだったのかな?」

「他人の不幸を想像することが、自己の幸福の創造に繋がる
今回の敵―――『オクトパス・ショップ』はそう考えたはずだ」

「……私には分からないよ」

「分からない事は分からないままでいい
きっと、幸せとはそんなことだと思うよ」

「でもこんなことになってしまった今だから思うよ
私は幸せだったし、幸せになりたかった」

「それは『オクトパス・ショップ』も同じだったんだろうね
それゆえに世界の敵になってしまった」

「……私の親友を、そんな呼び方しないで」

「失礼、謝るよ」

「ううん、いいよ」

そう言って彼女、平沢唯は友達の亡骸を抱きしめた。




ブギーポップ・ティータイム

「蛸壷のクリエイト」

YUI HIRASAWA,s THAT IS IT




琴吹紬は統和機構の戦闘型合成人間として生み出された。
攻撃と防御に重点を置いて作られた《特別製》(スーパービルド)と呼ばれる彼女の能力は強力無比である。
だが、そんな彼女にも悩みがあった。

「もうすぐ卒業……か」

卒業すれば大学への進路は決まっている。
だが統和機構の命令に従わなければいけない彼女は、突然大学を中退させられるかもしれない。
世間体もあり、琴吹財閥の仮の姿のために高校の卒業までは保障されていた。
だが、これからはどんな職業に就かされるか分からない。
それは高校生活で出会った仲間達との別れを意味する。

「そんなのいやよ」

その彼女の悩みが周囲への監視を怠らせ
本来の任務―――MPLSの探索の放棄へと繋がり
悲劇を招いたしまった。

「ムギせんぱ~い!」

「あら、梓ちゃん」

「今日はバイトだったんですか?」

「ええ」

(実際は統和機構の仕事だったけど)

「梓ちゃんは?」

「私は純に誘われてカラオケについつい長居を……」

「うふふ、楽しそう」

「純ッたら、特撮の歌ばっかり入れるんですから!」

「あらあら」

紬が可愛い後輩の一人である中野梓と話し込んでいると
彼女は急に警戒態勢をとった。

(トラックが突っ込んできた!?)

琴吹財閥の令嬢としても、統和機構の合成人間としても狙われる彼女は
常に周囲の警戒を怠らないはずだった。
だが、先刻の悩みと後輩との会話の安心感。
そのギャップで生まれたわずかな隙を『敵』に付け込まれた。

「あれ、あのトラックなんだかふらふらしていませんか?」

「梓ちゃん、危ない!」

急加速してきたトラックは、信号前に立っていた二人を急襲する。
自分ひとりなら逃げられたかもしれない紬は、
位置的に逃がすことも突き飛ばすことも出来ないあずさを守るため
戦闘型合成人間タークアーンとしての能力を使用した。

傍目にはスリップしたようにしか見えないドリフトをして
トラックは車体全体でこちらを押しつぶしに来た。
紬は両手を前にかざして、大質量を受け止める姿勢をとった。

「ムギ先輩!?」

梓が悲鳴を上げる。
このままでは二人ともトラックの下敷きになるのは目に見えていた。
だが、そうはならなかった。

「えい!」

これがスーパービルドと呼ばれる戦闘型合成人間の能力。
触れたものに生体パルスを送り込み、質量自体を変化させる。
どのような質量の物体でも、彼女の前では意味をなさない。
また、衝撃自体も合成人間の基礎体力でほぼ吸収することができる。
これが単純な近距離戦闘においては他の追随を許さない、タークアーンの能力だった。


「大丈夫、梓ちゃん!?」

「……きゅう」

「……気絶しちゃったのね、覚えていないといいけど」

(それにしても、こんな大雑把な攻撃、敵対組織がやるとは思えないけど)

「……梓ちゃんを狙った?」

(まさかね)

「とにかく組織に連絡して後始末を頼まないと」

(運転手は目が虚ろで口が半開き……明らかに正気じゃないわね)

