私は逆向きの世界に生まれた

私が左に行こうとすると、みんなは右に行く
私が右に行こうとすると、みんなは左に行く

私の好きな本は作家名で調べないと見つからないけど
みんなの好きな本は店頭に山のように置いている

私の好きな音楽は100位以内に入れば良いほうだけど
みんなが好きな音楽は何週間も10位以内に入り続ける

「ねぇ秋山さん、あの小説読んだ?」

「アレ泣けるよねー」

「うんうん」

澪「……」

読んでいるわけがない、あれは私とは逆向きの世界の物なのだ

私は逆向きの世界に住んでいる


私は逆向きの世界に生まれた

私は左手で箸を持つ
みんなは右手で箸を持つ

私は一日を左足から始めるが
みんなは一日を右足から始めるのだろう

ハサミや刃物は右利き用の物しかない場合大変だ
自動改札機もスムーズに通れない

澪「……」スラスラ

律「澪ちゃんって左利きなんだー!」

澪「!」ビクッ

律「すごいねー、鏡の世界の住人みたーい!」

澪「……」シュン

律「?」


田井中律
この少女は私とは他の人以上に逆向きの存在だった

律「澪ちゃんはなんかよくわかんない本いっつも読んでるし、髪綺麗だし、なんか不思議だよねー」

澪「……そんなこと」

律「いいじゃん、カッコいいよ?」

澪「……え、なんで?」

律「なんでって……いや、なんとなく」

でも不思議とこの少女といると気持ちが落ち着いた


私は詩を書き始めた

詩は私の世界

世界が逆を向いていても、詩の中の世界は私と同じ向き

詩を書くことで私は正しい世界を堪能する事が出来た

律「……!」カユカユ

澪「……あれ?」

相変わらずこの子と私は逆向きなようだ


中学に入ると、私は「周りに合わせること」を覚えた

私が左に行きたくても、みんなが右に行けば右に行った

流行りの本を読み、流行りの音楽を聞いてみた

右手で箸を持ってみた

でもそれは違和感に溢れていた

「あ、秋山さんもその本読んでるんだ―」

澪「……う、うん」

「その本いいよねー、私最後とか泣きそうになったもん!」

澪「そ、そうなんだ……」

流行りの本を読んでいても、好きでもない本の話題は一言二言で終わってしまう

右手の箸で掴んだ食べ物を落としてしまった

右手で書いた文字は少し歪で、少し書いただけで右手が疲れた


律「おい澪、今日ウチ来ないか?」

澪「いいけど、なんかあるの?」

律「見せたいものがあってな!」

この子とは不思議と長い付き合いになる

この子とは感覚が近すぎないせいで逆に思いっきり別の人間として付き合えるのかもしれない

澪「ねぇ、律」

律「なんだー?」

澪「なんで私なの?もっと律だったら元気な子と一緒にいる感じがするんだけど」

律「えー?何言ってんだよ、小学校からの仲じゃないか」

澪「まぁそれはそうだけど……」

律「うーん、まぁ、気分だな、気分!澪と居たい気分なだけだ!」

澪「気分……か」

律「あと……勉強教えてくれるし!」

澪「そっちが本命じゃないのか?」

不気味の谷というものがある
別にどこかに不気味な谷があるわけじゃない

ロボットを人間に近づけると、気持ち悪くなっていくこと、だそうだ

私と他の人たちはそんな関係なのだろう

一見全く同じ世界に生きている人間なんだけど、違う
近いからこそ気持ち悪いのだ

でも律と私は違う
全く別種の人間だと思えるから、見ていてなんだか清々しい

もしかすると、律も他の人たちとは違う世界の人間なのかもしれない

律「これこれ、見てよ、かっこいいだろ!」

澪「……!」

律「私高校行ったら軽音部に入ってドラムやるんだ!」

律「どこどこどーん、ってね!」

澪「すごい、かっこいい」

律「だろー、澪もバンドやろーよ!」

澪「でも私は……」

律「澪は、そうだなー……ベースとかどうだ!」

