〔梓の部屋〕

梓「……本当に時を戻すことなんてできるんですか?」

天使「だから何度も言ってるじゃん。暇だったから空を適当にブラついてたらメッチャ時を戻したがってる子が居たから来てみたって」

梓「た、確かに私は昨日の三年生の卒業では大泣きしちゃいましたし、できることならあの楽しかった日々をもう一度とは思ってますけど……」

天使「うん。だからその願いを叶えてあげようと思ってこうして梓ちゃんの部屋に来たわけ」

梓「ちょ、ちょっとすぐには信じられません……」

天使「あっそ。んじゃ別にいいんだけどね。単なる暇つぶしだから無理に勧めるつもりはないし」

梓「……」

天使「んじゃこの話は無かったってことで。そろそろ私も天国に帰るね」

梓「ちょ、ちょい待ちです!」

天使「んあ?」

梓「……2年。約2年間だけ時間を戻すってできるんですか?」

天使「ん?つまり梓ちゃんが高校に入学した頃まで時を戻せばいいってこと?」

梓「……はい。せめてもう一回だけ。もう一回だけ私は唯先輩達と同じ2年間を共有したいんです」

天使「う~ん。そんな細かい日時の設定は難しいね。私って不器用だし。前後1~2ヶ月くらいズレるかもしれないけどいい?」

梓「わ、わかりました!それでもいいです」

天使「んじゃ決意が固まったならさっさと始めちゃおっか。私って飽きっぽいし」

梓「よ、よろしくお願いします」

天使「それじゃまず時を戻すにあたって最低限の説明だけするからよく聞いておいてね」

梓「は、はい」

天使「まず大事なのは2年間時間を戻したからって、梓ちゃんが経験した2年間と全く同じ日々にはならないってこと」

梓「え? どういうことですか?」

天使「いやこれは当然のことなんだけどね。私はあくまで時を戻すだけであって再現させるわけじゃないから」

梓「は、はぁ……?」

天使「人生ってそれこそ無数の確立と可能性から成り立ってるわけ」

梓「ふむふむ」


天使「その理屈だとこれから梓ちゃんが行く世界では梓ちゃんが過ごした2年間とは違う出来事が展開されて当然ってこと」


梓「SF映画とかでよく観るパラレルワールドみたいなものってことですか?」

天使「ん~。それとはまた別なんだけど。まぁ感覚的にはそれに近いのかな?」

梓「は、はあ……」

天使「梓ちゃんが今までの2年間が大事で絶対に少しも変わってほしくないんだったら、時を戻すのは止めておいた方がいいかもね」

梓(た、確かにこの2年間は私にとって絶対的なもの……。でも、もう一度あの先輩達と2年間を過ごすことができるなら私は……!)

