憂を抱っこして立ち上がります。

唯「私は外にいるけど、そのまま出せる?」

憂「出そうだけど……ひとりじゃやだよう」

 すっかり憂は甘えんぼうになっていました。

 置いていくのは忍びないですが、これも私たちのためです。

 鍵をがちゃりと開けます。

憂「まって、やだっ」

 ドアを開けようとすると、憂が両手で腕をつかまえてきました。

 ぎゅううっと握りしめて、離しません。

 たとえおしっこが出せても、

 長い間にひとりでおしっこをするのが怖くなってしまったのかもしれません。


唯「憂……」

 どうすればいいでしょう。

 このまま憂を置いていっても、おしっこが引っ込んでしまうだけのように思います。

 憂がおしっこをするために、ひとりでできること。

 そんなもの……あるじゃないですか。

唯「うい、まだ我慢できる?」

憂「それは大丈夫だけど……」

唯「ちょっとだけ待ってて! すぐ戻るから」

 私がお願いすると、憂はしぶしぶ手をほどいてくれました。

 急いでドアを開け、キッチンに向かいます。

 戸棚から、少し迷って、やっぱりグラスを取ることにしました。

 そしてすぐ、トイレへと駆け戻ります。

唯「うい、お待たせっ!」

憂「お姉ちゃん、それって……」

 憂はすでに、私の持ったグラスを見て察したような顔をしています。

唯「ういのおしっこ、ここに注いでほしいんだ。トイレから出たら飲むから!」

唯「これなら、私が憂のおしっこ飲んでるとこしっかり見れるしさ」

憂「……うん」

 すこし悩んだようですが、憂は小さく頷きました。

 憂の手にグラスを渡します。

唯「なるべくたくさん、ね?」

憂「たぶん、普通にあふれちゃうけど……」

唯「それは……まあしょうがないよ。今回は憂がおしっこできるようになるための特訓だし」

唯「家にいる時は、ちゃんと全部飲んであげるよ」

憂「じゃあ……今回だけ、ね」

唯「うん。よろしくね」

 軽く手を振って、私はトイレの外に出ました。


 廊下の壁にもたれて座ります。

 やがて、憂のおしっこの音が細く耳に届いてきます。

唯「……」

 私はその音に合わせて、膝をすりすり指先で撫でて憂を待ちます。

 無事におしっこができたんだなあ、と満ち足りた感慨に浸ります。

 それは確かに、私と憂がはがれていく音ではありましたが、

 私たちがより固く手をつなぎ合う感覚でもありました。

 今までの私たちは、おしっこの問題で仕方なく繋がっていたんだと思わされます。

 私も憂も、おしっこの世話がいやだなんて気持ちはありませんでした。

 でもそんなことは、あまり意味がなかったのかもしれません。

 私たちのどちらも、お世話することではなくお世話されることにお互いに後ろめたさを感じていて、

 結果的に「いつか離れる」ことを無意識に考えていました。

 大好きな人におしっこの世話をさせるなんて可哀想だから、と。


 もし私たちの問題を先送りにし続けていたら、きっと。

唯「危なかったなぁ……」

 しみじみ思います。

 そして、それ以上ありもしない未来について考えるのはやめました。

 おしっこの音が止みます。

 トイレットペーパーが少し回って、ちぎりとられています。

 そして、トイレの水が勢いよく流れる音がしました。

 廊下の壁につけた背中がびりびり震えます。

 ドアが遠慮がちに開いて、憂がグラスを危なげに持って出てきました。

憂「お姉ちゃん……えっと」

唯「どしたの?」

憂「こぼさないようにしたら、こうなっちゃったんだけど……」

 引きつった顔で、憂はなみなみとおしっこの注がれたグラスをそーっと掲げます。

唯「……」

 見た瞬間にはもう舌が唾液まみれになっていました。

 ごくりと唾を飲みこみます。

唯「の……のませて、憂」

憂「ん、うん……」

 こぼさないようにゆっくりと、憂が膝立ちになります。

 おしっこの水面はコップの縁より少し高くなって、憂の動きに合わせてかすかに揺れていました。

 じわじわ、焦らすような速さで憂のおしっこが口もとに近づいてきます。

 空気の冷たい廊下では、憂のおしっこの温かさが触れていなくてもわかるようです。

 目もくらむような臭いにあてられます。

唯「すぅーっ……」

 涙目になりながら、私はぞんぶんに息を吸って、その臭いを鼻に溜めこみます。

唯「はあぁ……ぁっ」

憂「お姉ちゃん、幸せそうだね」

