効果があるやら分かりませんが、気持ちの問題でおしっこが出ないなら、
気持ちを落ち着けるのが大事でしょう。
わたしはかけ声で、憂のおしっこを促してみます。
憂「しーしーって?」
唯「おしっこだよ、しーしー」
憂「もう、おねえちゃん……」
憂が顔を赤くして、ちょっと笑います。
恥ずかしいかもしれませんが、緊張はゆるんでいるみたいです。
唯「しーしー」
かけ声を続けます。
憂「ふぅっ……」
また憂がぷるっと震えました。
出るかな、と思ったその時、私たちのいる建物の隙間に風が強く吹きつけました。
憂「きゃん」
唯「……」
憂が風に押されて、ぐらりとバランスを崩しました。
くちびるに何か当たっています。
やわらかく、それでいてはっきりとした感触のこれは、いったいなんでしょうか。
憂「……」
憂の目が大きく開かれています。
まだ、頭が追いついてきません。
ふと手元から、ちゃぽちゃぽという音がし始めます。
唯「……ふい?」
憂「むぅ、むぅ!」
ちがう、と主張するように憂が首を振りました。
かさなった唇がぐにぐにと揉まれます。
わたしたち、キスしてるのかな。疑いは残りますが、そんな予想が立ちます。
手袋の向こうがあったかくなってきました。
手に持ったボトル缶に憂のおしっこが溜まってきているのでしょう。
わずかに指に伝わってくる振動にも、どきどきします。
ボトル缶がずれないようにしっかり持つのが大変でした。
憂「っむ……」
じょぼじょぼと手元で鳴っていた音が弱まり、最後にもう一度ちょろっと言って完全にやみました。
ボトル缶はずいぶん重たい気がします。いそいで蓋をしなければいけません。
憂が口をふさいでいるので息苦しくて、手が震えて取り落としてしまいそうです。
憂「ぷふぅ……」
ねばっこい息をふきつけながら、ようやく憂が離れました。
唯「……」
親指に温かい水がかかりました。
ほんのすこし揺れただけなのに、それだけで溢れてしまったようです。
よほどなみなみ入っていたということでしょう。
憂「……」
無言で立ちあがり、憂がパンツを引き上げました。
ボトル缶の口からのぞく水面を少し見てから、蓋をかぶせます。
唯「……よしっと」
ぎゅっとしっかり蓋を閉めます。
私もボトル缶を持って、すっと立ち上がりました。
手袋ごしでも伝わってくる憂のあたたかさが、なんだかほっこりします。
中身はおしっこですけどね。
唯「憂、はやくここを出ちゃお」
憂「う、うん。そうだね」
さっきのことは追及しないことにしました。
憂だってわざとやったわけではないでしょう。
それに私だって、子供のころは何度も憂とちゅーをしていたわけですし、
ちょっと大人になった今だからといって、気にするつもりはありません。
おしっこしながらのキスというのは新しすぎたかも知れませんが。
唯「……」
さて、ボトル缶の処分を考えなければなりません。
唯「ういっしょ……ねえ、憂。これどしたらいいかな?」
隙間を抜けて、外へ出ます。
蒸れていた体の周りがすっと風に流れて、急に寒くなります。
憂「えっと……トイレに捨てるしかないと思うけど」
唯「捨てるきゃないかぁ」
ボトル缶を持ち上げて、まじまじと眺めます。
うっすら放っているぬくもりに頬ずりしたくなりますが、
中身のことを思うと流石に、冷たい風に頬をさされるほうがいいかと思います。
唯「……」
指先がとても寒く感じます。
憂のおしっこがかかった部分がぎゅっと冷えて、かじかむような感じです。
――冷やされるものは、あたためてもらわないと。
唯「あの、さ、えっと……うい」
非常に言いにくいのですが、憂の視線はじっとボトル缶を見つめています。
こっそり隠そうというわけにはいきそうにありません。
憂「なあに、お姉ちゃん?」
『このおしっこ、持ってていい? あったかいから』
そう言えればどれだけいいことでしょう。
けれど、憂にそんなことを言ったら、まるで変態のように思われてしまいます。
……仕方ないでしょう。
唯「トイレに並ぼっか。これ捨てなきゃいけないし」
憂「そ、そうだね」
どうせお父さんたちの車がくるまでは時間があります。