天使「どうすんの~?早く決めちゃってよ~。あんまり下界に長居すると神様的なのに怒られちゃう」

梓「……お、お願いします!戻してください!時間を2年間戻してください!」

天使「……ホントにいいんだね?」

梓「やってやるです!」

天使「んじゃ、ハイ。やりました」

梓「……え?」

天使「もう時を戻す魔法かけたよ。気が変わったとかで揉めるのメンドクサイから速攻でやっちゃった」

梓「ずいぶん簡単なんですね……?」

天使「だいたい今から15分後くらいに眠くなるから。そんで寝て起きたらもうそこは2年前だよ~ん」

梓「な、なんかアッサリし過ぎてて逆に怖いです……」

天使「それより残りの15分でなんか聞いておきたい事とかないの?」

梓「さっき時を戻したら今までの2年間とは違う2年間になるかもって言いましたよね?それがやっぱり少し不安で……」

天使「うん。今、魔法で調べてみたんだけど梓ちゃんが過ごした2年間って実はかなり低い確率で成り立ってたっぽいし」

梓「……どういうことですか?」

天使「例を挙げてみよっか。まず梓ちゃんが軽音部に入部すること自体は相当な高確率だね。そもそも梓ちゃんが自分で勝手にすればいいだけだし」

梓「それはそうですね」

天使「問題は梓ちゃんの意思で決められること以外の部分ね。まず第一に軽音部に梓ちゃんしか新入部員が入らなかったこと」

梓「それがどうかしたんですか?」

天使「実はこのパターンって相当珍しかったんだよね。数字にして約10%くらい」

梓「そ、そうだったんですか」

天使「冷静に考えてみなよ。なんだかんだで軽音部なんて人気あるでしょ普通に。ライブなんて見せられたら大抵の子はカッコイイな私もやってみたいなってなるよ」

梓「そ、それは確かに……」

天使「いくら見学に行ったら先輩達がグダグダだったからってそれくらいで誰も入部しないなんてそれこそ有り得ないでしょ」

梓「で、でも部員が増えることは悪いことじゃないですからね!私も同年代の部員が他にも居るって心強いですし」

天使「まぁ今さらそれじゃヤダとか言われても、もう時を戻す魔法は解けないからどうしようもないんだけど」

天使「えっ~と、あと大きい部分でこの2年間と変わってきそうな事柄って言ったらコレかな?」

梓「なんですか?」

天使「律って先輩のオデコはこの2年間よりも5、6ミリ広い確立が高いらしいね」

梓「すげーどうでもいい変化です!」

天使「あとは……ムギって先輩の眉毛はこの2年間よりも1センチくらい太い確立が高いらしいよ」

梓「それもどうでもいい変化!てかこの2年間よりも更に太いってどんだけ太いんですか!」

天使「あとは……澪って先輩のファンクラブ会員はこの2年間よりも50人くらい多い確立が高いらしいね」

梓「ぱねぇ!さすが澪先輩ぱねぇ!でもやっぱりどうでもいい変化!」

天使「いや、だって実際の部分はやっぱり時が戻ってみないと分かんないから」

梓「もういいです……。漫才みたいな掛け合いしてる間にもう15分経っちゃうじゃないですか」

天使「あ、んじゃベッドに横なっといた方がいいかもよ。いきなり眠くなるから突っ立ってたら倒れて頭打っちゃうし」

梓「わ、わかりました。それじゃ失礼して……」

天使「んじゃ子守歌代わりに、もう少しこれから時が戻った世界で起こりそうな確率の高い変化を伝えとこっか」

梓「どうせまたロクな情報じゃないと思いますけど一応聞いておくです……」

天使「えっとね~。まず純って友達のウザさ加減が今までの2年間よりも2、3倍増える確立が高いっぽいね」

梓「今より更にウザくなったらもう地獄のミサワ世界の住人じゃないですか!でもやっぱりどうでもいい変化!」

天使「あとは~憂って友達のシスコンっぷりが今までの2年間よりも五倍は激しくなる確立が高いっぽい」

梓「それもうキモウトだから!いや今でも充分キモウトっぽいけど!だけどやっぱりどうでもいい変化!」

天使「もうこれくらいかな~?そろそろ15分なるし」

梓「あ、あれ?そういえば何だか頭がボッ~としてきたような……」

天使「お、いよいよみたいだね。……あっ!もう1つ梓ちゃんに関係ありそうな変化あったけど言っとく?」

梓「……い、言うならさっさとしてください。もう眠気で思考回路が……」

天使「んじゃパパッと言っちゃうね。え~と唯って先輩がこの2年間よりも梓ちゃんに興味が無くなる確立が高いっぽい」

梓「…………え?そ、それはどういう……?」

天使「そもそもこの唯先輩が今までの2年間みたいに梓ちゃんを可愛がったりするパターンって実は天文学的に確率低かったみたいなんだよね」

梓「………へ、へぇ~………」

天使「なんかこの唯先輩が一番仲良くなるのは確立的にも相性的にも本当は茜って子だったっぽいね」

梓「…………そ、それで?………」

天使「あれ?でもこの茜ちゃんって梓ちゃんが過ごした今回の2年間では知り合ってすらいないんだ?これもかなり珍しいパターンだよ」

梓「………つ、つまり?(あ、ヤバイもうほとんど頭が真っ白になってきた……)」

天使「だから~。これから戻る2年間ではこの唯先輩が梓ちゃんを今までみたいに可愛がるどころか興味を示す確立すら低いってこと。メンドイから何度も同じこと言わせないでよ」

