律「ふう、今日はこのくらいにとくか」

ただ今の時刻は午前2時。2時間近く編み続けてたみたいだ。

律「思ったよりはなんとかなるな」

正直もっと苦戦すると思っていたので、想像より出来たことに自分で驚く。

もしかしたら私は、細かい作業は好きじゃないだけで得意なのかもしれない。

澪にボタンを付けるのがうまいって言われたこともあるしな。

律「だけどちょっとペース遅いかな」

作りかけのマフラーの長さを測ってみる。だいたい10センチくらい。

これが一般的に遅いのか速いのかは分からないが、クリスマスまであと2週間もない。

このペースだと間に合わない。もっと頑張らないと。


それから私は、毎晩勉強の後にマフラーを編み続けた。

最初に比べてスピードも速くなってきている。

勉強の後にマフラーを編むのは正直大変だけれど、唯の喜んでいる顔が見られると思えば苦にはならなかった


今日は12月18日。日曜日。唯とのデートの日だ。

朝起きた私は、お気に入りの服に着替えて、いつも以上に念入りに髪をセットしてから待ち合わせ場所に向かった。

今の時間は11時30分。待ち合わせは12時だから少し速いけど、唯を待たせたくはないからな。

そんなことを思っていたが、私が待ち合わせ場所についたとき、なんともう唯はそこにいた。

唯「あっ、りっちゃん。ヤッホー」

律「唯!?どうしたんだこんなに早く。待ち合わせ12時だったよな?」

唯「うん。でもりっちゃんとの初デートが待ちきれなくてさ~。ちょっと早く着いちゃった」

律「そっか///。待たせてごめんな、唯」

唯「ううん。早いって言っても私も来たのさっきだから。全然待ってないよ」

唯が私とのデートを楽しみにしてくれていた。

それだけで私はとても嬉しい気持ちになる。

唯「じゃあ早速行こうか、りっちゃん」

律「な、なあ唯?」

唯「なーに?」

律「その・・・。手、繋いでもいいか?」

唯「もちろんいいよ。はい」

そう言って唯は手を差し出してくる。私はその手をそっと、だけど力強くにぎった。

律「よし。では出発だ、唯隊員」

唯「わかりました。りっちゃん隊長」


……

唯「いやー、今日は楽しかったねりっちゃん」

律「そうだな。買い物してゲーセン行って映画も見て。ホントに楽しかった。」

唯「まさかりっちゃんが感動ものに弱いとは知らなかったよ」

律「うっせー///」
その日の帰り道。私は唯と手を繋いで歩いている。

楽しかった今日の事を唯と振り返りながら。話題がつきる事はない。

唯「あ、着いちゃったね」

しかし無情にも、楽しい時間はあっと言う間にすぎてしまう。私たちは唯の家の前に到着した。

唯「わざわざ家まで送ってくれてありがとね、りっちゃん」

律「いいんだよ。私が唯と少しでも長くいたかっただけなんだから」

唯「うん。それでもありがとう」

律「・・・」

唯ともっと一緒にいたかった。繋いでいる手を離したくなかった。

私達はしばらくの間唯の家の前でボーっと立ち尽くしていた。


唯「ねぇりっちゃん。キスしよっか」

律「は?」

唯の突然の提案に、私はビックリしてマヌケな声を出してしまう。

唯「だからさ。キスだよ。チュウ。駄目かな?」

律「・・・プッ、アハハ」

私は思わず吹き出してしまった。

唯「あー。何で笑うのさ」

律「いやだってさ普通そういうのってもっと雰囲気でっていうか自然にするものだろ。キスしようって言ってからするのは変じゃないか?」

唯「ぶー。仕方ないじゃん。初めてなんだもん。そんなのわかんないよ」

律「ハハハ」

なんだかさっきまでちょっとシリアスな感じだったのがバカらしく思えてくる。

律「そうだな。キスしよっか。唯」

唯「うん。りっちゃん」

その日、私は唯とキスをした。

お互い始めてで下手くそなキスだったけど、それでも確かにお互いの気持ちは通じ合っていた。


次の日の朝、私と澪が教室に入ると、クラスメイト達のおしゃべりの声が止まった。

みんなが私達の方を見ているような気がする。

律(なんだ?)

私は少し疑問に思ったが、それでもあまり気にせず先に来ていたムギに挨拶に向かう。

律「おっす。ムギ」

澪「おはよう」

紬「あ・・・。りっちゃん、澪ちゃん。おはよう」

澪「なあムギ。クラスのみんなどうしたんだ?なんか様子おかしくないか?」

紬「えーっと・・・。ごめんなさい。私には分からないわ」

一瞬、ムギが私のことを見たような気がした。

けれどすぐに視線を戻したので、その時は勘違いだろうと思ったんだ。


その後少しおしゃべりして、私達は自分の席に戻った。

クラスメイト達はコソコソ小声で何かを話している。

時折私の方をチラ見してくる子も何人かいた。

気分が悪い。何か言いたいことでもあるなら直接言えばいいのに。

唯「おはよー」

唯が教室に入ってきた。またクラス中の声が消える。

唯「って、あれ?」

クラスの雰囲気に気づいた唯は、少し戸惑いながらも自分の席についた。

私は唯の席に向かう。

律「おはよう、唯」

唯「あ、りっちゃん。おはよう。ねえ、なんか今日クラスの雰囲気おかしくない?どうしたんだろみんな?」

律「・・・ああ。なんだろうな」

唯と私に対しての様子がおかしいクラスのみんな。

実は私には、もしかしたらと思うことが一つだけある。

だけど私はそれを唯には言わなかった。

唯を嫌な気分にさせるような事はしたくなかった。

それに、私の単なる思い過ごしかもしれないし、思い過ごしであってほしかったから。

だけど、どうやら私の予感は当たっていたみたいだ。


その日の昼休み。その時には、クラスもだいぶいつもの雰囲気に戻ってきていたので、

私達もいつも通り談笑しながらお昼ご飯を食べていた。

そんな時、クラスメイト数人が私達に話しかけてきた。

A「ねえりっちゃん、唯ちゃん。2人に聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

唯「え、な~に?」

紬「ちょっと!」

いきなりムギが立ち上がりクラスメイト達を睨みつけた。

あのムギが怒っている?