唯「うん、しあわせぇ……」

 憂がくすっと笑います。

 私は壁につけていた頭をもたげて、近くまでやってきたグラスの縁にくちびるを寄せます。

憂「お姉ちゃん、かわいい……」

 憂が言うのにも構わず、そっとくちびるを付けて水面をずずっと吸います。

唯「んっ……おいひ」

 飲みこむと、自然に感想が口をつきました。

 べろりと舌を出して、かさをほんの少しだけ減らしたグラスに差し込んでいきます。

 あたたかい感覚に口の周りが触れて、舌全体がぎゅうっと絞られるような痛みを感じます。

 そのまま口をすぼめてストローのようにして、おしっこを吸い上げます。

唯「こくっ、んくっ……ずじゅじゅ」

 くちびるが届かなくなるまで飲み続けて、やっと顔を上げました。

唯「ぷはぁ……えへへ、やっぱおいしいよ、憂のおしっこ」

憂「お姉ちゃんがそう言ってくれると嬉しいな」

 口の周りをぺろぺろ舐めてから、くちびるを薄く開きます。

 憂がグラスの縁を押しつけてきます。

 徐々にグラスが傾いてきました。

 憂のおしっこの穴から直接飲むのもいいけれど、

 こうして憂に飲ませてもらうのもなかなか魅力的です。

 温かなおしっこが口にふれて、流れてきます。

唯「ん、くっ……こくっ……こくっ」

 憂は右手でそっとグラスを傾けて、左手で頭を撫でてくれています。

 だんだん、自分が赤ん坊になってミルクを飲まされているような錯覚をしてきます。

 舌が麻痺してきたのか、おしっこの本当の味がわからなくなって、

 想像上のさわやかで甘い味に置き換えられているのかもしれません。

唯「ふー、んぐっ、こく……ごくっ、こくん……」

 でも、これは、純粋においしいと思います。

 夢中になっているうちに、

 私はグラスにたっぷり注がれていた憂のおしっこを軽く飲みほしてしまいました。

唯「ぷは。ごちそうさま」

憂「ん、と……おそまつさま」

 憂はちょっと笑って私の頭をよしよしと撫でます。

唯「えへへ……」

 膝立ちの憂を抱き寄せます。

 壁にグラスが重い音を立ててぶつかりました。

唯「憂……ひとりでできるようになった?」

憂「みたい。お姉ちゃんのためだから、だけど」

唯「そっかそっか」

 背中をごしごし撫でてあげます。くすぐったいのか、憂はふふっと笑いました。

唯「……なんか、当たり前だけど……おしっこくさいね」

憂「えへへ……そうだね」

 本来なら笑ってもいられないことですが、私たちの間では別です。

 とはいえ、おしっこくさいままベッドに入るわけにもいきません。

 きちんとお風呂で体を洗ってからにしましょう。

唯「うい、一緒にお風呂はいろ」

憂「……それって、エッチのお誘い?」

唯「憂がしたいならそれでもいいけど」

 正直、今日はいろいろあって少しくたびれました。

 憂を抱っこしていなければ、このまま眠ってしまいそうです。

憂「今日は、いいかな……」

 わたしが疲れているのを悟ってくれたのか、憂はちょっと名残惜しそうに言いました。

唯「じゃあ、洗いっこだけして今日は寝ようか……」

 憂は頷いて、ゆっくり私を引っぱりながら立ちあがります。

 そのまま私は、幽霊のように両手を垂らしながらお風呂場に連れていかれたのでした。


――――

 がたん、がたん、と体が縦に揺らされています。

 たまらずに私は目を覚ましました。

母「おはよう、唯」

 私は車の後部座席に座っていて、窓の外を見ると車は高速道路をひた走っているようでした。

唯「おはよ、おかーさん……」

 憂のほうの窓を見ると、上り車線はひどく渋滞していましたが、

 下りは私たちのほかに車が見えないほど空いていました。

唯「……」

 高速道路の凹凸で時折縦に揺れながら、車は快調に飛ばしています。

 毎年のお正月、親戚の家に行くときには恒例の光景です。

唯「どのくらい寝てたんだろ……」

 少しずつ頭の回転を始めます。

 眠りから目覚めへと切り替えていきます。

唯「……憂?」

 ふと、隣のシートで動きを感じました。

憂「っ、んぅ? なに、おねえちゃん……」

 憂がいたたまれなさそうにお尻をもじもじさせています。

 見慣れた姿ですから、すぐにわかりました。

 どうやらおしっこを我慢しているようです。

 私は前の座席に身を乗り出し、お母さんに耳打ちします。

唯「お母さん、憂がおしっこしたいって」