「とにかく、まずは梓ちゃんを病院に運ぶのが先決ね」


「ええっ!? 梓がトラックに轢かれそうになった!?」

『そうなの、それでお家の方に連絡してもらったんだけど留守みたいで……」

「ひ、轢かれたって、怪我とかは……」

『落ち着いて澪ちゃん、轢かれてはいないわ、転んだから一応運んでもらっただけよ」

「よかったよ~」

『とにかく電話じゃ話しにくいから、病院に来てもらえる?』

「ああ、着替えとか適当に持っていくから」

「びっくりしたよ~」

「ああ、唯ならうっかりトラックに轢かれそうなイメージがあるけど」

「ひどいよ、りっちゃん!」



「すみません先輩方、わざわざ来てもらって」

「け、怪我は大丈夫なのか!?」

「ああ、胸がこんなにへこんで!」

「澪先輩は落ち着いてください、律先輩はふざけんなです」

「元気そうでよかったよ~」

「ご心配おかけしたみたいですみません」

「ムギが助けてくれたんだって?」

「ええ、とっさにトラックから身をかわしたの」

「……そうでしたっけ?」

「あらあら梓ちゃん、夢でも見たの?」

「うーん、そう言われればそんな気も」

「じゃー、帰るね、あずにゃん元気でね!」

「唯先輩、くっつかないでください!」

見舞いを終えて律達が病室を出ると、そこには女子高生がいた。
部活帰りに見舞いにでも寄ったのか、スポルディングのバッグを抱えて立っていた。

(梓の知り合いか?)

律が適当に会釈して道を譲ろうとする。
すると、桜校のものではない制服を着た高校生は口を開いた。

「彼女から目を離さないほうがいい
彼女は今また『敵』に目をつけられた」

その少女は、少女なのに少年のような中性的な雰囲気で
左右非対称な笑みを浮かべて、そう言った。

「え、あの、敵って……」

律は見ず知らずの少女にそんなことを言われて立ちすくんでしまった。
その時、背後からものすごい力で紬が割り込んできたので驚く。

「『敵』って、やっぱり梓ちゃんが狙われたんですか!?」

「ムギちゃん?」

「彼女に限らない、君達もまた標的となりえるのだからね」

「あ、の、さっきから何を言ってるんですか?」

「これだけは言える」

明らかに場違いな雰囲気に怯える澪に構わず、
目の前の少女はあくまでも真剣な目で語った。

「『敵』の目的は君達の不幸だ」

「やれやれ、一日泊まったくらいでみんな大袈裟なんだから」

梓そう一人呟くと、猫科の動物のように伸びをした。
一夜明けて心配する両親を横目に、
早々に退院して昼から学校に登校することになったのだ。

(ま、どこも怪我してないんだから当たり前だよね)

事件のことは新聞で事の顛末を知った。
どうやら、あの規模のトラックの転倒で周囲に危害が及ばなかったのは奇跡的らしい。
梓はその記事を読んだとき、自身の幸運と紬の機転に心から感謝した。
今もそのことを思い出して、顔がにやけてしまう。

(いくらムギ先輩が力持ちだからって、あんな夢見るなんて)

紬がいつも通りの笑顔で「あらあら」と言いながらトラックを持ち上げる。
非常に現実味のあるそんな夢を見てしまったことを思い、
このことを親友の憂や純にどう語ろうかと幸せな気分で歩いていた。
もちろん、彼女の幸福な気分はここで終わる。

「うーん、腹がペコちゃんだから、どこかで外食でもしてから……」

「はあはあはあ、あ、あずにゃんにゃん、あずにゃんにゃん!」

「わぁ、な、なんですか、いきなり!」

「孤独のグルメのセリフを真似しちゃうあずにゃん可愛いにゃん!」

「ひ、気持ち悪い、それになんで私のあだな……」

「かずにゃんだよ!」

「きゃあ! だ、誰か助け……」

「む、無駄なのにゃん、かずにゃんが100%メイドインあずにゃんヨーグルトを食べることで
かずにゃんのジュニアから違う(     )が溢れちゃうのにゃん!」

「だ、誰か、誰かぁ!」


「ええ!? 梓が今度は変質者に襲われた!?」

「そ、それで梓は……」

「私の知り合いのリィ舞阪さんに警護を頼んでおいたから、無事に済んだわ」

「よかったよ~」

(まさか『最強』がボディーガードを引き受けてくれるなんて……上も本気のようね)

「でもそれって、あの子のいってたことが本当になったってことだよね」

「ああ、あの変な女子高生か」

「そう、いつの間にか消えていた、あの女の子が何か知ってるんじゃ」

「……もういやだ」

「澪ちゃん?」

「最近、怖いことが多すぎるよ、人を殺す死神の噂とか」

「澪、あれは都市伝説だって」

「そうだよ~、人が一番、美人な時に殺してくれるんだって!」

(死神の噂、確かによくは知らないけど、MPLSと関係が……?)

