そう言ったかと思うと、私の幼馴染―田井中律―は私の目の前に座り込んだ。

律「・・・」

真剣な表情を崩さず私と向き合っていた律は、そのまま自信無さげに俯いてしまう。

律「えっと・・・その・・・」

普段はふざけていることの多い、律。
人前でも平気で『愛してる』だとか『大好きだ』なんてことを言って私をからかう。

けれどそんな彼女も、本当に大切なことを言う時は、こうやって自信を失って俯き加減になってしまう。
きっと私だけが知っている、彼女の弱い姿。
私だけが知っているという優越感に浸りながら、私は思い出す。

四年前にも見た、今と同じ彼女の表情を。
私の人生で最良の日といえる、あの日の出来事を―


―――――――――――――――――――――――――

律「あー!やっとセンター終わったな!」

澪「そうだな。・・・無事、皆で合格できるといいけどな」

律「だなー。まぁ、澪とムギは安泰だろうさ。私と唯はちょっと危ないかもしれないけど・・・」

笑いながら、律は言う。

律「もしものことがあったら、一年間寂しがらずに私のこと待ってろよな!澪は寂しがりだから心配だ!」

冗談で言ってるのはわかるけど、そんなこと冗談でも言って欲しくない。

澪「・・・受からないの前提みたいに、言うなよ。私、そんなの絶対に嫌だからな」

目も合わせずに、私は言い放った。
口調も自然と、刺々しくなってしまう。
普段は律の軽口を淡々と受け流す私だけど、
今回は内容が内容だけにそういう気持ちになれなかった。

律「澪・・・」

律が、驚いたような悲しそうな表情でこっちを見ている。
私のせいだ。

自分がずるいのはわかっている。
自分が臆病で、今まで勝手に気持ちを伝えないできたんだ。
自分でこの気持ちは伝えないでおこうって、決めたんだ。

でも、自分が勝手すぎるのはわかっていても、悲しくなってしまう。

小学生の時に、作文を読むのが嫌で困っていた私を助けてくれた律。
中学生の時に、私に音楽を薦めてくれた律。
高校生になって、私を必要としてくれた律。
思えば、唯やムギ、梓、和といった大切な友人達に出会えたのも、全部私を軽音部に必要としてくれた律のおかげだ。

いつも私の側に居てくれる、
いつも臆病な私の手を引っ張ってくれる、
私の大切な人。
一人ぼっちの私の世界を優しく照らしてくれた、私の太陽。

考えてみればみる程、私には律を好きになる理由がありすぎる。
いつも私の側には律が居てくれて、私を明るく照らしていてくれた。
だからこそ、思ってしまう。

律にとっては、私と一緒に居ることなんてその程度のことなのか?
本当に一緒に大学に入れなかったとしても、笑顔で済ませちゃうのか?
私が律のことを大事に思ってるだけで、律にとっては私なんて偶々付き合いの長い幼馴染ってだけなのか?

こんなこと、私が言っちゃいけない。
今まで勝手に黙っておいて、たった今それで律を困らせているのに。
これ以上、更に律を困らせることなんて、できる訳がない。

でも、でも・・・律。

私の頭の中は、悲しみと自己嫌悪でぐちゃぐちゃで、今にも泣き出してしまいそうになっていた。

律「澪」

そう言いながら、彼女の腕がそっと私を包み込んだ。

律「ごめん、勝手なこと言っちゃって」

何で、何で律が謝るんだよ。
私が、私が我侭言っちゃっただけだよ。
律が謝ることなんてないよ。

律「私だって、本当はそんなの嫌だ。澪と一緒じゃなきゃ、嫌だよ」

律が私に、優しく囁いてくれた。
その瞬間―

澪「・・・う、うぅっ・・・ぅ・・・ひっく」グスッ

律の優しさに、私は涙を堪えきれなくなった。

律「ごめんな、澪。澪の気持ちも考えないで、無神経なこと言っちゃって」

澪「や、だ・・・やだよ・・・私、律と一緒じゃなきゃ、絶対・・・嫌なんだからな・・・」ポロポロ

そう言うと私も律の腰に手を回し、しっかりと抱きしめ返した。

律「うん、私も嫌だ。今までもずっと一緒だった澪と離れるなんて、絶対に考えられない」

澪「ひっく・・・ぅ・・・うぅ」


律「落ち着いてくれて良かったよ」

澪「律、本当にごめんな・・・」

しばらく泣いて落ち着いた後、律は私の手を引いて家まで戻ってくれた。
私の気持ちを察してくれてか、律はすぐに帰ろうとせず私の側に居てくれた。

律「礼なんていらないよ、私と澪の仲じゃん」

律の手の温かさが、律の心優しさが、本当に嬉しかった。

律「けど、もうすぐ大学生かぁ・・・。何か、実感湧かないな」

澪「そうだな・・・」

律「もうすぐ、一人暮らしにもなるんだよなー」

澪「パパやママとも、離れることになっちゃうな」

律「うん・・・そういえば澪、新居はもう決まったの?」

澪「あ、いや・・・私はまだなんだ。パパとママにも、試験終わって落ち着いてからにしようって言われてて・・・」

それに、できるだけ律の家の近くにしたい。
今までにこの距離感で慣れてしまっているから、
律のところに簡単に行き来できない距離なんて私には考えられない。

律「そっかぁ・・・」

そう言うと、律は黙り込んで俯いてしまった。
私と律が二人で居て、会話がないなんてことは珍しいことじゃない。

私達の場合は二人で一緒の空間に居ること、それ自体にきっと意味があるから、なんて思ってる。
律がお気に入りのCDを聞いていて、私は小説を読みふける。
何時間も、会話もなく。
それでも私は、律が側に居てくれるだけで安堵するから一緒に居る。
そういうことは、今まで何度もあった。