澪「勝手に決めるなぁ!」


高校になると、大分この世界にも慣れてきた

高校生にもなると他人の気持ちを考えられる人間が多くなる

左利きだからといって気にする人はほとんどいない

趣味にも偏りが出てくるもので、知っていて当たり前な本の話題などは、特に挙がってこなかった

尤も、仮にも私の入った高校が進学校だからなのかもしれないが

この世界に馴染むために、私は部活動に入ることを決めた

律「澪ー、軽音部入ろうぜ!」

澪「私は文芸部入る予定だから……」

律「ふんっ!」ビリーッ

澪「……ちょ!律!何するんだよ!」

律「さあさあ、軽音部見に行こうぜー」


こうして私は律に巻き込まれながら軽音部に入った

正確には軽音部を作った

そこではムギと唯のようなかけがえのない仲間ができた

ムギは、逆でこそないものの、全く別の世界の人間だった

それでもこの世界の常識を取りこもうと頑張っていたし、何よりこの世界を楽しんでいた

世界を恨んでいた自分が恥ずかしい

唯は……正直よくわからない

私とは違うけど、「普通」の子ともちょっとずれた子だった

どちらかといえば律に近いような気もするけど、不思議な子だった

律も私に不思議だ、と言っていたが、あの時の律は私にこんな感覚を抱いていたのだろうか

唯、ムギ、律、そして私

この別世界の住人達は、世界の中で自然に集まって、不思議な部活動を始めた

ティータイムを主な活動とする軽音楽部
この世界の人間には到底理解に及ばないだろう


2年生になってからは可愛い後輩が入った

梓は音楽一家の一人娘で、小さいころからギターをやっていた

きっとこの子も、流行りに乗れないクチなのだろう
そういう匂いがした

勝手な妄想だから、間違っていたら申し訳ないけど


そして今日

律「センター疲れたー、遊ぼーぜー」

唯「ギー太に会いたいよー」

澪「明日も本番なんだからダメに決まってるだろ!」

紬「まぁまぁ、お勉強会のついでに遊ぶくらいなら……」

律「よーし、じゃあ澪んちで遊ぶぞー!」

唯「おー!」

澪「だから遊ぶのはダメだって!」

律「じゃあ私準備してすぐ行くわ」

唯「私も―」

紬「じゃあ私も♪」

澪「……分かったよ、家で待ってるからすぐ来るんだぞ」

唯律紬「はーい」


ピンポーン

澪「はーい」

梓「あ、センターお疲れ様です!」

澪「梓?なんでここに?」

梓「他の先輩がたは?」

澪「まだ来てないけど……っていうかなんで来るって知ってるんだ?」

梓「全く、あの人たちは……」

紬「あ、梓ちゃんもう来てたんだー」

梓「ムギ先輩、まだ他の人は来てないみたいですよ」

紬「あらそう、じゃあメインイベントはもうしばらくお預けね」

澪「メインイベントって……ムギも遊ぶつもりだったのか?」

紬「うふふ♪」

唯「おまたせー!」

梓「唯先輩も遅いです!」

唯「外出てから何も持ってないことに気付きまして……えへへ」

澪「で、なんで梓を呼んだんだよ」

唯「ひどいよ澪ちゃん!あずにゃんを仲間はずれにするなんて!」

澪「いや、そういう意味じゃ……」

梓「律先輩はどうせ待っても来ないですから先に始めちゃいましょうか」

唯「あずにゃんもひどい!」

澪「いったい何なんだよ、ホントに……」

紬「ヒミツよ♪」


唯「じゃあ行くよ、せーの」

唯紬梓「誕生日おめでとう!」

澪「あ……そうか、今日私の誕生日……」

梓「忘れてたんですか?」

澪「勉強のことで頭いっぱいだったし……」

紬「じゃあ早速ケーキ……は?」

律「お待たせ―!」

唯「ケーキは家近いからりっちゃん家に置いてたんだよ」

律「ふー、いろいろ用意してたら遅くなっちゃった!」

澪「遅過ぎだろ!」

この世界に生まれて、本当に良かったと、今は思う


おわり