息の触れ合うほど近くに、憂のくちびるがあります。

唯「しーしーだよ、うい」

憂「……しーしー」

 わたしたちは、か細くささやき合います。

 憂が、そっとくちびるを突き出します。

 くちびるが、ちゅっと触れ合いました。

憂「ん……」

 憂が私のくちびるを吸ってきます。

 私も負けじと、同様にくちびるを吸います。

 すっかり憂もうまくなったもので、キスだけで性的快感をおぼえます。

憂「ふぁ……」

 やがて、便器に憂のおしっこが当たる音がし始めました。

 つんと臭くて、だけどなんだか落ち着く匂いが漂います。

 おしっこの撥ねる音がやんでから、私はそっとくちびるを離しました。

唯「すっきりした?」

憂「うん、ありがとうお姉ちゃん」

 憂はあれ以来、あの日と同じ状況――つまり、「しーしー」と促されたあと、

 私とちゅーをしながらでないと、おしっこができなくなってしまったのです。

 高校が同じ今はいいですが、憂だけが小学生のころは大変でした。

 朝にかならずおしっこをする憂の習慣は、このときについたものです。

唯「……よっし。出ようね」

 憂がレバーをひねって、おしっこを流してしまいます。

 できれば匂いだけでももうしばらく嗅いでいたいところですが、

 それでは憂に変態だと思われてしまいます。

 私はさりげなく鼻息を吸ってから、鍵とドアを開けました。

憂「お姉ちゃんも今日ヒマだよね、どうする?」

 廊下に出てから、憂はそんなことを訊いてきました。

唯「……おうちでゆっくりしよ。せっかく土曜だもん」

 憂と外に出るのはいいですが、

 おねしょをした日はどうしても気持ちが晴れません。

 夢で見た映像と、味わったおしっこの味が、ぐるぐると頭の中をめぐるのです。

憂「そうだね。とりあえず、朝ごはんにしよっか。もうできてるよ」

 憂はまだ、おしっこ臭さがこびりついています。

唯「うん。お腹減ってたんだー」

 なんて言いながら、私の頭の中はこれからの朝食のことよりも、

 いまごろどこかへ流れていってしまっている憂のおしっこのことでいっぱいでした。

 ――憂のおしっこが飲みたいなあ。

 未だ言えないその一言を胸に秘めて、私は笑ってみせました。


――――

憂「はい、お姉ちゃん」

 我が家では朝食のおともは濃縮還元のリンゴジュースと相場が決まっております。

 今日もいつものように、憂は私のグラスにジュースを注いでくれます。

 琥珀色の液体が、沈み込むような音を立てながらグラスに溜まっていきます。

唯「ありがとー憂」

 これがジュースでなくて、憂のおしっこなら。

 と、ふと考えてしまいます。

 りんごジュースにとどまらず、レモンウォーターだったりウイスキーだったり、

 それ系の色をした液体を見ると、つい憂のおしっこと結びつけてしまいます。

 いつもという訳ではありません。

 おしっこの夢を見たあとだと、どうしても憂のおしっこばかり考えてしまうのです。

 逆にそうでなければ、よほど頭がぼーっとしていない限り、飲み物をおしっこと見たりはしません。

 注がれたおしっこ――もとい、りんごジュースを私はすぐに口に運びます。

 喉が渇いていたのもそうですけど、憂の注ぎたてが飲みたかったのです。

憂「お姉ちゃん慌てないでよぉ」

 くすくすと憂が笑います。

 私が目の前の液体をおしっこに重ねているとは、まさか夢にも思っていないでしょう。

唯「えへへ……」

 苦笑しつつ、私はグラスに口をつけ、ごくごく飲みはじめます。

 すっきりしたりんご果汁の甘さは、やっぱり違うなと私を現実にいざなうようです。

 おしっこの味は、こうではありません。

唯「ぷふぅっ」

 ひとくち、ふたくち飲み終えて、息を吐きます。

 テーブルには、ちぎったレタスと半月切りにしたキュウリのサラダが

 スクランブルエッグとプチトマトを添えて置かれています。

 いいかげん、おしっこのことは置いておいた方がいいかもしれません。

唯「……」

 なんて言って頭から追いやれるものなら、とうに追いやっているでしょう。

唯「ねぇ憂、横おいでよ」

 テーブルを挟んで向かいに座ろうとした憂に声をかけます。

憂「えっ? いいけど……」

 憂は着ていた服の袖を引っぱり、くんくんと嗅ぎます。

憂「……お姉ちゃんはいいの?」

唯「いいからおいで。今日は憂の隣がいいんだ」

憂「わかった。……ごめんね」

 憂はまだ、服にしみついたおしっこの匂いを気にしているみたいです。