トイレに並ぶくらいの時間つぶしは必要でしょう。
私たちは女子トイレの列の最後尾に立ちました。
唯「……」
風が非常に冷たいです。
ボトル缶もすっかり冷えてしまって、もはやぬくもりは感じません。
こっそり、濡れた方の手袋を外して缶を握ってみます。
すると、奥の方からはわずかにまだ温かみが返ってくるようでした。
憂「お姉ちゃん?」
唯「ふあっ!? ななに?」
憂「もしかして、手袋……その、かかっちゃった?」
申し訳なさそうに憂がのぞきこんできます。
遠慮のない顔の近さ。
不意に憂とのキスの感覚がよみがえってきます。
よく覚えていないはずなのに、くちびるを合わせたリアルな感触が、
くちびるをちゅうちゅう吸われる頭のぼやけるようなキスを思い出します。
唯「……かかってない、かかってないよ」
私は首を振ります。
憂に心配はかけたくありませんし、
私が気にしていないことで憂が引け目を感じる必要もありません。
さすがに服にびっちょりかかったり、顔にかかったりしたらいただけませんが、
憂ならおしっこが少しかかるぐらいはなんでもありません。
憂「ほんとに?」
唯「ほんとほんと。ちょっと手が熱くなっちゃっただけ」
私はこれ以上疑われないように、さっと手袋をはめました。
憂「……」
憂はまだ私を見つめてきます。
そろそろやめてくれないと、ほんとうにキスしちゃいそうです。
私は目を上げて、トイレの列を眺めることにしました。
あと少しでトイレに入れそうです。
思ったより待ち時間は短いようでした。
これならあんなことをしなくても、憂のおしっこは間に合ったかもしれません。
唯「ふぅー……やっとだね」
入口までたどりつき、私は大きく息を吐きました。
唯「憂は外で待ってて」
憂「うん、ここにいるね」
トイレにボトルの中身を流すだけです。
時間がかかるわけでもないので、憂には外で待っていてもらう事にしました。
私は空いている個室を探して、中に入ります。
和式の便器は苦手ですが、今回は関係ありません。ボトル缶の蓋を開けます。
唯「う……」
こもった憂のおしっこの匂いがつんと鼻をつきます。
唯「……」
しゃがみこみ、便器にそっと憂のおしっこを流していきます。
明るい黄色に、ほんの少しだけ緑がかったような色をしています。
便器の水が憂の色に染まっていきます。
くらりとするような強い匂いが個室に溜まってきます。
頭がぼーっとしてきましたが、手に持ったボトル缶が軽くなってきたことを感じたとき、
急に水を打ったように頭の中が冷静になって、私はボトル缶を立てていました。
唯「……」
軽く揺らしてみると、缶の中にはまだおしっこが残っているようで、ちゃぷちゃぷと鳴りました。
私は、缶の口をゆっくりゆっくり口もとに近づけていきます。
ひどい臭いが鼻の中をびりびりと痛めつけて、泣きたくなります。
だというのに、ボトル缶はどんどん近付いてきて、ついに私のくちびるに触れました。
唯「……っ」
私は口を開けて、ボトル口のでこぼこをくちびるに乗せました。
一滴のおしっこが、くちびるの裏側に垂れてきます。
まだ、味はよくわかりません。
強烈なにおいにあてられて、味覚が薄れているだけかもしれないです。
唯「うん……」
なにか頷いて、私は一気にボトルを傾けました。
ぬくもりのある液体がくちびるにぶつかって、口の中に流れ込んできます。
唯「……ふゅっ!」
それは、まるで桃の天然水のような薄甘さのある液体でした。
こんなに臭くて、黄色くて――しかしながら、憂のおしっこは甘いものでした。
一気にぐいっと飲みほします。喉を通る感覚もすばらしいです。
もっと飲みたいと思いましたが、ボトルは一口で空になってしまっていました。
唯「……」
頭の中にぼわっと霧が広がって、立ち直れません。
唯「は、ぁ……おしっこぉ」
唯「うい、いぃ……」
朦朧とする意識で憂を呼びます。
おそらく外にいる憂には届かないことでしょうが、
私はひたすら憂のおしっこを求めて呼び続けました。
その後、私が遅いことに心配した憂が助けに来るまで、私は憂の名前を呼んでいました。
私はトイレの外に連れられながら、憂に抱きついておしっこおしっことせがむのだけれど、