こんな顔のムギは見たことがない。

紬「あなた達!何を・・・」

澪「お、おい。どうしたんだムギ!?」

そのムギの様子に、慌てて澪が止めにはいる。

B「そんな怒んないでよ。ただホントなのかな~って聞こうとしただけじゃん」

唯「何のこと?」

これはヤバい。止めないと。だけど私がそれに気づいた時には、もう遅かった。

A「ねえねえ、唯ちゃんとりっちゃんってさ、付き合ってるの?」

唯「え?」

あまりにも予想外の質問に唯が絶句している。

気がつけば、さっきまで騒がしかったクラスが静かになっていた。

みんなが私達の話を聞いているみたいだ。

唯「な・・・なんで?」

C「隣のクラスの子に聞いたんだけどさ、昨日唯ちゃんとりっちゃんが手を繋いでデートしてるところを見たんだって」

律「デートって・・・。そんなのただ2人で遊んでただけだよ」

A「手を繋いで?」

律「そうだよ。私達仲いいんだ」

A「仲がいいとキスもしちゃうの?」

律「なっ!?」

今度は私が言葉を失った。まさかそこまで見られていたとは思っていなかったから。

唯を見てみると、顔を真っ青にして俯いていた。

紬「あなた達!いい加減にして!」

ムギが怒鳴った。ムギの迫力にビビったのか、そのクラスメイト達は逃げるように教室を出ていった。

紬「りっちゃん、唯ちゃん、大丈夫?」

私たちに心配そうに声をかけてくるムギ。

律「あ、ああ。ありがとう」

紬「あんな人たちの言うことなんか気にしちゃ駄目よ」

律「・・・」

ムギはその後、何事もなかったかのように明るく振る舞ってくれた。

だけどそんなムギの気遣いに応えるほどの余裕は私にも唯にもなく、お昼の間、私達はほとんど無言だった。

そして、それはなぜか澪も・・・。


ここは私の部屋。今は午前0時30分。

私は今日もマフラーを編んでいるが、なかなか集中出来ない。

律「はあ・・・」

大きなため息がもれる。今日は最悪だった。

あの後結局唯は最後まで元気にならなかったし、なぜか澪も様子がおかしかったし。

部活ではそんな様子の私達に梓も戸惑っていた。

ムギのフォローのおかげでなんとかごまかすことが出来たけど、きっといつまでも隠し通しておく事は出来ないだろう。

律「唯、大丈夫かな・・・」

家に帰ってから、私は唯に何度も電話したが、唯は出なかった。

律「唯・・・」

私は作業を中断し、もう一度唯に電話をかける。

唯と話がしたかった。私の気持ちを伝えたかった。

唯「もしもし」

30秒程度のコールの後、唯が電話に出た。唯がやっと電話に出てくれて、私は安心する。

律「唯か?私。律」

唯「知ってるよ」

律「その、唯。大丈夫か?」

唯「うん。もう大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて」

律「そっか。良かった」

唯「でも、あれだね。クラスのみんなにばれちゃったね」

唯「朝からみんなの視線が気になるな~とは思ってたんだけど、そういう事だったんだね」

唯「クラスにレズがいるなんて知ったら、みんなもそりゃあ見るよね普通」

唯は何でもないようなフリをして話しているが、その声は涙声になっていた。

唯「やっぱりさ、おかしいのかな。私達って」

律「そんな事ない!」

唯「りっちゃん・・・」

律「周りの声なんてどうでもいいよ。私は唯が好きだ。唯は私のことどう思ってるんだ?」

唯「そんなの・・・。好きに決まってるよ・・・」

律「だったらそれでいいじゃん。私は唯が好き。唯は私が好き。その気持ちがおかしいなんて、絶対にないよ」

唯「・・・うん。ありがとう。りっちゃん」

電話の向こうからは、唯の泣き声だけが聞こえていた。


次の日の朝、いつもの澪との待ち合わせ場所に行くと、澪はまだ来ていなかった。

いつもならあいつが先に来ているのに。

私は澪にメールを送る。するとすぐに返信がきた。

澪『ごめん、遅れそうだから先に行ってて』

寝坊か?澪にしては珍しいな。私は携帯をしまい、1人で学校までの道程を歩く。

その道中、何度か桜ヶ丘の生徒が私を見て内緒話をする姿を目撃した。

自分で言うのもなんだが、私達軽音部は桜ヶ丘では結構有名だ。

私の事を知っている人もいるだろう。だから、私の知らない人達の間でも噂は流されているようだ。

私はそんな周りの声を無視する。

言いたいやつには言わせておけばいい。私達は大丈夫。

そう、思っていた。

唯「2人ともおはよー。」

私とムギが喋っているところに、登校してきた唯がやってきた。

唯が教室に入ってきたことでまたざわめきが起こったが、唯は気にしていないように見えた。

律「よー、唯」

紬「おはよう。唯ちゃん」

唯「あれ?澪ちゃんは?」

律「まだ来てない。もしかしたら遅刻かもしれないな」

唯「へ~。珍しいね」

紬「どうしたのかしらね」

その日、澪は遅刻寸前にやってきた。

澪に遅刻の理由を聞いてみたが、何でもないと言って教えてはくれなった。


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最終更新:2011年01月20日 23:10