梓「………そ、それは……どうでも…いい…変化です……ね」

天使「なら何回もしつこく同じこと言わせないで。とにかくもうお別れみたいだね。ま、気が向いたら梓ちゃんが行った2年前にも様子見に顔出すから。そんじゃね~」

梓(あ……もう意識が完全に消えちゃう。なんだか少し怖いな。でもこれでまたあの素敵な先輩達と放課後を過ごすことができるんだ。うれしい、な……)プツン

~~~~~~~~ ~~~~~~~~~

梓母「梓!もういい加減起きなさい。合宿に遅れるわよ」

梓「う、う~ん……あれ?こ、ここはもう2年前……?」

梓母「なに寝ぼけてんのアンタ。今日は軽音部でムギって先輩の別荘で合宿なんでしょ?遅れたら大変よ」

梓「……えっ!ムギ先輩の別荘で合宿?そ、それじゃ今は二年前の夏休み……?」

梓母「いつまで寝ぼけてんのよ。今日は私とお父さんのバンドもたまたま夏休みだったから起してあげられたけど……」

梓(や、やっぱり……!やっぱりここは私が一年生の頃の夏休みなんだ!私、本当に戻ってきたんだ!)

梓母「ちょっとアンタ聞いてんの?」

梓(でもまさか夏休みに戻ってくるとは……。天使さんが言ってた1~2ヶ月のズレってレベルじゃねぇぞ!?)

梓母「とにかくさっさと支度して出かけなさいよ。荷物の準備は昨日の夜にしてたみたいだけど」

梓「は、は~い!(やった!嬉しい!嬉しい!私、本当にあの頃の夏休みに戻ってきたんだ!あの一番楽しかった夏休みに!) 」


〔駅のホーム〕

澪「あと来てないのは唯と梓だけか」

律「梓が遅れるなんて珍しいな。唯はお約束みたいなもんだけど」

紬「私、友達に後輩もプラスして電車でお出かけするの夢だったの~♪」

茜「こ、この電車賃を稼ぐために半月前から食費を全てカットしたおかげで体重3キロも減りました……」

紬「わぁ~♪うらやましい~♪でも茜ちゃんはダイエットなんかしなくてもスタイル抜群よ?」キラキラ

茜「……は、ははははは」

律「……アイツら全く会話が噛み合ってないな」

澪「……3キロも痩せただとぅ?羨まし過ぎる……」ブツブツ

律「って、おまえもそっちかよ」

唯「みんな~!遅れてゴメンね~!ゆるしてつかぁさ~い!」タッタッタ

澪「あ、唯!大丈夫だ。ギリギリセーフだよ」

律「まさか梓のやつ唯より遅れるとは……来たら部長の私が一発ビシッと説教してやんなくちゃな!」

紬「りっちゃんったら一発ビシッとだなんて……///」キマシタワ

唯「あっ!デビちゃんムチュチュ~♪」ダキツキ

茜「ひあっ!ゆ、唯先輩やめてください///」

律「おーい。今の茜はハラペコでフラフラだからそんな強烈なタックルからの抱きしめは致命傷になりかねないぞ」

澪「まったく。今回は合宿だから24時間、唯は茜にベッタリ引っつくことになりそうだな」

紬「ええっ!?24時間ってことは……お風呂でも布団の中でもってこと!?」キマシ

唯「今夜は寝かせないぜ?」キリッ

茜「むむぅ……これも唯先輩の正体を暴くためです。仕方ありません」

律「あ、その設定まだ生きてたんだ」

梓「スミマセーン!遅くなりましたー!」

澪「おお、おはよう梓。間に合って良かったよ」

梓「あ、おはようございます澪先輩(うわ~。つい昨日まで見てた澪先輩より少しだけ幼い感じがする!二年生の頃の澪先輩だ!)」

律「まったく。こんなに遅くなるなんて梓らしくないぞー?」

梓「ス、スミマセン律先輩(プッ天使さんの言ってた通り、この律先輩は私が居た二年間より少しオデコ広いかも……)」

紬「まあまあ。梓ちゃんだってお寝坊さんする時だってあるわよ~♪気にしないで~♪」

梓「あ、ありがとうどざいますムギ先輩(やっぱりムギ先輩は優しいな。てか眉毛太い!沢庵ってレベルじゃねーぞ!?味付け海苔くらいある!)

茜「梓ちゃんおはよー」

梓「あ、おはよー……ってか誰!?」

茜「え?何それ新しいギャグ?」

梓「いや本気で誰ですか?なんで当然のように軽音部の合宿に混ざってるんですか」