憂はにこにこ笑って「お父さん達が来るの待とう」と言うばかりです。
おしっこ、おしっこ。待とう、待とう。
そんな言葉を聞いているうちに、意識がだんだんはっきりとして、
気付いた時には腰回りからモモまでの生ぬるい感触とともに、朝の訪れを知るのでした。
唯「……夢かぁ」
唯「おねしょ……またやっちゃった」
まもなく、憂が起こしに来ました。
憂は部屋に入ったとたん鼻を鳴らすと、私がおねしょしていることに気付いたようです。
憂「お姉ちゃん、またしちゃったの?」
唯「……うーん」
私はあいまいな返事を返します。
高2にもなっておねしょしたなんて恥ずかしいことだというのは分かっています。
憂が布団をはがしました。
あっというまに、下半身が寒くなります。
憂「お布団は私が洗濯しておくから、お姉ちゃんシャワー浴びてきてね」
唯「うん……」
憂は私がおねしょをしたとき、その始末を一手に受けてくれます。
私がそれに甘えているのも事実ですが、憂も私のおねしょを処理する時は嬉しそうにしています。
『わたしもお姉ちゃんに迷惑かけられたいから』。
そう憂は言います。
確かに私たちは、迷惑をかけてかけられてという関係だと言えるでしょう。
唯「うー……びちょびちょする」
私はあの日のことを夢に見るたびにおねしょをします。
中学生にあがる直前の冬、
憂のおしっこを間近で受け止め、それを飲み下した日。
実際の記憶では、憂のおしっこはひどくまずいものでした。
すぐさま便器におしっこを吐きだして、水道で口をゆすいだことを覚えています。
なのに夢の中では、どうしてああも美化されるのでしょうか。
唯「……」
洗面器にパジャマとパンツを脱ぎ捨てて、浴室に入ります。
下半身にまとわりつくぬるついた水をシャワーで流します。
情けない思いがとらえてきて、流れていくお湯をじっと見つめます。
唯「なんで、あんな夢見るんだろ……」
夢を定期的に見るようになったのは、中学校に上がってからのことです。
それまでもたびたびあの経験は夢に出ましたが、
その時期までは夢の中でもおしっこは吐き気を催すようなまずさでした。
それがだんだんと飲みやすい味へ変わっていき、
中学に上がるころには、すっかり大好きな味になっていました。
唯「……」
たぶん、原因はやっぱり「あの日」がもとで憂を襲うようになった症状だと思います。
そして「あの日」は、5年近くが経った今も、私たちを苦しめています。
下半身をせっけんで洗い終えると、また丹念に流して浴室を出ます。
憂がシーツを抱えて、洗濯機と格闘しているところでした。
憂「あ、お姉ちゃん」
バスタオルをとった私に、憂が言います。
こう言ってしまってはなんですが、おしっこくさいです。
唯「なあに?」
さすがにそんなことはおくびにも出しませんが。
私は体を拭きながら、返事をします。
憂「えっと、おしっこ……いいかな?」
うつむきがちに、憂は言います。
唯「うんー、いいよ」
そんなに申し訳なさそうに言わなくてもいいのに。
憂は「ありがとう」と笑って、洗濯機におしっこ臭いシーツを押しこみました。
洗剤を入れてスイッチを押すと、洗濯機がうなり始めます。
憂「じゃあ、服着たらトイレ来てね」
唯「おっけー、すぐ行くよ」
照れ臭そうに笑って、憂は廊下に戻っていきました。
私も体を拭き、髪にすこしついた水滴を取ると、近くにあった適当な服を着て
憂の待つトイレへ向かいます。
「あの日」以来――これは、私の軽率な行動のせいですが、
憂はひとりでおしっこができなくなってしまいました。
あのような場でおしっこをしたことがトラウマになったのでしょう。
唯「ういー、入るよ?」
ノックはしませんが、声はかけてからドアを開けます。
すでにパンツをおろして、憂が便座にかけていました。
憂「じゃあ、お姉ちゃん……」
唯「うん……」
憂とのこれは完全に習慣化こそしていますが、
やっぱり緊張するのはしかたありません。
唯「よいしょっと……」
憂「……えへへ」
ドアを閉めて鍵をかけ、タンクに手をついて憂に顔を近づけます。
最終更新:2011年01月17日 02:36