 私は特別いやではありませんが、

 憂にとっては、やはりおしっこは汚いものなのでしょうか。

 なんだか気持ちがすれ違っているようで悲しいです。


 憂が隣に座ると、朝も鼻をついていたおしっこの匂いが確かに漂ってきました。

 抱きしめてその匂いをたっぷり鼻に入れた上で、りんごジュースを飲みたいですが、

 憂がおしっこ臭さを気にしている以上、そんなことをすれば私の変態性に気付かれかねません。

 どうにか欲求を抑えます。

唯「……憂さぁ」

 私はサラダにフォークを向けつつ、言いました。

憂「うん?」

唯「やっぱり、私がおねしょするの……いやだって思ってる?」

唯「しょっちゅうお姉ちゃんのおねしょの後始末させられて、迷惑だなって思わない?」

 少しだけ気になっていました。

 私たちの関係は、「迷惑をかけてかけられて」。

 そういうふうに共通の認識をもっています。


 正直に言うと、私は憂のおしっこに付き合うことはなんでもありません。

 便器から下水へ流れていってしまうおしっこが、

 釣りあげた魚をリリースするようで切なくはありますが。

 では、憂はどう思っているのでしょう。

 私のおしっこの始末なんてやりたくないけれど、

 同様におしっこの世話を頼んでいる手前、仕方なくやっているのでしょうか。

 もちろん、そういう意識が当たり前なんですけれど……

憂「……」

憂「お姉ちゃんは、どう思うの?」

 しばし間を置いて、憂が逆に訊いてきました。

唯「わたしは……」

 そんな風に返されても困ってしまいます。

 その質問に素直に答えていいのか知るために、私はたずねたというのに。


唯「そりゃ、ちょっぴり大変だけど、もう慣れちゃったしぜんぜん気にしてないよ」

 結局、当たり障りのないような答えを言ってしまいます。

憂「じゃあ、私もそうだよ」

唯「……じゃあって何なのさぁ、もう」

 当然憂からも、まじめな答えは返ってきませんでした。

 くやしくて私は、プチトマトを奥歯でぷつりと潰してやります。

 憂とのキスは気持ちよくて好きだとか、

 おしっこをしているときの憂はかわいいとかぐらい言ってしまえばよかったのでしょうか。

 ギリギリのボーダーかもしれませんが、ヘンに思われることもないような気がします。

 私の感覚が麻痺している可能性もあるので、そう軽率に口には出しませんが。

憂「……でも、そうだよね」

唯「ん?」

 ふと、静かな口調で憂が言います。

 視線は、半分ほどりんごジュースが注がれた憂のグラスを見ているようでした。


憂「今はまだ、ちょっぴり大変ってくらいで済んでるけど、でも、いつか」

憂「こうやって毎日一緒にいられなくなったら……私たちのおしっこの問題、どうしたらいいんだろう


 突然の深刻な話でした。

 私は答えられず、スクランブルエッグをすくって口に運び、

 やたら何度も噛み続けます。

 きっと憂はつねづね考えていたのでしょう。

 軽音部の合宿にも、憂を連れていかざるをえませんでした。

 おしっこをするために私の存在が必要な憂は、一日だって私から離れられないのです。

 すっかりぐちゃぐちゃになった卵を、ごくんっと飲みこみました。

唯「ういは、私なしでおしっこできるようにならなきゃいけないね」

 いつかのために、その備えは必要なのでしょう。

 もしかしたら私も、心の奥ではうっすらと覚悟をしていたのかもしれません。

 胸をつくような言葉も、さらりと口から流れ出ました。

憂「うん……」

 おねしょの後始末は、憂に任せなくとも自分でも可能です。

 特に問題なのは、絶対に私が必要になってしまう憂の方でしょう。

憂「……じゃあこのお休みはさ、私のおしっこの問題を克服するために使わない?」

唯「……」

 憂の提案。私はすこし悩みます。

 もっと後でも大丈夫じゃないか。

 私たちが、いったいいつ離れるというのか。

 単純に、憂と離れることを想像したくない弱さと、

 憂とキスするのをやめたくないという打算が、私の口を押し込めました。

憂「お姉ちゃん、だめかな?」

唯「……」

 私はさらに考えます。

 そもそも克服と言っても、どのようにやるというのでしょうか。

 「あの日」の経験を忘れられればいいのでしょうが、

 もとより忘れられないほどの事件だったからこそこうしてトラウマを刻みつけているのです。

 「あの日」がある以上、どんなことを何度しても、