けど、今日の沈黙はそういった心地良い沈黙じゃなかった。

俯いている律の表情は窺い知れないけど、私と律が積み重ねてきた時間が教えてくれる。

律は今、すごく緊張している。
何かすごく、大事なことを言おうとしているんだって。

律「・・・澪」

沈黙の後に律は顔を上げて、私の名前を呼んだ。

澪「・・・何?」

律「私と、一緒に・・・暮らさないか?」

澪「え?」

それ、って・・・。

律「あ、い、いや、そのさ・・・私達ってずっと幼馴染だし親も家賃半分で済むとか言って賛成してくれそうだしさ!」

律「そ、それに家事も二人で分担すれば少しは楽だろ!」

澪「あ、うん、そうだよな・・・」

私は何を勝手に期待しているんだろう。
そうだよ、私達は幼馴染。
互いの親も認めてるくらい大切な、親友同士じゃないか。

      • それで充分だって、それ以上を求めちゃいけないって、決めたじゃないか。

律「澪、ごめん。私のせいで」

まただ。
何で、何で謝るんだよ。
律は何も、悪いことなんてしてないだろ。

律「いつもこんな調子で、ふざけてばっかりで。でも、今はそれじゃ駄目だよな。だから、ちゃんと言うよ」

律の真剣な表情。
あぁ、相変わらずかっこいいな、律。
私は自分の頬が熱くなるのを感じていた。

そんなことを考えていたら、律が顔を真っ赤にして俯いた。
そして、口を開いた。

律「私、な・・・その、澪のこと・・・好き、だ///」

澪「・・・え?・・・え、え?」

い、ま・・・何て、言った?

律「だから、本当は家賃とか、家事とか、どうでもいいんだ」

律「その、澪と・・・一緒に、居たいから・・・。だから私と・・・一緒に暮らして、欲しい」

澪「今の・・・本当?」

律「うん・・・女同士で変かもしれないけど、本気。澪のこと、大好きなんだ。愛してるんだ」

あぁ、そっか・・・。
律も、私と同じ気持ちだったんだ・・・。

律「まだ合格した訳じゃないし、気が早いかもしれないけど・・・どうしても今日のうちに言いたかったんだ」

律「だって今日は、私の一番大切な人の誕生日だから」

ありがとう、律。
律のおかげで、今年は最高の誕生日だよ。

律「改めて誕生日おめでとう、澪。そして、私と付き合って、一緒に暮らして下さい」

1月15日。
私の18回目の誕生日。
今日は、私の人生最良の日だ。

澪「・・・はい、私で良ければ、喜んで」

そう言って私は律の胸に飛び込んで、初めてのキスをした。


―――――――――――――――――――――――――

あれから、もう四年か・・・。

私と律は無事に揃って合格し、こうやって一緒に暮らしている。
皆にこのことを伝える時は、すごく恥ずかしかったなぁ。
(ムギはともかく)皆が皆、女同士の恋愛なんて好意的に受け止めてくれるかもわからなかったし。

でも律が、
『隠し通せることでもないし、早く言っちゃおうよ。大丈夫だよ』
って言って半ば強引に言っちゃったんだよな。

まぁ、結局皆も祝福してくれたしな。

唯『おめでとー、やっぱり二人はラブラブですなぁ~』

和『え?貴女達ってとっくに付き合ってるんじゃなかったの?』

憂『おめでとうございます、とってもお似合いですよ』

紬『キース!キース!早く、早くキスしなさい!ほら、二人の愛の証を見せつけて!ほら早くぅぅぅ!』ボタボタボタ

梓『おめでとうございます、いきなり同棲ですか。・・・まぁ、いつもいちゃついてるお二人らしいとは思いま砂吐いちゃう』ザー

うん?今思うと、これ祝ってるって言っていいのかな?
まぁ、どっちでもいいか。

律「・・・」

律は、まだ俯いている。
それもそうだよな。

今から律が言おうとしてることは、これからの長い人生に関わることだもんな。
大学行ったら同棲しようなんてレベルの話じゃないもんな。

澪「律」

律「! な、何!?」

律が慌てて顔を上げる。

あの時も、いつだって、律の方からだったよな。
だから今回は、私から言うんだ。

澪「私も、話したいことがあるんだ。だから私から、先に話していい?」

律「えっ・・・。あ、あぁ・・・うん」

澪「もう、大学生活も終わっちゃうな」

律「・・・うん」

澪「私達が、こうして一緒に暮らしてる理由も無くなっちゃうな」

律「・・・うん」

澪「でも、私はさ。もしパパとママに反対されたとしても、周りから白い目で見られても、律と一緒に居たい」

律「え・・・?」


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