母「ほんと? わかった了解。……あなた」

 お母さんからお父さんに伝わって、次のパーキングエリアに寄ってもらうことになりました。

 ふたたびシートに腰を落ち着けると、憂のそばにお尻をずらしました。

唯「うい、まだ我慢できる?」

憂「うん、なんとか……」

 口では大丈夫と言っていますが、憂は腰をせわしなく動かして、

 今まさに限界といった様子です。

唯「パーキングついたら、私が付き添ってあげるからね」

憂「ん? うん、ありがと……?」

 憂はなんだか不思議そうにしながらも、小さくうなずきました。

 なにかおかしかったでしょうか。

 考えても思い当たらず、いつの間にかパーキングに着いていました。

母「唯、連れてってあげなさい」

 お母さんにそう促されて、車が停まっていたことにようやく気付きます。

唯「あ、うん。憂、いくよ」

 シートベルトを外して、憂の手を取りました。

 ドアを大きく開けると、生ぬるい風が吹いていました。

母「唯」

 お母さんが私を呼びました。

唯「なに、お母さん?」

 急いでトイレに行かなければならないので、私は早い口調で訊きました。

母「憂のおしっこ、頼んだわよ。唯にしか憂のおしっこは出せないんだから」

唯「……わかってるよ、お母さん。大丈夫」

 私は胸に手をやりました。

 強く頷いて、お母さんに笑いかけます。

唯「さ行こう、憂。おしっこしよう」

憂「うん。行ってくるね、お母さん」

 一緒にノブに手をかけて、私たちはドアを閉めました。

 パーキングエリアには、私たちの車のほか、1台も停まっている車はありませんでした。

 トイレもよく空いているみたいです。

唯「静かだね……」

憂「そうだね、だあれもいない……」

 私はほんの少し不安になりながら、憂を引っぱってトイレに連れていきます。

 よどんだ空気を掻き分けて、歩いていきます。

 私は、「あの日」の生ぬるい排気ガスと夜の匂いが混ざった空気を思い出していました。

唯「……」

 でも、負けません。

 憂のおしっこを出せるのは私だけです。

 私がこの渋滞した空気に負けてしまえば、憂はおしっこができなくなってしまうのです。

 ようやく女子トイレにたどりつきます。

 やけに時間がかかった気がしました。

 個室に二人で入り、がちゃりと鍵をかけるとようやく空気が軽くなりました。

憂「ふぅっ、間に合ったね」

 憂はするりとパンツをおろして、便器の上にしゃがみました。

 しーっと憂のおしっこが便器を打つ音がしています。

憂「ふううぅっ……」

 憂は足をぷるぷるさせながら、もくもくと用を足しています。

唯「えへへ……」

 私はその横に座って、憂のおしっこがよく出るようにと願をかけながら

 頭をよしよしと撫でてあげます。

憂「ん……お姉ちゃん、笑ってる」

 憂が幸せそうに言います。

唯「そりゃあ、ね……憂がひとりでおしっこしてるのを見れるんだから」

 にやけてしまうのも無理はありません。

 おしっこをしている時の憂は本当にかわいいのです。

憂「飲むのはいいの?」

唯「もう、夢の中の味はいらないからね」

憂「そっか」

 最後に勢いをつけておしっこが噴き、止まりました。

憂「じゃあ流しちゃうね」

 憂はトイレットペーパーであそこをちょっと拭うと、レバーを捻っておしっこを流しました。

唯「……」

 トイレが水を流す音は、すこしうるさすぎると思います。

 聞いていると押し流されてしまいそうで、怖くなります。

 私は便器を覗きこみ、無色に戻っていく水を眺めました。

唯「……うい、今まで迷惑かけちゃったかな?」

憂「言ったじゃん。お姉ちゃんのおねしょの後始末、どうやってるか」

唯「……そうだね。でも、これからはもうしないようにするよ」

憂「そう?」

唯「うん。私がりんごジュースをおしっこと重ねる必要がなくなったみたいに」

唯「憂ももう、お掃除に偽っておしっこをこっそり飲まなくてもよくなったんだから」

 言い終えると、体が覚醒に向かっていく感じがしました。

 ふと、尿意がお腹の底をぐりぐりと押さえ始めました。

唯「あ……く」

憂「お姉ちゃん?」

 憂がゆさゆさと私の肩を掴んで揺すります。

唯「はあ、はあ……」

憂「お姉ちゃん、お姉ちゃん?」


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