「本当なら、さわちゃんとかとっくに死んでるもんな」

「そ、そういう冗談を言うな!」

「ご、ゴメンって澪~」

「とにかく! みんなが狙われてるならこんなところにいられない! 帰る!」

「澪ちゃん、それは死亡フラグだよ!」

「あ、出ていっちゃった」

「追いましょう、りっちゃん!」

「そうだな、行くぞ唯!」

「うん!」


秋山澪は昔から怖がりだった。
それは恐怖が怖いのではなく、恐怖に出会ったときにどうしたらいいのか
分からないが故の恐怖だったのだが、彼女はそれらを頑なに遠ざけた。
律が怖がらせてくるのも、本当はそれらを克服させるためだと分かっていた。
それでも彼女は逃げた。
目をふさいで耳をふさいで。
本当はこんなことではダメだとわかっていたのに。

「ううう……。ダメなのに、逃げちゃダメなのに……」


ふと、公園で澪が塞ぎこんでぶつぶつ呟いていると口笛が聞こえてきた。
彼女の前にいつの間にかシルエットが浮かんでいた。
人と言うよりも筒のような黒い影が。

「本当にそうなのかな?」

《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の音色を止めて、影は言った。

「恐怖や脅威から身を隠すことはそんなにダメなことなのかな?」

(な、なんだ、あれは―――)

影は帽子でマントをかぶっているから筒のように見えていたのだが、
澪にとってはそんなものどうでもよく、
ただ目の前の奇妙な人物がひたすら怖かった。
その姿はまるで―――

「し、死神……!?」

彼女の脳裏には先程の会話が浮かんでいた。

「そうだよ~、人が一番、美人な時に殺してくれるんだって!」

(ぶ、ブギーポップ!)

死神の噂を聞いていた澪の恐怖は最大限まで跳ね上がった。
ああ、そうか私は殺されるのか。
なにせファンクラブまであるくらいだからな卒業前に殺そうってことか。
恐怖が限界を超えて、逆に思考が冷えていく。
そして確信と共に一つの感情が全身を支配する。

(この死神は―――『危険』じゃない?)

「君は、その予感を大切にした方がいい」

命の危機にあるにも関わらず、澪はその言葉に耳を傾けた。
なにかとても―――とても重要なことをこの死神は伝えようとしているのではないか。
そんな『予感』がしたからだ。

「君の『能力』が今回の敵―――『オクトパス・ショップ』を倒す鍵になるかもしれないからね」

「おくとぱ……え?」

「それは悲劇を望んでいる、身近な人間の、親しい人間の」

「何を言って……」

「まるで自らの蛸壺に獲物を引きずり込むように、触手を使って獲物を貪る
そして他人の不幸を自らの幸せとして換金している
だから名づけたのさ『オクトパス・ショップ』とね」

(勝手に名づけたのかよ!?)

「謎の現象も名前をつければ怖くなくなる
怖がりの君なら分かるんじゃないかな?」

「べ、別に怖がりじゃ……」

(ん、ちょっと待て、この死神はなんて言った?)

「あの、親しい人間って……」

「ああ、そうだ、敵は君達のすぐ近くにいる」


……

「うううううう……」

平沢憂は怯えていた。
まさか親友の梓が襲われるとは思っていなかった。
それも、自分のせいで。

(そうだよね、梓ちゃんが襲われたのは)

「私のせい―――だよね」

自分でも何故あんなことをしたのか分からない。
ネットの一部で熱狂的な人気を誇る放課後ティータイム。
その中でも強敵に熱心なファンの一人に、梓の入院している病院の情報を教えてしまったのだ。
衝動的といっていいほど、何も考えずにやってしまった。

(違うよ)

「私は憎かったんだ、お姉ちゃんにくっついている梓ちゃんが」

(そうだよ、無事だったらしいし許せないよ)

「梓ちゃんは―――私が」

『オクトパス・ショップ』の次の攻撃は既に始まっていた。

「ったく、澪の奴、どこに行ったんだ」

(まずい、統和機構の監視が振り切られるなんて)

それは脅威から姿をくらますという澪に発現した能力だったが
そんなことは分からない紬は組織の無能を呪った。

「ど、どうしよう」

(フォルテッシモを呼び戻す? いえ、現状狙われている梓ちゃんの監視は外せない)

友人が絡んだことで合成人間としての冷静な思考は出来ず
紬の思考は千々に乱れていた。

「落ち着いて、ムギちゃん!」

「! 唯ちゃん……」

「澪ちゃんは家に帰るって言っていたから、その付近から探せばきっといるよ!」

「おお、賢いぞ唯!」

紬は唯の冷静な判断に驚いた。
彼女は時々、周囲を驚かせるような天性の輝きを見せる。
唯のそんな笑顔に紬は何度も癒されていた。

「ムギ、唯から離れろ!」

「澪ちゃん!?」

「今の私には分かる! 唯に『触っては』いけないんだ!」

「おい澪、いきなり何を言ってんだ」

「……お姉ちゃん」

「! 憂、どうしたの包丁なんかもって」

「お姉ちゃんに触る奴は……みんな、みんな」

「りっちゃん、唯ちゃん、下がって!」

「うあああぁぁぁ!」


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