茜「むぅ。ちょっと梓ちゃん。一番遅れて来たくせに、いきなり気分悪くなるような冗談言うの止めてよね」

梓「は?何を言ってるんですかこの人?……あ、スミマセン。先輩方の同級生さんとかですか?」

茜「…………」

唯「あ、梓ちゃん。もう電車も来たし、あめりかんじょーくはそれくらいにして電車乗ろっ!ね?」

梓「わ、わかりました唯先輩(うっわ~唯先輩は変わんないな。唯先輩が抱きついてるってことはピンク髪の大きい人って唯先輩の友達?……ん?今、唯先輩私のこと梓ちゃんって呼んだ?)」

律「そうだぞ~梓。今の茜はハラペコだからタチの悪い冗談ばっか言ってると危ないぞ。食い物の恨みは恐ろしいっていうだろ?」

澪「それは意味が違う!」ゴツン!

紬「それじゃ夢にまで見たお友達と後輩との電車の旅に出発~♪」

唯「やばーい止まれない止まらないー♪」


〔電車内〕

唯「それじゃ私はデビちゃんのおとなり!」

茜「座れる……やっと座れる……。空腹で頭がクラクラします~」

唯「オイラの膝の上に座りなシェケナベイべ☆」ドヤ

梓(唯先輩とピンクの人スゴイ仲良さそうだな……。唯先輩の私に対する態度も何かいつもより素っ気ないし。まぁいいけどね)

澪「さぁ!ついに私達の合宿が始まったぞ!この合宿で私達はバンドとして更なる成長を……」

紬「熱く燃えてる澪ちゃんカッコイイわ~♪最近ファンクラブ会員が百人を突破したって噂があるのも納得ね♪」

澪「えっ。なにそれ怖い」

紬「知らないの?澪ちゃんの使用済みお箸とかストローまでファンクラブの裏オークションに出回ってるらしいわよ~♪」

澪「ミエナイキコエナイミエナイキコエナイ」ガクグル

梓(スゴイ……。私が過ごした二年間でも澪先輩は人気あったけど、こっちのルートでは更に絶大な人気を誇ってるのか)

律「おいおい梓、ボケ~ッとしてるけど大丈夫か?

梓「……あ、ハイ」

律「なんか今日ちょっと様子おかしんじゃないか?」

梓「そ、そんなことないですよ普通です!」

律「それに……」チラリ

梓「どうしたんですか律先輩?急に小声になって……」

律「いや、さっきのことだけどさ。茜に対して自分が遅れたのを素直に謝るどころかタチの悪い冗談しつこく言ったりして……」

梓「そ、それは仕方ないじゃないですか!知らない人が当たり前みたいな顔で私達の合宿に参加しようとしてるんですから!」

律「……あ、梓?」

梓「唯先輩の友達らしいからあんまり言いたくないですけど、バンドの合宿に私情で無関係な友人を連れて来るのは正直どうかと思います」

律「……………」

梓「そ、そんな顔しなくてもいいじゃないですか。確かに後輩のくせに生意気なこと言ってるとは思います。でも私はバンドの結束という面も考えて……」

唯「りっちゃんと梓ちゃん、さっきからなんの話してるの~?」

紬「そんな耳元で囁き合うなんて……///ドンとこいです」

律「……あ、いやなんでもないなんでもない」

梓(あの律先輩の冷たい目……。私そんなに間違ったこと言った?それに唯先輩また私のこと梓ちゃんって呼んだ……)

唯「あっ!そういえば私良いもの持って来たんだった!」ガサゴソ

茜「ふぇ~良いもの~?」

唯「ほら!憂がお腹減ったら食べてねって握ってくれたオムスビだよ!」

茜「ふぉ~!!……オムスビ…米…タンパク質…」ジュルリ

唯「痛っ!ちょっデビちゃん!私の手も一緒に噛んじゃってるよ!慌てなくても好きなだけ食べさせてあげるから落ち着いて!」

澪「この大きなタッパー全部オムスビなのか。憂ちゃんどれくらい早起きして作ったんだ?」

唯「朝の3時頃に憂の部屋の目覚まし時計が鳴ってたよ」

澪「午前3時って私の感覚では夜だな……。実は私も朝ゴハン抜いてきてお腹空いてるんだ。一つもらってもいいか?」

唯「どうぞどうぞ~いっぱいあるもん♪」

紬「それじゃあ私も一つお呼ばれしようかしら~♪」

茜「ウ~ッ!ガウアウアウガオオオオオオッッ!!」

澪紬「」


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