 憂はひとりでおしっこをできるようにはならないと思います。

唯「……あっ」

 そのとき、私は気付きました。

憂「どうしたの、お姉ちゃん?」

唯「い、いや……うふふ、うふ」

 笑いがこみ上げてきます。

 変に思われないよう、必死でこらえます。

唯「ごめんごめん。うん、いいと思うよ」

憂「ほんと? えっとその、お姉ちゃん協力してくれる?」

唯「もちろん。ひとりでおしっこできて悪いことはないし」

 憂はにっこり笑いました。

憂「ありがとう。……ごめんね」

唯「謝ることないよ。こうなったのは、私のせいでもあるし……」

 そんなキラキラした顔で見られると、ちょっと後ろめたいです。

 私は憂のおしっこの問題を解消してあげるつもりはさらさらなくて、

 ただそれを手伝ってあげるようなふりをして、

 私が憂にやりたいことをしようという魂胆がほとんどでした。

憂「……朝ごはん食べよっか」

唯「うんっ」

 私はひどいお姉ちゃんかもしれません。

 でも、憂とキスができなくなるのは絶対に嫌でした。

 憂が離れていってしまうのも駄目です。

 なにをやっても憂は私から離れられないということを証明するためにも、

 いろいろなことを憂に試してみるべきでしょう。


 朝食のサラダを食べ終えて、食器を洗ってカゴにかけると、憂は私の隣に戻ってきました。

唯「それじゃあ、なにからやる?」

憂「なにから……うーん」

 憂にも特に考えはないようです。

 これならば、すぐにでもあれができそうです。

唯「なにもないんだったら、私に考えがあるんだけど」

憂「ほんと!」

 憂がずいっと乗り出してきました。

 そんなに期待した目をされると、やっぱり言いにくくなります。

唯「えっと……ひとまず、水分とってトイレ行こうよ」

 今の状況で、まるでばかげたような提案をするのは気が引けました。

 トイレの中で向かい合った、すこしヘンな状況でないと言えないと思います。

憂「じゃあ、水飲んでくるね」

 憂はまた台所に引っ込んでいきます。

唯「わたし、先にトイレ行ってるよ。飲んだらきてね」

憂「わかった、すぐ行くよ」

 キッチンから水の音が聞こえます。

 あれが憂の体にしみわたり、おしっことなって出てくるのだと思うと、

 気の早い興奮にあてられます。

 私はトイレに入り、洋式便器をじっと見つめました。

唯「……」

 いきなり最初から、おしっこが飲みたいなどと言うつもりはありません。

 慎重に、外堀から。まずはちょっとずつ近づいていくことです。

憂「お姉ちゃんいる?」

唯「うん。入っていいよ」

 すこし待つと、ドアがノックされて憂が入ってきました。

 ドアが閉まります。はっきりとした音を立てて鍵がかけられました。

 1畳の狭い中に、憂とトイレと私。

 憂が便座にかけますが、ズボンは穿いたままでした。

唯「まだ出ないかな?」

憂「ちょっと待たないと」

 じれったいですが、仕方ありません。

 私はしゃがんで、憂の膝に抱き着いてぐうたらします。

憂「それでお姉ちゃん、さっき言ってた考えって?」

唯「……んあ、そっか」

 憂がおしっこしたくなるまでに、私のしたいことを話しておくべきでしょう。

唯「あのねぇ……仔猫さんは、おしっこするとこをちょんちょんって触ってあげないと」

唯「自分の力じゃおしっこできないんだって」

 憂の体が、ぎゅっと縮こまったような感じがしました。

唯「だから憂も……私が触ってあげたら、おしっこできるんじゃないかなあ?」

憂「た、たぶんそれはないよ……」

 憂はちょっと腰を引こうとしますが、私が足を捕まえているので動けなかったようです。

 そんな少し逃げたところで、違いはないのですが。

唯「ない? なんで?」

憂「えと……それは、ね?」

唯「それは……?」

 歯切れも悪く、右に左に目をやって憂は耳たぶをいじりはじめます。

唯「ねぇー」

 その手を掴んでむりやり降ろさせて、私は問いの答えを促します。

 憂が照れている理由はわかっていますが、できれば憂の口から聞いてみたいのです。

憂「あの……お姉ちゃんは、したことない?」

唯「なにを?」

憂「ここのとこ、自分でいじったりとか……」

 顔を真っ赤にしながら、憂は三本指でズボンのおまたの部分をさすりました。

唯「いじる?」

憂「だから……お、おなにー。知ってる……よね?」


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